シシィの日常
シシィの日常1
シシィには信じられなかった。
まさか、自分が貴族の落とし種だなんて。
でも、夢でも何でもいい。
毎日働きづめの生活から抜け出せるなら・・・と、言われるままに、使者についていった。
けれど、そこで待っていたのは、滅多に会えない父と、シシィを下女としか思ってない腹違いの姉。
――――こっちが夢なら良かったのに・・・。
シシィは十五歳で、初めて自分で選んだ道に対して「後悔」という言葉の意味を学んだ。
些細なことでお尻にきつい折檻を受けるのが、ロレンス家に引き取られたシシィの日常となった。
「痛い! 痛いぃ・・・! どうして・・・お姉さま、どうして!? シシィはまだ、物の場所を覚えきれていないだけですのに・・・!」
「口答えするなんて、どこまで躾のなってない娘なのかしら」
腹違いの姉の籐鞭が、鋭くシシィのお尻に振り下ろされる。
「あー! 痛いぃ!」
「お前が口にしていい言葉は、「ごめんなさい」だけよ! 口答えなどしたら・・・・」
「あああーーー!!」
一際きつい痛みが、続け様にシシィのお尻を襲う。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいーーー!」
■
「シシィ! シシィ! 何してるの!? 呼ばれたら、さっさと来なさい!」
お姉さまの声、怒ってる・・・。
また、私の仕事が何かお気に召さなかったのかしら。
また、お尻をぶたれてお仕置きされるのかしら・・・。
シシィの目に、知らず知らず、涙が溢れた。
つい一昨日も、うんとうんと、たくさんぶたれたばかりなのに。
このお屋敷に来て以来ことあるごとに。
ううん。
そんな?って、些細なことで・・・。
明日もお尻を痛くにされるの?
明後日も?
ずっと、ずっと、ずっと・・・?
お父様は、私を引き取りにいらして以来、お仕事が忙しくて一度もこのお屋敷に来てくださらない。
私は一生、このお屋敷で召使いとして、お姉さまにお仕置きされて暮らすの?
お母さんが貴族でなく、下町の娘だということがそんなにいけないの?
シシィは、そんなに悪い子なの・・・?
「――――シシィ!」
「は、はい! ただいま!」
弾かれるように、シシィは姉姫の部屋に走った。
「これでちゃんとブラシをかけたの!? ごらん! 毛がついてるじゃない!」
義姉ルイーザの突き出したショールには、金髪が数本張り付いていた。
そんなはずない。
ルイーザのお気に入りのこのショール。
だからこそ、念入りにブラシをかけ、毛埃ひとつないように丹念に仕上がりをチェックした。
「それは・・・お姉さまがブラシをかけた後にお召しになってついた毛では・・・」
「まあ! 口答えするの!?」
「あっ・・・」
口を覆う。
口答えは、即座にお仕置き。
今までも、何度も味わってきたのに、つい・・・。
「おまけに、私のせいにしようだなんて! なんて子かしら!」
「ごめ・・・ごめんなさい!」
「お尻を出しなさい! お仕置きよ!」
「や・・・、許して・・・、もう口答えしません!」
「私はお尻を出しなさいと言ったのよ。もう口答えしているじゃないの」
ああ・・・。
どう足掻いても、お尻を真っ赤に腫れ上がるまで痛くされる以外、自分には道は残されていないのだ。
シシィは震える手でスカートを捲くり上げ、ルイーザに背中を向け、いつもの鏡台に手をついた。
無造作に、パンツを引き下ろされ、丸出しにされたお尻の恥ずかしさに、思わず腰を引く。
「また! ちゃんと突き出しなさいと、いつも言っているでしょう。言うことを聞けない子は、うんときつくお仕置きしなくちゃね」
「ああ! ごめんなさい!」
慌てて突き出したお尻を、重い、それでいて鋭い痛みが襲った。
「痛いーーーーー!!」
鏡越しに見えたのはシシィがルイーザの衣類にかけていたブラシ。
分厚く、ずっしりと重い木の感触を、思い出す。
あんなもので・・・!?
「ちゃんとブラシもかけられないような下女は、同じお道具で思い知らせなきゃね」
お尻の表面に、火がついたような熱さと刺す様な痛みが連続する。
「あーーー! あーーー! ぅあーーーー!」
痛いという言葉すら出て来ない。
じっとしていられない。
太ももを擦り合わせ、腰をよじり、痛みを逃がそうとしても、次から次へと降り注ぐブラシにお尻は次第に前へ前へと逃げて。
その度に
「お尻はどうするの!?」
そう声を高くしたルイーザが、一層強くブラシを振り下ろす。
「ひぃーーーーーー!!」
お尻を元通り差し出しても、終わらないお仕置き。
「まだこれからよ。今してるのは、口答えの罰よ。まだまだ、呼ばれてすぐ来なかったお仕置きも、仕事の雑さを私のせいにしたお仕置きも、仕事がちゃんとできないお仕置きも、あるんだからね!」
「そんな・・・! ひどい・・・!」
「また口答えね! 1からやり直しよ!」
「いやぁ! ごめんなさい! もう口答えしません! ごめんなさいーーー!!」
貴族の姫君の非力を、重たいブラシは十分以上に補っていた。
シシィのお尻はさらに、さらに、赤く染まっていくのだった。
哀れなシシィの泣き声が廊下にも響く。
それが、シシィの日常。
■
その日は、いつもと少し違った。
いつものメイド服ではなく、姉姫ルイーザと同じような、上等なドレスを着せられて、髪も丹念に手入れされる。
なんだか、訳がわからないまま、仕上がった姿でルイーザの前に連れてこられたシシィを、彼女は頭の先からつま先まで眺めていたが、やがて、メイド頭に頷いて見せた。
「いいわ。不愉快だけれど、これなら十分、ロレンス家の姫ね」
「あの・・・」
「今日、お父様がお帰りになるわよ、シシィ。お夕食をご一緒するの」
――――お父様が!
シシィを下町まで迎えに来たその日以来、ずっと仕事で屋敷を空けていたロレンス家の当主。
彼女がロレンス家に来て、半年振りに会える。
父はとても優しい人だったので、迎えがきた時、まさか、こんな境遇が待ち構えているとは、考えもつかなかったシシィである。
「いい、シシィ。くれぐれも、粗相のないように。粗相すれば・・・わかっているわね」
――――お尻に、きつい折檻・・・。
「はい、お嬢様」」
「お姉様とお呼びなさい!」
「え? あの、でも・・・」」
ルイーザを「お姉様」と呼んではいけないことになっていたのに・・・。
最初の頃、つい呼んでしまっては、お尻が真っ赤になるまでお仕置きだった。
「口答えするの!?」
「い、いえ! なんでもありません! お姉様!」
口答えすれば・・・。
どんな些細なことでも、それを口実に毎日のようにお尻をぶたれてお仕置きされる。
それが、シシィの日常。
夢のような時間だった。
美味しいご馳走に、優しいお父様。
だが、そんな時間はすぐに終わりを迎えた。
翌朝、ルイーザの部屋に呼び出されたシシィは、お仕置きの宣告を受ける。
何を叱られるのかわからないが、口答えすればお仕置きがきつくなるだけだと思い知っているシシィは、震える手でお尻を出すと、鏡台に胸をついた。
鏡は嫌い。
ルイーザが何でお尻をぶとうとしているか、映し出す。
どれだけお道具を振り上げるか、映し出す。
泣き喚く自分の顔を映し出す。
鏡は、嫌い・・・。
「自分の立場もわきまえず、お父様に私を悪く言いつけるだなんて、とんでもない子ね! 二度とそんなことしないよう、今日はうんと厳しく躾けなおしてあげるわ!」
「え? あの、何のことでしょうか・・・」
「口答え!」
籐鞭が振るわれた。
「ああーーーー!!」
お尻に細く熱い道が走る。
「ああ、どうしてですか? シシィはどうしてお仕置きされているか、わかりません」
「また口答え! お前が言っていい言葉は『ごめんなさい』だけでしょう!」
2発目。
「ひぃーー! ごめんなさーーい!」
繰り返しルイーザが振り下ろす籐鞭に、お尻をよじる。
それをまた叱られる。
――――どうして? どうして?
痛みの中、シシィは昨夜の楽しかった夕食を思い出していた。
あの時の何が、ルイーザを怒らせているのだろうと。
「お姉様と仲良くしているかい、シシィ?」
父がそう聞いたので、シシィはこう答えたのだ。
「お仕事が上手にできないから、よく叱られます」・・・と。
自分を悪く言いつけたと言うルイーザの言葉に思い当たるのは、それしかない。
そういえば、父は「仕事?」と首を傾げてルイーザを見やり、ルイーザは慌てたように「下町育ちですもの。行儀作法を教えるのって、大変ですわ」と答えていた。
もしかして・・・シシィがルイーザの下女としてロレンス家に生活しているのを、父は知らないのだろうか。
シシィはてっきり、「父が私を引き取りに来たのは、ルイーザの下女にする為」だと思い込んでいたのだが。
「ひいぃぃぃーーー!!」
一際きつい籐鞭の一打に、シシィは思わず鏡台から跳ね退き、床にうずくまった。
いつもより、ずっとたくさんぶたれたのはわかる。
ルイーザも少し腕が疲れたように、肩で息をしていた。
「まだよ! 今日はたっぷり時間をかけて、お前の立場をわからせてあげる」
「もう許してください・・・!」
「また口答え! いい!? お前はお母様からお父様を寝取った、いやしい女の娘なのよ! ロレンス家の娘なんかじゃない! ましてや、私の妹なんかじゃない! 下女として食べさせてもらっているだけ、感謝して当然なのよ!」
「お母さんは・・・そんな人じゃ・・・」
ルイーザの目に怒りが閃いた。
――――ああ・・・、またお許しが遠のいてしまった・・・。
「どこまで反抗的なのかしら! ・・・いいわ。そうね。ああ、そうしましょう」
何かを思いついたようなルイーザの呟きに、シシィは息を飲んだ。
ルイーザがベルを鳴らすと、メイド頭がやってきた。
「明日の朝、シシィを門の前に立たせておきなさい」
無情な言いつけに、シシィは顔色を失った。
「そうそう。今から言うことを書いて、一緒に貼り出しておくのよ」
ルイーザがメイド頭に書かせた言葉を聞いて、シシィは愕然とした。
口答えばかりする当家の下女です。
お仕置きにこうしてあります。
どうぞ皆様、お好きなお道具で、お好きなだけ
この下女のお尻に折檻を与えてやってください。
「お道具を出しておくのも忘れずにね。スカートも脱がせておしまい。よ~くお尻が見えるようにね。私が良いというまで、屋敷に戻してはダメよ」
「――――ぃ・・・いやああああぁぁぁ!!」
その晩は、朝が来るのが恐ろしくて、眠れなかった。
だが、眠れなくても朝は来る。
やってきたメイド頭に引きずられるように屋敷の門前に引き出されたシシィは、丸出しにされたお尻を公衆に晒されたばかりか、誰とも分からぬ通行人にお尻をぶたれて泣いた。
逃げ出したくても、メイド頭がずっと傍らに立って監視し、その両脇を、力自慢の下男二人が立番している。
叩き役を買って出ないまでも、クスクスと笑いながらそれを見物する者も多い。
その日から、毎朝30分、シシィはこうして門前に立たされた。
見物人は毎日増え続けた。
その分、シシィのお尻は哀れに腫れ上がり、時には、細い腰にアンバランスなまでに、大きな赤いお尻。
門前で、衆人環視の中、わんわんと泣き叫ぶ。
それが、新たなシシィの日常となった。
つづく
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