フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏2

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 確か、地理の授業中だったか。
 つまらない先生の話が脱線して、東洋のことわざの話をしていたのは、面白かった。
 その時、今のこの状況を実に適切に表現したものがあった気がする。
 天に唾する? ・・・違うな。
 因果応報? ・・・近い。
 もっと適切な、まさしく現状にぴったりと当てはまるものがあったはず。
 ・・・・・・天網恢恢疎にして漏らさず。うん、これだ。
 そんなことを考えながら、市場の売り子をしている自分の前に屈み、じーっと見つめてくるモートンと目を合わせられず、冷や汗の滴る顔を俯けていた。
「店主。彼を今すぐ退勤させても、構わないかね?」
「え? ああ、手伝ってくれているだけで、賃金は渡してないんで、構いやしませんが」
「そう。ではファビオ、おいで」
 普段通りの物静かな立ち居振る舞いで誘われ、ファビオはゴクリと喉を鳴らして後をついて行くしかなかった。
「あ、あの・・・モートン、どうしてこんなところに・・・」
「旦那様のご披露宴の晩餐にお出しするメニューの材料をね、出入りの商人が持ってきたものをシェフが吟味したのだけれど、ソースに使うオレンジにどうも納得がいかないようでね。この市場には国中の果物が揃っていると聞いたので、買い出しに」
「へ、へえ。ここの市場の店主は、みんないい目利きばかりですから、いいもの見つかりました?」
「いや、まだ。その前に、奇妙なものを見つけてしまってね」
「~~~」
 冷や汗が止まらなくて、寒気がする。
 それなのに、何故だかお尻だけはヒリヒリと熱い気がして、ファビオは停車するフォスター家の車を、息を飲んで見つめた。



 心臓に悪い帰路だった。
 運転手は学校にいるはずの時間に市場から伴われてきたファビオへ、バックミラー越しに苦笑と同情の視線を送ってくるし。
 もしかしたら、車の中でうんとお尻を引っ叩かれるかもと思っていたのに、後部座席で隣り合うモートンは、じっと腕組みで目をつむったまま一言も発しない。
 これは・・・お屋敷に帰ってから、うんときついお仕置きを据えられる。
 教鞭か、ケインか、パドルか。
 丸出しのお尻を、許しが得られるまでモートンに差し出し続けなければならないのだろう。
 考えただけで痛くなってきたお尻にどうにも座り心地の悪さを感じて、幾度も座り直しながら車窓の外を見る。
 車はとうとうフォスター家の裏口に横付けされた。
 車からなかなか出られないでいたファビオに、モートンが手招きした。
「モートン、どうしたね、早いな。ちょうど良かった、君に確認したいことが・・・うん、後にしよう」
 使用人フロアの入口をくぐったモートンの背後に、しょぼくれたファビオの姿を認め、スフォールドが指定席である窓辺の長椅子から腰を上げかけたが、座り直す。
 モートンが同じく指定席である休憩室奥の椅子に腰を下ろしたので、ファビオはトボトボとその前に立った。
「・・・ファビオ」
 市場以来、初めて口を開いたモートンの声に、ファビオはギュッと目をつむり、首をすくめた。
「ずっと黙りこくっていて、すまなかったね。変に想像が膨らんで、怖かったろう」
 いつも通りの穏やかな口調に、ファビオがつむっていた目を開いて恐る恐るモートンに向ける。
「・・・色々、考えていただけだから。怖がらせてすまなかった」
 その声音があまりに静かで、肘掛に頬杖をついた視線が天井を見上げていて、ファビオは急にどうしようもない心細さに溢れ出した涙を堪えられなかった。
「モートン? モートン! 嫌です! ごめんなさい! 見放さないで!」
「ファビオ?」
 俯いて立ち尽くしボロボロと涙をこぼすファビオを前に、椅子から降りたモートンが跪き、彼の両頬を手の平で包んだ。
「違う。そんなつもりで言ったのでは・・・」
 コンコンとテーブルをノックするような音にモートンが振り返ると、スフォールドが先程までの彼の姿勢を真似て天井を眺める仕草をして見せた。
「あ・・・。すまない、ファビオ。お前を見ないで言う言葉ではなかった。違うんだ。不安にさせてすまなかった」
 止まらない涙をこぼしながらしゃくり上げるファビオの顔を覗き込み、モートンは困ったような笑みを浮かべて、その体を抱き寄せたまま椅子に腰を下ろした。
「聞いて、ファビオ。お前が学校嫌いなのは知っている。でも、今までいくら不満があろうと通い続けていたお前が、どうしてここにきて学校をサボってまで働くことに固執したのか、考えていたんだ」
 モートンの温かい手に背中をさすられながら、ファビオはようやくしゃくり上げていた息を整え始めた。
「控えているのは、主の婚儀という一大イベントだものね。それで皆が忙しい中、お前だけ、仲間外れにされた気分にだって、なるよな」
「~~~」
 再び大粒の涙をこぼし始めたファビオの頬を手の平で拭ってやりながら、モートンが微笑んだ。
「ファビオ、聞いておくれ。私だって、この一大イベントを前にして、気持ちの余裕がないのだよ」
「~~~モートンが?」
「うん。だって、私とて、家令として主人の婚儀に臨むなど、初めてだもの」
 完璧人間だと思っていた師の心の吐露に、ファビオが鼻をすすって自ら涙を拭う。
「お前の気持ちまで、考えてやる余裕がなかった。すまない」
 必死で首を横に振るファビオを、モートンはまた強く抱きしめていた。
「ごめんなさい、モートン。僕だって、モートンの気持ちも考えずに、学校なんか行ってやるもんかって・・・。僕だって、一人前に働けるんだって・・・」
「うん・・・」
「でも、こんなことしてたら、セドリック様に大きなこと、言えませんよね・・・」
「そうだね」
「・・・でも僕、学校、嫌いです・・・」
 抱き寄せていたファビオの顔を覗き込み、モートンがぽんぽんと頭を撫でた。
「お前は、負けず嫌いだからねぇ。仕事に関することは何でもソツなくこなせるから、馴染みのない勉強についていけないから、嫌なのだろう?」
 赤く染まった耳朶を摘んで、モートンが表情を引き締めた。
「ファビオ。働かなくても良い中流階級の子供たちに、負けたくない気持ちはわかるよ。けどね、彼らを十把一絡げにしてしまわないで、よくよく見てごらん。貴族の旦那様やセドリック様だって、括らず見れば一人の人間でしかなかっただろう?」
 こくんと頷いたファビオは、モートンの首に両腕を絡ませた。
「~~~ごめんなさい。勉強についていけないのが悔しくて、学校を、サボりました」
「うん・・・」
「仕事さえしていれば、立派なんだと、思っていました」
「うん・・・」
「学校をサボるのに、オルガに嘘をつかせました・・・!」
「うん・・・、悪い子だったね」
 首にしがみついて頷くファビオのお尻に、そっとモートンの手が添えられた。
「痛いぞ」
「~~~はい」
 添えられた手がふわりと離れ、ファビオはギュッとモートンの首に絡めた腕に力を込めた。
 ―――パン!
 ズボン越しでも鋭い音に、ファビオの背中が弓なりに仰け反る。
「悪い子だ。悪い子だ。悪い子だ」
 続けざまに振り下ろされる平手に、ファビオは必死で歯を食いしばってモートンの首にしがみついていた。
「お前を市場で見つけた時・・・」
「~~~ぃっ・・・!」
「もう使用人など嫌だと言いだしたら・・・」
「・・・ひっ・・・!」
「どうしようと・・・」
「痛い、痛いぃ・・・!」
「どうしようと思った!」
「痛いぃ! モートン、痛いぃ!」
「市場で好きに働いている方がいいと言ったら、どうしようと・・・!」
「痛いよ、モートン! 痛いよぉ!」
「痛いぞと言った!」
 ズボンごと下着を引き下ろされて、モートンの胸の中から抜け出そうと首に絡めていた手を離した。
「しっかり掴まっていなさい!」
 更に強く抱き寄せられて、ファビオはしゃくり上げながら、再びモートンの首に腕を回した。
「心配したんだ! 怖かった! お前にもう辞めると言われたらどうしようと考えたら、どう声を掛けて良いかわからなかった!」
「ぅわあぁーーーん! 痛いぃ! 痛いぃ! 痛いよぉ!!」
 丸出しにされたお尻へ降り注ぐ平手に大声で泣きじゃくっていたファビオは、ようやく静まったそれを確認するように恐る恐る見上げると、モートンの手首を掴んでいるスフォールドと目が合った。
 彼はそっと顎をしゃくり、モートンを示す。
「・・・あ」
 初めて見たモートンの涙。
 ファビオはそろそろと腕の中から抜け出し、涙に濡れたモートンの頬に手を伸ばした。
 先刻、自分がしてもらったように、彼の涙を拭うために。
「~~~ごめんなさい、モートン、ごめんさない・・・」
「・・・ファビオ」
 モートンが見せた泣き笑いの顔は、またしてもファビオが見たことのない表情で戸惑う。
「私はね、お前からしたら大人かもしれないが、まだまだ、未熟なのだよ・・・」
「それは、僕にはわかりませんけど・・・でも、モートンが、好きです。モートンに教えてもらいたいことが、いっぱい、あります」
「~~~私もお前に、教えたいことがいっぱいあるから・・・だから、いなくなってしまわないか、怖かった・・・」
「僕の居場所はここです!」
 スフォールドがそっと離した手首をさすり、モートンが苦笑してファビオの真っ赤なお尻にズボンを引き上げてやった。
「信じるぞ」
「はい」
「もう、二度と今日のような真似はしてくれるなよ? こんな思いはたくさんだ・・・」
 照れ笑いを浮かべてお尻をさすろうとした手をヒョイと掴んで、ピシャンとズボンの上から叩いたモートンは、椅子から腰を上げてスフォールドに一礼した。
「スフォールド、私は仕入れ途中だったもので、また出掛けます。もうそろそろ下校時間ですし、ファビオはこのまま仕事の手伝いに使ってください」
「かしこまりました。いってらっしゃいませ、家令殿」
 スフォールドの慇懃無礼な最敬礼を一睨みし、モートンは使用人フロアを出て行った。
 一礼から顔を上げたスフォールドが、ファビオに目を落として肩をすくめる。
「やらかすねぇ、お前も。もう少しで春休みだし、モートンだってそこからしっかり手伝わせただろうに」
「・・・春休み?」
 キョトンとしているファビオに、スフォールドが目を瞬いた。
「・・・知らなかったのか? お前ね、春休みの日程を旦那様に伝えたのは、オルガ様だぞ」
 スフォールドが額を押さえて天井を仰いだ。
「よ~くわかった。お前が勉強についていけないのは、先生の話をまるで聞いていないからだ。さっきお前は、勉強についていけないのが悔しくてとか言っていなかったかね?」
「は、はい・・・、そう、言った、ような・・・」
「先生の話を聞こうともしない子に、悔しがる権利などないぞ、このバカ者」
 溜息混じりの「止めなきゃ良かった・・・」という呟きに、ファビオは何やら嫌な予感がして後退る。
「さて、どうしたものか。モートンは行ってしまったし・・・」
 じりじりとスフォールドから距離を取っていたファビオは、素早く伸ばされたスフォールドの腕にすくい上げられるように、脇に逆さに抱えられてしまった。
「や、やめてください~~~! さっき叩かれたばかりですよ! まだジンジンして痛いんです! そんな辛いの耐えられません!」
 小脇でもがいているお尻のズボンと下着をひん剥いたスフォールドは、彼の言う通り真っ赤に染まってまだ熱いそれに、手の平を添えた。
「さっきと今を区切るから辛いと思うのだ。さっきの続きと思いなさい」
 その違いが、何の救いになるというのか。
「以前、モートンに叱られただろう、考える努力をしなさいと。なのに、考える努力以前に学ぶ努力すらせず、挙句、モートンを悲しませるような悪い子は、さて、どれくらいペンペンしてやろうかね」
 すでに引っ叩かれることが確定したお尻を晒されたまま続く小言に、ファビオはせっかく整えた心の準備の継続を余儀なくされる。
「大体、人の話を注意深く聞くなど、お前は仕事中にいくらでもやっていることだよね。できることをやらないなど、うんと懲らしめないとなぁ」
 スフォールドからお仕置きされるヴォルフが、いつも叩かれる前からぴぃぴぃ泣き始めて、だらしないなぁと思っていたが・・・なるほど、これは泣きたく気持ちがわかる。
 というか、しょっちゅうこんなお仕置きをされて尚、凝りもせずに何かしら仕出かすヴォルフに、むしろ感心してしまうファビオだった。
「・・・ファビオ、お前、他事を考えているね」
 何故わかる・・・。
「人の話を聞きなさいと叱られている最中に、仕方ない子だ。一から要約してお尻に言い聞かせてあげるから・・・」
 お尻に添えられていた手がふわりと離れて、ファビオはゴクリと息を飲んだ。
「ちゃんと聞いて淀みなく復唱したまえ。詰まれば一からやり直す」
 とうとうお尻に降り注ぎ始めた平手をものともせずに、スフォールドの言葉を復唱・・・などということはできようはずもないファビオであった。



 あんなにお尻が真っ赤に腫れ上がったのは初めてだと思う。
 そうなったお尻が翌日もこんなに痛いのだということも、初めて知った。
「セドリック様って、ある意味すごい・・・」
 これでじっと座って授業、やっとの昼休み。
 まだ午後の授業があるかと思うと、ファビオはへなへなと机に突っ伏して、少し椅子からお尻を浮かせた。
「なあ、なあ、ファビオ」
 後ろの席の少年に声を掛けられ、煩わしく思いつつ振り返る。
「お前、昨日、お尻を引っ叩かれたんだろ」
「~~~な・・・!」
 ニヤッと笑う少年に、ファビオは見る見る顔を真っ赤にした。
「見てたらわかるよ。あはは、お前でも、そんなお仕置きされるんだな」
「うるさいな! 放っておいてくれ!」
「怒るなよ。お前でもそんなお仕置きされるんだなと思ったら、何かホッとして」
「~~~喧嘩を売ってるのか、お前は」
「違うって。お前ってさ、いつも無口で大人っぽくてカッコいいから、話しかけにくいんだけど、俺たちと同じなんだと思ったら、嬉しくなったんだって」
「・・・ばーか。そんなことで喜ぶな。要するにお前もお尻ペンペンされてるってことだろ」
 バレているなら情けない姿を見られてもかまうものかと、ファビオは堂々と痛むお尻をさすりながら肩をすくめた。
「ふふ、ちゃんと話してくれるんだな。オルガが言ってた通りだった」
「・・・オルガが?」
「ファビオはお話が嫌いなのじゃないから、話しかけて平気よって」
 つい頭を掻く。
 オルガに助力する為に同じクラスにいるのに、自分が補助されていてどうするのか。
 ふと見ると、オルガがニコニコとファビオを見ているのと目があった。
 仕方ない。
 不本意だけれど、オルガの為に、彼らに馴染む努力をしてみようと思うファビオだった。



つづく


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