道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Teens2

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 クラウンは掛布団を抱き寄せるように、揺さぶってくる邪魔な手から体を遠ざけた。
「僕は体調不良でお休みするって、先生に言っておいてぇ・・・」
 安眠を妨害する寄宿舎のルームメイトに、いつものように手を振って見せる。
 寄宿舎を抜け出して夜の街に繰り出した翌朝はいつもなので、ルームメイトは諦めて学校に向かってくれる。
「体調が?」
「ん~」
「どういう風に?」
「もう~、いつものヤツだってば。いいから早く授業に・・・・・・」
 微睡みの中から引きずり出されていく不愉快さに顔をしかめて、クラウンはルームメイトをベッドから見上げて、硬直した。
「おはようございます、坊ちゃま」
 そうだった。
 学校は退学になり、自分は屋敷に戻ってきていたのだ。
 朝一番に、目の奥が笑っていないスフォールドの微笑みを見るのは、心臓に悪い・・・。
 のそのそとベッドから体を起こしたクラウンの眼前に、スフォールドの懐中時計がぶら下がる。
「起こしても、起こしても、起床定刻からすでに二十分も経過。許可した初めてのお忍びの翌朝に、これでございますか」
「あの・・・」
 小さく息をついたスフォールドは懐中時計を上着のポケットにしまい、上目遣いの主の頭を撫でる。
「これでお忍び禁止などと言いませぬよ。あなたに合ったお勉強方法であるから、旦那様の許可もいただいたのですから」
 頭を撫でていた手が、今度はクラウンの鼻を摘んだ。
「ただし、日常生活に支障が出ないよう、微調整はさせていただきますよ。その都度、お約束項目が増えていくことは、お忘れなく」
「え、それって・・・」
 初めてスフォールドと出会った日のお仕置きを思い出し、クラウンは息を飲む。
 スフォールドが約束事を唱え、それを復唱させられる。
 それはスフォールドの膝の上で、お尻を叩かれながら。
「無論。お約束の確認はお尻ペンペンでと決めておりますので」
「決めないでよぉ、そんなこと! 僕、もう十七なのに!」
 しかも、そんな子供のようなお仕置きを課す相手は、自分のたった一つ年長なだけ。
 今までは学校の先輩くらい、簡単に転がしてきたのに、この小言やだけはどうも上手くいかない。
「はい、さっさとベッドから出てくださいまし。坊ちゃまのスケジュールが遅れると、ここを掃除するメイドのスケジュールも食事の支度をするコックのスケジュールも、給仕にあたる従僕たちのスケジュールも、すべて狂ってくるのですからね」
 洗面用具の支度を始めたスフォールドの背中を、クラウンは膨れ面で眺めていた。



「申し訳ございません、旦那様。まだ微調整の段階ですので、どうか、ご容赦くださいませ」
 最敬礼を見せるスフォールドに、フォスター老伯爵は苦笑いして、背もたれにもたれて居眠りしている息子を眺めやった。
「まあ、息子にはまだ補助的業務しか任せておらぬし、居眠りされようと支障はないのだがね・・・」
 それでも、その居眠りの原因が、スフォールドが許せと言うお忍びの夜遊びと思うと、どうも釈然としない。
「貴族の道楽息子が夜遊びや女遊びに耽けることなど珍しくもないが、家の者がそれを快諾してなど、聞いたことがない」
「ええ、私もでございますよ」
 老伯爵が目を瞬く。
「君流の教育法かと思っていたぞ」
「まさか。他家の坊ちゃまに、このようなことを許可したことはございません」
「では何故、息子にだけ・・・!」
 幾分、不愉快そうな面持ちを向けられて、スフォールドはスヤスヤと眠りこけているクラウンを流し見た。
「才覚、にございます」
「才覚?」
「はい。同じ価値観のみで形成された集団が幾種類にもある中で、坊ちゃまはその間をヒラヒラと飛び回り、どの集団からも快く迎え入れられる。けれど、決して一ヶ所に染まることはない。これは、貴族社会で生き抜いていく為の、一つの才覚かと、私は愚考致します」
「・・・確かに、息子は社交界でも、トンマだ、間抜けだと言われながら、誰からも好かれているが・・・」
「私の見解が間違っていなければ、坊ちゃまを評すのに、お調子者という言葉はないはずかと」
 老伯爵は口元に拳を当ててしばらく考え込んでいたが、確かに、そう言われるのを聞いたことはない。
「ただのお調子者であれば、私はお仕えしようとなど思いませぬ」
「・・・よかろう、しばし、様子を見させてもらうよ」
「恐れ入ります。・・・さて、居眠りをなさっていても支障なしとあれば、この場からお連れしても、問題はございませんね?」
「え? ああ、構わないけれど・・・あそこに連れて行く気かね? 私は息子に厳しくしてはきたけれど、道具まで使ったことはないから・・・、その、あまり・・・」
 奥歯にものが挟まったような老伯爵の言葉に、スフォールドが肩をすくめた。
「滅多なことで道具を振ったりは致しませんよ。そういう場所がある・・・という意識の抑制効果を期待しての部屋。第一、他の部屋を使っては、メイド達の仕事の邪魔になりましょう」
 つまりそれは、仕事の邪魔になるくらい、たっぷり時間をかけるという宣言にしか聞こえなかった老伯爵は、小さな子供の頃と変わらぬ寝顔の息子を、少々哀れみの目で見つめた。
 ツカツカと居眠り中のクラウンに歩み寄ったスフォールドは、ヒョイと彼を小脇に逆さに抱え上げた。
 心地よい睡魔との添い寝からいきなり引き離されたクラウンは、自分がスフォールドの脇にぶら下げられていることに気付き、何事か理解できずに周囲を見回した。
「旦那様、御前失礼致します」
 苦っぽい笑みを浮かべる父を見て、クラウンはようやく状況を把握して、そろそろとスフォールドに首をねじ向けたのだった。



 脇にぶら下げられたまま執務室から連れ出されてしまったクラウンは、時折抵抗を試みるも、ビクともせずに階段を登るスフォールドに、不服満面で足をばたつかせた。
「もう! 荷物じゃないんだから、こういう運び方しないでよ」
「荷物の方が静かでよろしゅうございます」
 三階建ての屋敷の間取りは、主一家より使用人の方が詳しい。
 ここで生まれ育ったクラウンすら、あまり知らない部屋がいくつもある。
 この屋敷に、三階より上へ行く階段があることなど、今日初めて知った。
「ど、どこ行くの?」
「はい、先日、旦那様にお願いして、屋根裏部屋を坊ちゃま専用のお部屋に改装して頂きました」
「屋根裏? 専用って・・・」
「着きましたよ。ご自分の目でお確かめくださいませ」
 開け放ったドアの向こう側に放り込まれて、クラウンは辺りを見回しゴクリと喉を鳴らす。
 床にはオットマンがポツンと据えられ、壁にはケインとパドルが吊られている。
「坊ちゃまのお尻ペンペンのお部屋にございます」
 無情に閉じられたドアを背に微笑むスフォールドに、クラウンはすでに泣きべそでジリジリとお尻で床を這って彼から距離を取った。
「おや、お約束事項は?」
「あ、あれは・・・約束事項を破ったら素直にお尻を差し出すってあったでしょ。僕、約束は何も違えてないもの」
「左様でございましたね。では、お約束事項を改訂せねば」
「~~~」
 スフォールドは得心いったように顎を撫でて頷くと、床を這い続けてとうとう壁際に追い詰められたクラウンを、再び脇に抱え上げた。
「や、やだ! 離してよ!」
「お約束事項第五項改訂」
 腰のサスペンダーのボタンが外されて、クラウンはどうにか脇を抜け出そうと足掻いたが、あっさりとズボンごと下着を剥かれてお尻がはみ出す。
「一つ」
 パンッと鋭い音が屋根裏部屋に響いて、クラウンが垂れ下がっていた頭を跳ね上げた。
「~~~痛いぃ・・・」
「お仕置きには、素直に、お尻を、差し出す、こと」
 切った言葉の数だけお尻に振られた平手に、クラウンは身動きもできず声も出ない。
「~~~い、痛いよぉ。もう居眠りしないからぁ、これで勘弁して・・・」
「復唱」
 またピシャリとやられて、クラウンは弾かれるように首をすくめた。
「ひ、一つ・・・ぅ! ・・・・・・」
 口を噤んだクラウンの言葉を促すように、スフォールドがお尻にピシャピシャと手を当てる。
「~~~お仕置きには素直にお尻を差し出すこと!」
 まくし立てるような声に、スフォールドは目を瞬いた。
 これ以上ないくらいの早口で言われては、お尻を叩くタイミングを逸してしまったではないか。
 なるほど、考えたわけだと思ったら、つい可笑しくなって吹き出してしまった。
 スフォールドはクラウンを脇から下ろしてやると、オットマンに腰を下ろした。
「では、今のお約束を、実行していただきましょうか」
 彼が足元の床を指差しているのを見て、クラウンはくすんと鼻をすすってヒリヒリするお尻をさする。
「終わりじゃないのぉ?」
「お約束を改訂しただけでしょう」
 膨れ面の上目遣いでお尻をさすり続けていたクラウンは、待ちくたびれたスフォールドが腰を浮かしそうになったのを見て、慌てて彼の前に四つん這いになった。
「はい、いい子。これは、ご褒美です」
 四つん這いで衣服からはみ出しているほんのり赤いお尻に、スフォールドは足の付け根に引っかかっていたズボンと下着を戻してやった。
「よろしいですか、坊ちゃま。自由とは、義務を果たしてこそ得られるものであり、だからこそ価値がある。自由とやりたい放題を、混同なさいませんように」
 四つん這いで床を眺めながら、クラウンはこくんと頷いた。
「私は、あなたを貴族の枠から自由にはみ出していただきます。では、あなたのすべきことは?」
「・・・義務を、果たす、こと」
「そうですね。では、義務とは?」
「・・・与えられた仕事をこなして・・・痛いーーー!」
 ご褒美と称されたズボンと下着の防御壁が、何の意味も持たない痛烈な平手に、クラウンが四つん這いを崩して床に突っ伏し、ゴシゴシとお尻をさすった。
「お約束」
「~~~はい!」
 もはややけっぱちに四つん這いに戻ったクラウンだが、今のが単なる不意打ちでないことは察したので、必死で言葉を模索する。
「あ。与えられた仕事を、学んで、活かすこと」
「おや。今度は満点以上の解答ですね。そうですね。学ぶだけでなく、活かしてくださいませ。その融合の為に、お忍びを許可しているのですから」
「僕はただ、遊んでいるだけだもの」
「大丈夫。坊ちゃまは、知らず知らずの内に、民草の心を学んでおられます故」
「・・・そんな過大評価、困るんだけど。僕は善政を苦心する立派な父上の後継ぎなんて・・・」
 クラウンは前回約束させられた事項を思い出し、ハッと口を押さえた。
「・・・危なかったですねぇ。またお尻を丸出しにひん剥かれるところだ」
「~~~あのさぁ! お前の小言、くどいよ!? 義務とやらの仕事中に、居眠りしたのは悪かった! だからチャッチャとお仕置きして、終わってくんないかな!?」
 スフォールドが肩をすくめて両手を広げた。
「そうですか。一度目なので、厳重注意のお小言で済まそうと思っておったのですが」
「・・・え?」
「そのように愁傷に、お尻ペンペンでの反省をお望みならば、そう致しましょうね」
「え、いや、違う・・・望んでとかでなく・・・やだ! 離してよ、スフォールドぉ!」
 あっという間にオットマンに掛ける彼の膝に腹ばいに据えられてしまったクラウンは、涙目をスフォールドにねじ向けた。
「さて、二度目があれば制定するつもりだったお約束事項の追加と参りますか」
「やだぁ! ごめんなさい! 約束は次! 次にしてぇ!」
「・・・『次』という言葉を使って良いのは、こういう場合、私だけだとお思いになりませぬか?」
「・・・・・・あ」
「一つ!」
 一つ、お忍びの翌朝の寝坊厳禁。
 一つ、仕事には真摯な姿勢で臨むこと。
 一つ、スフォールドが見定めた時間で、お忍びから帰ること。
 三つも増えた約束事項に、クラウンのお尻はすでにジンジンと熱く火照っていた。
「さて。では、お約束事項すべて、復唱して頂きましょうか」
「え・・・すべてって・・・」
「はい、すべて」
 それは計九項目。
 復唱はすなわち、お尻に言い聞かせられるということで・・・。
「お約束が増えるたびに、すべて復唱していただくことに決めました」
「そ、そんなの決めないでよぉ~~~!!」
「体調が悪いから先生にお休みだと言っておいて」
 クラウンはギクリとしてスフォールドを振り返った。
「ご学友に嘘までつかせて、平気で授業をサボっていたような悪い子に、ツケを払う時期が参ったのですよ」
「そんなぁ・・・」
 ぐすぐすとしゃくり上げるクラウンの視線から目を逸らし、スフォールドは肘を上げて平手を構えた。
「さて、どうぞ、復唱を」



 目を落としていた懐中時計をポケットにしまい、スフォールドは席を立った。
「クラウン、そろそろ帰るぞ」
 労働階級のむさくるしい男たちと飲み屋の娘たちを交えてご機嫌でビールをあおっていたクラウンが、一気に酔いがさめたように顔をしかめる。
「まだ宵の口じゃないか。もうちょっと居ようよぉ」
「駄目。門限は11時」
 取り付く島のないスフォールドに膨れ面を向けるクラウンに、娘達が笑った。
「やだぁ、門限だなんて、クラウンてば良家のお坊ちゃんみたい」
「でしょぉ? こんな厳しい兄さんが同伴じゃ、君と朝までなんて、夢のまた夢」
 調子のいいことを言うクラウンから頬にキスされたヒゲ男が飛び上がった。
「や、やめんか、この道化坊主!」
 ゲラゲラと笑う彼らを見渡したスフォールドは天井を仰いで肩をすくめると、クラウンをヒョイと小脇に逆さに抱えた。
「悪いね、みんな。今日は楽しかった、またな」
「おう。またな、スフォールド、クラウン」
 踵を返したスフォールドの脇にぶら下げられたクラウンが、名残惜しそうに両手を振っている姿が店から消えるまで、一同は手を振り返してやった。
「はは、まったく、両極端な兄弟だぜ」
「ま、あんな弟がいたんじゃ、兄貴もしっかりせざるを得ないんだろうなぁ」
「でも、どっちも素敵よ」
「け。女はすぐこれだ」
 美貌からは縁遠い男たちが、白けて肩をすくめる。
「いいじゃなーい、目の保養よ。ところで、あんたたちと毛色が随分違うけど、彼らは仕事仲間?」
 男たちが顔を見合わせた。
「いや? 誰の知り合いだ?」
 全員、首を横に振る。
 一緒に飲み始めたのは、ここにやってくる前の飲み屋。
 いつの間にか会話に加わっていたクラウンがあまりに気安いので、全員が全員、きっと誰かの知り合いだろうと思っていた。
 その彼と共にいたスフォールドも、当然のように一緒に酒を酌み交わしている内に、興が乗ってきて女のいる店に行こうという話になって・・・。
「・・・誰だ、あの二人?」
 男たちは狐につままれたようにポカンとしたが、刹那、笑いが巻き起こった。
「ま、いいじゃねぇか! クラウンって坊主は、面白いヤツだった」
 そんな楽しげな労働階級の一団を眺めていた男が二人。
 気慣れない安手のスーツを時折煩わしそうに整え直していた彼らは、顔を見合わせて苦笑する。
「驚いたね」
「はい、驚きました」
「あんなにスルリと他者の懐に滑り込んでしまうなどとは、恐れ入る・・・」
「彼らがこぼす貴族や政治への不満を、興味深げに聞いておられましたねぇ」
「・・・スフォールドに、任せてみるか」
「はい、それがよろしゅうございましょう」
 老伯爵とその老執事は店を後にすると、スタスタと道を歩くスフォールドの脇にぶら下げられたまま遠ざかっていくクラウンを眺めやり、顔を見合わせて肩をすくめたのだった。



おわり


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~ Comment ~

また2人のお話が読めてとても
嬉しいです(^_^)
次のお話も楽しみにしています!

空さま

読んでいただいてありがとうございましたv

楽しんでいただけたなら幸いです(*^^*)
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