盟友【オルガ番外編】

盟友1

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「居候が増えたせいで、要らぬ客のお運びが増えて困る」
 執務机の椅子にふんぞり返ったヴォルフの発声に、フォスターは口に含んだお茶を危うく吹き出すところだった。
 どうにか持ちこたえてお茶を喉の奥に追いやると、自分の執務机に顔を伏せて笑いを堪える。
 フォスター家からしてみれば、この屋敷は領地から居を移した父、元フォスター伯爵ことローランド公爵の持ち物であり、ヴォルフこそが居候だというのに。
 まあ、自分をすっかり家族の一員と感じてくれているのであろう発言であるので、何やら可愛くて訂正する気になれないフォスターだった。
「なあ、もっと大きな屋敷に買い替えないか?」
「ダメ。領地の復旧もようやく一段落したけれど、まだ収益は前年比を大きく下回る。領地の運転資金が優先」
「せめて離れの増築」
「却下。お前の売却した屋敷に比べれば小さいけれどね、部屋に不足はないの」
 すっかり不貞腐れたヴォルフが、さも深刻気に溜息をつく。
「こうしょっちゅうワイラーが訪ねてくるなど、落ち着かぬわ」
 まあ、気持ちはわからないでもないが、ヴォルフの場合は叱られないようにしていれば良いだけのことではないか。
 フォスターの方が、ワイラー来訪にあまりいい気分ではない。
「我慢しなさい。私の婚儀の後は、父と母はローランド公爵邸に越すことになっているのだから」
「婚儀はいつだっけ」
「来春」
「まだ半年以上もあるじゃないかぁ」
 うんざりと頬杖をついたヴォルフが、手慰みに丸めていた政務資料から、ふと顔を上げた。
「なあ、フォスター。あの二人って、ヒエラルキーはどう作用していると思う?」
「え? そりゃあ、ワイラーだろう。同じ公爵位とは言え、ワイラーは国王陛下の従伯父(じゅうはくふ)で後見役だ」
「でも、それで言えば、お父様とて王太后の妹婿で、国王陛下の義理の叔父ではないか」
 返事をしようとしたのだが、また笑いそうになって言葉に詰まる。
 父がヴォルフに向ける一人称を、フォスターに対してと同様に「お父様」と使い続けるものだから、彼もつられて父を「お父様」と呼ぶようになってしまったのが、可笑しくて仕方ない。
「? 何を笑っている」
「すまん、何でもない。そうかもしれないが、父はワイラーを常に立てている。実質的な立場より、そちらの方が重要なんじゃないかね」
「そこなんだよなぁ・・・」
 ヴォルフは席を立つと、下座のフォスターの執務机にもたれた。
「お父様は確かにワイラーを立てているけれど、議会の後、高位専用の休憩室にいる彼らを見ていると、何かこう・・・微妙」
「また曖昧な言い回しだな」
「なんて表現して良いかわからんのだ」
 フォスターは肩をすくめてお茶をすすった。
「先代国王陛下の時代から、善政の為に共に力を合わせてきた旧知の友人だもの。私たち若造にはわからん絆があるのだろうて」
「・・・私たちも、いつかあんな風になれるのかな」
 珍しく真面目腐って呟いたヴォルフに微笑んで、フォスターが頷いた。
「うん。だと良いね」
「ん?」
神妙な面持ちが急に眉をひそめた。
「待った。フォスター、考えてみればお前は国王陛下の従弟・・・になるな?」
「え? ああ、そういえば、そうなるな」
 つい先日、自分の母が王太后の妹だと知ったのだが、今更な気がして考えもしなかった。
「しかも、お前がお父様からローランド公爵位を受け継ぐ・・・」
「まあ、いずれは」
「~~~ずるい」
 見る見る膨れ面となっていくヴォルフは、とても先程の真面目な呟きをこぼした者と同一人物とは思えない。
「ずるいって、お前ね」
 苦笑をにじませてフォスターが肩をすくめた。
「爵位まで高位になったら、ますます頭が上がらないじゃないかぁ・・・」
 フォスターも席を立つと、思い切り伸びをしたついでにヴォルフの頭にぽんと手を置いた。
「私が伯爵だろうが公爵だろうが、お前との関係性は変わらないよ」
「そうだけど・・・あ」
 何か思いついたらしい表情だが、こういう時は大体ろくなことじゃないことくらい、この同居生活でわかってきたフォスターは、正直言って聞きたくない。
「そうだ、陛下の王女殿下がお年頃であったな。ちと根回しして、私が降嫁先となるか」
 ああ、やはり・・・・・・・・・。
「そうすれば、私も王家の縁戚筋。公爵位を授かれるな。さて、どう落とすか・・・」
「・・・・・・・・・オルガは?」
 ぶつぶつと根回しの方法を考案していたヴォルフが、キョトンとしてフォスターを振り返った。
「・・・・・・あ」
 溜息。
 この男、立ち位置のことで頭がいっぱいで、本気でオルガのことを忘れ去っていたな。
 悪気がないのはわかっているが、いくらなんでもあんまりだ。
 さあ、これはたっぷりと叱りつけてやらねば。
 フォスターが呼吸を整えた時、ヴォルフがおずおずと執務机に上半身を伏せた。
「・・・ごめん、なさい。オルガのことを失念するなんて、いけないこと、した」
 つまり?
 この姿勢は? 
 自分から?
 お仕置きを、と?
 まだ何も言っていないのに?
 フォスターはつい目頭を摘んで天井を仰いだ。
 子供だ子供だと思っていたのに、ゆっくりではあれ、成長してくれているらしい行動に、嬉しさがこみ上げてきたのだ。
 しかも、自分本位の暴走癖が出たとは言え、本心からオルガを想っているらしい。
 フォスターはじっと執務机に伏せているヴォルフの肩を抱き起こし、くしゃくしゃと髪を撫でた。
「いい子だ。ヴォルフ、いい子」
「・・・ぶたないの?」
「うん。何がいけなかったかちゃんとわかって、反省しているのがわかるから。今日は、お仕置きはなし」
「・・・自分から、お尻を出したから?」
 フォスターはヴォルフのまっすぐな視線を受けて、ハッと我に返った。
「違う。お前が心から反省しているのがわかったからだぞ。そこは理解してくれよ?」
 今ひとつわかっていないようだが、危なかった。
 この大きな子供に、とりあえずお尻を差し出せば許されるという大きな誤解を植え付けてしまうところであった・・・。



 ワイラーが声を上げて笑ったり大きな身振り手振りで話すのは、フォスターの父、ローランド公爵にして元フォスター伯爵、そして、クラウンとあだ名される男と、その執事の前だけだ。
 フォスターが推察したように、彼らは先王時代からの盟友。
 謀略から善政への模索まで、激しい口論すら交わして、王家と国の為に光と影として過ごしてきた年月の固い絆が、ワイラーの包み隠しのない豊かな表情を引き出すのである。
「あなたの息子とね、弁論を交わすようになるとは、昔は想像もしていなかったよ」
「先王陛下は少々、神に召されるのが早すぎました故ね」
「まったくだね。惜しい方を亡くした。けれど、現国王陛下も父王陛下に負けず劣らず、私欲のない方で、喜ばしい限りだよ」
「後見役のあなたが導かれた道でしょう? さすがですよねぇ、ワイラー卿」
「ふん、よく言う。私におべっかなど通用せんぞ、クラウン。あなたこそ、手紙のやり取りで相談役をしていたくせに」
 クスクスと笑うワイラーに、クラウンは微笑みを浮かべただけだった。
「ああ、そうそう。すいませんねぇ、ワイラー卿。うちの愚息ってば、どうもあなたにだけは、どこかツンケンと」
 ご機嫌だったワイラーが、急に表情を改める。
「いや、別にかまわんよ。殊更攻撃的であるわけでなし、議会の進行を妨げるようなこともないのだし・・・」
「ふーん? 出仕に復帰してから、不思議だったのですよねぇ。息子はあなたにだけは言いたい放題。そして、あなたもどこか、息子に遠慮気味」
「まあ、仕置き館のこととかね、色々摩擦があったし。私はそんなことで目くじら立てぬよ」
「ああ、仕返しにケインで打ち据えて、スッキリしたと笑っていらっしゃいましたもんねぇ」
「そうそう。私の中では、あれで解決した話だ」
「ほお、解決。・・・スコールド」
 クラウンが指を鳴らすと、スフォールドが応接室のドアを開け、サラサラと幾人かのメイドが入ってきた。
 何が始まったのか理解できなかったワイラーは、目を瞬いて壁際に整列したメイド達を見た。
「発声を許す」
 スフォールドが言うと、メイドたちが一斉に頷いた。
「はい、確かに、この方にございます」
「・・・そう。わかった。下がってよし」
 再びドアの向こうに姿を消したメイドたちに、ワイラーが首を傾げる。
「クラウン、今のは・・・」
「ああ、あの娘たちは、仕置き館の元収容者ですよ。息子が二代目の主宰ということで、メイドの採用は積極的に仕置き館からだそうで」
「え、ああ、そう・・・」
 ワイラーの目が泳ぎ始めたのを、クラウンが見逃すはずがない。
「そろそろ、白状したらどうだい、ワイラー。僕が君を名前で呼ぶ前に」
 ゆったりとソファにもたれかかったクラウンと対照的に、ワイラーは真っ青な顔を俯けていた。



 労働階級者で賑わう夜の目抜き通りを、三人の若い男が歩いていた。
「ワイラー卿、その歩き方、もう少し何とかなりませんかねぇ。せっかく安いスーツをお召しなのに、上品なお育ちがダダ漏れですよぉ」
 物珍しげに街並みを見回していたワイラー公爵は、着心地の悪いワイシャツの首元を引っ張って、安手のタイを摘まんだ。
 平民の生活ぶりを視察したいと言っただけなのに、五つ年長の通称クラウンの屋敷に連れ込まれて、あっという間に執事のスフォールドにこんな格好に着替えさせられてしまった。
 クラウン曰はく、郷に入っては郷に従え。
「平民がくつろいでいる場にお貴族様が出向いたら、警戒されちゃいますよ」
 まあ、それはそうかも知れないが。
「ほらぁ、せめてもうちょっと肩を落として、背中を丸めるイメージで、足は外に投げ出す感じで・・・」
「そんな下品な行為が・・・!」
 顔を赤らめて声を上げたワイラーが言い終わらぬ内に、クラウンは一軒の店先で樽をテーブル代わりに飲んでいた男たちに呼ばれて、小走りにそちらへ行ってしまった。
 どう見ても、初めての仲には見えない男たちは、中産階級どころか明らかに肉体労働従事の工員か何かだ。
「・・・おい、スフォールド。あれは何だ」
「旦那様は最低でも月に一度はこの界隈を、お忍びなさっているので。顔見知りが多いのですよ」
「そんなことをやっているのか、あの男は! スフォールド、執事の君が諌めずしてどうする。伯爵でもどうかというのに、彼は今や公爵なのだぞ!」
 呆れ果てるワイラーに、スフォールドが苦笑した。
「一応、あれでも仕事をなさっておられるのですよ」
「仕事? あれのどこが?」
 男たちに勧められるままビールをあおってご機嫌のクラウンを眺め、ワイラーが顔をしかめる。
「平民のたまり場に、富豪や貴族、王家への不平不満は付き物です。旦那様はそれを聞くことで、民草が何を考え、どうして欲しいのかを知り、政務の下敷きとなさっておられるのです」
 スフォールドの言葉に、ワイラーは恐れ入る思いでクラウンを改めて眺めた。
 あの道化師はとにかくこの国の人々に、笑顔でいてほしいらしい。
「ワイラー卿、そのような尊敬の眼差しは必要ございませんよ。あの方は根が道楽息子ですから、きっちり楽しんでおいでです。―――おい、クラウン! いつまで油を売っている」
 主人に対する呼びかけとは思えない。
 ワイラーが唖然としていると、男たちに手を振りながら舞い戻ってきたクラウンがニッと口端に笑みをなぞらえて彼を覗き込んだ。
「お忍びの鉄則ですよ~。お供は友。従者を随行させた遊人なんて、いませんから」
「いいや、今のは本気で言ったのだが? ワイラー卿を連れての長居は、お前の正体がバレかねん」
 クラウンがワイラーに肩をすくめた。
「怒られちゃった」
「~~~」
 この二人の関係性は、至極真っ当な貴族社会の教育を受けて育ったワイラーには、甚だ理解しかねる。
 主と執事という時ですら、言葉は丁寧でも率直な意見を述べるスフォールドと、それを受けて同じ目線で答えるクラウン。
 どこか羨ましくさえ思える間柄だった。
「これ以上怒られない内に、視察を進めましょ。いざ、この華やかな目抜き通りの裏舞台へ」
 ワイラーが誘われたのは、公営賭博場や風紀の守られた飲み屋から一筋外れた、少し薄暗い裏道だった。
 そこには、食堂の看板を掲げた小さな店がいくつも並び、外灯の下には、老婆が木箱に腰掛けて編み物をしている姿がずらりと並んでいる。
「ワイラー卿、我が国が売春を禁じて、それを斡旋する売春宿を取り締まっているのは、当然、ご存知ですよね?」
「もちろんだ」
「その抜け道が、これですよ」
 普段の軽い口調でないクラウンの真面目な表情を眺めやり、ワイラーは改めて外灯の下の老婆たちを見た。
「この界隈は、あくまでも食堂街。そこの給仕の娘と客がたまたまここで寝屋を共にしても、それは自由恋愛」
 よくよく見れば、外灯の下に老婆がいるところもあれば、彼女らが座る木箱だけがポツンと置かれているところがある。
「老婆は客引き。木箱だけなら、店の娘は現在完売中の目印」
「そ、それを司法は・・・!?」
「無論、周知。けれどねぇ、老婆が店の前にいようがいまいが、食堂の看板が守ってくれますね」
 まだ若輩の域を出ないワイラーは、公然と成り立つ売春宿の実態に、唇を噛み締めて戦慄いていた。
「これを一掃するには、牢獄に放り込むだけでなく、娘たちが生きていけるよう、手に職をつけてやるのが良いように思います。ただ、中には地道に働いて得られる報酬より、安易に春を売る気楽さに溺れる者もおりまして」
 クラウンの言葉に、ワイラーの目が妖しく光った。
 以前から考えていた構想に、はっきりした絵が見えてきた。
 娘たちの制裁与奪を欲しいままにお尻叩きのお仕置きを公然のものできる場所。
 そうだ。
 売春婦更生施設。
 良いではないか。
 男を容易く受け入れて大金を稼ごうとする性根を、その白い尻を真っ赤に腫らして贖わせる。
 ごめんなさい、もうしませんと、お尻をぶたれて子供のように泣きながら許しを請う娼婦。
 良い。
 実に良い。
 理想的だ。
「・・・もしもーし、ワイラー卿? 獲物を物色する目になっていますよ~」
 クラウンに頬をつつかれたワイラーは、彼の鋭い眼光にビクリとしたが、それは見間違いだったようだ。
 我に返ってみれば、クラウンはいつも通りの能天気な笑顔。
「さて、社会見学上級編。どれか、入ってみましょうか」
「え!?」
 鼻歌交じりのクラウンに引きずられるようにして、ワイラーは外灯の下の老婆の元まで歩かされていた。



つづく


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