道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお小言Teens1

 ←オルガTIMES →道化師とお小言Teens2



 寄宿舎から運び出した荷物を、御者や従僕たちが馬車に積み終えたのを確認し、老人は地面についたステッキの柄に額を押し付けるようにして深い溜息をついた。
「とにかく、旦那様は大層お怒りでございます。口に出してよいのは謝罪のみ。軽口や口答えは、くれぐれもなさいますな。坊ちゃまはもう十七でございましょう。いい加減、伯爵家の後継ぎとしてのご自覚を・・・」
 いくら矢継ぎ早に小言を言ったとしても、必ずどこかにふざけた軽口を挟んでくる筈の声がないことに、老人はふと顔を上げた。
 それでようやく、自分の小言が大きな独り言であったことに気付く。
「~~~坊ちゃま!!」
 親愛の情を込めて窓からはやし立てるようにエールを送る学友達に大きく手を振りつつ、青年は迎えの馬車からすでに遠く走り去っていたのだった。



「あら、クラウンじゃない。なぁに、その貴族のお坊ちゃんみたいな格好」
 行きつけの酒場に姿を見せた青年に、女店主はクスクスと笑って彼を舐め回すように眺めた。
「うん、ちょっと」
「お坊ちゃんから賭け金代わりにせしめたの? 生憎だけど、私を抱けるほどの魅力はないねぇ」
 本来の姿をどう言い訳しようかと考えていたのだが、日頃の行いが上手く作用したようで、女店主は勝手に決着をつけてくれた。
「えー? 似合わない?」
「いいえ、驚くほどお似合いよ。けど、アンタらしくないわ。奥にヒモ男の服があるから、好きなのに着替えれば?」
「ありがとう、マダム。この服は売っちゃって良いよ~」
「そりゃ助かるね。仕立ても生地も上等だし、さぞかし高値で売れそうだ。今日は好きなだけ飲んで行きな」
「ホント!? マダム、大好き」
 頬にキスを残して店の奥に消えたクラウンに、マダムは苦笑した。
 そりゃあ男にも女にもモテるはずだ。
 整った顔立ちに、いつだって柔和な笑顔と人懐こい仕草。
 本名は知らないが、クラウン(道化師)という愛称は、言い得て妙だと思った。



 マダムの情夫の服を来て再びカウンターに戻ってきたクラウンは、店の片隅から聞こえる呻き声や歓声に目をやった。
「どうしたの? 何か、賑やか」
「ああ、カードゲーム。最近ちょくちょく来るようになった若造がね、とにかく強くてさ。大金を巻き上げて帰っていくから、どうにか一矢報いようという連中が、今日もコテンパン」
「ふーん?」
 その青年は、年の頃はクラウンと同じくらいだが、表情豊かな彼とは対照的な眉一つ動かさないポーカーフェイス。
「ベット。二十センズ」
 対する男がニヤリとして言った。
「・・・オールイン」
 ミスター・ポーカーフェイスが答えると、見物客がどよめく。
「は! どうだ、ストレート!」
「・・・フルハウス」
 テーブルにカードをサラサラと並べた彼に、対する男は顔色を失った。
 見物客もさすがにざわめき始める。
 それはそうだろう。
 ポーカーフェイスの手元には、すでに対する男の有り金全部が束になっているのだ。
 対する男は店の常連。
 ポーカーフェイスは新参の若造。
 この結果は、些か招かれざる空気を醸し出す。
「はーい! はい、はい、はい! 次、僕がやる~」
 不穏な空気に割って入った賑やかな声が、見物客たちの勢いを削ぐ。
「おう、クラウン。やるってお前、カードゲームじゃいつもボロ負けじゃないか」
「奇跡って言葉もあるでしょぉ。ね、僕が勝つ方に賭ける人~!」
 見物客の間に、苦笑が揺蕩う。
「そりゃお前、こっちの兄さんだ」
「えー、みんな見る目ないなぁ。じゃ、こうしようよ。僕が勝つ方に賭けたら、賭け金みーんなに返却しちゃうよ~」
 見物客は顔を見合わせたが、やはり全員がポーカーフェイスに賭けると声を揃えた。
「ひどいなぁ。じゃ、孤立無援で勝負開始。ミスター・ポーカーフェイス、三ラウンドね」
「・・・スフォールドだ」
「僕はクラウン。じゃ、いざ勝負」
 そうして始まったゲームに、見物客たちが目を見張る。
 相変わらずポーカーフェイスを貫くスフォールドに対して、頭を掻いたり顔をしかめたり満面の笑みを浮かべたり、手の内がダダ漏れのクラウン。
 だが、本当に奇跡が起きつつあったのだ。
 三ラウンド中、スフォールドが二回勝負を降りて、チップの半分はクラウンの元へと移っていた。
「はーい、注目! 最終ラウンド、みんな~、僕に乗り換えるラストチャンスだよ~」
 見物人はざわめいたが、結局、彼らは自分たちを散々やり込めたスフォールドを支持。
「ちぇっ、信用ないなぁ。じゃ・・・」
 クラウンがテーブルに並べた手札はフラッシュ。
 対してスフォールドは・・・。
「ありゃ、フォーカード」
 見物人から失笑が沸き起こる。
「おいおい、クラウン! 全部巻き上げられたな!」
「笑わなくてもいいでしょー。みんなに賭け金返してあげようと挑んだのに~。だぁれも僕に賭けてくれないし」
 むくれるクラウンの髪を、先程までスフォールドと対峙していた男が掻き回した。
「はいはい、ありがとよ。けど、勝負に負けたのは俺たちだしな。さて、飲み直すか」
 ザラザラと席に散っていく彼らに手を振るクラウンを、黙って見つめていたスフォールドが口を開いた。
「・・・礼を言う。些か、勝ち過ぎたと思っていた」
「何が? ちょっと待っててね~、ビールもらってくる」
 ヒラヒラとカウンターに向かったクラウンの背中を、スフォールドは苦笑して眺める。
 表情豊かなポーカーフェイスなど、初めて見た。
 この自分が手の内を読めず、たかがブタやツーペア相手に勝負を降りてしまったではないか。
 自分と年の頃の変わらぬクラウンという青年は、勝ち過ぎが招いた不穏な空気を払拭してしまった。
 彼が最終勝負の寸前で手札を切り替えたのを、スフォールドは見逃さなかった。
 テーブルに残る、彼が最後に捨てたカードをめくってみる。
「・・・やっぱりな」
 彼はストレートフラッシュで勝てた勝負を、わざとフラッシュに落としたのだ。
 おそらく、見物人の賭けが自分に移ればそのまま勝つつもりだった。
 が、彼らが動かなかったので、勝負を負けに転じたのだろう。
 勝負がどちらに転んでも、見物人が納得する手を打った。
 そして何より彼は、フラッシュ以上の役を握るスフォールドの手の内を読んでいたということ。
 両手にビールジョッキを持ったまま、あちこちのテーブルに立ち寄って楽しそうに語らうクラウンを見つめ、スフォールドは肩をすくめた。
 これは、すっかり気の抜けたビールをご馳走になりそうだ・・・。



 店を出たスフォールドは振り返り、犬を追い払うように手を振った。
「どうして付いて来る」
「だって、君に有り金全部君に取られちゃったから、文無しなんだもん」
「じゃ、さっさとお家へ帰るんだな」
「さっき、礼を言うって言ってたでしょ~。君の家に泊めてよ。僕、可哀想な家なき子」
 スフォールドは溜息をついて、彼の爪先から頭まで視線を流した。
「良家の坊ちゃん、家出は感心しないね」
 クラウンが目を瞬く。
「ありゃ、何でわかっちゃった?」
「意識して庶民風に振舞っているようだが、そこかしこに出ているんだよ、洗練された仕草が。そして何より・・・」
 腕を伸ばしたスフォールドが、クラウンの手を掴んで引き寄せる。
「労働階級が、こんな小奇麗な手をしているものか。そら、お迎えだぞ、お坊ちゃま」
「え」
 クラウンが振り返ると、一ブロック先にお仕着せ姿の従僕が二人、周囲を見回しながら歩いている。
「離してよ~、スフォールド」
「駄目。方々! お探しの方はこちら・・・」
 刹那、スフォールドは従僕に向けて降った手を腹の前にかざした。
 その手の平に、クラウンの膝が激しく喰らい込む。
「・・・ありゃ」
 防御された膝蹴りを、そろそろと収めようとしたクラウンだったが、そのままスフォールドに膝を持ち上げられて、小脇に逆さに抱え込まれてしまった。
「どこで覚えたか知らんが、そんな乱暴を働く悪い子は、お仕置きしてやらんとな」
「君が悪党の誘拐犯なら、褒められる行為だと思うけど」
「その減らず口が、いつまで続くか、見ものだよ」
「お尻ペンペンなんて慣れっこだもんね」
「慣れるほど、家の者を困らせているのかね、とんだ悪童だな。何なら、店の中に戻って丸出しにしたお尻にペンペンしてやろうか? 恥ずかしくて、ここに遊びに来られなくなるなぁ」
「お好きにどうぞ。遊び場がここでなきゃいけない理由はないし」
「ほう?」
 スフォールドは脇にぶら下げたクラウンを見下ろした。
 あんなに楽しそうにしていた割に、ここに固執する気はないらしい。
「はーい、お迎え到着、時間切れ~。君の出番はおしまいだよぉ」
 スフォールドに首をねじ向けてニヤリとしたクラウンが指差した先に、先程の従僕二人。
 そして、蹄と車輪の音に振り返ると、一台の立派な馬車が彼の傍らに止まる。
「ああ、やはり君だったか。随分と貧相な出で立ちなので遠目からはわからなかったが、立ち姿でもしやと思ってね」
 馬車から覗く老人に、スフォールドはクラウンを脇に抱えたまま丁寧に一礼した。
「これは、フォスター家の執事殿。ということは、このお坊ちゃまはフォスター伯爵家の」
 老人とスフォールドが知り合いらしい会話をかわしていることに、クラウンがさすがに驚きの表情を向ける。
「そう、社交界で評判の放蕩息子様だよ」
 ああ、これが・・・と、スフォールドは頷いた。
 噂では聞いていたが、想像と違った。
 放蕩といえば、地位を笠に着たやりたい放題の道楽息子をイメージしていたので、常連先であんなに可愛がられている彼とフォスター家の噂の子息とが結びつかなかったのだ。
「ふむ。我ながら、思い込みはいかんな」
「ところで、君はどうしたのだね。そんな姿でこんな場末の飲み屋街にいるなどと」
「はあ、勤め先を解雇されまして」
 老執事が苦笑した。
「またかね。出来過ぎの近侍(きんじ)というのも、考えものだねぇ」
 彼もまた、上流階級で有名人だ。
 若干十八歳というのに、どうにも口うるさいが、その仕事ぶりは綿密で繊細。
 目立つ行動はしないのに、主人はいつしか彼を頼りにし、結果、その家の執事にやっかまれて解雇。
 これでついに三軒目だ。
 お陰で、採用権限を持った他家の執事にも警戒されて、就職できないまま半年が過ぎていた。
「そろそろ実家のある炭鉱町に帰ろうかと思ったのですが、旅費もないので」
 ここでカード賭博をして稼いでいたのである。
「田舎に引っ込む気かね。もったいない」
「恐れ入ります。けれど、先立つものがなければ、暮らしていけませんしね」
「・・・ならば、この放蕩坊ちゃまのお目付け役として、働かぬかね?」
 老執事の言葉にギョッとして、脇から抜け出そうともがき始めたクラウンのお尻にピシャンと叩き、スフォールドが肩をすくめた。
「ありがたいお申し出に感謝いたしますが、私などを雇い入れたとあれば、他家から睨まれますよ」
「は」
 もはや自棄っぱちのように、老執事が大きく両手を広げてみせた。
「フォスター家評判の放蕩息子は、このほど学校を退学処分と相成った。これ以上の醜聞より、怖いものなどあるものかね」
 スフォールドは目を瞬き、やがて、苦笑を浮かべて脇にぶら下げたクラウンに目を落とすと、彼は愛想笑いの顔をねじ向けていた。



「だって爺、考えてみなよ?」
 従僕たちを乗せた馬車。そして、寄宿舎から引き上げた荷物を乗せた馬車。
 その二台を引き連れるように先頭を走る馬車の中で、クラウンが飄々と肩をすくめる。
「どうせ、謝ったところで父上にお尻ペンペンされて、屋敷で軟禁生活開始だもの。なら、その前に少しでも羽を伸ばしたいと思うのが、人情ってもんでしょ」
 老執事は足元についたステッキに額を押し付けるようにして、深い溜息をつく。
「羽を伸ばし続けた結果の退学処分にございましょう。これまでとて、旦那様が退学だけはと散々頭を下げられて停学処分で収めていただいたと言うのに・・・」
「別に、頭なんか下げてくれなくて良かったのにね」
「坊ちゃま!」
「だってさぁ、爺。僕が伯爵家の後継ぎに向いてると思う?」
「向くとか向かないとか、そういう問題ではございません!」
 ずっと黙って聞いていたスフォールドが、至極真面目な面持ちでクラウンを見た。
「向いているよ」
「え?」
「お前は伯爵にも、いずれ関わる貴族議員にも、向いている」
 退学までの経緯も、聞けば伯爵家の後継ぎだろうが何であろうが、普通ならもっと以前に下された処分だ。
 寄宿舎の無断外出に門限破りは日常茶飯事。真夜中の講堂でクラスメートと酒盛りでドンチャン騒ぎ。礼拝堂での黙祷中に司祭の足元に爆竹を投げ込んでダンスさせ、視察に訪れた貴族議員団のハットに、もれなくカエルを忍ばせて・・・。
 父親が頭を下げたくらいで撤回されたとは、到底思えない。
 即ち、クラウンは教師たちからも可愛がられていたと察することができる。
 絶やさぬ笑顔と人懐こさ、そして、深入りしない人付き合い。  
 彼はすでに謀略渦巻く貴族社会の中で生き抜いていく、最強の武器を携えているのだ。
「・・・御大(おんたい)、先程の件、私は正式採用としていただいて、よろしゅうございますかな?」
 ステッキから顔を上げた老執事が、心からホッとしたように頷いた。
「ありがたい! 何しろ、坊ちゃまは旦那様がお年を召されてから授かったもので、お小さい頃ですら追い回すのは難儀だったというのに、こんな逃げ足の早い青年になられては、この老体では太刀打ち出来ん」
「ご心痛、お察し申し上げます。ところで一つ、お願いがあるのですが・・・」
「何でも言ってくれたまえ」
「私は、この方を自由にさせておきたく存じます」
 老執事はしばし唖然とし、クラウンが目を輝かせてスフォールドを見た。
「え、いや、それは・・・!」
「この方を型通りの貴族に仕立てては、もったいのうございますよ」
「・・・それが、評判の有能近侍の見立てかね?」
 スフォールドが頷くと、老執事が天井を仰いで息をついた。
「わかった。旦那様には私からお話しておこう」
「では、旦那様からのお仕置きは必要なしともお伝えください」
 スフォールドは傍らのクラウンに、にっこりと微笑んだ。
「あなた方にご心配をかけても一言も謝らぬ悪童を、私がうんときついお尻ペンペンで懲らしめておきますので」
「え!」
 クラウンが青ざめて馬車のドアに張り付いたが、父や老執事と違って若いスフォールドに腕を掴まれてしまうと、抵抗は叶わない。
 膝の上にうつ伏せに組み敷かれたクラウンが、咄嗟に窓の景色を確認したのを、スフォールドは見逃さなかった。
「お屋敷につくまでなどと、甘いお考えはなさいますな。今からのは、ほんの挨拶代わり。お屋敷に着いたら、お部屋で本番ですからね、覚悟なさい」
「~~~痛いぃぃいい!!」
 若いスフォールドのバネのような筋肉が繰り出した平手に、クラウンが頭を跳ね上げた。
「子供の頃は父の手伝いで炭鉱夫。王都に出てきてからは、使用人修行で下男から。体力と力には、些か自信がございます」
 お尻叩きのお仕置きは慣れていても、こんな痛い思いをしたのは初めてのクラウンは、クスンと鼻をすすってスフォールドを見上げた。
「・・・ホントに、自由にさせてくれる?」
「はい、貴族の型枠は準備致しません。ただし、人としての枠をはみ出せば、容赦致しませんので」
「わ、わかったよぉ、謝る。謝るから・・・」
「ええ、そうですね。今まで叱られても反省せずにお父上と爺やに心労をおかけした分、たっぷりと泣いて謝っていただきますよ」
「~~~そんなぁ・・・」
 スフォールドが平手に息を吹きかけた仕草に、クラウンはギュッと目をつむって首をすくめた。



 屋敷に到着後の本番で、クラウンが丸出しのお尻を真っ赤にされて約束させられたこと。
 一つ、進むはずだった大学までの勉強は、家庭教師にきちんと教わること。
 一つ、家の中だけは、父や爺や、使用人を安心させる振る舞いをすること。
 一つ、お忍びに出る際は、必ずスフォールドの許可を得ること。
 一つ、お忍びには、必ずスフォールドを随行させること。
 一つ、これらを破れば、素直にお尻を差し出すこと。
「それから・・・」
「~~~まだあるのぉ?」
 スフォールドが約束事を唱えるたびにきつい平手が振り下ろされるし、復唱させられる間も、それは続くので、たまったものではない。
「これが最後です」
 高々と振り上がった手の平を見上げて、クラウンが息を飲んだ。
「一つ!」
「ひっ!」
「今後、一切、ご自分が、後継ぎに、向いて、いない、などと、おっしゃいますな!」
「痛い! 痛い! 痛いってばぁ!」
「お返事は!」
「はい! わかりました! もう二度と言いません! だからもう勘弁してよぉーーー!」
「では、復唱を」
 復唱すれば、また・・・。
 クラウンはヒリヒリするお尻をさすってスフォールドに涙目の膨れ面をねじ向けたのだった。



おわり


  • 【オルガTIMES】へ
  • 【道化師とお小言Teens2】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

初めてコメントさせて頂きます!
どのお話も大好きで毎日サイトに来てます!クラウン、スフォールド大好きです♡
是非続きが読みたいです、、、
これからもお話楽しみにしております!

空さま

コメントありがとうございます(*^^*)

クラウン&スフォールドを気に入っていただけたようで、嬉しいです。
彼らのエピソードは時折浮かぶので、チョコチョコ書き進めております。

またお付き合いの程、よろしくお願いしますv
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【オルガTIMES】へ
  • 【道化師とお小言Teens2】へ