盟友【オルガ番外編】
お仕置き実験
「では、もう二度とお仕置きなど受けずに済むようにしなさい。下がってよし」
メイドは満遍なく赤く染まったお尻に自らドロワーズを引き上げたが布が擦れて痛んだようで、泣きべその顔を更にしかめた。
それでも、いつまでもここにいたくないらしく、お尻をさすりながら急いでドアに向かう。
「待ちなさい」
メイドは彼の声にビクリと身を竦めて振り返った。
「黙って立ち去るのかね?」
これを言うのは恥ずかしい。けれど、言わなければせっかくしまえたお尻をまた彼に晒して、ぶたれるのは嫌だ。
「~~~お仕置き、ありがとうございました・・・」
「・・・結構」
パタパタと逃げ出すように部屋を出て行ったメイドを眺め、彼・・・ワイラーは赤く火照った自分の平手に目を落とした。
「ふん。たかだか百叩きごときで、他愛ない」
それがメイドに向けたものか、痺れた自分の手の平への呟きかはわからない。
五年前、先王崩御の代替わりにて、若干二十歳で父から公爵位を譲り受けたワイラーは、父も母も領地に移り住み、ようやく王都の家の使用人たちの制裁与奪をほしいままにできる身分を得て、日々、己が趣味を満喫していた。
若きワイラー公爵の趣味。それは、女たちのお尻を真っ赤に染め上げる、お尻叩きのお仕置きだ。
ただし、ただ叩くだけでは興が乗らない。
いや、むしろ白ける。
ワイラーが欲しいのは、彼女らが怯え嫌がりながらも、お仕置きをされざるを得ない状況。
すなわち、理由だ。
その理由の元にお尻を丸出しにされて子供のように泣いて許しを請う姿が、たまらなく好きだ。
「申し訳ございません、お許し下さい」が、「ごめんなさい」と変わっていく身悶えに、どうしようもない興奮を覚えてならない。
叩いている内に、女性器への刺激を感じて悦びに変えてくる女は興ざめだ。
「・・・百叩きごとき、か」
ふと思い立ったこと。
百叩きと言えば大層に聞こえるが、数分もいらないし、何だかんだとお仕置き理由を塗り重ねてそれ以上叩いたことなど、いくらでもあるが、女たちは泣きはしていても限界に達している様子はない。
血が滲むようなお仕置きは嫌いだ。
では、流血まで至らずに、尚且つ、限界まで耐えられるお尻は、どの辺りなのだろう?
どこまで叩けば、見た目に美しい真っ赤に腫れ上がったお尻を保てるのだろう?
どんな姿勢で叩かれれば、一番効果がある?
同じ膝の上でも、平らな場所で足や上半身は水平で、軽く持ち上げられたお尻?
足だけ床に落ちた九十度角のお尻?
上半身も下半身も床に落ちた、肌の突っ張ったお尻?
翌日、痣になったとして、どれくらいの期間で肌が再生するのであろう?
平手では?
パドルでは?
ケインでは?
「ふむ。試して、みるか・・・?」
立場上、どのメイドを被験者にするのはワイラーの思いのままだ。
だが、やはり・・・ただ選んでお尻を叩くのは、好みに合わない。
とは言え、今回突き詰めたいのは、限界。
お仕置きに怯え、いざ叩かれ始めると子供のように泣きじゃくっている姿を見ると、そろそろ許してやりたい気持ちが湧くようでは困る。
いつもの獲物物色巡回で屋敷の中を歩いていたワイラーは、彼の目に止まるまいと懸命に働くメイド達を流し見て、その完璧な仕事ぶりに頭を掻いた。
参った。
我ながら、躾が行き届きすぎた。
下手をすれば、貴族の子女が行儀見習いで王族に仕えている侍女たちより、立ち居振る舞いが美しく、丁寧な仕事ではないか。
これは、屋敷内で理由をこじつけてお仕置きできなくなる日も遠くなさそうだ。
屋敷外で好みのお仕置きをできる、あるいは眺められる場を、考案せねばなるまい。
例えば、罪を償うべき罪人?
だとすれば、女性刑務所か。
さて、どのように、裁判で下った刑罰以外に、お尻叩きのお仕置きを課す状況に持ち込むか・・・。
そんなことをつらつら考えながら歩いていたワイラーの目に、一人のメイドが目に止まった。
彼女はワイラーの視線を感じ取ると、階段の手すりを雑巾がけしていた体を、妙に艶かしい仕草に切り替えた。
ああ、この女。
そうだ、仕事をサボって納戸で下男と情事に耽っていた現場を押さえ、お仕置きしてやった女だ。
丸出しにしたお尻を叩く内に、次第に自ら高く突き上げ、頬を紅潮させて女特有の声を上げ始めて・・・不愉快で、すぐに膝から払い落として下がらせた。
お仕置きを快楽に変える女など・・・。
知らん顔で通り過ぎようとして、足を止める。
その悦びは、ワイラーが試そうとしている限界まで続くのか。
いいかもしれない。
この女になら、哀れを感じず、実験を貫ける気がする。
もう二度と、お尻叩きのお仕置きを言い渡されたくないと、恐怖に戦く顔を引き出してみるのも、一興。
女の名はアビーといった。
彼女のお仕置きの罪状など、山ほどある。
ただ興ざめするアビーのお仕置き態度に辟易としていたワイラーが、無視していただけのこと。
「以前のお仕置きから、もう一年余り。メイド頭からの報告では、まるで改まっていないようだね」
「ですが、旦那様。私は与えられた仕事はこなしております」
「・・・こなして、ねぇ」
ソファの肘掛に頬杖をついて、親指で他の指をなぞるように擦るのは、お仕置きを控えたワイラーの癖だ。
「君は当家に勤め始めて、すでに三年だね。ならば、こなし仕事は卒業して、もう後進の為に範を示す時期ではないかね?」
「まあ、至らない私のような者が?」
コロコロと笑うアビーが、正直小憎らしい。
この女、叩きたければ叩けと言っているのだ。
そこにある快感を知っているから。
後悔。
その言葉を、そのお尻に刻みつけてやろう。
「ん!」
「二十二・・・」
「あ!」
「二十三・・・」
「あぁあ!」
「二十四・・・」
「もう嫌あ! 嫌あぁあ!」
百叩きを、すでに三巡目。
姿勢は変えさせない。
足掻いて逃げたところで、同じ姿勢に戻させて叩き続ける。
始めの頃は濡れていた女の部分も、すっかり乾いた。
いや、中はまだまだしっとりとしているが、それに気を取られることができなくなっているのであろう。
次第に呻き声が小さくなってきたのを、ワイラーは聞き逃さない。
しばし手を止めて、真っ赤に腫れたお尻を見つめる。
「だ、旦那様・・・、もう、ご勘弁くださいまし・・・」
二巡目の終わりの数。「三百」。
それを聞いたアビーのホッとした吐息が忘れられない。
が、もっと忘れられないのは、「三百一」と告げて振り上げた手を愕然と見上げた彼女の顔。
小生意気だと思っていた彼女が、たまらなく可愛く感じた。
「痛いです・・・。もう、耐えられません・・・」
「・・・そうかね」
ワイラーが腰を押さえる手の力を込めた感触に、アビーは悲鳴を上げた。
「いやあぁぁぁあ!」
「二十五・・・」
「ひぃ! ~~~痛い・・・痛いぃ・・・」
いいや。おかしい。
まだ赤くなり始めの頃より、反応が鈍い。
だが、お尻はまだまだ腫らす余地がある。
「なるほど」
ワイラーは得心いったように頷くと、アビーを膝から床に下ろした。
床に跪いて、泣き濡れた顔で必死にお尻を擦るアビーを、ワイラーは黙って見下ろしていたが、やがて、すっと床を指さした。
「そこで、お尻を出したまま四つん這いで反省していなさい。お尻をさすることは許さん」
おそらく、アビーは叩かれすぎてお尻の痛覚が麻痺している。
その痛覚を呼び戻す為の、残酷な休憩。
そうだ、痺れて麻痺した痛覚が、どれくらいで戻るのかも実験せねば。
「アビー。お前の素行は後進の為にならぬが、お前のお尻にこれからも続く痛みは、後進の為に活用される。良かったねぇ」
「・・・え・・・」
再び膝に戻されぬように指示を守る姿勢でワイラーに真っ赤なお尻を向けていたアビーは、「これから」という言葉に過敏に反応して四つん這いを解いて後退った。
「ああ、四つん這いでいなさいと言ったのに、悪い子だ。仕方ないね。どうせ叩き続けるのだから、休憩は、お膝の上でしようか」
伸びてきたワイラーの手に、アビーはお尻の色と対照的に真っ青に染めた顔で息を飲んだ。
「いや、もういや、いやあぁああああ!!」
最初の膝の上での平手での実験が実に甘い手始めだったことを、アビーは一年の歳月をかけて思い知ることとなる。
パドル数種。
木製。幾重にも縫い合わせた牛革製。生ゴム。
ケイン。
ケインは籐の棒であるが、太さを数種類。
他にも、教鞭から乗馬鞭まで。
常に限界を探るワイラーが握るそれらに、泣きじゃくって叫ぶのだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! もう許して! いい子にします! ごめんなさい!」
聞きたかった言葉。
だが、現状のワイラーの目的は、それではない。
これは、実験。
「良い子にすると言いながら、どうしてお尻が逃げるのだね?」
「~~~だってぇ・・・」
道具を振るのをやめたワイラーが、決して許してくれたわけではないのだと、もうアビーは知っている。
「いやぁ・・・、大人しく、しています。だから、お仕置き台は、いや・・・」
そう。ワイラーが試したいのは、あらゆる姿勢。
突き出して張り切ったお尻より、少し弛ませてお尻の肉が震えるくらいの姿勢である方が効果的だと、わかり始めた。
あまりお尻を突っ張らせると、せっかく肉厚に守られた骨にも影響を与えるし、簡単に傷に直結する。
道具の振り方も重要だ。
幅の広いパドルは、気をつけていないと太ももにまで作用するし、お尻だけに振り下ろしたつもりが、パドル端をお尻と太ももの境目に当ててしまい、アビーに必要以上の痛みを与えてしまった。
これは、ケインでも同じく。
その際の一拍間を置いた悲鳴は聞くに堪えない。
思わず「すまん」と声を掛けると、アビーは涙目で振り返り、怯えてはいたが、こくんと頷いた。
それが可愛くて、痛々しく腫れたお尻をさすってやる。
「・・・ごめんなさい・・・、もう、いい子にします。ごめんなさい・・・」
労わるようにお尻をさするワイラーに向けられた言葉に、ワイラーは自分の限界を知る羽目となる。
もう、アビーでの実験はできない自分を見つけてしまったのだ。
「・・・アビー、いい子だね。最近のお前の仕事ぶりは、ちゃんと見ていたよ。もう、お仕置きはいらないね。だが、私の元にいては怖いだろう。他家に紹介状を書いてあげるから・・・」
真っ赤に腫れ上がったお尻をさすっていたワイラーの言葉に、きっと目を輝かせるだろうと思っていたアビーが、お仕置き台から垂れ下がった首をねじ向けて、横に振った。
「・・・お仕置きは、嫌です。でも、解雇でないのなら、旦那様にお仕えさせてくださいませ」
「? ・・・どうして? こんなに酷い目に合わされたのに」
「だって・・・、旦那様は、とても怖くて厳しいけれど・・・そうやって、お優しくて、ずるいです・・・」
「優しい? 私が? いや、待て、ずるいって、お前ね」
お仕置き台からの拘束を外してやったアビーをに抱き上げて、ワイラーが苦笑した。
「だって、翌日は歩くこともままならないお仕置きをしておいて、こうやって、子供にする様に、優しくしてくださるではないですか」
「・・・そうだったかな?」
「はい。頑張ったね、辛かったね、良い子にしようねと・・・必ず、抱き寄せて、頭を撫でてくださいました」
ワイラーはアビーのドロワーズを上げてやりながら、肩をすくめた。
「それはいかんな。私は、ただただ冷徹なお仕置き執行者でありたいのだ。お前以外でも、試さなくてはね」
「いつか理想を叶えられても、結局、根っこは変えられないと思いますわ」
ワイラーは苦笑して、抱き上げたアビーの額に自分の額を合わせた。
「ほお。では、こんなに真っ赤なお尻をしたお前の根っこは?」
「・・・いい子にします」
「よろしい。けれど、私の根っこは、どうかな?」
「・・・とことん、試してみればよろしゅうございます」
「ほう? また被験者がお前でも、そう言えるかな?」
子供のように頬を膨らませたアビーに、ワイラーが向けた笑みはとても、とても優しいものだった。
が。
彼の探究心が生んだ限界を知る為の犠牲者は、その後もデータを埋めていく。
それでも、ワイラー家のメイドが自ら転職を申し出たことはない。
それはお仕置きの恐怖によるものなのか、アビーの言う根っこによるものなのか、ワイラーにもわからない。
終わり
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【オルガ完結章】遠まわりな愛

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