オルガ

オルガTIMES

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「いってきまぁす」
 長男のアーサー・ジュニアを連れて朝の庭園散歩から戻ったフォスターは、入れ違いで玄関ポーチを駆け抜けていった少年に「いってらっしゃい」とは言ったものの、目を瞬いて振り返った。
「・・・あれは、誰だ?」
 彼らの散歩に付き添っていたファビオが、呆れて肩をすくめる。
「何をおっしゃっているのです。あれはオルガでしょう」
「え、いや、しかし・・・」
 フォスターが動揺するのも無理はない。
 膝丈ズボンにニーハイソックス、ワイシャツにベスト、そこにどう見ても男物の上着を羽織って駆けていく姿は、どこからどう見ても男の子の後ろ姿ではないか。
 唯一、女性と認識できるのは、無造作に一つに結わえた長い黒の巻き毛だけ。
「な、何故、オルガがあのような格好を・・・」
「はあ、私に子供の時の洋服を出せと迫ってきたのですが、さすがに取っておいていないので、モートンに相談しましたら、旦那様の学生時代のお洋服がまだ保管されているということでしたので、それをメイド頭がオルガに合わせて縫い詰めまして・・・」
「~~~そうではなくて」
 アーサー・ジュニアがファビオに両手を広げてむずがるので、小さな息子を彼に抱かせてため息。
 小さな主人をあやしながら、ファビオが肩をすくめた。
「スカートなんぞをヒラヒラさせた新聞記者など、同行させられるか・・・と、就職先で言われたそうです」



 職業婦人すらまだ珍しい時代である。
 まして、男だらけの新聞社。
 おまけに、政治経済等々を扱う上品な高級紙と違い、オルガの就職した(と、いうか、就職をもぎ取った)のは、貴族や大商人のゴシップや、労働階級の娯楽的存在で、下世話な話題満載のお色気たっぷりも魅力とした大衆紙。
 そこに集う百戦錬磨の記者達が、うら若き乙女を新人として・・・あまつさえ、同僚だなどと、あっさり認めるわけもなかったのだ。
 出勤初日から、オルガには冷たい視線の洗礼が下された。
「何を考えているんですかねぇ、うちの社長は」
 ガーデン・タイムズ記者コリンズが編集長に苦っぽく囁く。
「知らねぇよ。お前も見てたろ、あの娘っ子の丸二日間の座り込み。根性は買うって認められちまったんだから、雇われの俺に文句は言えん」
「まあ、あんな小娘がいくら社の玄関灯の前とは言え、路上で二晩も明かした根性は、私だって認めますけどね」
 挙句、もよおしてきたら平然と社の玄関をくぐり、「おトイレ貸して」ときたものだ。
 嫌がらせのつもりで「そんなもんは玄関先でやりな」と言ったら、「それでいいなら・・・」と、本当に玄関先でスカートを捲くり始めたものだから、慌てて止めてしまった。
「確かに、根性は座っていますけどねぇ。女どころか、女の子ですぜ」
「知らねぇったら。ネタに詰まったら、ひん剥いてヌード写真にでもしちまえよ。それで部数も伸びるってもんだ」
「・・・あんな洗濯板みたいな胸じゃ、一部マニア向けになっちまう」
「知らん。とにかく、お前が子守してくれ」
「はあ!?」
 先頭立ってオルガ批難をしたのが運の尽き。
 コリンズは長い長い溜息をついて、物珍しそうに編集部内を見て回っているオルガを自分のデスクに戻って手招きした。
「なあ、お嬢ちゃんよ」
「オルガよ。あなたは?」
「~~~コリンズだ。なあ、お嬢ちゃん。俺たち記者はね、お前がやったように、ああやってとにかく標的をじっと何日も張り込むさ」
「社長さんも言ってた」
「だが、駆けずり回るのだって日常茶飯事だ。そもそも、そんなヒラヒラふりふりしたスカート姿で、それについて回れるわけねぇだろう」
「じゃ、明日までに動きやすい服を揃えるわ」
「ほお。じゃ、そのふわふわした長い髪も邪魔だ。明日までに切ってきな」
「ああ、髪なら明日までもいらないじゃない」
 そう言うと、オルガは視線を走らせて、コリンズのデスクのペン立てに刺さっていたハサミを取り上げた。
 そして、片手に束ねた髪の根元にあてて・・・。
「わ~~~! 待て! やめなさい!」
 その手を必死で掴んだコリンズを、オルガがきょとんと見つめる。
「どうしたの、コリンズ? 切れって言ったでしょ?」
 う、嘘だろう・・・。
 コリンズは冷や汗を拭いつつ、ともあれオルガからハサミを取り上げた。
 女性の象徴である長い髪。
 短い髪など、まだ髪が伸びきっていない幼い少女か修道女くらいであるのに、それを何の躊躇いもなくハサミで切り落とそうなどとするなど、考えもしなかったから言ったのに。
 放っておいたら、明日には彼女の言う動きやすい服装と共に、この国で唯一短髪の女性として出社しそうで、恐ろしい。
 短髪女性第一号として、記事で扱えと?
 いやいやいや。
 いくら娯楽好きの読者からでも、批難が殺到しそうだ。
「~~~か、髪のことは忘れろ。束ねるなり、結い上げるなり、切る以外は好きにしろ」
「はーい」
 コリンズは激しい頭痛を覚えて額を押さえた。
 何だ、この小娘は。
 素直。
 素直? 
 これを、素直と表現するのは、新聞記者としてどうなんだ?
 女という生き物は、決まりきったルールの上で成り立つ時代。
 コリンズは衝撃すら覚えたこの日を、生涯忘れられなかった。



「は」
 衝撃から一ヶ月。
 コリンズは、やはりオルガも所詮ただの女の子だと認識を改める。
「お嬢ちゃん、そろそろ帰りな。恋人が、外でまたお待ちかねだぜ」
 オルガがどれだけコリンズに与えられた仕事で遅くなろうとも、ガーデン・タイムズの玄関先には若い青年が待っていた。
 遠目でもわかる仕立ての良いスーツと立ち姿。
 あれは、どう見ても良家の青年。
 以前、気になってそっと後をつけたら、その青年に誘われ、オルガは見るからに高級車に乗り込んだのだ。
「・・・け。道理で、動きやすい服装とやらも上等なはずだぜ」
 労働階級であるからこそわかる、オルガが身につけている少年風の装い。
 生地といい、身の丈にピタリとあった仕立て具合といい・・・、あの娘、どこぞの良家のご令嬢だ。
 馬鹿馬鹿しい。
 お嬢様の社会見学に付き合わされていたのかと思うと、この一ヶ月が途方もなく虚しい時間に思えてならない。
 正直、突拍子もない部分もあれど、どれだけ取材で引きずり回しても、無駄な仕事を与えておいても、無茶な注文をしても、楽しそうにそれに向かうオルガの姿に、少々見惚れる部分もあったのに。
 そう思えば思うほど、この事実はコリンズに苛立ちを募らせた。
「ああ、ファビオが来たの? じゃ、また明日ね、コリンズ」
 得意の尾行で追うと、オルガはやはりファビオという青年に高級車に迎え入れられて走り去る。
「ふん。今日で社会見学は終了だぜ、お嬢ちゃん」
 コリンズは会社の取材用の車に飛び乗ると、オルガを乗せて走り去る高級車の後を追尾した。
 こんなこと、ゴシップ記者なら得意分野である。



 前方の高級車が進む道に、コリンズは首を傾げた。
 おかしい。
 ここは数年前に区画整備された、貧民層の住宅地。
 かつて貧民窟とされた地域だが、王家直下の貴族議員の政策の元、犯罪率も激減して健やかで賑やかな街に生まれ変わったとは言え、高級車が乗り入れるには不似合いな場所には変わりない。
 小首を傾げながら追跡をしていたコリンズは、オルガを乗せた高級車が、一軒のありきたりな民家の前に止まったのを確認し、少し距離をとって車を脇に寄せた。
 止めた車の窓をそっと開けた時だ。
 高級車が横付けされた民家から、見るからに平民の中年女性が飛び出してきた。
「オルガ!!」
 車から降りたオルガを、中年女性があっという間に小脇に逆さに抱える。
「お前って子は! あんなに言ったのに、まだこんなお金持ちの男にたぶらかされて夢中になっているのかい!?」
「え!? や、やだ! お母さん、やめて、下ろして!」
「ちょいと! そこのアンタ!」
 オルガを高級車で送り届け、ドアから紳士さながらに手を添えて彼女を下ろしたファビオという青年が、その中年女性の迫力にたじろぐ。
「いい加減にしておくれ! この子はご覧の通り、中流階級の年頃の娘だよ! アンタみたいな上流階級の男に優しくされたら、その気になって当たり前だろ!?」
 中年女性は、オルガを小脇に抱えたまま青年に拳を振り回した。
「アンタの遊び心で、この子を振り回さないでおくれ!」
「あ、いや、その・・・」
「いいから! もう二度とこの子に近付くんじゃないよ! さあ! 帰っておくれ!」
 ファビオという青年は追い立てられて車に乗り込むと、追い払われるように走り去っていった。
 それを見届けた中年女性が、小脇に逆さに抱えたオルガに何か囁いたが、ファビオに向けたような怒声ではなかったので、聞き取れない。
 しかし、そこから始まった行為が、その囁きを想像させるに十分だった。
「や、やだぁ! お母さん、嘘でしょう! やめてぇ!」
「お黙り!」
 オルガのズボンを留めている腰のサスペンダーをはずした中年女性は、小脇にぶら下がっている彼女のお尻を丸出しにひん剥いて、パンパンと鋭い音を響かせて平手で打ち据え始めたのだ。
「あーーーん! 痛い! 痛いぃ! お母さん、やめてよぉ!」
 ジタバタともがく足にも手にも、中年女性はびくともせずに剥き出しのオルガのお尻を引っ叩く。
「泣いても許しませんよ! 良家のお坊ちゃんに言い寄られて、有頂天になるような浅はかなバカ娘!」
「痛い! お母さん! ホントに痛いってば!」
「痛くしているの! ドレスだ何だと買い与えられて浮かれた上に、こんな男の子のような洋服まで揃えてもらって!」
「お母さん! 痛いって! もう勘弁して~~~!」
「いいえ! 今日という今日は勘弁しません! うんとお尻に言い聞かせてあげるからね、このじゃじゃ馬娘!」
 車窓で遠くから見ていても、オルガの丸出しにされたお尻が真っ赤に染まっていくのがわかる。
 コリンズはしばし状況を把握すべく、五分程の時間をかけて観察していたが、ワンワンと大泣きしてもがくオルガの情けない顔はどう見ても本物であるし、見る見る腫れ上がっていくお尻も、当然、本物だ。
「・・・つまり、オルガ自身は良家の子女でなく、単なる労働階級の娘で? お迎えのファビオという青年は、それを弄んでいた男?」
 五分もかければ、とうに百叩きのお仕置きは超えている。
「・・・見損ない、か?」
 コリンズはキーを回してエンジンを吹かすと、その場から車を出した。
 しかし、一旦やり過ごして見せただけで、一ブロック巡り、再びオルガがお仕置きを受けていた庭先に車を付ける。
「・・・ふむ。本物、かね」
 ようやく本当に車を走らせ始めたコリンズを納得させたのは、玄関の外で真っ赤に腫れたお尻を道路に向けて晒されたまま、両手を頭に組んで立たされているオルガの姿だった。



「ひどい~~~! いくら私が頼んだ芝居でも、ここまですることないじゃない~~~!」
 ようやく家の中に入れてもらえたオルガが、ファビオの母に苦情を申し立てる。
「だってオルガ、頼まれていたお説教くらいじゃ、帰りそうになかったよ、あの新聞記者」
「そうだけどぉ・・・」
 やっとズボンの中にしまえたヒリヒリするお尻を擦りながら、オルガがグスンと鼻をすすった。
「あんな遠目からなんだから、叩く振りで良かったじゃない。あんな迫真の演技、いらないわよぉ」
「ま、実はヴィクトリア奥様から、ついでにお仕置きしておいてくれと頼まれてもいてね」
 オルガが目を瞬く。
「お母様?」
「そう。働くことは尊いことだから良いけれど・・・これ」
 差し出されたガーデン・タイムズに、言葉を詰まらせる。
 それはこの号発行の最大の目玉。
 国内有数の大商人が『新しい愛人』との密会現場を押さえたスクープ写真を交えて報じられたゴシップ記事。
「あー、それはぁ、ほら。その娘のことが嘘でも本当でも、愛人がいるのは事実だし?」
「それで? 事実をつかめないから、証拠を自分で捏造した、と」
 オルガはその場にへたり込み、うんざりと額に手を当てた。
「お母様が見つけたの? 嘘でしょう? どうして後ろ姿だけでわかるのよぉ・・・」
「当然でしょう」
 隣の部屋から姿を現した産み月も近いお腹のヴィクトリアに、オルガが飛び上がる。
「あなたはたった五年でも、大切に育ててきた娘です。後ろ姿どころか、腕一本でもわかりますよ」
「お、お母様・・・」
 オルガは一歩二歩と後退ったが、その咳払い一つでそれ以上動けなくなった。
「今回のファビオ家利用計画。ファビオのお母様に相談を受けて、彼にも内緒でこういう形をとったのです」
「こういう形って・・・」
「捏造には、捏造のお仕置き」
 ファビオの母に恨みがましい視線を送ったオルガは、ヴィクトリアの二度目の咳払いに首をすくめた。
「では、いらっしゃい、オルガ。本当のお仕置きを、始めましょうね」
「え? や、ちょっと待って。もう十分・・・」
 ようやくズボンの中に収められた赤いお尻を両手で庇い、ヴィクトリアから距離を取った。
「十分かどうかは、お仕置きされる側が決めることではありません」
 ・・・ふぉすたの馬鹿。
 どうして、仕置き館の館長などと結婚したのか。
 殊、女性を軽んじる行為へのお仕置きには、容赦がないのだから、この女性は。
「さあ、そこのテーブルに両肘を付きなさい」
 言われたテーブルに恐る恐る目をやると、わざわざ屋敷から持参したらしいケインが置かれているのが見えて、ゴクリと喉を鳴らす。
「~~~お、お母様、そんなお腹でケインなんか振り回したら、お体に触るわ」
「負担を掛けない為にケインなのですよ。それなら、手首をほんの少し振るだけで、十二分に懲らしめられますからね」
 テーブルの脇に立ったヴィクトリアが、手に取ったケインの先で天板を指し示した。
 ああ、想像しただけで、お尻がピリピリしてきた・・・。
 渋々テーブルの前に進み、天板に両肘をついたオルガは、ようやくズボンで覆えた赤いお尻をまた丸出しにされて、これからうんと腫れ上がるであろう時間を思いやり、くすんと鼻をすすり上げたのだった。



(多分)つづく


※~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~※

うっかり凡ミスにて再編集。

オルガ本編最終話で、ヴィクトリアが妊婦だったことをすっかり忘れておりました(;^_^A
最初はフォスターを登場させようと思って書き始めたのですが
最近、男ばっかり書いていたので、女性×女の子が書きたくなって変更したのがうっかりの始まり( ̄▽ ̄;)

膝に平手のお仕置きで済ますつもりが、妊婦の膝は無理だろうΣ(|||▽||| )と、アップ後に思い出す。
お陰でオルガはケインを食らう羽目になりましたとさヾ(´▽`)

適当人間丸出しの作者でございましたm(._.)m

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