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フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】

フォスター家の舞台裏1

 ←道化師とお姫様のこと。 →オルガTIMES
 ここ数日、フォスター伯爵家の使用人たちは、誰も彼もが多忙の中で過ごしていた。
 いよいよ数ヶ月後に控えた当主の成婚披露宴の準備に、おおわらわなのである。
 そんな中で、オルガと学校に行かねばならないファビオは不服だ。
 手伝えなくて申し訳ない気持ちもあるし、このお祭りのような騒ぎに参加できなくて寂しい気もしている。
「ねえ、モートン・・・」
「何かね、ファビオ。忘れ物はないか、ちゃんと確かめたかね? 忙しいから、届けてはやれないぞ」
 続々と届くお祝いの品の差出人を一つ一つチェックして手帳に書き留めながら、モートンが言った。
「そんなに忙しいなら、僕、何か手伝う・・・」
「仕事ならしてくれているだろう? 朝早くから掃除も、ヴォルフ卿のお世話もして、出仕に送り出してくれたではないか。私もスフォールドも助かっているよ」
 そう言いながらも、通り掛かる使用人に声を掛けては、あれこれと指示を出すモートンに、ファビオは不満顔である。
 目の前の自分がいるのに、何故何も指示してくれないのかと。
「それは通常の仕事でしょ!? そうじゃなくて、皆が忙しいんだから、僕も・・・!」
「またそれかね。前も言っただろう。学校の時間のお前の仕事は勉強とオルガ様をお守りすることだ」
 頬を膨らませるファビオの頭を、モートンが掻き回す。
「この前みたいに、早退してきてはいけないよ。今度はお説教じゃ済ませないからね」
「~~~もういい!」
「はい、いってらっしゃい」
 走り去るファビオを見送って、モートンは頭を撫でていた手の平に目を落とした。
「背が、伸びたな。お仕着せを仕立て直さんといかんな」



 退屈だ。
 一つの部屋に十数人も同じ年頃の子供と一緒に詰め込まれて、やたら偉そうな教師のつまらない話を延々と聞かされて、退屈この上ない。
 が、早退して戻れば、モートンに膝に乗せられて、お尻を叩かれながらの長いお説教が待っているかと思うと、帰るに帰れない。
 ふと女子席のオルガに目をやると、教師の言うことをノートに書き留めたり、黒板を写したり、実に楽しそうだ。
 オルガが楽しそうにしているのを見るのは好きだ。
 それだけが、退屈な学校での唯一の楽しみ。
「ファビオ、ご機嫌斜めね」
 昼休みに木陰でコックが持たせてくれたサンドイッチをかじっていると、オルガがちょこんと隣に座った。
「俺はお前と違って、学校なんか嫌いなの」
「ファビオ、計算早いのに」
「計算は得意でも数学苦手だよ。文字式とか関数とか、訳わかんね。歴史とか外国語とか、興味ない」
「でも、ふぉすた、言ってたよ? 歴史は未来を創る先生だから大事って。外国語だって、お仕事に必要だから、ヴォルフと一緒にいるファビオだって、勉強した方、いいって」
「・・・お前、話すの上手くなったな」
「そお? 嬉しい。ここね、お友達がたくさんだから。言葉もいっぱい」
「そりゃ良かったな」
 サンドイッチの最後の欠片を口に放り込んで、ファビオは木陰で寝転がった。
 学校は嫌いだ。
 同じ労働階級でも働いたことなどない中流家庭の子供ばかり。
 お喋りの内容も浮ついていてくだらない。
「ファビオ、もうお昼休み、終わりよ? 次は数学のテストよ」
「~~~」
 ファビオは深い溜息をついて、お尻をさすった。



 使用人フロアに個室を与えられているのは、使用人の最高責任者である執事だけである。
 そこに呼び出されたファビオは、しばらくドアの前で立ち尽くしていた。
「おや、ファビオ。どうしたのだね、そんなところに突っ立って」
 数本のワインボトルを携えてやってきたスフォールドに声を掛けられて、ファビオは拗ねたように彼を見上げた。
「・・・モートンに、テスト結果を見せに来るよう言われて・・・」
 オルガがフォスターに答案用紙をはしゃいで見せるので、同じクラスのファビオは、そんなものなかったとも言えず、仕方なく出頭した次第。
「ははは、その顔では、お叱り覚悟の点数かい?」
「嫌いなんです、数学」
「それじゃ困るね。セドリック様の政務資料作成にはグラフも座標も多様されるし、お仕えするなら内容も理解できていないと」
「・・・それ、勉強も仕事の内だと、説得しようとしてます?」
「ふふ。さて、そろそろ覚悟を決めて、叱られようか」
 ファビオが躊躇っていたノックを、あっさりとされてしまい、息を飲む。
「どうぞ」
 モートンの声に、ファビオは思わず答案用紙をお尻のポケットにねじ込んだ。
「おや、スフォールド」
「やあ、先にこちらの用事を済ませて良いかね?」
「もちろん。ファビオ、お前もお入り」
 スフォールドの陰に隠れていたファビオは、おずおずと部屋の中に入った。
 モートンが向かっていたデスクにもたれ、スフォールドが一枚の紙を置いた。
「料理長から披露宴での決定メニュー表を預かった。で、料理に合わせたいワインを数本選んできたのだが、ご意見を伺いたくてね」
 デスクの上に並べられていく数本のワインを見て、モートンが苦笑した。
「あなたが選んだなら、間違いございませんでしょうに」
「今のフォスター家の家令は君だよ。さて、試飲してみてくれたまえ」
 メニュー表を手に取って確認しつつ、モートンは常備のソムリエナイフをポケットから抜き取ったが、ふと所在無さ気なファビオを見た。
「ファビオ、お前がやってごらん」
 モートンにソムリエナイフを差し出され、ファビオの顔が紅潮する。
「い、いいんですか?」
「ああ、数をこなさないと上達しないしね」
 ソムリエナイフを受け取ったファビオに、スフォールドが笑みを浮かべてボトルをサイドテーブルに置いた。
「何度も見せたから、覚えているね」
「はい!」
 せっせとボトルキャップにナイフをあてがいめくる姿を、モートンがどんなに優しい目で見つめていたかを知るのはスフォールドだけで、コルクを抜くのに必死なファビオは気付かない。
「コルクの抜ける音を立てない。最後まで慎重に」
「はい」
 スフォールドが持ち込んだワインは六本。
すべて抜ききるまで遅いとは思ったが、初めてにしては上出来だとも思う。
 モートンが黙って確認しているコルクも、何ら損傷なさそうだ。
 初めてで澱も舞わずコルクを折らずに抜ききったなら、及第点だろう。
 やはり、この子は経験値の高さから、見て学ぶということを知っているのだろうと思った。
「うむ、よかろう。今後、ヴォルフ卿がワインをご所望の際は、スフォールドに代わってやらせてもらいなさい。よろしいですか、スフォールド」
「はい、かしこまりました、家令殿」
 モートンは顔をしかめたが、スフォールドは構わず恭しい一礼を彼に向けた。
「さて、では試飲といくかね」
「いえ、その前に・・・」
 モートンがファビオに手を差し出した。
 上目遣いのファビオが、渋々とお尻のポケットから答案用紙を手渡す。
 クシャクシャになったそれに目を通し、モートンは額を押さえて深く息を吐いた。
「未回答が多過ぎだ。良い点を取れとは言わないが、考える努力をしなさい」
「考えましたよ。でも、わかんないものはわかんないんです」
「ほう?」
 じーっと見据えられて、ファビオの視線が耐え切れずに逃げていく。
 モートンは吐息をつくと、彼に未回答部分を指し示した。
「考えようとしていないのは、一目瞭然だ。出題欄に何のチェックもない、式を導き出そうという走り書きもない」
「~~~」
「おいで」
 グイと手を引かれて膝に腹ばいに据えられたファビオは、傍らのスフォールドを見上げたが、彼は苦笑を浮かべて両手を広げただけだった。
「未回答は何問?」
「~~~八つ、です」
「では、八つ。それと、嘘をついた分は・・・」
「あ!」
 ズボンと下着をずり下げられて丸出しにされたお尻に、ファビオは顔を真っ赤に染めた。
「嫌です、モートン! 僕はもう十三ですよ! 膝に乗せられるだけでも恥ずかしいのに・・・」
 十三の少年にそれを言われたら、ヴォルフの立つ瀬がないなと思うスフォールドは、拳を口で隠して笑いを殺した。
「なら、今の自分がすべきことをちゃんとやりなさい」
「・・・!」
 パン!と鋭い音がして、ファビオは歯を食いしばる。
「~! ~! ~!」
 時折、手や足がバタバタと動くものの、声を我慢して必死に目をつむって耐えているファビオの姿を眺めつつ、スフォールドはワインをグラスに注いでお先に一杯。
 たった一発目からぴぃぴぃと泣き始めるヴォルフより、立派、立派。
「はい、おしまい」
 赤く色づいたお尻を膝から下ろしてやったモートンは、ファビオのズボンを上げてやろうとしたが、手を払われてしまった。
「自分でできます!」
「それは失礼。では、このテストの復習と、宿題を忘れないように。朝、見せにおいで」
「・・・はい」
「では、行って良し。おやすみ、ファビオ」
「・・・おやすみなさい」
 お尻をさすりながら二人にペコリと頭を下げて部屋を出て行く彼を見送り、モートンがデスクに頬杖をついて吐息をついた。
「お前も披露宴の支度にてんてこ舞いなのに、大変だね」
「忙しいからと、彼の躾を疎かにできませんので」
「執事は結婚などしないから、子供などできようはずもないし・・・我が子のように思うかね?」
「そう言うあなたこそ、ファビオには甘いですよ」
「別に甘やかしてはいないさ。君の弟子だし、口を挟まぬようにしているだけだ」
「それはどうも。てっきり、孫のように思っていらっしゃるのかと」
「・・・・・・お前、今、さりげなく私を年だと言ったな」
「さて、試飲といきますか」
 さらりとスフォールドの追求をかわして、モートンはグラスに注いだワインを口に含んだ。
「旦那様が着手されているのは、平民の中等教育までの義務教育制度の制定です」
親の貧困で労働に駆り出される子供が多い貧困層への助成金と学費の無料化など、義務化したところで実際は浸透しないであろうと予見される部分への対策を講じるのに、日夜没頭している。
「その旦那様が雇用しているファビオが就学していないでは、お話になりません。そもそも、旦那様がこの制度に着手されたのは、ファビオが学校に行かず市場で働いていたのをご覧になったからだというのに」
「貴族の屋敷に勤めれば、下男でも未成年は教育を受けられるからということもあって、彼を雇い入れたのだろう?」
「はい。けれど、ファビオ一人を救って満足しても仕方ないとおっしゃって。自分はその為の貴族議員だからとね」
「セドリック様も、貧困層救済政策に動いてらっしゃるよ。それもやはり、ファビオの生家周辺をご覧になったからだ。大したものだね、あの子が二人の議員を動かしてしまった」
「何が大したものですか。あの子ときたら・・・」
 席を立ったモートンは、新しいグラスをいくつか戸棚から出してきて、テーブルに並べた。
「どうぞ、どうせこのままゆっくり飲んでいかれるのでしょう?」
 ボトルを手にテーブル席に移ったスフォールドは、内心、「どうせ愚痴を聞いて欲しいのでしょう?」と呟いた。
「あの子はやる気がまるでない。別に、学業優秀たれとは思いませんけれどね、学校に行きたくない反抗心をやる気のなさで表現している」
「困ったものだね」
「以前、学校に忘れ物を届けてやった時に、ふと感じたのですが・・・あの子は中流家庭の子供たちと馴染めないと言うか、こう、上から見ている節がある」
 指を視線に見立てて、床を指し示したモートンに、スフォールドが肩をすくめた。
「まあ実際、彼は幼い頃から働いて家計を助けているし、立派だがね」
「・・・・・・」
「怒るなよ。お前の言いたいことはわかっているさ。それを自分で立派だと思って、そうでない相手を見下すなど、それこそ子供の観点だ」
「ファビオには、立場より先に相手の本質を見抜く力があるはずなのです。だから、ヴォルフ卿もお心を開かれた」
「同感だ」
「あの子の学校嫌いは、見下している相手と同等に扱われるのが嫌なのではないかと思います」
「そうだねぇ。至極簡単に言うと、友達ができれば学校嫌いは治ると思うよ。お前がヤキモキしたところで、これはどうにもならないと思うけれど」
「じゃあ、どうすれば・・・」
「オルガ様がいる」
 ポンと弟子の肩を叩いたスフォールドは、彼のグラスにワインを注いだ。
「クラスで孤立していくファビオを、オルガ様が放っておける訳はがない」
「~~~しばし、傍観せよと?」
「その通り。子供同士のことに、大人が首を突っ込む必要なし。ただし・・・」
「ただし、何ですか?」
 モートンのデスクの片隅に置かれた書類箱から、幾枚かの用紙を手に取ったスフォールドは、苦笑して肩をすくめた。
「あの子の勉強嫌いは本物だぞ。ま、そこは君が頑張って躾けたまえよ、モートン父上」
 スフォールドがヒラヒラと振った用紙は、今までのファビオの答案用紙。
 モートンは片手で顔を覆って深い溜息をついたのだった。



「オルガ、俺、今から仕事だから、今日はお休みだって先生に伝えて」
 降りた車が走り去るのを見届けて、ファビオが言った。
「え? でも、モートン、今朝はそんなこと言ってなかったよ?」
 大きな瞳に見つめられて、ファビオの視線が泳ぐ。
「夕べ、そう言われたの。学校まで送ってもらった方が、頼まれた仕事に便利だから、ここまでは来た」
「ふーん?」
 わかったような、わからないような表情で、オルガが首を傾げる。
 あまりに純粋な瞳で見つめられては、気が咎めるではないか。
「いいから、オルガは先生にファビオはお休みって言って。モートンはもう知ってるから、わざわざ報告しなくていいからな。黙ってるんだぞ。いいな、オルガ」
「う、うん・・・」
「じゃあな!」
 駆け出したファビオの背中を、オルガは首を傾げて見送っていた。



つづく


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