道化師とお小言【オルガ番外編】

道化師とお姫様【前編】

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 好きな言葉は段取り通り。
 座右の銘は現状維持。
 希望する未来は凪の先の静かな余生。
 とにかく、早くに亡くなってしまった父から受け継いだ領地の安寧と、貴族社会の中での足場さえ守られれば、それで良し。
 ルールがあるのはありがたい。
 そこからはみ出さず、目立たず騒がずひっそりといれば、淡々とした日常を送れるのだから。
 ルールに則った段取り通りに。
 実に良い響きだ。
 平和に終った一日をゆったり味わえる夜が、彼の一番好きな時間である。



 宮廷帰りの車の中で、ヴォルフはひどくご機嫌斜めで窓の外を眺めていた。
「いつまで拗ねている。怒ったって仕方ないだろう」
 フォスターが苦笑を浮かべて、彼がヘソを曲げている原因である提案書を捲った。
 この提案を議会の席で、ワイラー以下数名の議員に完膚なきまでに叩きのめされて、再考に追い込まれたのである。
「却下されたわけではないし、もう少し理由書の中身を煮詰めて、次回に再提案するしかあるまい」
「煮詰めて? これ以上、煮詰めたら黒焦げになるわ! 前回は白書まで後一歩だったのだぞ。それを、ローランドのジジィの横ヤリで審議! ええい、腹の立つ!」
 怒りに任せて目の前の運転席のシートを蹴りつけたものだから、モートンのハンドルがぶれて車が一瞬蛇行した。
「セドリック様」
 助手席のスフォールドが静かに言うと、ヴォルフは子供のように首をすくめたが、フンとそっぽを向いた。
「大体だ! 何なんだ、ローランド公爵とやらは! 議会にも社交界にも一度も顔を見せたこともないのに、ワイラーを使って意見だけ議会に持ち込む。そのくせ、国王陛下の隣国リュンベルグ王国外交にだけは随行しているというではないか!」
「それは・・・先王時代からのご指名らしいから、仕方あるまいさ」
「それはローランド領がリュンベルグの隣だからであろう! 領地に引き籠って王都にも出てこられぬような老いぼれが、議会に口を挟むなと言っているのだ!」
 ローランドとは、先代国王臣下にして重鎮であった公爵だ。
 それこそ、今日の議会でヴォルフの提案書をコテンパンにのした意見を、ワイラーに代弁させた男。
 現国王からの新体制を担う若い貴族は、一度たりとも姿を見たことがなく、先代国王の時代でも議会には出席していなかったということで、若い貴族の間では後継者なきまま妖怪並みに長生きしたヨボヨボのジジイ公爵と噂されている人物である。
「まあ、そう言いたい気持ちもわかるが、落ち着けよ。ワイラーを介してローランド公爵が出してきた意見も一理・・・」
「うるさい!」
 フォスターから案件資料をもぎ取ったヴォルフが、腹立ち紛れに投げつけた。
 それはフロントガラスに当たって飛散し、モートンの視界を遮ったが、彼はどこまでも冷静にブレーキを掛けて、車を脇に寄せた。
「さすがだな、モートン」
「座席を蹴られた辺りから、予想はつきましたから」
「そうだな。私は苛立ち紛れに物を投げつけてはいけませんとまで、申し上げておくべきだったかな」
「さあ。物に当たるな、物を投げるなとは、幾度もお教えになっていましたからね」
「うむ。私は幾度もそれでお仕置き申し上げたから、いい加減、身についておられるとばかり思っていたよ」
「ははは。あなたにしては脇が甘い。浸透しておられぬばかりか、走行中の車の中でこういう行為に及ばれては、些か困りますね」
「そうだね、すまなかった、モートン。私の躾が甘かったよ」
 淡々と交わされる執事二人の会話に、どんどんと青ざめていくヴォルフ。
 そんな彼に、助手席から首をねじ向けたスフォールドが微笑んだ。
「セドリック様、お屋敷に戻ったら・・・おわかりですね?」
 すっかり泣きべそのヴォルフがしがみついてきたが、フォスターは気の毒とは思えど庇う気にはなれず、とりあえず吐息混じりに頭を撫でてやった。



「・・・あの男はお仕置きの匂いを嗅ぎつける天才なのか?」
 主の来客出迎えの身支度を整えつつ、モートンが苦笑した。
「ワイラー卿はあなた様の御成婚披露宴の為に領地からお出ましになるご隠居様に、祝辞のお言葉をとわざわざおいでくださるのですよ。そのようなおっしゃり方をなさるものではありません」
「そうかあ? 議会でヴォルフの気分を荒れさせて、スコールドにお仕置きされるように仕組んだ上での来訪のように感じるが・・・痛い!」
 スーツの埃を丁寧に払っていた洋服ブラシの背で、パンとお尻を叩かれて姿見の前を飛び退く。
「痛いよ、お前!」
「そういう子供のような言いがかりをおっしゃるからです。私めにはワイラー卿が、趣味の私欲を公の場に持ち込む方には思えませぬが?」
 少々厳しい視線を投げかけてくるモートンに、お尻を擦りながら上目遣いを向ける。
「・・・悪かった。失言だ」
「お分かりいただけて何より。これで幾つも据えては、来客中に落ち着いて座っていただけないので」
 冗談じゃない。あんな重厚な木製の洋服ブラシの背でぶたれたら、今頃はスフォールドに懲らしめられているであろうヴォルフより、数日は痛むお尻と過ごさねばならないではないか。
 大体ずるい。
 ヴォルフは自分でお尻を差し出せない子供染みた性分というだけで、未だに道具のお仕置きを受けず、せいぜい膝に腹ばいに乗せられて丸出しにされたお尻に平手を据えられるだけだというのに、フォスターはちょっとした失言でも、すぐに道具で脅されて。
「ほお。やんちゃはゴネ得と? 別によろしゅうございますよ。道具なぞ使わずとも、お小さい頃のように旦那様をこの膝に腹ばいになっていただいて、ひん剥いたお尻に平手を据えさせていただいても、私は一向に構いませんが?」
 あくまで。
 あくまでも小さく心でぼやいただけなのに、腹を見透かす執事に頭を掻く。
「それだけは、勘弁してくれ・・・」
 痛いより、恥ずかしい方が、何倍も、効く・・・・・・。



 モートンの案内で応接間のドアをくぐったワイラーは、丁重な出迎えの一礼を見せる父と息子にヒラヒラと手を振った。
「やあ、クラウン。こうしてあなたの姿を拝見するのは久しいね」
 フォスターは不快な顔を上げて、隣でニコニコとしている父と、対するワイラーを見た。
「お久しゅうございます、ワイラー卿。うちの愚息がいつもすいませんね」
「何、あなたの息子なら、私の息子も同然だろう、なあ、クラウン」
「やだなぁ、まだそういうことをおっしゃる。さあ、お掛けくださいな」
 クラウン(道化師)が先代国王臣下時代の父の愛称なのは知っている。
 大学を卒業してから、父に伴われて社交界に顔見せに行った先々で、「クラウンの息子」と呼ばれた不愉快さを、今も鮮明に覚えていた。
 差し向かいに掛けて楽しげに語らい始めた二人を、少々苛立ちを交えて眺めていたフォスターの眼前に、ニュっと白い手袋の手が差し出された。
 角砂糖をひとつ摘んでいる手の主は、蒸らし時間を待つティーポットから目を離すことなく肩をすくめる。
「ひとつだけにございますからね」
 落ち着けという意味の角砂糖を受け取って口に放り込むと、フォスターは黙って父の隣に腰を下ろした。
「奥方はお元気かい?」
「そりゃあもう。相も変わらず」
「御子息の婚儀も決まり、フォスター伯爵家も行く末安泰だねぇ。ヴィクトリアは少々年かさではあれ、あなたが本来望んだ奥方像を絵に描いたような女性であるし、着地点はまずまずかな?」
「いじめないでください。成り行きとは言え、私は妻を愛していますよぉ」
 なんだか話が見えないが、ワイラーの発言が母を小馬鹿にしている気がしてならないし、貴族の結婚は見合いが常と言え、父も『成り行き』とは何事か。
 この苛立ちを、たった一粒の角砂糖で消化せよと?
 モートン、それはあんまりではないか。
 カップを各々の前に置いていくモートンを睨むと、彼はそっと唇に人差し指をあてがった。
「なあ、クラウン。せっかく順風満帆なのだ。いい加減、議会に復帰してはどうだい?」
 は?
 何を言い出すのか、この公爵は。
 フォスターの爵位はすでに息子の自分に移り、隠居の先代が議会になど出られようはずもないものを。
「いやぁ、愚息の足元が危なっかしくて。新しくできた弟のお守りもままならぬ様子ですし」
「だからこそ、あなたが出張っても良いのではないかね? 私を含む先代国王臣下の生き残りは、クラウンの手腕を知っているからこそ社交場も議会も不在を通すあなたの意見を重視するのだし、御子息とて、後ろ盾に甘える為人(ひととなり)ではないと、皆承知しているよ」
「そんな風に愚息を褒めていただけるのは嬉しいのですけどねぇ・・・」
「よし、わかった。本音を言おう。国王陛下よりの新体制、良い芽は育っているが、まだまだ好き勝手放題に伸びる現状、先代よりお仕えする庭師は人手が足らぬ」
 父は珍しく満面の苦笑を浮かべて頭を掻いた。
「御子息の婚儀を好機として、王都に戻り議会に復帰なされよ。国王陛下もそうお望みだ」
 父は黙ってモートンの淹れたお茶をすすっている。
 ワイラーは冗談めかした表情をすっかり収めて、そんな父が口を開くのを待っているようだ。
 話が見えない。
 ワイラーが話題に取り残されているフォスターの様子を見て、肩をすくめた。
「相変わらず、徹底しているね。息子にも内緒だったのかい?」
「息子が一人前となってからと思っていたのですけどねぇ。最近出来た新しい弟が、高位の後継者相手だから言うことを聞くという風になっても困るでしょ」
「まあね。それではヴォルフが成長したとは言えんしね」
 父はまったく話についてこられていない息子を横目で眺めて、頬杖をついた。
「アーシャ、どう? あのおやんちゃさんは、お前が何者でも今と変わらない関係でいられる自信、ある?」
「それはもちろん。ヴォルフは私という人間に懐いているのです。私が平民であれ、それは変わりありません」
 キッパリと言い切ってから、フォスターはガリガリと頭を掻いた。
「お二方、この若輩にはまったく話が見えませぬ。どうかご説明いただきたい」
 父が肩をすくめて両手を広げたのを見て、ワイラーが頷いた。
「では、こちらに掛けられよ、ローランド卿。息子とはいえ、下位と同席など、好ましい絵面ではないね」
 立ち上がった父は、ワイラーが指し示したもう一つの上座のソファに席を移した。
「え? は? ローランド・・・公爵?」
 やはり、話が見えないフォスターだった。



 好きな言葉は段取り通り。
 座右の銘は現状維持。
 希望する未来は凪の先の静かな余生。
 とにかく、早くに亡くなってしまった父から受け継いだ領地の安寧と、貴族社会の中での足場さえ守られれば、それで良し。
 ルールがあるのはありがたい。
 そこからはみ出さず、目立たず騒がずひっそりといれば、淡々とした日常を送れるのだから。
 ルールに則った段取り通りに。
 実に良い響きだ。
「やあ、クラウン。あなたも駆り出されたそうだね」
 宮中舞踏会でふわふわと各所での談話中の貴族たちの間を巡っていたフォスター伯爵こと通称クラウンは、声を掛けてきたワイラー公爵に微笑んだ。
「これはワイラー卿。本日はおめでとうございます」
「筋書き通りのお見合いパーティーとはいえ、あなたとしては隣国の王女とダンスなどという、目立つことは好まないだろうに、すまないね」
「いえいえ、あなた様の引き立て役とあれば、喜んで」
「ま、筋書き通り、段取り通りというのは、あなたの大好物か。ああ、姫君のダンスが始まったよ」
 王族の姫君や貴族の娘の見合いは、すべて型通りの手順で進むのが常である。
 すでに両家が話し合って決めた本命の婿以外にも、数名の独身貴族にダンスパートナーのお声掛りが前もって知らされている。
 その数名と踊り、最後に本命がダンスに誘って踊り終えた後、結婚の意志を姫君に告げる。
 姫君は親から「喜んで」と答えなさいと言われているので、その通りの言葉と共にお辞儀をし、そのまま国王陛下の祝辞を受けて、舞踏会は婚約祝いのパーティーに早変わりする。
 今回は国内でなく、ワイラー公爵家へ隣国の姫君降嫁という外交も含む一大イベントであるが、段取り通りは変わらない。
 こういう決まりごとの中で生きているのは、楽でいいとクラウンは思う。
 三人目とのダンスを終えた姫君に近付いて、そっと手を差し伸べる。
「姫君、フォスター伯爵にございます。私に一曲お相手頂く栄誉を授けてくださいませ」
 リュンベルグ王国の末姫ベアトリス第八王女は、まだ十五歳らしい幼い面立ちの実に可愛らしい少女だった。
 国王の妃である彼女の姉君は、第一王女として他国の王族に嫁ぐことを大前提に育てられたせいか凛とした風情を漂わせているが、やはり末姫となると、そこまで徹底した教育はなされていないらしく、ふんわりとした世間知らずの娘さんといった様子である。
 おそらくは父王や母君に大層可愛がられて育ったように見受けられるが、わがまま娘という雰囲気も感じられない。
 この王女であれば、ワイラー公爵もお気に召すのではないだろうか。
 段取り通りの見合いとは言え、やはり仲睦まじい夫婦になれるのが望ましいのだから、良いご縁だと思う。
「・・・お母様」
 ベアトリスが突然、段取りにない声を発した。
 彼女の指が、まっすぐにクラウンを指差している。
「私、この方がいいわ」
「・・・は?」
 目を瞬くクラウンの傍らで、本命馬たるワイラーも唖然としていた。
「私のお婿さんは、この方がいい」
 会場の空気が凍りついた。
 好きな言葉は段取り通り。
 それなのに、段取りが音を立てて崩れていく。
 座右の銘は現状維持。
 今まで築き上げてきたあの手この手の現状維持策が、こんな小娘の一言で崩壊する。
 目立たず騒がずひっそりと。
 ああ、こんな目立つ状況に立たされるなど、考えもしなかった・・・・・・。



つづく


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