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オルガ

第三十九話 少女の首輪~ENDING~

 ←第三十八話 懲りない侯爵と保護者たち →オルガのこと。
「以前もこんな話をしたね、モートン」
 執務室の窓から青い空を眺めながら、フォスターが言った。
「左様でございますね。あれはまだ、オルガ様がこのお屋敷に来て一ヶ月程でしたか」
「うむ。オルガがここへ来て、間もなく一年か、早いものだね」
 時の流れというものを、味わう暇もないくらいだった。
 先月、領地から王都に戻って以来、ずっと考えていたオルガの教育の方向性。
 今日はモートンの意見も聞きたくて、取り揃えた資料を彼に見てもらっていたのだ。
「ふふ」
 ふと笑い声を漏らしたモートンに、フォスターが首を傾げる。
「どうしたね」
「失礼しました。いえ、以前、オルガ様の教育の方向性を相談し合った時は、まだ服を着て過ごすことも、二足歩行をなさることもおぼつかなかったのにと思いましたら、つい」
「まったくだね。それが今や、通わせる学校の資料を見ながら、こうして話し合っている」
 オルガを養女として貴族の姫君に育てるならば、学校など行かせず家庭教師をつけて、社交界デビューに向けたお勉強ということになるが、それではあの子の将来を一つに縛りつけてしまう。
 閉じ込められていた世界から解放されたあの子に、もっとたくさん広い景色を見せてやりたかった。
「問題は、入れる学年でございましょうか」
「そうだね。えーと、ファビオは今月、十三歳になると言っていたね」
「はい。ということは、オルガ様も十四歳になられるか、もしくは既に十四におなりなのかもしれません」
「十四か・・・。来年には十五、再来年には十六。貴族の姫なら婿探しの年だ。なるほど、あっという間だな。そりゃあ、父上に叱られるわけだ」
 頭を掻いて自嘲を浮かべるフォスターのカップにお茶を注ごうとしたモートンは、ふと手を止めて窓の外を見た。
「旦那様、良い天気でございますし、皆様とお庭でお茶になさいませんか?」
「ああ、良いね。モートン、クロテッドクリームとジャムはたっぷり用意しておくれ」
「かしこまりました。適量でございますね」
「・・・ケチ」
 知らん顔でお茶の支度に出て行くモートンの背中に、フォスターは舌を出してから、シュガーポットの角砂糖とひとつ口に放り込んだ。



「がっこう?」
 聞いたことのない単語に首を傾げるオルガに、フォスターは資料写真をオルガの皿の脇に置いた。
「うん、学校。同じ年頃の子達と一緒に、色んなことを教えてもらえる場所だよ」
「・・・楽しそう」
 写真を見つめて目を輝かせるオルガを眺めつつ食べるタルトは、絶品だ。
「平民の学校とは、男女の区別なくクラス編成がなされているのを、視察で見たぞ。大丈夫なのか?」
「いじめられないか心配かね? お前もようやく大人・・・」
「オルガは可愛い! 平民の小僧共がみんなオルガを好きになったらどうする!」
 片手で顔を撫でたフォスターは、吐息をついてヴォルフにヒラヒラと手を振った。
「~~~ヴォルフ、お前は少し黙ってなさい。オルガ、お前は読み書きも頑張ってとても上達したし、絵本以外の本もたくさん読めるようになっただろう。けど、まだ少し同い年の子からは遅れ気味だから、学校の先生にテストしてもらって、入る学年を決めてもらおうと思う」
「テスト?」
「ああ、それまではお勉強の時間が増えてしまうけど、良いかな?」
「うん! オルガね・・・私ね、お勉強大好き」
 スフォールドの咳払いで慌てて一人称を言い直したオルガに苦笑。
 あの幼い口調がじわじわ直されていくのが少々寂しいが、致し方ない。
「そうか。じゃあ、頑張ってお勉強しようね」
 三年間もの間、言葉を奪われ外界と遮断された生き方を課されたオルガは、知識を吸収しようとする意欲が確かに旺盛だ。
 乾ききった大地にたっぷりと水を撒いても追いつかない。
 もっと。もっと。
 そうオルガが欲するならば、フォスターは水を撒き続けてやろうと思う。
 ただ、やはりまだ世間知らずが抜け切らないオルガが、学校でいじめられやしないかという心配はある。
「ファビオ、君も十三になる。そろそろ小姓という年齢ではないし、近侍(きんじ)に昇進をと考えているのだが・・・」
 モートンが何か言いたげにフォスターを見ているので、ヒラリと手を振って発言を誘う。
「口を挟むことお許しいただき、ありがとうございます。差し出がましいようでございますが、確かに小姓も卒業の年齢ではございますが、ファビオは小姓に就職して半年強。昇進など分不相応かと」
「ああ、わかっているよ、そもそも、部下の昇進を決めるのは執事の君だしね。昇進のタイミングは君が決めてくれればいい」
「では、一体・・・」
「うん。ファビオをね、一旦、小姓の任から外す。そして、オルガと一緒に学校に通ってもらおうかと」
 刹那、二ヶ所で派手な音がした。
 一ヶ所はヴォルフがフォスター目掛けて投げつけたティーカップが、避けた彼の背後の木に当たって割れた音と、もう一ヶ所はファビオが抱えていた銀盆を落っことした音。
 双方は、悲鳴に近い声を上げた。
「嫌だ! ファビオは私のだ! スコールドをやる! あれならいらない!」
「嫌です! 学校とか性に合わないんで! 読み書き勘定ができれば十分です!」
 フォスターに取すがるように苦情を申し立てていたヴォルフとファビオは、二人の執事の咳払いで、ハッと背後を振り返った。
「あー、有能なご両名。頼むから、お仕置きは後回しにしてくれまいか。話が進まなくなるから・・・」
「・・・では、後ほど」
 お仕置きを免れたわけではないヴォルフとファビオは、顔を見合わせてから、しゅんとその場で俯いた。
「まずは、ヴォルフ。ファビオがいなくなるわけじゃないだろう? 学校の時間、どうせ私たちはほとんど出仕中じゃないか。少しでも早くモートンが、ファビオをお前の近侍と認めてくれるように、学校に通いながらお前の側仕えもやってもらうよ。少々過酷だが、それが近道に思うから。なあ、モートン」
「御意」
 ヴォルフはしばらく悩んでいたようだが、いずれ自分の近侍となってくれるのであればと、小さく頷いた。
「そして、ファビオ。お前が学校嫌いなのは知っているよ。お前を迎えるご挨拶にお母上とお話した時、聞いていたから」
「き、聞いたって、何を・・・?」
「お前、仕事熱心だけれど、学校をサボって働いていただろう。お母上が嘆いておられたよ。家計を助けてくれるお前をきつくも叱れないし、困っていたと」
「~~~だって、学校なんて時間をとられて稼ぎはないんですよ」
「ふふ、そんな嘘はいけないよ。お前、単に授業中にじっと話を聞いているのが嫌いなだけだろう」
「そ、そんなこと・・・! 学校の授業なんて無駄だと思うだけですよ! 言っているでしょう。読み書き勘定だけで十分だって」
「大勢の年の近い相手との交流も勉強の内。無駄に思える授業だって、ふとした瞬間に役立つのが人生というものさ」
 フォスターはチョイとファビオの鼻を摘んで微笑んだ。
「当主命令だよ、ファビオ。オルガのナイトとして、一緒に学校に通いなさい」
「ず、ずるい・・・」
 オルガのナイトと言われたら、これ以上抵抗できないではないか。
 嬉しそうに微笑むオルガを振り返って、ファビオは頭を掻きむしった。
「あー! もう! わかりましたよ!」
「結構。話がまとまったところで、二人共、執事の方々がお待ちかねだよ」
 フォスターは立ち上がって執事たちの為に席を空けると、オルガを誘って花咲き誇る庭園へと歩を進めた。
「ねえ、ふぉすた。学校に行ったら、どうしてお花が咲くのかも、どうして雲がお空にあるのかも、どうして虫さんがお花を覗くのかも、全部、全部、わかる?」
「うん、そうだね。きっとわかるよ」
「オルガ・・・あ、私ね、たくさん知りたいこと、いっぱい!」
 首輪をつけていた少女。
 言葉を忘れさせられて、裸の四つん這いで歩いていた娘。
 ガラス玉のようだった瞳が今、こんなにもキラキラと輝いている。
 なんと愛おしいのだろう。
 本当は抱き上げてしまいたいが、もう十四の娘にすることではないので、フォスターはそっと肩を抱き寄せるに止めた。
「オルガ、愛しているよ」
 オルガがフォスターを見上げて笑った。
「オル・・・私も、ふぉすた、大好きよ。ヴォルフの次に、大好き」
 苦笑。
 学校の成績で、ついにヴォルフに勝てなかったことを思い出してしまった。
「・・・まあ、それでも次点なら、どの試験結果より優秀かな」
 


「はい、こっちですよ。上手、上手」
 よちよちと満面の笑みで広げた両手を目指して歩いてくる幼子が愛しくて、ついつい顔がほころぶ青年は、到達したその小さな体を力いっぱい抱きしめる。
「到着~! とってもお上手でしたよ」
「あら、アーサー・ジュニアってば、もうそんなに歩けるの?」
 幼子を抱きしめたまま屋敷の芝生に寝転がった青年は、眼前に垂れ下がった黒い巻毛に肩をすくめた。
「そりゃお前、丸二日も見てなきゃ、赤ん坊の成長なんてあっという間だぞ」
「へえ。そういうもんなのねぇ。ファビオって、ホント、こういうことに詳しいわよね」
「ベビー・シッターで幾人も見てきたからな・・・って、オルガ!?」
 いきなりファビオが起き上がったので、アーサーが驚いて泣き出す。
「ああ、すいません、アーサー坊ちゃま。怖かったですか? よしよし、泣かないでください」
 トントンと背中を叩いて頬ずりすると、アーサーは涙目で笑顔となって、ホッと息をつく。
「はぁい、アーシャ姫。御機嫌さんね」
 ファビオの傍らの乳母車を覗き込んで、オルガが小さな姫君の頬をつつく。
「オルガ! 二日も行方を眩ませて、どこに行っていたんだ! 旦那様も奥様もセドリック様も! 大層心配なさっておられたのだぞ!」
「大きな声出さないでよ。アーサーもアーシャも怯えちゃうでしょ」
「~~~覚えてろ。後でうんとお尻を引っ叩いてやるからな」
「お断り。私はふぉすた達に報告があるから、行くわね」
 屋敷へと駆け出したオルガの後ろ姿を、ファビオは深い吐息で見送った。



 リビングに介す一同は、重い空気の中でテーブルの上の電話を見つめていた。
 一晩程度ならクラスメイトと遊び呆けて無断外泊をやらかしたことも幾度かあったが、二晩など初めてだ。
 一日目の夜が明けても戻らないオルガを心配し、さすがに警察に捜索願を出したのだが、何の連絡も来ない。
「奥様、少しお休みになられた方が・・・。身重のお体に触ります」
 三人目をお腹に宿しているヴィクトリアは、毅然と首を横に振った。
「ありがとう、モートン。私もこの子も大丈夫です。それよりも今心配なのは・・・」
 刹那、勢いよく扉が開いてオルガが飛び込んできた。
「あら! 皆お揃いなのね! ちょうど良かったわ。皆に話したいことがあるの!」
 ひどく嬉しそうなオルガを眺め、一同は力が抜けたようにその場にへたり込む。
「・・・オルガ」
「なぁに、ふぉすた?」
「話とやらは、後で聞く。まずは・・・」
 痛むこめかみを揉みほぐしつつ、ポンポンと膝を叩いたフォスターに、オルガがたじろいだ。
「先に話を聞いてよ。そしたら、お仕置きなんて必要ないってわかる・・・」
 じろりと睨まれて、オルガは両手でお尻を庇いつつドアに張り付いた。
「モートン、その往生際の悪い不良娘をこれへ」
 ヒョイとモートンに担がれて、フォスターの膝まで運ばれる中、オルガは盛大に喚きもがいてヴォルフに手を伸ばした、が、彼もさすがにそっぽを向く。
 腹ばいに膝に下ろされたオルガは、スカートを捲られて青ざめた顔をフォスターにねじ向けたが、ついにドロワーズもずり下げられてしまった。
「やだぁーーー! 私はもう十九よ! 大人よ! こんなお仕置き、いらないってば!」
「ほお、大人の女性が、家族の心配も考えずに連絡もよこさず丸二日も外泊かね。これは、子供よりきついお仕置きをせねばならんね。スフォールド」
 フォスターが手を差し出すと、スフォールドが飾り棚の引き出しからパドルを取り出して、彼に握らせた。
「や、やだ! それヤダってば! ふぉすた! とにかく話を聞いてよぉ!」
「黙りなさい。どんな理由であれ、皆に心配かけたのだぞ。身重もお母様も、同じくずっと寝ていない」
 少し膨らんできているお腹を擦って苦笑いしているヴィクトリアを見て、オルガはさすがに大人しくなった。
「~~~いくつ?」
「真っ赤に腫れるまで。言って良いのは『ごめんなさい』と『もうしません』だけだ」
「そんなぁ・・・痛ぁいぃーーー!」
「違うでしょう」
「ひ! あーん! ごめんなさい! もうしません、もうしませんーーー!」
 ジタバタともがくオルガの元気な姿に、その場の一同は深い深い安堵の息をついたのだった。



 あんなに泣きじゃくっていたくせに、お尻を擦りつつオルガがどうだと言わんばかりに差し出した書面に、フォスターとヴォルフは顔を見合わせる。
「さ、採用通知・・・?」
「そう。私ね、新聞記者になる」
「し、新聞記者ぁ~~~!?」
 その書面にある社名と社印は、確かに誰もが知っている新聞社のもの。
「ヴォルフが良いよって言ったもの」
 オルガが口端に笑みを浮かべたのを見て、キッとヴォルフを睨むと、彼は弱りきった顔で首を振った。
「す、すまん、フォスター。まさか、本当に採用されるなどと思わなかった」
 そりゃあ、フォスターだって・・・いや、この場に介する者全員、女性が新聞記者に採用されるなどと、誰も考えないだろう。
「そうよ~、採用通知をもぎ取るの、大変だったんだから。この二日間、会社の前で座り込みして、根性あるって、採用してもらえたの」
「新聞記者・・・、座り込み・・・、しかも、何故にクオリティ・ペーパーでなく、タブロイド紙・・・」
 ダメだ、クラクラしてきた。
 肘掛にヘタり込んだフォスターに、オルガは肩をすくめる。
「だって、人口比率から考えても上流階級向けの新聞より、大衆向けの新聞の読者が何に興味があるのか知る方が、断然面白そうだもの。たくさん、たくさん、色々知りたいの!」
「いや、いやいや、待て、オルガ。ヴォルフがお前と結婚したいと思っていることは、承知しているよね?」
「ええ、知っているわよ」
「貴族は税金を免除されているから、賃金をもらって働けない。つまり、就職などしたら、ヴォルフとは結婚できないのだぞ?」
「だって、せっかく学校まで出してもらったのに、就職しないなんてもったいないもの」
「~~~」
 少し寂しそうなヴォルフの膝の上にヒョイと座って、オルガは頬を撫でた。
「私と結婚したかったら、貴族は無税だから働けないという法を、頑張って議会で修正してね」
「またそういう難題を・・・」
 弱って微笑むヴォルフの口を、オルガがキスで塞いだ。
「あ、そうそう。今日から、取材に連れて行ってもらえるの! だから、当分は帰れないから。ちゃんと伝えたからね、これは無断外泊ではないでしょう?」
 どんどんと進む話に、もやは何も言い返せないフォスター。
 モートンとスフォールドも、顔を見合わせて苦笑を浮かべている。
「ヴォルフ、大好き。愛してる。私は必ずあなたのところに帰ってくるから、ここでちゃんと待っていてね」
 そう言うと、頬にキスを残して駆け出していくオルガの背中を見送って、ヴォルフは苦笑してフォスターを見た。
「・・・参ったね。なんだか、私の方が首輪をつけられた気分だよ」
「・・・はは、まったくだな」
「領地も安定したし、そろそろ別に屋敷を買ってオルガとここを出ようと考えていたのだけれど・・・、まだ当分、世話になっていても、良いかな?」
 フォスターは、この数年で随分と落ち着いたヴォルフを見つめて微笑んだ。
「ああ、いくらでもどうぞ。ここは、お前たちの家だからね」



終わり

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