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オルガ

第三十五話 懐中時計の思い

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 休暇中とはいえ、仕事はついて回る。
 毎日、数十通は送られてくる手紙に目を通すのも、貴族の大事な仕事のひとつ。
 領地からの陳情書あり、現行進めている公共事業の進捗あり、付き合いのある貴族からの御機嫌伺いあり・・・。
 フォスターは列車の中で黙々と手紙を読んでいたが、ヴォルフは初めて楽しいと思えた田舎への長の旅路でそれを怠けていたので、王都から持ってきた分に加えて転送されてくるものもじわじわと増えて、未開封がトランクに入りきらない程になってしまった。
 ずっとファビオに小言を言われていたのだが、ついに彼が怒って口をきいてくれなくなってしまったので、渋々、手紙に目を通し始めた次第である。
 ソファに寝転がったヴォルフはやがて長い吐息をついて、読んでいた手紙から顔を上げ、チラとファビオを見た。
 彼が今読んでいる手紙の差出人を手帳にすべて書き写したり、ヴォルフが読み終えた手紙を仕分けしたりと、忙しそうだ。
 ヴォルフは読み終えた手紙を対応順位別の書類箱でなく、床に投げた。
 見向きもしないで黙々と作業をしているファビオ。
 次いで、対応順位別の書類箱を一つ、ひっくり返してみる。
 床に散乱した手紙にファビオはついに溜息をついて立ち上がり、ツカツカと歩み寄って手紙を拾い集め、箱に戻した。
「最初に投げた手紙は? 至急? 不急? どちらです」
「処理不要。クラブの例会案内だから」
「・・・一応、選んではいるんですねぇ・・・」
 三つ目の書類箱に手紙を収めたファビオは、さて叱りつけてやろうとヴォルフに向き直ったが、途端に勢いが萎む。
 ヴォルフが怖々様子を伺うような上目遣いをしつつも何やら嬉しそうに、枕代わりの両腕に片頬を埋めて自分を見上げていたのだ。
 十二歳の自分が、十以上も年上の大人の男性をつかまえて、こんなことを思うのは何なのだが・・・・・・可愛い。
 こういう顔は、やはり下町の子供たちで見かけたことがある。
 親にかまって欲しいのに忙しいからと相手にされず、わざと悪さをして自分に注意を引くことに成功した幼子のそれ。
 あんまり可愛くて笑いかけてやりたくなったが、それは後回しにせねばと心を鬼にして、改めて顔をしかめてみせる。
「床にポイポイと物を投げてはいけませんと、以前に注意しましたよね」
 まあだから、こうすればファビオがやってくるとわかってやったのだろうが。
「悪いことをした手は?」
 おずおずと差し出された右手の指をとり、手の甲をピシャンと叩く。
 引っ込めようとしている手を離さず叩いた甲を擦ってやると、ヴォルフはとても嬉しそうだった。
「手紙の未処理も僕にかまわれたくて、わざとやらないんでしょ」
「・・・だって、フォスターがかまってくれない」
 なるほど。だからここ数日、ファビオにかまって攻撃が一点集中しているわけだ。
「だから、あんな意地悪してはいけませんと言ったでしょう。ご自分で旦那様を近付きにくくさせたんじゃないですか」
 自分に都合の悪い話になってきたものだから、ヴォルフがソファの背もたれに顔を向けてしまった。
「ご自分でミスター・スフォールドにお願いなさい。自分たちのことは不介入でいいと」
「・・・・・・」
 何やら言っているようだが、声が小さくて聞き取れない。
「こっち見て。顔を見て話す。ほら、セドリック様?」
 髪をチョイと引っ張ってやると、ヴォルフは不貞腐れたように振り返った。
「だって、そうしたら、フォスターにお仕置きされるじゃないか!」
 いや・・・、出迎えの後、すぐにそうしていれば済んだ話を、悪戯心に刺激されて、フォスターを追い詰めたのは自分ではないか。
 子供の自分にだってわかるのに、この侯爵様ときたら・・・。
「意地悪するからです。さっさと精算してください」
「・・・・・・なぁ、ファビオぉ」
 擦っていた手を離し、ファビオは肩をすくめた。
「猫なで声なんか出してもダメですよ。僕は旦那様にセドリック様を叱らないでとは、言いません。調子に乗った罰です」
「~~~なんだよ! ファビオの意地悪!」
 ファビオは黙ったまま処理済みの書類箱から手紙の束を取り出して、書類封筒に詰めた。
「さて、僕はこれを王都のお屋敷に郵送してもらってきます」
「・・・ファビオ、怒ったのか?」
「残りの手紙も、ちゃんと目を通しておいてくださいね」
 部屋を出たファビオは閉じたドアにもたれると、書類封筒を抱えたままズボンのポケットから懐中時計を取り出した。
「君は・・・ファビオだったね。そんなところに突っ立って、どうしたね?」
 声を掛けてきたのはスフォールドだった。
 ファビオは懐中時計から目を離さないまま、ヒラリとスフォールドに手をかざした。
 それはどう見ても静かにしていてくれというジェスチャーで、スフォールドは目を丸くしたが、彼の真剣な表情に黙っておいてやることにする。
「おや・・・」
 ふと見れば、小姓に似つかわしくないその懐中時計には見覚えがある。
「よし」
 懐中時計をポケットに戻したファビオは、もたれていたドアを開け、頭を部屋の中に突っ込んだ。
「セドリック様、ついでに何か飲み物と摘むものを用意してもらってきますね。何がいいですか?」
「・・・・・・ワインと、チーズ。後、お前の分の、レモネード・・・」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、ちゃんと仕事を進めていてくださいね」
 ドアを閉じ、ファビオはスフォールドに向き直ると、改めてお辞儀をした。
「失礼しました。叱って出てきたもので、声掛けのタイミングを逸することができませんでした」
「ほお、叱って、ねぇ。出てすぐでは駄目だった?」
「はい。すぐでは調子に乗るし、あまり間を開けると落ち込まれてしまいます」
「なるほど、なるほど。で、次に部屋に戻るまでのタイミングは、如何ほど?」
「そうですね。今ある手紙を全部処理したのを僕に褒めてもらいたい集中力から計算して、三十分後でしょうか」
「ははは。そうかね、そうかね。そうだな、こんなところで立ち話もなんだし、別の場所で話さないかね」
「え、でも・・・」
 封書の郵送を担当の使用人に頼みに行って、厨房にワインとチーズを用意してもらいに行くのに、この広い城の中では結構時間がかかるのだが。
「その封書は私が後で処理しておくし、そもそもワインのセレクトは執事の私の仕事だから。ついておいで。当家自慢のワインセラーを見せてあげよう」
 


「うん、これがいいかな。ちょうど良いロックフォールが手に入ったから、このワインの酸味とならヴォルフ侯爵のお気に召すだろう」
 棚に掛けた梯子から一本のワインを手にして降りてきたスフォールドは、あんぐりと口を開けてセラーの中を見回している少年に微笑んだ。
「ファビオ、しばらく観察していたけど、なかなか口うるさいね、君」
 小言とあだ名されるスフォールドにそんなことを言われると、どう対応して良いのかわからない。
「そう、ですか? 母が口うるさい人なので、遺伝かなぁ・・・」
「ははは! かもね。私の母も大層口うるさい人だったから」
 この男、自分が口うるさいという自覚はあるらしい。
「奇妙なものだな。こんな口うるさい私が弟子としたモートンは、穏やかで無口。そのモートンが弟子とした君が、私に近しい小言屋とはね」
「いや、それは、お仕えしている方の差では・・・。セドリック様は、フォスター伯爵と違って、子供のような方なので」
 少しひんやりとするワインセラーの中で無意識に腕を擦っているファビオに、スフォールドは自分の上着を掛けてやった。
「ここで長話は寒いな。ただ、ここを見て欲しくてね。きっと、君はいずれ、ここの管理者になる」
「え?」
 ワインセラーの管理は、執事だけに許された仕事だ。
「私がモートンに引き継ぎ、そして、モートンがいつか君に引き継ぐ。なんだかね、そんな気がする」
「僕なんか、下町出の小僧ですよ」
「執事なんて、そんなものさ。下働きで就職した小作人や下町の子供が、お屋敷で修行して昇進していくだけのこと。私は鉱夫の息子だし、モートンは農家の息子。お仕着せは美しいが、仕事内容は結構きついからね、そういう下層出身者の方が、長続きするようだ」
 そんなものかと思ったが、確かにそうかもしれない。
 小さい頃から稼ぎに駆り出されるのが当たり前だったので、日も昇らない内から起き出して作業を始めるのも主人たちが寝静まっても続く仕事も、苦にならない。
「後は・・・仕える主人を愛おしいと思えるかどうかだけ」
「え、でも・・・雇い主はフォスター伯爵ですが、僕がお仕えしているのは・・・」
「うん。わかっているよ」
 ファビオの前に屈んだスフォールドは、手の平を差し出した。
「さっき見ていた懐中時計、見せてくれるかい?」
 ファビオはズボンのポケットから取り出した懐中時計をスフォールドの手に乗せる。
「ああ、やっぱり。これ、モートンから?」
「はい。いつだったか、僕が怪我をした時に、お見舞いにくれるって」
「怪我? どうしたのかね」
「あー・・・」
 ファビオは傷も消えかかった額を押さえた。
「以前、セドリック様が振るった鞭が、ここをかすって・・・。セドリック様が、急いで病院に連れて行ってくれたことがあって」
「・・・そう。あの噂の暴君が、君を病院にねぇ」
「いえ! あ、その・・・暴君の話は、僕も聞いて知っています。けど、フォスター伯爵が弟みたいに可愛がって、あの方を育て直していて・・・まだわがままだしやんちゃだけど、随分、可愛い部分も出るようになったんです」
 スフォールドが拳を口に当てて吹き出した。
「はは、わがままでやんちゃで可愛いか。なるほどねぇ。そんな風に思ってくれる君だから、モートンはこの懐中時計を君に託したのだね」
「え・・・これ、何か深い意味のある物なんですか?」
 預かっていた懐中時計をファビオの手に返し、スフォールドが立ち上がった。
「それね、ヴォルフ侯爵ガーネット家の次男セドリック坊ちゃんが生まれた時に、ご両親が上級使用人に配られた誕生記念の品だよ」
 思わず手の中の懐中時計に目を落とす。
「え? でも、あれ? ミスター・モートンはフォスター伯爵の・・・」
「今はね。昔は彼、ヴォルフ侯爵家でセドリック坊ちゃんの教育係として執事をしていた」
 初めて聞いた話に、ファビオは目を丸くする。
 そして、ふと思った。
 セドリックがポツリポツリと語ったことのある、顔も名前も覚えていない男。
 もしかして、あれはモートンのことだったのではないかと思った。
「訳あってヴォルフ家を追われてね。このフォスター家に再就職して、アーサー坊ちゃまの従僕となっても彼はずっと肌身離さず、とても大切にしていたよ」
 古いけれど、とても丁寧に手入れされたこの懐中時計をもらった時、少しは認めてもらえたような気がして嬉しかった。
 けれど、これは少しどころではない。
 認める、認めないではなく、モートンはヴォルフをファビオに託したのだ。
 急に、手の中の懐中時計が重く感じた。
「・・・僕なんかで、いいのでしょうか」
 スフォールドが微笑んで、少年の鼻を摘んだ。
「それは、主人を愛しいと感じた執事が永久に抱える難題だね」
 ファビオの鼻が冷たくなっていたので、スフォールドは彼をワインセラーから連れ出した。
「まあ、見ている限り、君はヴォルフ侯爵の扱いが上手いと思うよ。手馴れているというのかな」
「ああ、僕、市場の仕事の合間に、おカミさんたちの子供のベビーシッターもしていたので・・・」
 立ち止まったスフォールドが目を丸くした。
「ベビーシッター?」
「はい」
「ベビー・・・」
 肩を震わせ始めたスフォールドが、ついに声を上げて大笑いした。
「なるほど、なるほど! ベビーシッターかね! あはは、それはいい!」
 スフォールドが何をそんなに笑っているのかわからないファビオは、キョトンとしていたが、ふと考えた。
 ワイラーといい、彼といい、フォスターが戦々恐々とする彼らに、怖いという印象を受けないのは、自分が子供だからだろうか。



 皿に乗ったロックフォールをじっくりと確認したスフォールドを、運んできたメイドが怖々と上目遣いで様子を伺っている。
「うん、良いね。盛りつけも完璧だ」
 呟くように言ったスフォールドの言葉に心底安堵したようなメイドを見て、ファビオが首を傾げた。
「ただし」
 メイドは気の毒なほど、ビクリと体をすくめる。
「そのように、私の顔色を伺わねばならんような物かどうか、自分で判断できんかね? 堂々とお客様に出せる状態だと、見極めたまえ。勉強不足だ」
「も、申し訳ございません!」
「次はお尻だ。行ってよし」
 急いで一礼したメイドは、スフォールドの気が変わらぬ内にとでも言うように、足早に姿を消した。
「ファビオ、良く見てみなさい。チーズは切り分け方一つで香りも味わいも違ってくる。まだ塊のままのチーズがあるだろう? これを、執事がカットして主人やゲストに提供する。全部を一度に切ってしまっては、香りが損なわれるからね」
 じっとチーズを見つめて香りを嗅ぐファビオに、スフォールドが少し厳しい表情を向けた。
「一度で覚えるのだよ。でないと、君も次回はお仕置きだ」
「・・・大丈夫、覚えられました。市場で果物や野菜の香りだけで善し悪しを判断できるよう、親方に仕込まれたので」
 破顔一笑。
「そうかね! やはりいいね、君、経験値が高い」
「得意分野なだけです。ダメなところは、すぐに叱ってください」
「はは、そういうところはモートンに似ているね、君。・・・さて」
 ワインとチーズを銀盆に乗せたスフォールドは、ファビオの頭をクシャクシャと撫でた。
「これからね、少し、辛いことが起こる。若旦那様も、ヴォルフ侯爵も、とても悲しい思いをするだろう。だが、君は、とにかく落ち着いて、状況を観察していなさい」
「え・・・」
 何のことかわからないままファビオはスフォールドを見上げたが、彼はそれから何も語ることなく、ヴォルフの部屋のドアをノックした。
「どうぞ、入りたまえ」
 応答の声はヴォルフではない。
 スフォールドが開いたドアの先に、フォスターの父がいた。
 そして、呆然とした瞳で宙を見上げるヴォルフ。
「セドリック様?」
 ファビオの声に我に返ったヴォルフが、ソファを立ち上がって彼に手を伸ばした。
 尋常でない様子のヴォルフに駆け寄ろうとしたファビオの腕を、スフォールドが掴む。
 ヴォルフもまた、フォスターの父に進路を阻まれている。
「嫌だ! ファビオは私の小姓だ! 返せ!」
「返せと申されましても、彼は当家の使用人でございますので」
「嫌だ! そんなの嫌だ! ファビオ! ファビオ! こっちに来い! ~~~来て!」
 掴まれた腕を振りほどけないので、スフォールドを思わず睨む。
 彼はただ黙って首を横に振った。



つづく





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