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オルガ

第三十四話 大人たちの画策

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 料理どころか好物のデザートの味すらわからないような、散々な夕食。
 それというのも、悪魔の囁きに耳を貸し放題にしている侯爵様が、日頃の仕返しをコース仕立てで振舞ってくれたお陰。
 アミューズは季節の香る他愛ない世間話。
 アントレは伯爵への褒め言葉を固めたテリーヌ。
 濃厚な含み笑いのポタージュを経て、ポワソンは皮肉の酸味を効かせたソース仕立て。
 敢えて少し自分を落として語る、口直しのグラニテ。
 ヴィヤンドは程良く自分の悪さを棚に上げた盛り付けも美しいグリエに、仕返しのスパイスを効かせたソース添え。
 ついついワインが進むコースの数々に、スフォールドの視線という名のフロマージュが酔いを冷ます。
 もう胸焼け気味だというのに、デセールに蟄居のことまで・・・。
「えー、歴代のフォスター伯爵で蟄居なんて処分、初めてだねぇ。やるなぁ、アーシャ」
「家名に傷をつけましたこと、大変申し訳ございません、父上」
 ヴォルフが白々しい溜息をつく。
「いや、ご隠居殿。彼は悪くない。国王陛下の御裁可を仰ごうと言ったが、止められなかった私の責任」
 だ。
 誰が。
 いつ。
 そんなことを言った!? 
 思わず席を立ちヴォルフを睨んでみたが、知らん顔でエスプレッソをすすっている。
 おまけに、スフォールドの咳払い。
「~~~」
 渋々腰を下ろすと、父がヴォルフをカードに誘った。
 自分のいないところで、更にあることないこと吹き込まれてはたまらないのでついて行こうとしたのだが、スフォールドに呼び止められて、首がすくむ。
「若旦那様は、あのお部屋に参りましょうか」
 冷や汗が滴るフォスターを、父に誘われて戸口まで歩くヴォルフがさも愉快げに流し見ていたのを見逃すものか。
「侯爵の話には、色々と不明瞭な点があるのでね、同行しかねる」
 強気の強行突破に打って出てヴォルフと父の傍まで歩いていくと、父が笑顔でフォスターの額をつついた。
「アーシャ、スコールドの言うこと聞かないとダーメ」
「ですが父上! 私は叱られねばならぬようなこと、何も・・・!」
「お父様、蟄居なんて初耳なのだけど」
 言葉に詰まる。
 スフォールドに小言を言われるのが嫌で隠していたので、それを言われると弱い。
「あ、あれは、蟄居などと大げさなものでなく、軽い謹慎で・・・」
「蟄居は宮廷風の言い回しで、要するに謹慎じゃない」
 それはそうだが。
「ダメだよー、軽かろうが重かろうが、宮廷に関わることはちゃんとお父様に報告してくれなくちゃ。お父様、国政からは退いた隠居さんだけど、国王陛下に時節の挨拶状とか収穫物の献上とか、色々やり取りしなきゃなんだから、息子がごめんねーの一言もない手紙になっちゃうでしょ」
「は、はあ・・・」
「お父様に隠し事するような悪い子は、お尻ペンペンのお部屋へ行かなきゃね」
「わ、私は父上でなく、単にスコールドに知られたくなかっただけです!」
 背後に聞こえた咳払いに、我に返って口を塞ぐ。
「お二方、しつこいようでございますが、私はスコールドではなく、スフォールドにございます」
 ああ、子供の頃のように、ぺんぺんのお部屋はイヤと、泣きたい気分になってきた・・・。



 ようやく解放されて自室に戻ることの出来たフォスターは、ソファに俯せに体を横たえてヒリヒリするお尻を擦った。
 ひどい目にあった・・・。
「~~~モートン、お前のお仕置きがどれほど手心を加えてくれていたのか、思い知ったよ・・・」
 疲労困憊の主人にお茶を淹れていたモートンが苦笑して一礼した。
「お前が私について以来、スコールドからはお小言止まりだったからなぁ」
「子供には加減されますが、大人には容赦ございませんので、あの方は」
 モートンが差し出したお茶を受け取り、一口すする。
「お、気が利くね」
「恐れ入ります」
 普段は主人の体を気遣って、あまり砂糖を入れてくれない執事が淹れてくれた甘いお茶に、ホッと人心地。
 散々嫌な汗をかいた恐怖も、これで少しは和むというもの。
 スフォールドのお仕置きはワイラーのように数を打ち据えられはしなかったが、王都の屋敷同様のオットマンを仕置台として肘をついた四つん這い姿勢を取らされて、背後に立つ彼から延々と小言を聞かされる。
 とにかくヴォルフの件は訳を説明させてくれと訴えたが、彼が手にするケインをピタリとお尻にあてがわれ、「貴族の上下関係は絶対のルール」と言われてしまっては、閉口せざるを得ない。
「・・・よもや、屋敷の外で侯爵閣下にそのような不埒を働いては、おりませぬでしょうな?」
 ふと、車で移動中のお仕置きを思い出したが、必死で首を横に振る。
「ほお。お心当たりがおありのようでございますね」
 フォスター家の執事は、揃いも揃って優秀すぎて困る・・・。
 嘘の罰とばかりに腰のサスペンダーのボタンを外され、足の付け根までズボンごと下着もずり下げられて、丸出しにされたお尻を打たれる覚悟をするしかない状況の中、お説教。
 蛇の生殺しとはこのことだ。
 小言の最中の不意の一発。
「情けない声をお出しになるでない、みっともない」
 そりゃあ・・・そりゃあワイラーのケインより遥かに軽い痛みだが、心の準備が・・・。
 そう、心の準備をさせてもらえない不意打ちばかりの時間。
 いつ訪れるかわからない痛みに声を殺して耐えるのは、相当な精神力を消耗した。
 まあ、簡単に言えば・・・。
「怖かった・・・」
「で、ございましょうねぇ」
 若い頃に彼の弟子であったモートンが、何やら遠い目で呟く。
「何でしょうねぇ、大した数を叩かれるわけでないのに、百叩きでも良いからチャッチャと済ませて欲しいと思ってしまうあれは・・・」
「同感だ」
 それにつけても・・・。
「スコールドがあれ程に石頭とは思わなかった! 少しくらい、言い分を聞いてくれても良かろうに」
「ですから、彼に手紙を送っておいてはと、申し上げたではございませんか」
「そう思ったのなら、お前が気を利かせて手紙を出してくれれば・・・! ・・・よそう。仲間割れをしていても仕方ない」
 スフォールドという最強の盾を手に入れたヴォルフへの、対処法を考えるのが先決だ。
「ご様子を拝見いたしますに、あれはよそ行きの装備をなさったヴォルフ卿にございましょう。他家でオルガ様やファビオに何か仕出かすことはありますまい」
「かもしれんが! 詰まるところ、標的にされるのは私だよな!?」
「はあ、おそらくは」
「~~~あいつ、帰ったら覚えていろ」
「ああ、そうでした。旦那様がお仕置き部屋にいらっしゃる間に、ヴォルフ卿が大旦那様にスフォールドを自分の執事にと申されまして」
「・・・え」
「大旦那様の快諾の元、スフォールドは王都の屋敷に我々と共に・・・」
 な。
 え。
 いや。
 待て。
 待て待て待て!
「勘弁してくれ! お前、見ていたなら何故止めてくれない!」
「お仕えする方々の会話に、いちいち反応するなと教えておりますファビオの前で? できかねまする」
「頑固者! 石頭! 硬骨漢!」
「子供ですか、あなたは・・・」
 モートンが額を押さえて溜息をついた時、ノック。
「ミスター・モートン。ミスター・スコ・・・スフォールドがお呼びです」
 そう告げた城の従僕の表情は同情の空気を漂わせており、モートンは天井を仰いで「すぐ行く」と言った。
「さて。頑固者は主の躾けが行き届かないお叱りを受けに行って参ります故。しばしの時間、ご不自由をお掛け致しますこと、お許し下さいませ」
 そうだった。
 幼い頃から、フォスターをお仕置き部屋で叱ったモートンは、後で必ずスフォールドに呼び出されていた。
 あれは今思えば、お仕置きまでせざるを得ないような躾の甘さを、彼に叱られていたに違いない。
「モートン!」
 部屋を出ていこうとしている彼に呼びかける。
「ごめん。ひどいことを言った。・・・ごめんなさい」
 モートンはただ黙って微笑んでくれた後、丁寧な一礼を残し、部屋を後にした。



 お辞儀の姿勢を崩すことなく下座に立つモートンを眺めやり、スフォールドは銀に光る白髪をかき上げた。
「さて、如何いたしましょうね、大旦那様」
 スフォールドが移した視線の先には、いくら家令とはいえの使用人である彼の部屋にいるはずのない、城の主であるフォスターの父。
「うーん。このソファ、座り心地が今ひとつだから、買い換えちゃうか」
「~~~そうではなくて」
「そうだなぁ。引き離しちゃう?」
 モートンは思わず顔を上げたが、すぐにお辞儀に直り、フォスター家の家長の言葉に耳を傾ける。
「うん、そうだね。そうしよう。モートン、君はどちらについて行く? 君が決めて良いよー」
「・・・私めは、フォスター伯爵にお仕え致す身にございます」
「そ。じゃ、スコールドはヴォルフ侯爵についてね。オルガはヴォルフ侯爵についていかせるから、スコールド、よろしくね。ファビオという小姓は・・・うちの子だよねぇ」
「恐れながら・・・彼にはヴォルフ侯爵閣下が全幅の信頼を寄せておられます」
「へえ、ちっちゃいのに、すごいね。じゃ、取り上げちゃお。はい、秘密の会議終了」
 あくびをしながら部屋を出て行くフォスターの父を更に深い礼で見送り、モートンは溜息をついた。
「・・・スフォールド。このような結果となったのは、やはり、私の躾の甘さなのでしょうか・・・」
「そうは思わんね。私とて、一度に二人のお守りは無理だもの。まあ、掛けたまえよ。お茶でも淹れよう」
 師の手ずからのお茶を受け取り、モートンは丁寧に頭を下げた。
「スフォールド、先ほどの件を、私は・・・」
「言いにくかろう。君は黙っていればいい。大旦那様がお伝え下さるさ」
 お茶を一口含み、モートンは吐息をこぼした。
 それを聞いたフォスターは、そしてヴォルフは、どんな顔をするのだろうと考えると、胸が痛む。



「納得がいかない! どうしてスコールドはこちらの言い分を聞いてくれない!? 彼の言うルールを超える事情が、こちらにはあるのだぞ!」
 災害の復旧状況を視察して回る合間の移動の車の中で、フォスターは苛立ち紛れに声を上げた。
「・・・どれほど事情を並べ立てても、ご納得いただけない方もおりましょう」
「だが! 私の知っているスコールドは、あそこまで石頭ではなかったぞ! 年齢(とし)のせいで頑固ジジイになった!」
「これ、そのような下衆なお言葉をお使いになってはいけませぬ」
 フンとそっぽを向いたフォスターに、モートンが苦笑する。
 初日のお仕置き以来、お尻は平穏を保ってはいるが、相変わらずフォスターをスフォールドの餌食にしようという下心が見え見えのヴォルフを、どうにかこうにか上手くやり過ごして、立ち振舞っているというだけのこと。
「・・・今朝のヴォルフの顔、見たか?」
「はい、あれは、かまって欲しいお屋敷でのヴォルフ卿にございましたね」
「馬鹿ヴォルフ。自分が蒔いた種が伸ばした蔓に、足を取られよって」
 いつものように友人として接してやりたくても、こちらの言い分に聞く耳を持ってもらえない以上、ヴォルフ自身でそうしたいと願い出てくれないことにはどうしようもない。
 だが、彼はフォスターに叱られたくなくて言い出すに言い出せず、でも、遊んで欲しい。
「子供だな」
「はい」
「私がついていてやらんとなぁ・・・、ん?」
 しみじみ呟いたフォスターは、見えてきた次の視察先の村に目を凝らした。
「父上? オルガも・・・」
 車を降りて駆け寄ったフォスターに、父が微笑んだ。
「父上、何故オルガとここに・・・」
「うん、城にいるとお母様がオルガにドレスで着せ替えごっこをしたがるから、オルガが嫌がって逃げ回っていてね。可哀想だから、連れ出した。この村、オルガと年の近い子供が多いから、一緒に遊ばせてあげようと思って」
「あ、ありがとうございます・・・」
 村の子供たちと戯れるオルガを、父は目を細めて眺めている。
「あの子、可愛いねぇ」
「はい。年より幼いせいか、天使のようでございましょう」
「えー、幼くなんかないよ。あの子、賢いもの」
「え、あ、そう、ですか?」
「ちゃーんと教えてあげれば、すぐに年相応のお嬢さんになれるよ、きっと」
「は、はあ。ですが、あの子は少々気の毒な境遇におったもので、そう性急になることもなかろうかと・・・」
「ああ、ヴォルフ侯爵にペットにされていたんでしょ。こんな田舎にも、そういう噂話は流れてくるんだよねぇ。ひどいことするね、彼」
 チャンスだ。
 フォスターはここで父を味方につけるべく、これまでの経緯を一息に説明した。
 いくらスフォールドでも、主の言葉には逆らえまい。
「そっかぁ。大変だったねえ、アーシャ」
「それはもう」
 安堵。
 ようやく元の形に戻れる。
「大変そうだし、ヴォルフ卿にはお前から離れてもらおうね」
 思いがけない父の言葉に、フォスターは言葉を失う。
「ほら、そもそも、汽車で一日程度の場所にいるのに、自分の領地を視察に行かないのも、おかしいじゃない」
「そ、それはそうですが・・・!」
「スコールドを執事に推薦する紹介状も書かなきゃね。彼がいれば安心でしょ。お前だって、領地に戻る度にスコールドにビクビクしなくて良くなって、嬉しいでしょ?」
「い、いや! いえ! ヴォルフ卿は、私がいなくては・・・」
「王都にも、小さくていいからヴォルフ卿の家を買わなくちゃねぇ。ま、当面は借家でいいか」
「父上!」
「オルガー、そろそろ帰るよ~」
 フォスターの言葉がまるで耳に届いてない様子の父の背中を、彼は呆然と見つめていた。



つづく





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~ Comment ~

ワクテカが止まらないw

前回は、フォスター同様、なんであんなに頭が硬いんだろうと思っていましたが…もしかして、もしかして…。

お父様とスフォールドはもう何もかもお見通しなのでしょうね。そしてお父様、凄く頭の良い方なのですね。こういうことが私も苦手なので、こういう画策ができる方を尊敬します。

最終回が近いとのお話でしたが、ちょっぴり寂しくもありますね。あっという間でした。この後最終回までの間、楽しませて頂きますw

おおおおお?これは予想以上に……

予想以上に急展開!ですね!
前の方もおっしゃってましたが、もうスk…もとい、スフォールドとお父様は全部お見通しなのでしょうね。
このあとの展開が超気になりますw
最終回までしっかり楽しませてもらいますね!!!(`・ω・´)

えんじゅさま>

最終話は決めてあるので、その間の領地編は3パターン準備してたのですが
この展開にしてみました。

どーでもいいけど、オルガの出番ないなーとか思いつつ。
まぁ適当人間の私なので、そのへんはご勘弁( ̄▽ ̄;)

楽しんでいただけたなら幸いです♪
コメントありがとうございましたv
嬉しかったです(^O^)
  • #55 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.10/29 21:39 
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サラさま>

> 予想以上に急展開!ですね!

ええもう。。。書きたいなと思ったエピソードは、かんなりバッサバッサと削ってみました。
なんか中だるみ気味なので(;^_^A

私はオルガの出番のなさが超気になってます( ̄▽ ̄;)
あの子、どうしているんでしょう。。。(おい)

さて、どうなりますやら。
お楽しみいただけたなら嬉しいですv
コメントありがとうございました♪
嬉しかったですv
  • #56 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.10/29 21:45 
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