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オルガ

第三十二話 望まぬ形

 ←第三十一話 暴君ヴォルフ復活 →第三十三話 侯爵様の反抗期

「ああ、うん。これもいいのだけれど・・・」
 スーツを着せ終えた主が、珍しく姿見の前で自分を眺めている。
「あー、モートン。選んでくれたのに、申し訳ないのだが・・・あの、ほら、アッシュグレーのスーツがあったろう。あれが、いいかな」
 執事が選んで準備して着せた服を変えて欲しいなどと、更に珍しい。
「かしこまりました。では、タイは青みの濃いアスコットタイをご用意致しましょうか」
「うん。いや、チャコールグレーのスーツの方が、大人っぽく見えるかな?」
 いえ。そもそも、あなた様は十分大人でございますれば。
 心の中で呟いて、モートンが微笑む。
「今のままでも十分、落ち着いた雰囲気にございますよ」
「でも・・・赤みの強いタイなど、軽い男に見えないかな?」
 知るか。
 危うく口をつきそうになり、モートンはニコニコと笑顔を保つ尽力をした。
 いや。これが二十代前半の若者の言い分であれば、モートンとて根気強く付き合うが、まもなく三十の声を聞く主の浮き足立った質問に真剣に答える気がしない。
「旦那様、早くなさらないと、お約束の時間に遅れてしまいませんか?」
「え! あ! ああ、そうだね。うん、君が選んでくれたのだから、これがきっと一番いいんだ。これで行くよ」
「恐れ入ります・・・」
 足早に部屋を出ようとしたフォスターは、ふと立ち止まり、モートンを振り返った。
「あの・・・君も、一緒に来てはくれまいか」
「いや、しかし・・・オルガ様とヴォルフ卿を、ファビオだけに任せては彼が気の毒でございましょう」
「・・・では、三人も連れて行く」
「はあ!?」
「車を二台ポーチに回してくれ。私は彼らを呼んでくる」
 呆れた。
 我が主は、ここまで意気地のない男であったかと、モートンは立ち去るフォスターの背中を、頭を掻いて見送った。



 普段は車で来訪しても近隣で降りて、正門の開閉の煩わしさを守衛に味合わせないよう心がけるフォスターだが、今日だけは車のままの入館を求めた。
 少しでも。
 少しでも、彼女の前に立つ時間を先延ばしにしたい。
 そんな思いが彼にそうさせるのだ。
 二台目の車の中で初めて見る仕置き館の正門が開く様を、ファビオがあんぐりと口を開けて見つめていた。
「知らなかったのか、お前。フォスターが二代目の仕置き館主宰だぞ。創設者のワイラーから、乗っ取ったんだ。貴族の間じゃ、有名な話さ」
 初めてファビオより優位に立てた事が嬉しいらしいヴォルフが、後部座席から身を乗り出して、助手席のファビオをニヤニヤと見下ろした。
 つい先日、ワイラーにお尻が真っ赤になるまで叩かれて、ファビオに取りすがってぴぃぴぃ泣いていたくせに、この態度。
「セドリック様、僕はワイラー卿から、あなたの悪さをいつでも知らせてくれと、お屋敷の電話番号を預かったのですよ。旦那様をすっ飛ばして、ワイラー卿の膝に乗せられないよう、十分、お気をつけくださいね」
「な・・・」
 顔を真っ赤にしたヴォルフは、すごすごと後部座席に戻り、不貞腐れて足を組み上げた。



 玄関ポーチで車を降りたフォスターは、二台目の車から降りてきたヴォルフたちを誘って、階段を上った。
「あらまあ、家族総出でぞろぞろと。やっと心を決めてお出ましかと思ったら、情けないわね、フォスター卿」
 出迎えに出ていた小間使いのイザベルを、思わず睨む。
「怖い顔しないの。控え室に案内するわね。まだ先客が話し込んでいるのよ」
 少し、ホッとする。
 会いたいのに、会いたくない。
 約束のこの日まで、ずっとそんな気持ちだった。
 すげなくあしらわれるのが、怖い。
 だから、ついモートンの同行を求めてしまった。
 傷心の帰り道のことばかりの想像が膨らんで、この日までろくに眠れなかったのだ。
「いざべうー」
 飛びついてきたオルガを抱き寄せて、イザベルが黒い髪をクシャクシャと掻き回した。
「久しぶりね、オルガ。アンタ、少し背が伸びたんじゃない?」
 オルガに抱きつかれたままのイザベルに案内された控えの間。
 フォスター家に運転手は一人なので、彼の乗る一台目はモートンが運転してきており、彼はまだ駐車場からここにやってこないことに、フォスターは不安と苛立ちを交えて窓に張り付いた。
 確か、ここから駐車場が見えるはずだ。
「・・・え」
 フォスター家の車の手前に、一台の高級車。
 あれは、蟄居中散々窓から眺めた、ワイラーの自家用車ではないか。
「~~~!!」
 あの男。
 あの男!
 あの男!!
 握った拳を震わせたフォスターは、普段からは有り得ない程に乱暴にドアを開け、案内など必要がないほどよく知るヴィクトリアの部屋まで走り始めた。
 控えの間に出されていたお菓子を摘んでいた三人は、唖然として彼の背中を追い、部屋を飛び出す。
「何ですか、そのように慌てふためいてみっともない」
 イザベルに案内されて、ようやく控えの間に到着したモートンが、呆れて息をつく。
「モートン! 遅い!」
「い、いえ、旦那様が、血相変えて走ってここを出て行かれてしまって・・・」
「ふぉすた、お顔、こわかったの」
 三者三様の言い分に、モートンは顔色を変えた。
 駐車場でワイラー家の車を見た時、嫌な予感はしたので、これでも急いでここに来たのだが・・・。
「あらあら。やっぱり、別の控え室にするべきだったかしらね」
 モートンは自分を案内してきたイザベルという小間使いが、ころころと笑うのに顔をしかめて見せる。
「この控えの間から駐車場が見えること、ご存知の上で?」
「だって、その方が面白いじゃない?」



 ヴィクトリアの執務室のドアを開け放つ。
 大きな音に驚いた中の二人が、フォスターの姿をみとめて目を瞬いた。
「フォスター卿、確かにお約束の時間は過ぎておりますが、このような訪問の仕方、少々失礼が過ぎませんか?」
「ヴィクトリア、彼は君を心配して、このような不躾に出たのだよ。さて、私はお暇するとしよう。先程お願いした件、よろしく頼むよ」
「もちろんにございます。ワイラー様のお優しきお心、しかと承りました」
 席を立った二人が交わす会話が、耳障りで、腹立たしい。
 沸々と、込み上げる怒り。
 またワイラーの餌食になっているのではないかと、心配で心配で、必死に走ってきたのに。
 何なんだ。この和やかな空気は。
「ああ、そう。そういうことかね」
 苛立ちで発した言葉に、ヴィクトリアの眉が険しくひそむ。
「そういう? どういうことだとおっしゃるのです」
「君は、ここが維持できる寄付金さえあればそれで良いのだね。どうせ、今のフォスター家は自治領の手当で手一杯さ!」
「な・・・! 何をおっしゃるの!?」
「だってそうだろう!? 君を辱めたワイラーに、そんな風に笑いかけて!」
「ワイラー様のご用向きは、そのようなことではございません!」
「は! では何かね。君は私より、ワイラーの方を望むと、そういうことかね!?」
「おっしゃっている意味がわかりません! フォスター卿、少し冷静になってくださいまし」
「ほお・・・ワイラーはワイラー様。私はフォスター卿かね。なんとまあ、よそよそしい限りだね」
 立ち去るに立ち去れなくなってしまったワイラーが、額を掻いて二人を眺めていた。
「ああ、そうかね! 君はワイラーの方がいいと、そう言うのだね! そうだな、ワイラーは大人だ。私のような青二才と違って、寄り添いやすいだろうさ!」
「寄り添う!? なんですの、それは! 大体、あなただってイザベルと・・・ああ! 口にするのも汚らわしい!」
「汚らわしい!? あれは私が望んだものでなく、追突されたようなものだと言っているではないか!」
「見ていましたもの! あなたはしばらくイザベルの接吻を味わっておられました!」
「あれは! 驚いて、身動き出来なかっただけだ!」
「まあ! 言い訳がましいこと!」
「はあ!? 本当のことを言っているだけだ!」
 ギャンギャンと言い合う二人の声は廊下まで響き渡っており、駆けつけたモートンは戸口で額を押さえて深い溜息をつき、ヴォルフとファビオは目を丸くしてその様子を眺め、オルガは泣きそうになりながら、二人の間に割って入ろうと踏み出したが、イザベルに抱き寄せられてしまった。
「放っておきなさい、オルガ。あれはね、痴話喧嘩というのよ」
「けんか、だめ、ふぉすた、言ったよ?」
「いいの。私たちは当てられているだけなんだから」
「あてられ・・・?」
「アンタも、大人になったらわかるわよ」
 抱き寄せたオルガの頭に肘を付き頬杖をついたイザベルに、ワイラーが苦笑した。
「さては君だな。私のアポイントと彼のアポイントを同日に設定しただろう」
「だって、その方が面白いじゃない」
 ワイラーは子供にするようにイザベルに顔をしかめた。
 モートンもまた、同じようにイザベルにしかめ面を向けている。
「いつまで拗ねている気だね、君は! 大体、あの電話での対応はなんだね!? 私がいつ、イザベルを貰い受けたいと言った!?」
「あら。そのようにしか聞こえませんでしたけれど」
「私はただ、彼女の体験談を語って聞かせたい男がいたから、屋敷に来て欲しかっただけだ!」
「まあぁ! ひどい方! イザベルが受けた屈辱を、殿方に話させたのでございますか!」
「そ、それは・・・彼女に申し訳ないことをしたと、思っているが・・・」
「ふん。接吻までなさった気心知れたお相手ですものね。油断も隙も生まれようというもの」
「だから! どうしてそんな穿った物の見方をするのかね、君は!」
「あなた様だって、ワイラー様のお申し出の中身も知らず、穿った物の見方で大声を出していらっしゃるではありませんか!」
「私だって、口論をしたくてここに来たのではない!」
「では何をしにいらしたの!」
「結婚して欲しいと言いに来たんだ!」
 互いに、虚を突かれたに口を噤んだ二人は、見る見る顔が赤く染まり、俯いたまま沈黙。
 ようやく部屋の中に訪れた静寂。
 盛り上がっている二人には申し訳ないが、ギャラリーは一同揃って呆れ果てている。
「・・・すまない。もっとスマートに、求婚をしたかったのに」
 頬を赤く染めたフォスターが、俯き加減で静寂を破った。
「で、でも・・・、修道女となって長い私は還俗の許しを猊下に頂くまで、数年はかかるかもしれません・・・」
 真っ赤に染まった顔を両手で包んだヴィクトリアが呟くように答える。
「知っている」
「それに・・・私はあなたより、五つも年上です」
「そんなこと、最初からわかっている」
「数年したら、私はもっと年をとります」
「それは私も同じだよ」
「還俗の許しが得られるまでに、私は不安でたまらなくなります」
「不安?」
「その数年の間に、あなたが心変わりされて他の方を好きになってしまったら・・・私は、どこにも居場所を失ってしまいます・・・」
 生まれてからずっと神に仕えてきたヴィクトリアの吐露は最もだと、フォスターはそっと彼女の手を取った。
「それだけは、有り得ないと、答えられるよ。私は、君じゃないと嫌なんだ」
「~~~」
 ますます顔を紅潮させて、ヴィクトリアが両手に顔を埋めた。
「あの、ヴィクトリア・・・」
「え? あ、はい・・・」
「返事が、欲しいのだが・・・」
 ギャラリーの中でも、モートンが一番深い溜息を漏らして己が額を叩いた。
 どう考えてもYESの反応に、こんな無粋な質問を投げかけるなど、育て方を誤ったとしか思えなかった。



「痛いってば! 痛いーーー! なんでこうなるのよ! 私は愛のキューピッドよ! 感謝されこそすれ、お尻を叩かれるなんてあんまり・・・痛い~~~!!」
 久しぶりのワイラーの膝の上でお仕着せのお尻を丸出しにされたイザベルが、悲鳴と苦情を要り混ぜて喚いていた。
「やり方。君、敢えてフォスターにキスして見せたり、私と彼をヴィクトリアの前でバッティングさせたり、楽しんでいるだけだろう」
「だって! あのクソ真面目な二人の気持ちを早めに盛り上がらせてあげないと、おじいちゃんとおばあちゃんになるまでこうはならないじゃない! 痛い!」
「嘘をつけ。からかって遊んでいただけだろう」
 ひとしきり元妻に丸出しのお尻に平手を据えたワイラーは、傍らで手帳に何やらしたためているモートンを見上げた。
「モートン、君もイザベルに言いたいことがあるのじゃないかね?」
 たまにフォスターに随行してくる執事は知っているが、いつも穏やかに微笑んでいる印象の彼の険しい顔つきに、イザベルは息を飲んだ。
「・・・我が主は、あなたの画策なくしても、ご自分で気持ちに気付かれて、今日も朝からずっとそわそわとしておられた」
 ワイラーが肩をすくめて床にイザベルを転がすと、モートンが床に膝をついて、彼女を助け起こすように手を取った。
「せめて、主の思うような求婚をさせてあげたかったですな」
 きつく睨まれて、イザベルはその手を振りほどこうともがいたが、あっという間にモートンの小脇に逆さに抱えられてしまった。
「もし!」
 パン!と鋭い音がして、イザベルが悲鳴を上げる。
「あなたの遊び心で主の想いが届かなかったならば、いかがするおつもりでしたか!」
「や! い! 痛い! 痛い! もうやだ! 痛い! ごめんってば! ごめんなさいーーー!」
 二人の熟練仕置人に立て続けに執行されたお仕置きに、イザベルはヒリヒリとする真っ赤なお尻を逃げ惑わせながら、子供のようにジタバタともがき続けていた。



つづく





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