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オルガ

第三十一話 暴君ヴォルフ復活

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 蟄居中はほかの貴族と接触することは禁じられている。
 つまり、フォスターと会うことはできないし、手紙のやり取りもできない。
 メッセンジャーになりうる互いに近しい使用人も行き来させられないので、モートンは監視役のワイラーを案内だけして、いつもすぐにフォスターのところに戻ってしまうし、ヴォルフは一日ごと、不満を募らせていた。
「お茶がぬるい。淹れ直せ」
 突き返されたティーカップを受け取ることなく、ファビオはティーポットをテーブルに置いた。
「ダメです。それを飲んでください。淹れ直したところで、どうせ今度は熱いから淹れ直せと言うでしょう」
 要求をあっさりと突っぱねられたて、ヴォルフは歯ぎしりしてティーカップを少年めがけて投げつけたが、それは身軽な彼にヒョイとかわされて虚しく絨毯に転がる。
「生意気な奴め! 主人の言うことが聞けんのか!」
「僕の雇い主はフォスター卿です」
 絨毯に転がったティーカップを拾い上げて、ファビオはヴォルフを睨んだ。
「セドリック様」
「な、なんだよ」
「今、悪いことをした手はどっちですか?」
「~~~」
「どっちですか?」
 おずおずと差し出した右手の甲をピシャンと叩かれ、ヴォルフは唇を噛んで引っ込めた手を擦った。
「生意気な奴だ。大体、侯爵の私に執事が付いておらんのが、そもそもおかしいのだ」
 ファビオは肩をすくめて新しいカップに淹れたお茶をヴォルフに差し出し、濡れた絨毯をトーションで拭った。
「それはあなたがワイラー公爵の手配なさった執事を今の調子で追い返してしまったからでしょう。この家の従僕にもわがまま放題でろくに近寄らせない。だから僕しかいないんじゃないですか、なあ、オルガ」
 絨毯に転がって絵本を読んでいたオルガが、ぴょこんと飛び起きてヴォルフの膝に飛び乗った。
「だって、ふぉすた会えないから、さみしいの。ね、ヴォルフ?」
 自分を見上げるオルガの黒髪に指を絡ませて、ヴォルフはお人形を抱くように彼女を引き寄せた。
 ファビオは天井を仰いで溜息をつく。
 蟄居の沙汰には期限もあり、それもたったの二週間。
 もう一週間経ったのだから、後一週間の辛抱なのに、この侯爵はどこまで幼いのだ。
「もう少しで、また今まで通りに戻れるのだから、我慢していい子にしていてくださいよ」
「うるさい! 生意気ばかり言いおって! お前なんかクビだ!」
「・・・わかりました」
 ふいと踵を返して背中を向けたファビオに、ヴォルフが小さく声を漏らして手を伸ばした。
 振り返ったファビオは、やれやれと息をついて頭を掻くと、泣きそうになっているヴォルフに歩み寄る。
「そうなっては嫌だと思うなら、簡単に口に出さない」
 しょぼくれてコクンと頷いたヴォルフに苦笑を浮かべたファビオは、少し表情を引き締めた。
「食事が冷めている、作り直せ。作り直して運べば、食べたいのは子羊じゃない、鹿だ、作り直せ。また作り直して運べばポワレじゃない、ロティが食べたい」
 ヴォルフがこの数日間に並べ立てたわがままを復唱して聞かせる。
「挙句、いつまで待たせる気だ、遅いときた。わがままって、わかっていますよね?」
「・・・」
「今のは、ほんの一部。この数日間のあなたのなさりようを旦那様が知ったら、うんとお仕置きされてしまいますねぇ」
「嫌だ! フォスターに言わないでくれ!」
「さて。どうしましょうねぇ」
 潤んだ瞳を見やりファビオが頭を掻いた時、オルガがぴょんとヴォルフの膝から降りてドアへと走り出した。
「ふぉすたに、ヴォルフのおしりぺんしないでねって、言ってきてあげるねー」
「オルガ! おい、待て! こら! やめろ!」
 喚いてみたが、オルガが出て行ってしまったドアを青ざめて見つめるヴォルフ。
 ファビオも額を押さえて宙を仰いだ。
 オルガには事細かな状態を伝えられはしないだろうが、あんなことを言いに行ったら、何かしでかしましたと言いつけるも同然だ。
「会いたいのに・・・会ったら叱られるなんて、やだ」
「叱られるようなことをするからでしょう」
 顔を覗き込んで顔をしかめて見せると、ヴォルフが膨れ面で目をそらした。
「だって寂しかったんだ」
「寂しいからって、人に当たらない。お約束できるなら旦那様に叱らないよう、僕がお願いしてあげますよ」
「本当か!?」
 目を輝かせたヴォルフに手を握られて、苦笑を禁じえない。
 これだから憎めないのだ、この大きな子供は。
「はい、本当です。約束できますか?」
「する! 約束する!」
「では、後一週間、いい子にしていてくださいね」



 一日ともたないのか・・・。
 ファビオはうんざりとして、ヴォルフが読み終えて投げ出した新聞を拾い上げた。
 あの約束の翌朝には、すでにヴォルフから苛立ちの気が揺蕩っていた。
 料理や服のアイロンに難癖をつけることはしなくなったが、すぐにオルガにちょっかいを出す。
 楽しそうにじゃれ合っていたかと思えば、急にオルガの髪を引っ張って泣かせたり、読んでいる本を取り上げてみたり。
 片時も目が離せず、さすがにファビオも少々疲れてきた。
 オルガを傷つけるような真似をすれば、ヴォルフを圧倒する気迫を見せられるファビオだが、この状態は何というか・・・生家の近所でもよく見かけた光景。
 そう、兄妹喧嘩というヤツに近しい。
 その証拠に・・・。
「痛い! 噛んだな、こいつ!」
「ヴォルフがいじわるするからでしょ!」
 ヴォルフの方が力は強いが、素早いのはオルガの方なので、あちこち叩かれたり噛まれたりしているのは、彼の方。
 かく言うファビオも、午前中止めに入って巻き添えでオルガに引っかかれた頬が、まだヒリヒリしている。
「二人共、いい加減にしてくださいよ」
 バカバカしくて止める気にもならないが、怪我でもされたら困るので、また巻き添えを食わないように慎重に間に割って入る。
「だって、オルガが噛んだ!」
「セドリック様が意地悪をなさるからです」
「~~~だって・・・そいつはずるい。フォスターに会いに行けて、ずるい。こうなったのも、元はこいつのせいなのに」
 溜息。
 それで心配させたオルガを、あれほど毅然とお仕置きした人間と同一人物とは、とても思えない。
「オルガだってお仕置きされたでしょ。それを今更そういう言い方しない」
「私だってぶたれた! それなのに、蟄居の仕置まで与えるなんて、国王陛下は意地悪だ!」
「セドリック様! 何てことをおっしゃるんですか!」
「・・・あ」
 青ざめて口を押さえたヴォルフの視線が、ファビオの頭上を通り越している。
 この様子、振り返らずとも予想がつく。
 この騒ぎの間に、ワイラーが部屋にやってきていたのだろう。
 ファビオはサッと壁際に移動すると深々とお辞儀をした。
 絨毯に高価な靴を履いた足がヴォルフに近付いていくのが見える。
 頭を上げて直立すると、ヴォルフは可哀想なくらい硬直していた。
 それをドア口から見ているモートンも、やれやれという風に額を押さえている。
「おや、そこの小姓。その頬はどうしたね? ヴォルフ卿にやられたのかな?」
「え」
 伯爵家の小姓ごときが公爵に声を発してはならないとモートンにきつく言われているので、どうしたものかとドア口に視線を送ると、師である彼が頷いてくれたので改めてワイラーを見上げる。
「いえ。これはセ・・・ヴォルフ卿でありません。その・・・自分で、うっかり引っ掻いてしまって」
「そう。君は優しいね。そのうっかりさんは、ちゃんと謝ってくれたのかな?」
 お見通しらしいワイラーがオルガを見下ろすと、少女はプイとそっぽを向いた。
「わざとちがうもの」
「やれやれ。困ったお嬢さんだねぇ」
 顎を撫でたワイラーはモートンに視線を送った。
「かしこまりました」
 モートンが素早くオルガを脇に抱えて廊下に連れ出す。
「さて」
 ワイラーに睨まれて、ヴォルフは亀の子のように首をすくめた。
「今日はね、『意地悪』な国王陛下の、お優しい沙汰を伝えにきたのだよ」
「あ、あの、ワイラー卿! 私は決して、陛下に仇なすようなつもりで・・・」
 ヒラヒラと手を振って、ヴォルフの口を噤ませる。
「逆心なしとて、言の葉に乗せてよい類ではないね」
「も、申し訳もございません・・・」
「まず、私の使命を果たすかね。勅旨である」
 サッと絨毯に片膝をつき、ワイラーに深く頭を垂れたヴォルフ。
「両卿、深い反省ありと見て、本日より蟄居放免。明日からの宮廷出仕もお許しになられた」
「え!」
 ヴォルフの目がパッと輝く。
 ファビオも心から安堵。まだ子供の自分には、長の親の留守に愚図る大きな子供のお守りは、そろそろ限界だったのだ。
 落ち着かない様子で絨毯についた膝を揺らしているヴォルフを見下ろして、ワイラーが肩をすくめた。
「そんなにフォスター卿に早く会いたいのかね? まるで親と長らく引き離されていた子供だね」
 ええもう、まったくその通りです、ワイラー卿。
 溜息混じりにファビオが心の中で呟く。
「しかしなぁ。先刻のあれは、聞き捨てならんしね。君の蟄居はもう少し、延長をと進言しようかと思う」
「そんな!」
 そう言ったのはファビオだった。ヴォルフはショックが大き過ぎて、声も出ないらしい。
 ワイラーに振り返られて、ファビオは慌てて口を覆った。
「ふふ、公爵に声など掛けてならんと教育されているのに、ついそう言ってしまう程、困っているのかね?」
「・・・」
「かまわんよ。答えたまえ」
「・・・はい。フォスター卿に会えない寂しさはわかりますが、この大きな子供は、わがままとやんちゃが過ぎます」
「そのようだ。追い出された私手配の執事や、他の使用人達にも聞いたよ。暴君ヴォルフ復活だとね」
 上目遣いで様子を伺っているヴォルフを流し見て、ワイラーがファビオの頭を撫でた。
「本当に、優しいね、君は。聞いた暴君振りを、わがままとやんちゃという言葉で片付けてしまうなど、将来が楽しみだ」
 玉座の間で、フォスターとヴォルフに容赦のないケインを振り下ろしていた男に、こんな優しい一面があるとは思わなかったファビオが目を瞬く。
「君のような子供に、これ以上苦労させてはいかんな。ヴォルフ卿には、別のお仕置きで贖ってもらおう」
「え・・・」
 ワイラーがお仕置きと口にすれば、思い浮かぶものはひとつしかない。
 顔色を失ったヴォルフが、お尻を庇って後ずさった。
 ワイラーは踵を返すと、悠然とソファに身をゆだね膝を叩いて見せた。
「ヴォルフ卿、来たまえ。本来なら、幽閉されてもおかしくない軽はずみな言動をこぼしたこと、わかっておろう?」
 渋々立ち上がったヴォルフは、おずおずとワイラーの前まで歩を進めたが、その膝とワイラーの右手を交互に見比べて立ち尽くしてしまった。
「自分から来られねば、もっときついお仕置きになるぞ。フォスターのようになりたいかね?」
 必死で首を横に振ったヴォルフはゴクリと息を飲んでから、そろそろとワイラーの膝の上に腹ばいとなった。
「おや? 君はまだ、こんな往生際の悪いズボンを履いているのかね」
「・・・仕立て屋に、全部、差替えさせてしまったので・・・」
「では、こうするしか仕方ないね」
 サスペンダーのボタンを外されて、ズボンと下着を捲られお尻を丸出しにされたヴォルフは、小さく声を上げてワイラーに首をねじ向けた。
「余計な細工をするからだ」
 睨み据えられて、ヴォルフはしゅんと俯いた。
「これまで、国王陛下は幾度となく君の暴君振りを諫められたね。にも関わらず、フォスター卿がいないと途端にこれか」
 ワイラーの手に膝の上の腰に添えられたので、ヴォルフはビクリと体を震わせた。
「その上、宮廷を騒がせておきながら内密に動き回った君たちに、こうまで寛大な沙汰を下された国王陛下を、意地悪だと?」
「~~~」
「たっぷり懲らしめてやるから、覚悟しなさい」
 肘から落とすように振り下ろされた平手に、ヴォルフが盛大な悲鳴を上げる。
「声を出さない。声を上げたら、終わってあげないよ」
「え・・・」
「ほら、二発目を叩くよ。声」
 ヴォルフは慌てて歯を食いしばり、両手で口を覆った。
「んーーー!」
「それもダメ。耐える」
 ピシャン、ピシャンと、ファビオが聞く限り、大した力では叩かれていないようで、安堵。
 しかし、本当に弱っちぃなあ、あの人は・・・と呆れていると、平手を振りながらのワイラーに声を掛けられた。
「君。仕立て屋を呼んでくれたまえ。お仕置きが済んだら、服をすべて新調する。毎度ひん剥かねばならんお仕置きなど、フォスター卿は望まないだろう」
 それ以前に、フォスターはお仕置きすらしたくない質なのだが・・・と、ファビオは苦笑した。
 とは言え、この大きな子供を抱えたフォスター父上、あるいは母上は、またしたくもないお仕置きを課す羽目になるのだろう。
「いや、ですが・・・」
「そちらの台所事情は心得ている。支払いはワイラー公爵家が賄うから、気にせず呼びたまえ」
「かしこまりました」
 涙を浮かべて声を必死で押し殺しているヴォルフが助けを求めるような視線を送ってくるのが可哀想にも思ったが、ツケが回ってきたのだから仕方なしと頷いて、ファビオは部屋の外に出た。
 さて、自分で仕立て屋に連絡するわけにもいかないので、モートンを探す。
 まあ、オルガを連れて出た彼の居所は、どうせあそこだ。
 ファビオは階段を駆け上って、屋根裏のお仕置き部屋を目指した。
 まったく。
 このお屋敷は、いつも本当に賑やかだと思う。
 貴族の召使など冗談ではないと思ったけれど、案外、毎日が、楽しい。



つづく





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~ Comment ~

ただただ、ヴォルフがかわいい(笑)

更新お待ちしてました!
ヴォルフ、ついにやらかしてワイラー卿に叱られましたね(笑)
そこまできついお仕置きではないようですが笑笑
ファビオの苦労が偲ばれます……
暴君……暴君ではあるんですが親役(フォスター)に会えないから、という理由となんのかんのでやってる内容が幼いのと、結局ファビオにも叱られるわオルガにも反撃されるわタイミング悪くワイラーにばれてお仕置きされるわで小さい子が駄々をこねて痛い目に遭ってるようにしか見えないのでただただ、可愛くて愛しいです💕
そろそろファビオだけじゃ手に終えなくて、フォスターとモートンが観念して番外編の例のあの方が呼ばれないかなぁ、と期待しています(笑)
なんだかその場合全員大変なことになりそうですが(笑)

サラさま

はい、やらかしましたね(笑)

> そこまできついお仕置きではないようですが笑笑

声を上げたら終わらないお仕置きですので、この後がどうなったのかは私にもわかりませんヽ(*´∀`)ノ

しっかりしてみたり駄々っ子だったりのヴォルフは、私も可愛いです。

>そろそろファビオだけじゃ手に終えなくて、フォスターとモートンが観念して番外編の例のあの方が呼ばれないかなぁ、と期待しています(笑)

そうですね、そろそろ彼の出番かと。。。

着々と最終話に向かっております。
最後までお付き合いいただければ幸いです♪

コメントありがとうございましたm( _ _ )m



  • #44 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.10/25 23:11 
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