画家

第二話 それぞれのお仕置き

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 私は男爵家に通う画家として、以前とは比べものにならない余裕のある生活ができるようになった。

 オンボロアパートを引き払い、アトリエを別に置ける、部屋数のある小奇麗なアパートに越すことまでできたくらいだ。

 引っ越し先を探す際、男爵が屋敷に専属画家として住まないかと言ってくれたが、その頃には、奥方だけでなく、メイド達のお仕置き姿も頼まれて描くようになっていたので、私は屋敷の女性全員から嫌われているのをヒシヒシと感じており、遠慮した。

 男爵の紹介で、他の貴族や商家のお屋敷にも出入りするようになったので、ほとんど毎日のように、私はどこかしらのお屋敷でお仕置き風景を描いていた。

 どこへ行っても出迎えるメイドの顔は曇る。

 依頼主の屋敷の主達は、皆一様に私の絵を気に入ってくれるので、もてなしは丁重だが、 私がやってくるということは、この屋敷の誰かしらが主人にお仕置きを受けるということになるのだから、女達からは悪魔の使い魔のような目で見られていた。





 とある商家では、その家の三姉妹が連れて来られて、お尻を並べたお仕置きを描いたこともある。

 これはさすがに日数がかかり、その度に三姉妹の甲高い泣き声が部屋に響き渡るから、集中力を削がれて弱ったものだ。

 その分、絵の完成が遅れるのだから、自分達の為にも、もう少し耐えて欲しいものだと思っていたが、彼女らのお仕置き理由が、我慢のない性格に起因していると父親である主に聞いた時は、苦笑が漏れたものだ。

 この三姉妹のお屋敷からは、その後も何度も依頼が入った。

 一人だけのお仕置きも、何枚も描いた。

 3人もいるのだから、誰か一人が終われば、また一人の依頼・・・という繰り返しだった。

 一人が絵のモチーフになる際、後の娘二人がからかい、囃したてる。

 賑やかなお屋敷だと思った。と同時に、増えていく絵が何のために描かれているのか疑問に思うほど、懲りない娘達であった。

 長い付き合いになったこのお屋敷の娘達も、年頃になり、長女が婿をもらい、三女が嫁いでいった。

 父親が嫁入り道具にお仕置きの肖像を持たせようかと冗談を言ったが、私は苦笑交じりに「おやめなさい」と言った。

 私の描くお仕置きの絵は、人目に触れない方がいい。

 画家としては少々辛いが、それでも、やはり本人の為だ。他人が見て面白がられても、恥ずかしい思いもするし不憫であろう。

 いつか、こんな時があったと懐かしく絵を見てくれることがあれば、私はそれだけでいいと思っている。

 お屋敷の別棟に夫と住まう長女は落ち着いたと思いきや、我慢のない性格は相変わらずで、夫がいくら叱っても散財三昧ということ。今度は私は夫から呼ばれることになった。

 やれやれ。今までのお仕置きはどこへやらだ。

 結婚前は大人しくなった長女だったが、両親の監督下を離れ、自由になったと思ったらしい。

 これは三女も同様で、私はまた通うお屋敷が増えてしまった。

 さて、次女は貧乏詩人と恋に落ち、なんとまあ駆け落ちしてしまったのだが。

 数カ月も経たない内に、貧乏暮しに嫌気がさしたと舞い戻ってきた。

 両親は安堵して喜んていたが、私が呼ばれた時点で次女のお尻の運命は決まっていた。

 本当に、困った娘さんたちだ。



 

 あまり小さな子のお仕置きは、さすがに可哀想で断った。

 どうしたって絵を仕上げるまで何日もかかるのだから、そんな厳しいお仕置きを受けるようなひどい悪さを、いくらなんでも10歳にも満たない子がするとは思えなかったからだ。

 私が描いた中で、一番小さかった娘は11歳。

 彼女は大層な早熟振りで、家庭教師に恋をした。それくらい可愛いものではないかと依頼を受けた時は思ったが、その顛末を聞いて、致し方なしと引き受けた。

 その娘は家庭教師が自分の下女と恋仲になったと知るや否や、その下女にひどい仕打ちをしたらしい。

 そっと下女を屋根裏に閉じ込めて放置したのだ。急にいなくなった下女が3日後に偶然発見された時は、彼女は水も与えられないまま放置された為、脱水症状を起こして息絶える寸前だったという。

 おそらく、娘は水がなければ人間は数日も生きられないということも知らず、ちょっとした意地悪のつもりだったのだろう。

 激怒した父親が「何故すぐに出してやらなかった!」と問いただすと、娘は事の重大さに気付かぬ様子で「忘れてた」と答えたらしい。

 子供らしい答えではあるが、この子供ならではの残酷な無邪気さが恐ろしい。

 絵を描き上げるまでの、私が訪れる月に二度、娘は赤く染まったお尻で泣いていた。

 私が描いた中で、一番小さなこの娘のお仕置きが、私の絵の中で、ある意味一番厳しいお仕置きだったかもしれない。

 何しろ、日数がかかったのだ。

 両親は、私に一度に3枚もの絵を依頼したからだ。

 3という数字は、娘が下女を閉じ込めていた期間だった。

 一枚は父親の膝の上でのお仕置き。

 もう一枚は母親の膝の上でのお仕置き。

 最後は、自分でお尻を差し出して受ける、ケインのお仕置き姿だった。

 娘の両脇に立った両親が、娘の歳の数を交互にケインを据える。

 ピシリと軽い振り方で、一発一発はケイン独特の跡がつくほどでもなかったが、じわじわと赤くなっていくお尻を何度も庇ってしゃがみ込むので、絵は遅々として進まず、やっと完成したのは、ケインのお仕置き絵だけで半年以上も過ぎてからだった。

 つまり、私は1年近く、この商家のお屋敷に通ったことになる。

 その間、娘の誕生日パーティーに招かれたが、丁重にお断りしておいた。

 娘には当然嫌われていたし、誕生日くらい、お仕置きのことを忘れて楽しみたいだろうから。





 ある伯爵家のお屋敷は、夫に先立たれた伯爵夫人が使用人達と暮らしていた。

 ここには、彼女がメイドをお仕置きする時に呼ばれる。

 品行方正な伯爵夫人の気質を受け継いだ熟練した年配のメイド達はともかく、雇われたばかりの年若いメイド達は、まだまだ不手際も多く、何より、若さ故の浮ついた心が仕事ぶりに反映していた。

 手を抜くことばかりに知恵を働かせているのは、私の目にも明らかで、ある時、出されたお茶のティーカップが汚れていることに気付いたが、伯爵夫人が気付かないよう、ハンカチで拭いたこともある。

 その日、お仕置きを受けるメイドは、すでに泣きそうになりながら、伯爵夫人の指示で、椅子の上に膝立ちになり、背もたれを抱えさせられた。そうすると、少しお尻を突き出す格好になる。

 スカートがめくられ、下着を膝まで下ろされると、若々しい滑らかなお尻が露わになった。

「ケインを十回据えます。その一枚一枚を描いてください」

 私は耳を疑った。

「あの、十枚の絵を・・・ということでしょうか」

「その通りです」

「しかしながら、私が仕上げられるのは、一枚につき、3日はかかります」

「一発ケインを据えた絵が完成したら、二発目の絵を描いてもらいます。十発目が完成するのは、早くて一カ月後ということですね」

「はあ、単純計算すれば、そうなりますが・・・」

 その会話を聞いているメイドが、ベソをかいてこちらを見ている。

「毎日訪問する訳にも参りませんので・・・」

「こちらは構いません。急かすつもりはありませんわ。それに、10枚に辿り着く前に、依頼をキャンセルするかもしれませんし。ああ、代金は10枚分お支払いしますので、それはご心配なく」

 ああ、なるほど。

 10枚の絵が完成する前に、即ち、彼女が十発目のケインを受ける前に心を改めれば、お仕置きを終わろうということか。

「わかりました。では、始めましょうか」

 お尻にケインを当てられたメイドは、ぎゅっと目をつむって椅子の背もたれにしがみついた。

「――――あーーー!」

 メイドの背中が仰け反った。

 お尻には、すぐにはわからなかった一発のケインの痕が、ゆっくりと浮かび上がってきた。

 最初はケインの太さの赤みが一本線として上ってきたが、それはしばらくすると、二本の細い筋が平行して走る形になり、その間は肌色のままという痕になる。

 何度か目にした、ケイン独特の痕だ。

 それはちょうど、子供の頃に水遊びの最中、友達同士でふざけて背中を平手で叩いた時についた、指の痕に似ていた。

 ケインの痕は何度か他家でも見てきたが、一発だけの痕を、じっくりと見たのは初めてで、こんな風に浮かび上がってくるものかと、感心してしまった。

 今日のところは、これだけのお仕置き。

 だが、このメイドは結局私に7枚もの絵を描かせた。

 つまり、スケッチとカンバスの仕上げで、一発目の絵なら最低4発は日を分けて叩かれており、それが二発目なら倍の8発・・・と、ちょうど、一枚の絵の数ごとに4の倍数ケインを受けたことになるのだ。

 それが7枚だから、すべて合計すると、結局、百以上ケインを据えられたことになる。

 しかも、かなりクッキリと痕をつけるように叩くのだから、一発ごと、メイドは飛び上がらんばかりに痛がっていた。

 早く改心すれば、こんな痛い思いを幾度もしなくて済んだのに。

 しかし、驚いたのは伯爵夫人のケインを振る技術だ。

 スケッチで描いたケイン痕の位置を確認した彼女は、ほとんど変わらない位置に、再びケインを振り下ろすのだから。

 私が思わずそれを告げると、「まあ、幾度も振ってきましたからね」と、べそべそと泣いているメイドの顔を眺めて伯爵夫人は言った。

「あなたこそ、無理を言ってすまなかったですね。一枚一枚をそんなに早く仕上げてくださって」

 まあ、確かにかなり苦労した。

 何しろ、痕は生き物のように、時間ごと変化してしまうのだから。

 だが、あまり一枚に日にちをかけては、メイドのお尻に据えられるケインの合計数を増やしてしまう。

 雑に仕上げたつもりはない。小さめのカンバスに描いたのも、時間短縮の要因の一つだ。

 しかし、この伯爵家でのお仕置き画は、本当に疲れた。

 



 このお仕置き画家の仕事のお陰で、私は一軒家を構えるまでになり、生活もすっかり安定していた。

 時々、画家仲間から面汚しの金の亡者のように言われて落ち込むこともあるが、私の絵の才能は、残念ながら、お仕置き画にしかないようだった。

 何度か普通の絵に描いて展覧会に出品したりもしたのだが、こちらに目を止めてくれる人は現われなかった。

 それなのに、お仕置き画だけは絶賛してもらえる複雑さ。

 このお仕置き画のお陰で、どうも女性に縁がなく、いくら大きな家に住んでいても、寂しい一人暮らしだ。

 何しろ、私の仕事を知ると、女性達は自分もこの男にお尻を叩かれて絵に描かれると思い込んでしまい、早々に別れを告げられてしまうのだから。

 それはとんだ誤解というもので、お仕置き画を数え切れないほど描いてはきたが、私自身は人のお尻を叩いたことなど、一度もない。

 お仕置きに泣いて痛がる女性達を散々見てきたのだから、可哀想で、とてもじゃないが、そんな気は起らなかったのだ。

 まあ、お仕置きを与えるほど親密な仲になる以前に、女性は去ってしまっただけだろうと言われれば、その通りだが。

 まあ、私は生涯、お仕置きをして叱りつけるほど大切に思える女性には、巡り合えないであろうことは確かであった。

 そんな暮らしをすでに十年も続けているのだから、せめてもの慰めにお仕置き画以外の絵を描いては、幾度も展覧会に望みをかけている日々だ。

「あら、あなた、お仕置きの絵以外描けたのね」

 不意に背後でした声に驚いて振り返ると、なんと、あの商家の三姉妹の次女が、私のカンバスを覗きこんでいた。

「お、お嬢様! どうしてここに! というか、いつの間に! いや、黙って入ってきたのですか!」

 驚きのあまり、私はしどろもどろだった。

「鳴らしたわよ、チャイム。けど返事がないから裏庭に回ったら、テラスの窓が開いてたの」

「開いてたのって・・・。だからって、人の家に勝手に上がり込んではダメでしょう。それも、男性の一人住まいに!」

「だって仕方ないじゃない。あなたが返事をしてくれないまま立ち去ったら、私は野宿しなけりゃならないのよ」

「・・・は?」

「家を出てきたの。私も、もう自立していい年でしょ」

 そりゃあまあ、この次女はすでに二十歳を超えているし、本来なら、とっくに結婚して家庭を営んでいる年だ。

 それがあの駆け落ち騒動で縁談話が途切れ、両親が嘆いていたが、最近はあのお屋敷にも呼ばれなくなっていたから、風の噂だけで、やっと駆け落ち騒動のほとぼりも冷めて、縁談が決まったという話は聞いた。

「え!? ちょっと待ってください! ご結婚は!?」

「してないわよ。ていうか、今日が結婚式だけど」

「は!?」

 どうも状況が理解できない。彼女は結婚式の当日に家を出てきて、自立が云々と言いながら、今、私の家にいる・・・?

「まさか! 結婚式をすっぽかしてきたのですか!?」

「さっきから、そう言ってるじゃない」

 言ったか?

「どうして、そんなことを!」

「だって、嫌だったんだもの。あんな成金禿親父。お父様と変わらない年なのよ! 趣味は悪いし、いやらしい顔してるし、冗談じゃないわ! なんであんな男の妻にならなきゃならないのよ!」

「わ、私に怒られても・・・。ご両親に、そう仰れば良かったじゃないですか」

「言ったわよ! だけど聞き入れてくれないの。その上、私が逃げ出さないように、結婚式の今日まで、部屋に軟禁状態よ、ひどいでしょ」

「はあ・・・」

 まあ、ご両親の気持ちもわからなくはない。

 この時代、駆け落ち騒動を起こした娘で、しかももう二十歳を過ぎているとなると、真っ当な結婚相手など望めないだろうし、かといって、女が結婚できないままとなると、世間の目は厳しい。

「事情はわかりましたが・・・、どうして私の所へ?」

「どこに逃げようか、軟禁されてる間、ずっと考えてたのね。友達のところはすぐバレるし、妹の家もまずいでしょ。お姉さまは私を可哀想に思ってくれているけど、身重の体だし迷惑かけられないじゃない?」

 おお、お尻を叩かれて泣いていた長女はもうお母様になられるのか。時の流れるのは早いものだ・・・などと、少々現実逃避してみたが、次女の声に、否応なく現実に引き戻される。

「聞いてるの!? それでね、ふと見て、これは名案だーってね」

「何がでしょう・・・」

「あなたの描いた私のお仕置き画よ。ああ、この画家のところに行こうって決めたの」

「決めたのって・・・」

「お父様もお母様も、まさか、昔私達が散々やってくるのを嫌がっていた画家のところに私がいるなどと、思わないでしょ。ほら、名案」

・・・・・・名案?

「その場合、私の意向はどうなるのでしょうか」

「汗かいちゃった。バスルーム借りるわね」

「お嬢様!」

「うるさいわねぇ。こんなに部屋数があるのに、一人暮らしなんでしょ。黙って住まわせてよ」

「そういう問題ではありません! あんなにお仕置きされたのに、また同じことを繰り返すのですか! 駆け落ちして消息を絶ったあなたのことを、ご両親がどれだけ心配なさっていたとお思いです!」

「じゃあ何よ! お前はあの成金禿親父に、私が泣く泣く嫁げばいいと言うの!?」

「そうではなくて! もっとちゃんとご両親と話し合いなさい!」

「嫌よ!」

 ツンとそっぽを向いてしまった次女に、私は髪を掻きまわしてため息をつくと、一直線に電話に向かった。

「ちょっと! どこに電話する気よ!」

「決まっているでしょう」

「やめてよ、お節介!」

「お節介なものですか。こら、離しなさい!」

 私から取り上げた受話器を掴んで離さない次女は、とうとう床に電話ごと叩きつけて壊してしまった。

「・・・・・・」

「どう。これで電話できないわよ」

 得意げに腰に両手を当てる次女の腕を、私は掴んだ。

「何よ!」

「わかりませんか? 私は悪い子がどうなるか、よ~く知っていますよ」

「え! や! やだ・・・!」

 有無を言わせず小脇に抱えた次女のお尻を、スカートの上から何度も叩いてやる。

 さすがに両親以外にお尻を叩かれたことのない次女は、私に罵声を浴びせながら、必死に抵抗していた、が、私は構わずそのままソファに移動して座り、幾度も絵にしてきた光景と同じく、次女を膝に乗せた。

 人様の娘さんのお尻を丸出しにするわけにもいかないので、スカートの上から叩き続ける。

「いい年をして、物を投げつけるなんて癇癪めいたことをするんじゃありません」

「痛い! 痛い! 痛いってばー! だって、だって、だってーーー!」

「だってじゃないでしょう。悪いことをしたら、どう言うのです」

「なんでアンタなんかに! あ! う! 痛い痛い痛い!! わかったわよ! ごめんなさいーーー!」

「一つ目は受け付けました。でも、まだ終わりませんよ」

「なんでよー!」

「自分で考えなさい」

 ピシャンピシャンと振り下ろす平手は、スカートの上からでもかなりの利き目らしく、次女は早くも泣き出していた。

「痛いよぉ・・・、ごめんなさいー」

「何がです」

「か、勝手に上がり込んで・・・ごめんなさい」

「それから?」

「お父様とお母様に心配かけて・・・ごめんなさい」

「はい、よくできました。では、後はお屋敷に戻るお約束ですね」

「嫌よ! 痛ーーーい!」

 私はさっきよりずっと力を込めて、お尻を叩き始めた。

「お屋敷に戻ると言うまで、お仕置きは終わりませんよ」

「そんなーーー! あーーーん! 痛いよーーー!」

 次女はすっかり子供に戻ったように泣きじゃくっている。

 しかし、早く降参してくれないと、私の商売道具がしばらく使い物にならなくなりそうだ・・・。

「あーーーん! わかったわよ! 帰る! 帰るから! もう許してーーー!」

 やれやれ。

 幾人ものお仕置きを見てきて、可哀想で自分が叩く気は起きないだろうと思っていたのに、こういうことになるとは思いも寄らなかった。

 



 一人で帰したら、またどこかへ行方をくらましかねないので、私がお屋敷まで送っていくと、泣き腫らした顔の母親が彼女を掻き抱き、心の底から安堵の表情を見せる父親が、やはり目を潤ませていた。

 久しぶりにこのお屋敷でお茶をいただきながら、こちらの経緯を話し、次いで、両親側の今日の成り行きを聞いた。

 結婚は、次女のいうところの「成金禿親父」が怒り狂って、破談となった。

 結婚式当日に花嫁に逃げられたのだから、当然であろう。

 ニンマリと喜びを滲ませている次女に、つい顔をしかめて見せると、彼女はツイと私から目を逸らせた。

「まったく、うちの娘がご迷惑をかけて、申し訳ない」

「いえ、お気になさらず」

 電話は買えば済むし、床に開いた穴は、修理すれば済む・・・。

「お前はしばらく部屋で反省していなさい!」

 父親が次女を叱りつけると、彼女がうんざりしたように肩をすくめたのを見て、彼はため息をついて私を見た。

「あなたには、また絵を描いていただかなくてはなりませんな」

「えー! 嫌よ! もう子供じゃないのよ!」

 そうかな?

「はは、申し訳ありませんが、手を痛めてしまって・・・しばらく絵は描けそうもないですな」

「それはまた、どうなされた?」

「いえ・・・」

 私が手を擦りながら次女を見ると、彼女は頬を赤らめてそっぽを向いた。

 その様子でピンときたらしい両親が、顔を見合わせる。

「あなたが、うちの娘を叩いたんですか?」

「申し訳ありません・・・。お怒りはごもっともだと・・・あ、いえ、スカートを捲くったりしていませんので・・・」

 自分でも、何を言っているのかよくわからない。

 しばし黙りこんでいた父親に、母親が何か耳打ちした。それに父親が頷く。

「この強情な娘をここまで送り返してくれたあなたです。どうか、お願いを聞いてはくださらないか?」

「はあ、なんでしょうか。私にできることならば・・・」

「娘を嫁にもらってくださいませんか!」

「――――はあ!?」

 あまりの申し出に、私は素っ頓狂な声を上げて立ち上がり、両親と、そして彼らの後ろでポカンとしている次女を見た。

「どうか、お願いです! この破天荒な娘が独身のまま私共が年老いたら、心配で神に召されることもできません。ご迷惑は重々承知の上ですが、どうか私達を助けてください!」

「ちょ! 何勝手なこと言ってるのよ! 私の気持ちはどうなるの!?」

 次女が喚く。

 いや、さっき君が私の家に押しかけてやろうとしていたことと、両親が今やっていることは、同じなのだが。

「いいんじゃないの? あなた、彼に好意的だったじゃない、昔から」

 新たに加わった声は、大きなお腹をした長女だった。

「な! お姉さま! なんでそうなるのよ!」

「だってあなた、絵を描きにくる彼のことを非難している私と妹に、よく言っていたじゃない。優しい人だと思うって。いつも庇っていたわよ」

 顔を真っ赤にした次女が反論しようとしたが、今度は嫁いでいるはずの三女まで加わって、次女の私に対する好意的な発言を更に披露する。

「そうでもきゃ、突然思い立って、その画家のところに転がりこむもんですか」

「ち、違うわよ! 黙りなさい!」

 ああ、そうか。本来、今日が結婚式だったから、三女も来ていたのか・・・と、現実逃避の思考を巡らせていると、両親が詰め寄ってきて堅く手を握られ、現実に引き戻される。

「どうか後生です! 是非! 是非にうちの娘を!」

「ちょっとーーー!!」

 本当に・・・昔と変わらず、賑やかなお屋敷なだぁと思うと、つい、笑ってしまった。












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