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フォスター家【オルガ番外編】

モートンとご令嬢【後編】

 ←モートンとご令嬢【前編】 →モートンとご令嬢のこと。



 どうしても食べたいとねだって聞かないので、仕方なしに残り少ない金で買い与えてやり、公園のベンチまで連れてきたのだが。
 さて、どうしたものか・・・と、モートンはベンチに座った自分の隣で買い与えたカヌレをご機嫌で頬張っている令嬢を眺めていた。
 この構図は、どう考えてもお菓子で釣って良家のご令嬢を拐(かどわ)かした誘拐犯。
 あらぬ嫌疑をかけられる前に立ち去ってしまいたいのは山々なのだが、街中を一人でうろつく小さな令嬢を放逐することもできない。
 そもそも、どうして貴族のご令嬢がこんな場所に一人で。
 外出先ではぐれて迷子にでもなったのだろうか。
「あの・・・私はモートンと申します。お名前は?」
「アーシャ」
「左様でございますか。可愛らしいお名前でございますね。アーシャ様、お家のお名前は?」
「ペリドット」
 モートンは脳裏で素早く貴族名鑑のページをめくり始めた。
 ペリドット家。
 確か、数十家ある伯爵家にそういう家名があったはずだが、領地名が思い出せない。
 モートンは自分の勉強不足を痛感して、反省の吐息をついた。
「アーシャ様、お家のご領地は、ご存知ですか?」
「ごりょうち?」
「はい。年に何度か、お父様やお母様とご一緒にご旅行なさるでしょう? その場所の名前です」
「うーん・・・」
 考えているように見えるが、このご令嬢の今現在の思考は、カラになってしまったカヌレの紙袋を覗き込んで、がっかりすることに費やされているように見える。
「大きい川とトンガリお屋根いっぱいのお城のとこ」
 おお・・・なんと少ない情報量。
 トンガリ屋根がいくつもそびえる城など、ほとんどの貴族の領地の城がそれだ。
 残すは大きな川。
「えーと・・・大きな川は、一つですか?」
「いっぱい」
 こんな幼子の印象にも、いっぱいと残る河川を有する恵まれた環境の領地。そして、伯爵家。
 モートンは必死で、貴族名鑑に載っていた各伯爵家の領地の特徴を思い出していた。
「アップルパイと焼きりんご、美味しいの。お祭りはりんごいっぱい」
「アーシャ様は甘いお菓子が大好きなのでございますねぇ」
 考えるのに夢中で、小さな令嬢がそう言うのを軽くあしらいそうになって、はたと気付く。
 確か、リンゴが名産品で、河川の豊富な領地を有する伯爵家があった。
「・・・フォスター伯爵・・・」
 大きなリボンのボンネットが、ピョコンと上向いて可愛らしい瞳がモートンを見上げた。
「お前、おとーさまをしっているのか?」
 やはり、そうか。
 この大きめのお人形は、フォスター伯爵家のご令嬢だ。
 ふと見れば、ベンチからはみ出した令嬢の足が、落ち着きなくパタパタと揺れ始めた。
「そーか。なら、スコールドもしっているのか?」
「? スコールド(小言)? いえ・・・それはちょっと存じ上げませんが・・・」
 令嬢はパッと目を輝かせ、なんとも可愛らしい笑みを浮かべた。
「そーか。ならいい」
「とにかく、お家までお送りしましょうね」
「いや、よい。せわになった」
 ぴょんとベンチを飛び降りた令嬢が駆け出した。
 ああ、そういうことかと、得心が行く。
 このご令嬢は、自分で家を抜け出してきたのだ。
 道理で、迷子にしては泣くでもなく怯えるでもなく、堂々としたものだと思った。
「やれやれ・・・」
 家に帰されれば叱られるものだから、モートンから逃げ出したわけだ。
 懸命に駆けて遠ざかっていくご令嬢だが、青年のモートンが本気で走れば、捕獲は容易かった。
「ぶれいもの! はなせ! 家にはかえらん!」
「いけませんよ。おうちの方々が心配なさって・・・・・・うん?」
 何故だろう。
 違和感。
 この抱き心地。
 弟妹の多い農家の出のモートンは、子守で幾度もこの年の妹たちを抱き上げてきたが、この手応えは、弟を抱き上げた時のそれ。
 同じような幼児体型でも、やはり小さな頃から女の子の方が柔らかく、男の子は密着感が薄いのだ。
 まさか。
 いや、まさか。こんな可愛らしいお人形が?
 モートンは唖然として、腕の中で暴れるご令嬢・・・、いや、お坊ちゃまを見つめた。



 自分で探しに行きたいのは山々だが、ただ闇雲に歩き回っても成果は得られまいと、スフォールドはフォスター邸の門扉の前で、イライラと部下や警察からの連絡を待っていた。
 自慢ではあるのだが、フォスター家のアーサー坊ちゃまは賢い。
 抜け出して道を見失わないように、辿った石畳の道にところどころ、ボタンが喰い込ませてあった。
 そのボタンはフォスター家の使用人のお仕着せの紋章入り飾りボタン。
 買い物帰りのメイドがそれを見つけて報告し、縫い物部屋から一箱分の予備の飾りボタンが紛失していることが発覚。そしてそれが、屋敷内にアーサーの姿が見当たらないと騒いでいた子守番の従僕の耳に入り、外に出たという確証に繋がったのだ。
 転々と配置していった印で、迷子にはなるまい。
 けれど、見るからに良家の令嬢が一人で外をフラフラしていては、誘拐してくださいと言っているようなものではないか。
「まったく、あのやんちゃ坊主め・・・。見つかったら、ただじゃおかん」
 とは言え、心配で胸が潰れそうだ・・・。
 スフォールドが両手で顔を覆って幾度目かの長い吐息をついた時、歩み寄ってきた人の気配にハッと顔を上げた。
「君は・・・」
 立っていたのは今日のヴォルフ邸の外にいた、モートンという元執事の青年。
「あなたは先程の・・・。もしや、フォスター伯爵家の家人でいらっしゃいましたか」
「いかにも。フォスター家執事のスフォールドだ」
 モートンが目を瞬いた。
「スフォールド・・・スコールド(小言)・・・ああ、そういう・・・」
 口元を拳で隠してクスクスと笑うモートンを、スフォールドが睨んだ。
「失礼な若造だな。私は今忙しいんだ。君にかまっている暇はない」
「ああ、ご無礼致しました。実は、おそらくあなたが忙しいと仰る原因を確保しておりまして」
 そう言うモートンの粗末な身なりを、改めてつま先から頭まで流し見る。
「・・・金に困って、とうとう本当の誘拐犯に鞍替えかね?」
「そう思われても仕方ございませんが・・・直接こちらにお連れしたくても暴れて手に負えず、逃げ出されてはいけないので、一旦私のアパートに連れ帰ったのです」
 誘拐を疑われても狼狽を見せず、物静かな口調。
 さすがは若くとも侯爵家の執事を務めたことのある男だと感心しつつ、スフォールドは頷いた。
「良かろう、君の言葉を信じよう。しかし、アパートにお嬢様を一人残してくるなど、迂闊ではないかね? 私が迎えに行った時には、もぬけの殻というオチは十分有り得るぞ」
「ああ、坊ちゃまはアパートから出られないので、大丈夫です」
 スフォールドは頭を掻いた。
 あんなドレス姿がフォスター家の子息などと世間に知れては事なので、警察にすら令嬢の捜索として依頼したのに。
「・・・脱がせたのか?」
「まさか。抱き上げた時の感触でわかっただけです」
「まあ、確かに女の子と男の子では、抱き心地が異なるからな・・・」
 そうは言っても、この男、なかなか察しが良い方だ。
「はい。どうも利発で活発なご気性とお見受けしましたので、無礼は承知で・・・」
 モートンはそこまで言って、頭を垂れた。
「・・・わかった。車を回す。君のアパートに案内してくれたまえ」



「おやまあ」
 スフォールドは口元を押さえて、つい溢れそうになった笑い声を抑えた。
 狭いアパートの一室の壁際に据えられたベッドの足に、モートンのものであろうワイシャツで腹をくくりつけられたアーサーが、不機嫌満面で床に座り込んでいたのだ。
 モートンを伴って入ってきたスフォールドに気付いたアーサーは、両手をいっぱいに広げてジタバタともがき始めた。
「スコールド! たすけて! その男がぼくをゆーかいして家からつれだした!」
「ほお?」
 振り返ると、モートンが苦笑を浮かべてアーサーを見下ろしている。
 アーサーの前に屈み、ベッドの足の裏に手を回してワイシャツの結び目を解いたスフォールドは、胸に飛び込んできたアーサーを抱き上げて立ち上がった。
「この男が、でございますか?」
「そーだ!」
「ほお。この男が。坊ちゃまを。お屋敷から。目印のボタンを、道に置きながら?」
 じっと顔を見つめると、アーサーの目が泳ぐ。
「アーサー坊ちゃま。嘘つきのお仕置きは、うんときつうございますよ」
 傍で見ていたモートンにもわかるほど、アーサーの小さな体がビクリと震えた。
「う、うそじゃないもん・・・」
「また嘘が増えた」
「~~~」
「さあ、帰って、お尻ぺんぺんのお部屋にお連れしましょうね」
 すっかり泣きべそのアーサーが、濃く長い栗色の髪を振り回すように首を横に振る。
「やだぁ! ぺんぺんのお部屋はいやぁ!」
 アーサーが泣こうが暴れようが、手馴れた様子で小さな体を小脇に抱えたスフォールドは、モートンを振り返った。
「君も来たまえ。旦那様に君の手柄を報告し、褒美を用意していただく」
「え、いや・・・そのようなつもりはございませんでしたので・・・」
「この落ちぶれた暮らしぶり。もう金はほとんど残っていないと見た。背に腹は変えられんだろう。いいから付いてきなさい」



 応接間に通されたモートンは、フォスター伯爵とその夫人からの分不相応なもてなしに恐縮しきりであった。
「さあ、食べなさい、飲みなさい! うちの可愛いアーシャのナイト!」
「可愛いでしょう、アーシャは。あんなに可愛いお姫様ですもの、助けたくもなりますわよねぇ、ね、あなた」
「そうだねぇ、お前。もし私があんな可愛いお姫様を道で見かけたら・・・天使だと見紛うて、教会へ届けてしまいそうだ」
「天使! きゃあ、素敵! 今度真っ白なドレスをあつらえましょうよ、あなた。きっと本当の天使のようになるわ!」
「いやでも、本当の天使と勘違いした神様が、アーシャを連れて行ってしまったら・・・」
「え! ・・・いやぁ! そんなの駄目よ!」
 ・・・えーと。
 もてなしと言うか、先程から我が子のノロケ話を延々聞かされているのだが。
 溺愛という言葉は知っているが、この両親のそれは、その遥か上。
「騒がしいですよ、旦那様、奥様。モートンが困っているでしょう。少しお控えください」
屋敷に着くと主夫妻ことの次第を伝えるだけ伝えて、泣きじゃくるアーサーを連れてどこかに姿を消していたスフォールドが、ようやく現れたので、モートンはホッと胸を撫で下ろす。
「やあ、スコールド。アーシャは?」
「スフォールドにございます、旦那様。アーサー坊ちゃまは屋根裏のお仕置き部屋に閉じ込めておりまする」
「可哀想に。お尻もたくさん叩いたのだろう? 閉じ込めるまでしなくても・・・」
「甘やかさない! お屋敷を抜け出しただけでもお仕置きものですのに、その理由ときたら・・・」
 スフォールドが片手で顔を覆って落胆気味に息をついた。
 曰く、甘いお菓子好きのアーサーは、放っておくと食べ過ぎてしまうので、おやつの時間に出す以外はスフォールドの部屋にお菓子類は隠してあるそうで。
 それを、留守中を見計らって忍び込み、つまみ食いしようとしたのだが、うっかりお菓子の瓶や箱を棚から落としてしまって床に中身を散乱させてしまった。
 やったのが自分とバレたら叱られる。
 そう考えて、スフォールドが帰る前に家出した・・・と。
「・・・いやーん! 叱られるのが怖かったからなんて、なんて可愛いのかしら、アーシャってば!」
「本当だねぇ、お前。思わず抱きしめたくなってしまうね!」
 大きな咳払い。
 ピタリと黙った伯爵夫妻だが、互いに顔を見合わせてまだ笑っている。
「今日という今日は勘弁なりません。旦那様は躾に口出し禁止!」
「えー」
「奥様はアーサー様で着せ替え遊びはもう禁止! 伸ばされている髪も、理髪師を呼んで切らせます!」
「えー。初等科に通い始めたら男の子の格好しかできなくなるから、今しかないのにぃ・・・」
 あ、遊びだったのか・・・。
 モートンは開いた口がふさがらない。
 髪まで伸ばしてあんな格好をさせているなど、余程深い事情があるのだろうと思っていたのに・・・単なる、遊び。
「それと、今日からこのモートンを、アーサー様の教育係の従僕に採用いたします」
「え?」
 目を丸くしたモートンは、慌てて両手を振った。
「い、いえ、私は・・・」
「私は? なんだ? ヴォルフ家セドリック坊ちゃまの執事だとでも言うつもりか?」
「・・・・・・」
 自分の仕える主はただ一人、セドリック。
 そういう思いがあったから、ほかの家に就職先を探すのを躊躇って、貯金を食いつぶしていたのを、スフォールドはお見通しのようだ。
「観察する限り、さすが侯爵家で修行を積んで執事にまでなった男だ。物腰も申し分なく、何より判断力が評価できる。これが褒美だ。受け取りたまえ」
「しかし・・・」
 やおら襟ぐりを掴まれて引き寄せられ、モートンは息苦しそうに顔をしかめた。
「良いか。今のままでは、お前はセドリック様に近付けん。だが、フォスター家従僕となり、いずれ当主となられるアーサー様の執事に昇格すれば、ヴォルフ侯爵を継ぐセドリック様とまみえる機会も訪れよう」
「あ・・・」
 確かにその通りだが・・・しかし、それでは・・・。
 また思ったことを見抜かれたらしい。スフォールドがニッと口端を釣り上げた。
「他家の子息を思いながらでは、アーサー様がお気の毒、か? 心配ない。あの方は実に愛らしい。お前はすぐに魅了されるぞ」
 ようやく襟を解放されて、モートンは首を擦りながら苦笑した。
 何だかんだと厳しいことを言いながら、結局彼も、あの可愛らしい坊ちゃまにぞっこんらしい・・・。



 理髪師に髪を切られ、すっかり男の子らしい服装でスフォールドに連れてこられたアーサーは、従僕のお仕着せを来たモートンを不思議そうに見上げていた。
「・・・アーサー様」
 そっと小さな主となる少年の前に片膝を付き、彼の片手を取る。
「改めて、はじめまして。これから、あなた様のお世話をさせていただきます、モートンにございます」
「お前がぼくのきょういく係と聞いた」
「はい、精一杯お仕えさせていただきます」
 アーサーが背伸びして、スフォールドに聞かれぬようにモートンの耳元で囁いた。
「スコールドみたいに、あんまりきびしくしないでね」
 可愛らしいご主人様。
 モートンの顔に、柔らかな笑みがこぼれていた。



終わり




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