フォスター家【オルガ番外編】

モートンとご令嬢【前編】

 ←第二十九話 ワイラーのお仕置き →モートンとご令嬢【後編】



「ああ、スコールド。アーシャにお土産を買って帰りたいから、待ち時間の間に何か見繕ってきてくれないかね」
 招待先であるヴォルフ邸で車を降りた主人が言った。
 主人に外套を着せ終えた執事の『スフォールド』は、ステッキを差し出して顔をしかめた。
「あまり甘やかすものではありません。お出かけについていくと愚図って手こずらせ、旦那様は大事なクラブの会合に遅刻なさったのでございますよ」
「ああ、可愛かったねぇ。『おとーさまといっしょにいくー』って、泣いて離れないんだものねぇ」
 スフォールドは溜息をついて、眉間のしわを揉み解した。
「ですから。帰ったらお土産ではなく、お仕置きを。それに、ああいう時は毅然と言い聞かせてくださいませ」
「連れてきてあげたかったなぁ。あんな可愛いお姫様、皆に自慢したいなぁ」
「子供はお留守番。旦那様は会合。はい、いってらっしゃいませ」
「わかった、わかった。本当にスコールドだねぇ、お前は」
「・・・くどいようでございますが、私は『スフォールド』にございます」
「ん。じゃ、お土産を頼んだよ、『スコールド』」
「~~~旦那様!」
 ヒラヒラと手を振って玄関に消えていった主人の背中を、スフォールドは深いため息で見送った。
 彼の本当の姓は自身で言うようにスフォールドなのだが、主人が戯れにスコールド(小言)と呼ぶものだから、部下たちまで言い間違える始末だ。
 まあ、彼が大変小言が多く口うるさい質なので、わざと呼び間違えていることくらいは知っているが。
 ともあれ主人の命令なので、仕方なくヴォルフ邸付近の店を見て回ることにした。
 


 ヴォルフ邸の裏口付近まで歩くと、街路樹の傍らで屋敷の裏口をじっと眺めている青年が目に止まった。
 何やらとても険しい顔つきで、しきりに胸ポケットから懐中時計を取り出して見つめ、また裏口を眺めるという仕草を繰り返している。
 どうにも不審な行動だ。
 身なりも平民そのもので見窄(みすぼ)らしいのに、持っている懐中時計がいただけない。
 そもそも懐中時計などという高級品は商人にも見えない彼に似つかわしくないし、更に言うなら、あの懐中時計は相当ランクの高い品だ。
 どう考えても盗品。
 盗品を身に付ける彼が、ヴォルフ侯爵の屋敷の様子を伺っているとなると、窃盗団一味の一人かも知れない。
 しかし・・・。
 もう一つ不審な点。
 彼の立ち姿。
 あれは労働階級のそれではない。
 どちらかと言えば、貴族に仕える上級使用人のそれ。
 懐中時計を扱う指使いも滑らかだ。
 はて。もしやヴォルフ邸のメイドとでも好い仲で、逢引の待ち合わせなのだろうか。
 どちらとも取れないので、スフォールドはしばし彼の動向を伺うことにして、物陰に身を隠した。
 それから十数分程経った時、裏口の木戸が開いて、中から中年女性が辺りを見回しつつ忍び出てきた。
 やはり逢引?
 いや、それにしては、年の差が随分と開いているようだが・・・。
 そう思った矢先、スフォールドは中年女性が抱きかかえる幼子に息を飲んだ。
 上等な仕立ての洋服を来た幼子は、どう考えてもヴォルフ侯爵の子息だ。
 誘拐・・・!
 物陰から飛び出そうとした瞬間、子息が中年女性の腕の中から自分で飛び降り、青年に駆け寄った。
「モートン!」
 青年は愛おしげに子息を掻き抱き、頬を摺り寄せている。
「坊ちゃま・・・ああ、セドリック坊ちゃま・・・・」
 青年の頬が涙で濡れていた。
「モートン、どうして? どうして傍にいてくれないの?」
「~~~申し訳ございません、セドリック坊ちゃま。私は、訳あって、お屋敷には入れないのでございますよ」
 セドリックと呼ばれる子息もまた、大きな瞳に涙をこぼしている。
「そんなのやだ・・・。ぼくがおとーさまとおかーさまにお願いしてあげるよ。おとーさまとおかーさまは、僕の言うことならなんでも聞いてくれるもの」
 苦笑を浮かべるモートンという青年がセドリックを見つめる瞳は、とても優しくて悲しげだった。
「お父様とお母様に、優しくしていただいておいでですか?」
「うん! とても優しい!」
 そう笑顔で言ったセドリックが、ふと目を伏せた。
「でもね、モートンみたいに、セドリックと呼んでくれないの。ルシアンって呼ぶの」
 モートンが更に強くセドリックを抱きしめた。
「どうしてかなぁ・・・。おとーさまとおかーさまは、セドリックはいらないのかなぁ・・・。ルシアンじゃないと、だめかなぁ・・・」
「セドリック様・・・」
 上着の裾をいじりながらポツリポツリと言うセドリックに、モートンが精一杯という風に微笑みかける。
「セドリック様は、いずれお父様から受け継ぐヴォルフ侯爵となられるのですよ」
「うん・・・おとーさまがおっしゃっていた・・・」
「そうすると、セドリック・ガーネットというお名前でなく、ヴォルフ侯爵と皆が呼ぶようになるのです」
「おとーさまと、一緒?」
「左様でございますよ。それからは、誰もセドリック様と呼びませんから・・・お父様もお母様も、違う名前で呼ばれることに慣れていただく練習をしてくださっているのです」
「れんしゅう?」
「そうですよ。だって、急に違うお名前で呼ばれたら、セドリック様はびっくりしてしまうでしょう?」
 しばらく考えていたセドリックは、やがて満面の笑みを浮かべた。
「そっかぁ。そうだね」
 モートンは必死に笑顔を作って頷いたが、頬には涙が伝っていた。
 中年女性も傍らでずっと泣いていたが、次第にそわそわと裏口に目をやるようになってきた。
「モートン、ごめんなさい、そろそろ・・・」
「あ、ああ、そうだね」
 モートンはもう一度、強く強くセドリックを抱きしめた。
「セドリック様、モートンはもう行かないといけません」
「えぇ!? いやだ、一緒にいて」
「・・・申し訳ございません。モートンは行けないのです・・・」
「じゃあ、またこうやって会える?」
 モートンが微笑んだ。
「もちろん。必ず、また」
「絶対ね!」
「はい、絶対」
 中年女性が再びセドリックを抱えると、小さな手が幾度も幾度もモートンに向かって振られた。
「またね、モートン! またね!」
「はい、セドリック様。必ず、また・・・」
 深々と頭を垂れたモートンの先で、木戸が閉じられた。
 モートンの膝が崩れ落ち、両手で顔を覆うと、声を殺して泣いているのが物陰のスフォールドにもわかる。
 一連のやり取りを見つめていたスフォールドは、ヴォルフ侯爵家に関する噂話を思い出す。
 嫡男であった長子ルシアンを失い、次いで嫡男の座に上ることになった赤子に、年若い従僕が執事に昇格して教育係となったと聞いた。
 が、その執事はわずか数年で主に解雇されたという。
 詳しい事情は聞こえてこなかったので、てっきり執事にありがちな、ワインセラー管理を一任されてのアルコール中毒にでもなったのだろうと思っていたが・・・真相は違うようだ。
 一度は任された子息を、先程まで抱きしめていた手に愛げな視線を落として道に跪いているモートンに、スフォールドは物陰から出て歩み寄った。
「君」
 声を掛けると、モートンはハッと我に返って立ち上がった。
「あの・・・何か?」
「今の子供と同じ年頃の子への土産物を探している。良い店を知らんかね?」
「え、あ、それでしたら・・・ここを一ブロック程歩いた先に、玩具屋がございます」
「そう、ありがとう。それから・・・」
 些か険しい表情で、スフォールドはモートンを見つめた。
「罪な真似はしない方が良いね。会う度に別れを味わう辛さなど、セドリック坊ちゃまを傷つけるだけだ」
 モートンの瞳が震えた。
「もし事が露見すれば、お前は警察に通報されるぞ。逮捕されれば、もう二度とセドリック坊ちゃまに会えないばかりか、彼の心に深い傷をつけるだろうね」
「~~~」
 唇を噛み締めて俯くモートンの肩を叩き、スフォールドは教えられた通りに道を歩き始めた。



 モートンは家に帰る道すがら、突然話しかけてきた男の言葉を反芻していた。
 彼の言っていることは正しい。
 あの愛しい幼子に、中途半端な愛情を見せつけて、最終的にできることは立ち去ることのみ。
 第一、 彼の言う通り、いつ警察沙汰になってもおかしくないことをしている。
 侯爵家の子息を屋敷外に連れ出して会うなど、いつまでも繰り返せることではない。
 逮捕されれば数年・・・いや、誘拐未遂で数十年は獄に繋がれるだろう。
 そうなれば、セドリックはその作られた真実を聞かされ、モートンへの思慕が深い傷へと変化する。
 溜息。
 何をやっているのだ、自分は。
 職も探さず、貯金を食い潰し、こんな、どんどんとセドリックから遠ざかるような身なりに成り下がり・・・どこからどう見ても、金に困った誘拐犯ではないか。
 少しでもセドリックの支えになりたいなら、もう少しやりようはあるはずだ。
「えい、しっかりせんか、お前は」
 苛立ち紛れに自分のこめかみを小突いた時だ。
 視界に、ヒラヒラした物が走り抜けていった。
「え? 何?」
 濃い栗色の長い髪が、大きなリボンのついたボンネットの下でふわふわと揺れ、フリルが至ところに施されたドレス。
 ・・・大きめのお人形が駆けているかと思った・・・。
 お人形と見紛うそれは、甘い香りを漂わせる菓子屋の前で立ち止まり、ガラスケースに張り付いて、中の焼き菓子を覗き込んでいる。
「え? あれ? お供は?」
 どう見ても良家のご令嬢。
 ドレスの生地も仕立ても、尋常でなく上等だ。
 これは裕福な商家の娘か、あるいは・・・。
「おい、そこの」
「え?」
 振り返った上等なお人形が、モートンを見て言った。
「そう、お前だ。これが食べたい」
 いや、食べたいと言われても・・・。
「ここから出し方がわからない。ここから出して」
 モートンは目を瞬き、そして、苦笑した。
 この横柄な口の利き方は、やはり貴族のご令嬢。
 年頃は・・・四歳程か?
 この街中に?
 供人の一人もなく?
 貴族のご令嬢?
 ・・・・・・有り得ない。
 


 お土産の玩具を買い求めて車まで戻ったスフォールドは、屋敷に残してきたはずの従僕が息を切らしてヘタり込んでいる様に、眉をひそめた。
「他家の敷地内で、そのような姿を晒すでない!」
「ミスター・スコールド! すいません!」
 慌てて姿勢を正した従僕は、地面に額をつける勢いで頭を下げた。
「し、至急、お伝えしたい旨あり、ここまで探しながら走って参ったもので・・・」
「言い訳はいい。探していた? 何を?」
 従僕が更なる叱責を恐れてか口籠もる。
「お前の仕置は決定している。今更時間を稼いだところで、お尻が腫れるだけのことだ。早く言いたまえ」
 従僕は亀の子のように首をすくめて両手にお尻を回すと、半泣きで事の次第を伝えた。
「な・・・! 屋敷を抜け出しただぁ!?」
 額を押さえて歯ぎしりしたスフォールドは一度大きく頭(かぶり)を振ると、従僕を睨んだ。
「どっちだ!? 坊ちゃまか! お嬢様か!」
「・・・お嬢様の方で・・・」
「今すぐに警察に捜索願を! 濃い栗色の長い髪に、大きなリボンの白いボンネット! フリルがたっぷりついた薄紅色のドレスを来た四歳児! 特徴を事細かに伝えよ!」
「は、はい!」
 駆け出していった従僕の背中を見送り、スフォールドはイライラと頭を掻いた。
「ええい、まったく! 見つけたらとっちめてやる!」
 とにかく、一刻も早くこの事態を主人に伝えねばならない。
 スフォールドは足早に歩を進め、ヴォルフ家の玄関ポーチに立番する従僕の前に立った。
「私はフォスター伯爵家の執事、スフォールドと申します。申し訳ないが、我が主のフォスター伯爵に、急ぎお知らせしたいことがございます」



 ただでさえ社交の場として大切なクラブの会合に遅刻した主人を中座させるなどしたくはないが、緊急事態なのだからやむを得ない。
 控え室でイライラと膝を振るっていたスフォールドは、ようやく姿を見せたフォスター伯爵に深々と頭を垂れた。
「会合の最中、申し訳ございません。実は・・・」
 誰もいないが、一応辺りを憚って主人に事の次第を耳打ちしたスフォールド。
「な、なんと・・・」
 さすがに陽気な主人も真剣な面持ちとなる。
 子守りを任せた従僕は自分の教育下にある部下であるから、叱責覚悟で頭を下げて、主人の怒りを待つ。
「なんと・・・屋敷の外へ!? それは、大冒険ではないか。すごいね、あの子の将来は冒険家かな?」
 ・・・失笑。
 ああ、この主人にまともな反応を期待した自分が愚かであった。
 というか、こんな時まで!?
「どこまで呑気なのですか! 誘拐でもされたらどうなさる!?」
「・・・冗談だよ。ほんとに君はスコールドだなぁ」
 スフォールドは額を押さえて、深い吐息をついたのだった。



つづく




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