オルガ

第二十九話 ワイラーのお仕置き

 ←第二十八話 願い出たお仕置き →モートンとご令嬢【前編】
 微笑みを浮かべるワイラーを前に青ざめている主人が少々気の毒ではあるが、蟄居の身でありながら腑抜けて緊張感を欠いていたのが悪い。
 モートンは敢えて何も口を挟まぬことに決めたようで、ただ黙々と床に散乱した書類をかき集めていた。
「ど、どうしてあなたがここに・・・」
「そりゃあ蟄居に監視役は付き物だろう。まあ、本来なら私のような高位がつく任ではないのだが、事を内々にと望まれる国王陛下のお言いつけだからね、仕方ない」
 な、何が仕方ないだ。
 口元は至極の笑みを浮かべているくせに。
「蟄居の沙汰に沈んではいないかと陛下も心配なさっていたが、元気いっぱいのようだと陛下にお伝えできること、何より何より」
 ポンポンとお尻を叩かれてフォスターは情けない悲鳴を上げたが、痛みのあまり逃げ出すこともできない。
「た、叩かないでください・・・。昨日よりも痛くなっているのですから・・・」
「そりゃそうだ。麻痺していた痛覚が戻ったのだから、じっとしていても痛いだろうねぇ。蟄居二週間の間は痛みが残るように調整しておいた。まあ、後二日もすれば腫れも引くから、座れるようにはなるよ」
「大した技術をお持ちで。その技術が磨かれるのに、一体どれほどの婦女子が泣かされたのでしょうね」
 フンと鼻を鳴らしたフォスターに、ワイラーが笑みをこぼした。
「いいねぇ。そんな姿で威勢変わらずか。仕置きの時に私を睨み上げる顔も、実に可愛らしくて愉快だったよ」
「か・・・!」
 耳朶が紅潮する。
「実に残念だ。君が女性であったなら、一も二もなく手に入れたのだがね。品行方正にも関わらず、いちいち反抗的な態度も、いざ仕置となれば泣きそうに歪む顔も、耐えようと頑張っても痛みにお尻が逃げ惑う仕草も、許しを乞いたいのに意地を張っている姿も、利かん気の子供のようで実に私好みだ」
 天がフォスターに授けた最大の幸運かもしれない。
 伯爵家の姫君として生まれていれば、年の頃も程良く空いて爵位も上のワイラーは最適の嫁ぎ先として、周囲が諸手を挙げて婚儀を進めるに違いない相手なのだから。
「君のような者が手元におれば、毎日さぞ楽しいだろうねぇ。スパンキングの趣味を極められそうな気がするよ」
 フォスターも負けじと笑みを浮かべた。
「あれやこれやとそれらしい大義名分の施設を作って、ご趣味のスパンキングを楽しまれていると、国王陛下はご存知でしょうかね」
「ふふ、言いつけようと? 残念だね、私から仕置を受ける前ならいざ知らず、仕置を受けた後でそれを言い立てても、国王陛下のお耳にはどう届くかね」
「あ・・・」
 そうだ、タイミングを逸した。
 今からそれを報告して問題提起しても、いい年をしてぶたれた悔し紛れとしか受け取ってもらえない可能性の方が高い。
 お茶の準備をしていたモートンの溜息が聞こえて、フォスターは頬を膨らませてワイラーから顔を背けた。
「さて、フォスター卿。どうも君は、蟄居の姿勢がなっておらんようだね」
「どなたかのお陰で座ることもままなりませんので」
「そうじゃないだろう。蟄居で他の者に遅れをとるのも罰の内。仕事は禁止と知らぬはずなかろうに」
「・・・別に、仕事をしていた訳では・・・」
「ほお。そこの・・・モートンだったね。君、さっき集めていた書類を見せてくれたまえ」
 ギクリとしたフォスターはモートンに必死に首を横に振って見せたが、主人より高位の言葉に彼が逆らえるはずもない。
 手渡された書類をめくり、ワイラーは顎を撫でた。
「おや、本当に仕事ではないね。これはすべて、過去の政務資料だ・・・・・・うん?」
 もう一度改めて書類を見直し始めたワイラーに、フォスターの背中に嫌な汗が滲む。
「ことごとく、私が取り仕切った政務ばかりだねぇ。熱心にチェックを入れた箇所は財務の動きと実費用」
 ニヤリとしたワイラーから目を逸らす。
「いかがかね、賄賂の気配は炙りだせたかな?」
 見抜かれた・・・。
 どうにかやり込めてやれないかとワイラーが関わった政務資料を読み漁り、不正を探していたのだ。
 ところが、いくら探っても陰りは何ら見当たらない。
「これが、先程言っていた私を追い落とす算段かね」
 モートンからお茶を受け取って、ワイラーはティーカップを鼻先で揺らした。
「うん、なかなかの腕前だね、モートン。良い香りだ」
「恐れ入ります」
「君は彼の執事になって、何年?」
「はい、旦那様が四つの頃よりお世話にさせて頂いております」
「では、教育係は君というわけだ。お茶を点てる腕は一流だが、躾は今ひとつだねぇ」
「まこと、お恥ずかしい限りでございます」
 モートンに顔をしかめられて、フォスターは首をすくめた。
「フォスター卿、公明正大な君らしくもない。私を追い落とすというのであれば、正々堂々、政務で渡り合ったらどうだね?」
「~~~よくおっしゃいますね。私の足元をすくわんと、探偵まで雇って周辺を調査しておられた公に、言われたくありませんな」
「陛下の臣下の動向を調査するのも、私の仕事の内だからねぇ。まあ、それが君を追い落とす為だったとしてだ。軽蔑する相手と同じ手段を講じるのは、いかがなものかね」
 そう言われると二の句がつげない。
「さて。蟄居中に悪巧みするような悪い子は、懲らしめてやらねばいかんなぁ」
 情けなく顔を歪ませたフォスターを眺めて、ワイラーが楽しげに笑みを揺蕩わせた。
「そのお尻だ。ほんの軽く叩いただけでも、泣きじゃくるほど痛いだろうねぇ」
「や、やめてください・・・」
「知っているかね? 今、痣になっているそのお尻を再び叩くと、一度目のお仕置きの時より鮮やかに赤が上ってくるのだよ」
「し、知りませんし、知りたくありません!」
「さすがに道具は気の毒だが、私の鍛えられた平手は道具並だからなぁ」
「お願いです! 叩かないでください!」
 無情に伸びてきた手に襟首を掴まれたフォスターは、すでに泣きべそだった。
 その顔を覗き込んで、ワイラーが笑う。
「そら」
 襟を離されたフォスターの頭はカウチの向こう側に垂れ、足はその反対に。
 ちょうど腹だけをカウチに乗せた、四つん這いのような姿勢にさせられて、おまけにズボンごと下着もずらされて腫れ上がったお尻を丸出しにされてしまった。
「嫌だぁ! ごめんなさい! もうしません! 許してください!」
 必死で叫ぶフォスターを見下ろして、ワイラーが堪らず大笑いした。
「まったく、可愛いねぇ、君は。安心したまえ、いくら何でも可哀想だからね、ここまで腫れたお尻を叩いたことはないさ」
 カウチに四つん這いにさせたまま放置して、ワイラーはソファに戻ってお茶をすすった。
 心の底からホッとしたフォスターがのそのそとカウチの上に戻ろうとすると、ワイラーがパンと肘掛を叩いた。
「そのままだ。その姿勢のまま一時間。それが此度のお仕置きだ」
 屈辱の極み。
 思わずワイラーを睨むと、彼は呆れたように肩をすくめた。
「それが嫌なら、乗馬でもさせてやろうか?」
 ここで反抗したら本当に馬に乗せられそうなので、渋々カウチに腹を乗せる。
「結構。大人しくしていなさい」
 悔しいし、恥ずかしい。
 ワイラーのしたり顔を見ずに済むのが、唯一の救いだ。
「いい眺めだね。お仕置きしたお尻を鑑賞するのは、実に気分がいい」
「~~~悪趣味だ」
「知っているよ。だからお仕置きする相手にすら、ひた隠しにしているんじゃないか。そうと知る君の前ならこうして言葉にできるのが、実に楽しいね」
 顔を見なくて済むという利点を、フォスターはかなぐり捨てて首をねじ向けてワイラーを睨んだ。
「ごめんなさい、もうしませんと、言った傍からその目。いいねぇ」
 クスクスと笑うワイラーは、愛おしい子供を見るような目で言った。
 もう何を言おうがどう抗って見せようが無意味だと悟り、フォスターは力なくうなだれた。
「ふむ。ああ、いかんな。これはいただけない。やはり先端が集中し過ぎていたか・・・」
 何やらブツブツと言っているワイラーに、モートンがお茶のおかわりを注いでいる気配。
「モートン、あれが見えるかね?」
「私めなどに判断がつきますかどうか」
「あそこだよ。右の中央を少し外に外れた辺り」
「・・・ああ、あそこだけ何やら痣の色味が濃いように思えます」
「うん、そうなんだ。どうもいかん。私は右利きなのでね、道具を振る時にどうしてもあそこに力が入ってしまうんだ。その場で真っ赤に腫れている時は見えないのだが、こうして一晩経つ痕だとよくわかる」
 何やら反省めいたワイラーの溜息が聞こえた。
「一つ箇所に先端が集中すると必要以上の痛みを与えてしまうから、気をつけてはいるんだが・・・」
「あそこから先端を外そうとすると、お尻の側面にケインの先端が回り込んでしまいますしねぇ」
「おお! そうなんだ、そうなんだよ、君! お尻は中央から満遍なく赤く染まらねばいかん。骨盤付近に先端が当たるのは美しくない」
「据えられる相手に骨に響く痛みを与えてしまいますしね」
「わかっているな、君! 私もそう思う。肉厚で程よい筋肉のあるお尻だから安全に据えられるのであって、骨に近い部分を打つなど論外だ」
 こ。
 このオッサンたちは、人のお尻を眺めて何を語り合っているのだ。
 大体、ワイラーはともかく、モートンまで話に乗るとは何事か!
「いいね、君。少々お仕置きについて語り合いたい気分だよ」
 モートン。そんなことをしたら、即座に解雇を言い渡してくれる。
 ぎりぎりと歯ぎしりしていたフォスターは、次の瞬間、頭の中が真っ白になった。
「ふぉすた!」
 ドアが勢いよく開いて、オルガの声が元気に部屋に響いたからだ。
 こんな。
 こんな情けない姿をオルガに見られたら・・・。
 ワイラーがさぞやほくそ笑んでいるだろう。
 オルガにフォスターのこの姿を晒させて、更なる屈辱を課そうと・・・。
「こら、オルガ。レディがノックもなく飛び込んできてはいけないね」
「ワイラーおじちゃまだ。ふぉすたは?」
「フォスター卿はお疲れでねんねだよ。入ってはダメ」
 フォスターは戸口付近から聞こえてくる会話に目を瞬いた。
 考えていた展開と違うのだが?
 いや、それでいいのだが?
 ワイラーはオルガに、フォスターの体たらくを見せないようにしているように感じるのだが?
 い、いやいやいや。
 ない。ないない。有り得ない。
 きっと、ノックをしなかった罰とでも言って、オルガにお仕置きをしようとでも企んでいるに違いない。
「オルガ、ワイラーおじちゃまが怖いお仕置きをする人だと、知っているだろう?」
 それ見たことか!
「おじちゃまのお尻ぺんは痛いからね、今度から、ちゃんとノックしなきゃね」
「はぁい」
 あれ?
「今からワイラーおじちゃまが行くよって、ヴォルフ卿に伝えてきておくれ」
「はーい!」
 パタパタと遠ざかっていくオルガの足音に、フォスターはそっと首をねじ向けてワイラーを見た。
「さて。私はしばらく席を外すから。姿勢を崩してはならんぞ。でないと・・・お尻へのお仕置きにどんな種類があるか、その身で教わることになる」
 ニヤリとするワイラーは、やはり大嫌いな男のままで、フォスターはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「返事もしないか。躾け甲斐のある子だよ、君は。さて、モートン、ヴォルフ卿のところに案内してくれたまえ」
「かしこまりました」
 二人が部屋を出て行った気配。
 フォスターはカウチに預けていたお腹を持ち上げたが、しばし考え込んでから、結局、同じ姿勢に戻った。
 想像もつかないお仕置きをされるなど、御免だ。
 何だか、ドッと疲れた。
 そういえば、昨夜はお尻が痛いし寝返りは打てないしで、ろくに寝ていないのだ。
 寝不足で頭が回らないから、ワイラーに完全な形勢逆転を許してしまった。
「くそ。今に見ていろ、ワイラーめ・・・」
 そう呟いたのは覚えているが、遠のいていく意識に身を任せる方が、色々考えるより楽だった。



 ぼんやりとした視界に最初に写ったのは絨毯の模様だった。
「ん・・・」
 眠た目をこすりつつカウチから垂れ下がっていた頭を持ち上げると、自分がカウチに四つん這いのまま眠ってしまっていたことに気付く。
 ふと見れば、肩から膝まで毛布に覆われており、ズボンと下着は下げられたままだったがお尻は隠されていた。
「・・・モートン、喉が乾いた・・・」
 いるかいないかも確認しないままそう言うと、グラスに注がれた水が差し出された。
「よく眠っていらっしゃいましたね。もう夕方でございますよ」
「お腹がすいた・・・」
「はい、サンドイッチをご用意してございます」
「きゅうりサンド? カップケーキは?」
「いけません。今日はもう甘いものはお出ししませんよ」
 寝ぼけているのか子供の頃のような要求をするフォスターに、モートンが苦笑しながらサンドイッチの皿をティーテーブルに置いた。
「はい、お体を起こしていただけますか? お尻をしまいましょうね」
 あくびをしながらモソモソと体を起こして床に膝立ちになったフォスターの下着とズボンを引き上げてやると、彼は布がお尻を擦った痛みでようやく完全に目を覚ましたらしい。
「いっ・・・いたた・・・。もっとそっとやってくれ、モートン」
「これ以上そっとはできかねます」
 そう言いながら毛布をたたんでいるモートンに拗ねた瞳を向けたフォスター。
「毛布を掛けてくれたなら、ベッドまで運んでくれればいいじゃないか。あんな格好のままでいさせるなんて、意地悪だ」
 モートンは肩をすくめてお茶の支度に立ち上がった。
「毛布を掛けてくださったのは、ワイラー卿でございますよ」
「・・・ワイラー?」
 にわかには信じがたいが。
「ワイラー公爵はヴォルフ侯の元より小半時でこちらに戻られたのですが、旦那様が眠っておしまいだったので、私めに毛布を準備するように仰せになって・・・」
 半信半疑でカウチに俯せに寝転がったフォスターは、きゅうりサンドを口に運んだ。
「そのまま、お帰りになりました。申し上げておきますが、私はワイラー卿の言いつけられた一時間の後に旦那様をベッドにお運びしようとしたのですよ。ですが・・・」
「ですが? 何?」
「叱られるから嫌だと、寝ぼけて拒否なさったのは旦那様です」
「~~~」
 寝ぼけていたとは言え、なんたる不覚発言。
 不機嫌満面でサンドイッチを貪っていたフォスターに、モートンがお茶を差し出した。
「蟄居中、毎日お越しだそうです。良い子にしていてくださいまし」
「ま、毎日・・・」
 蟄居監視役なら当たり前なのだが、フォスターはうんざりとして、ヤケクソでお茶を飲み干したのだった。



つづく





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