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オルガ

第二十一話 調教の真相

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 ファビオに後を任せてヴォルフの部屋を後にしたフォスターは、彼の為に改装した二階のフロアを見渡した。
 間借りとはいえ仮にも侯爵の居住地となるので、ただゲストルームを明け渡すというわけにもいかず、中庭を挟んだ棟のこの二階部分を全面改装し、すべてヴォルフの使用する部屋にしたのだ。
 プライベートルームと寝室のスイート、それに書斎と執務室に応接間。彼専属の使用人たちの控え室。
 なかなかの大工事でかなりの出費だったが、身分の上下が物を言う貴族として、これは絶対の必要経費。でないと、ワイラー辺りからどんな難癖がつくかわからない。
 しかし、どうせ費用がかさむなら、ものはついでに、あの屋根裏部屋も取り壊してしまえば良かったと、つくづく思う・・・。
「アーサー様、足が止まっておいでですよ。なんでしたら、担いでお連れ致しましょうか?」
「~~~遠慮する」
 ただでさえ屈辱的な時間が待ち構えているというのに、更にそんな辱しめを受けるなど、たまったものではない。
「ん?」
 廊下に配置された飾り台の下に、何やら小さく丸まった赤と白の物体が。
 フォスターは苦笑を浮かべてそれに近付くと、そっと屈んだ。
「オルガ、出ておいで」
 赤いエプロンドレスの膝を抱えたオルガが、フォスターを見上げた。
「・・・ファビオ、いる?」
「いるよ。今日からこの屋敷で一緒に住んで、ヴォルフのお世話をしてもらうんだ」
「えー・・・」
 桜色の頬が膨らむ。
 なるほど。ファビオに会うのは気まずい。しかし、ヴォルフには会いたい。
 複雑な乙女心と言ったところか。
 たった半年強で、随分と人間らしい心が育ったものだと、妙に感慨深い。
「だからあの時に言ったでしょ? 謝りなさいって。早く謝らないと、どんどん言い出しにくくなるし、顔を合わせ辛く・・・」
「あわせづらく?」
「えーと・・・会いたいのに、会いにいけない気持ちになっちゃうこと。わかるかな?」
 オルガがコクンと頷いた。
「今謝らないと、もっと会いに行けない気持ちが大きくなっちゃうよ?」
「~~~ファビオ、怒ってないかなぁ」
 怒っていたら、ヴォルフ付きの小姓など、引き受けてはくれまい。
 わかっていたが、フォスターは敢えてそれを飲み込んだ。
「それは、自分で確かめないとね」
「でも、怒ってたら、どうしよう・・・」
「オルガが、怒ってるファビオにもう会いたくないと思うなら、このまましかないね」
「やん!」
 涙目で首を横に振るオルガに、そっと両手を差し出す。
 胸の中に飛び込んできたオルガの背中を幾度もぽんぽんと叩き、フォスターはオルガに額を合わせた。
「じゃあ、まずはごめんなさいを言わないとね。それから、オルガの気持ちを一生懸命お話しなさい」
「・・・オルガ、お話、下手だもの・・・」
「そんなことないよ。ずっと上手になったし、それにね、仲直りしたい気持ちは、お話が下手でも、相手に伝わるんだよ」
「・・・ほんと?」
「うん、本当。だから、ほら、行っておいで」
 オルガの背中を押すと、必死に駆け出していく。
 目を細めてそれを見送っていたフォスターは、黙ってやり取りを見つめていたモートンを振り返った。
「なあ、モートン」
「はい、なんでございましょう、アーサー様」
「私は、早々にヴォルフに謝ったよな」
「はい、左様でございますね」
「それなのに、許してもらえないのかなぁ」
「躾ける側は、時として、躾けられる側より辛いものでございますなぁ」
 それはすなわち放免はないということで、フォスターはモートンから顔を背けて舌を鳴らした。
「今、舌打ちをなさいましたか?」
「いいや?」
「舌打ちなど粗野な振る舞いはなさらぬようにと、昔きつく申し上げたはずですが?」
「してない。空耳だ」
「もうしませんと、お約束なさいましたよね?」
「・・・・・・スパンキングを趣味とするワイラー公爵は、そうやって何かしらと難癖をつけてお仕置き理由を増やしていくそうだ」
 モートンを振り返ったフォスターは、ニヤリと口端を釣り上げた。
「お前が私のお尻を叩くのは、趣味なのかな?」
 目を瞬いたモートンは、やがてクスクスと笑い声を漏らした。
「なるほど。私がそう言われて怒れば、おあいことなって、お仕置きは免れるという寸法にございますか」
 しばらく笑っていたモートンが、表情を引き締めてフォスターの耳たぶを掴んだ。
「趣味なわけがございませんでしょう。さっさとおいでなさい。趣味でなくとも聞き分けのない子にはお仕置きも増えまする。久しぶりに、うんと懲らしめて差し上げます」
「痛いって! ま、待て! モートン、冗談が過ぎた! 待てったら、痛いよ、離してくれ! 頼むから勘弁してくれ! なあ、モートン!」
 ああ、どうして工事のついでに、嫌な思い出しかない屋根裏部屋を取り壊しておかなかったのか・・・。
 フォスターは心の底から後悔した。



 あんなに埃だらけだった屋根裏部屋は、すっかり掃除の行き届いた昔の姿に戻っていた。
「手強いヴォルフ侯を躾け直すあなた様に、ここを引き継ぐつもりで掃除させたのですが・・・」
 お尻に走った鋭い痛みに、歯を食いしばって声を殺す。
 両肘をついたオットマンの刺繍が彩る蔦模様。
 昔はお尻にいつ訪れるかわからない間の怖さを紛らわすのに、よくこの蔦の模様を目でなぞっていたのを思い出す。
「まさかまたアーサー様のお仕置きの為に使う羽目になるとは、思いもしませんでした」
 両手でケインをしならせるモートンが、再び片手に持ち直した気配に目を瞑る。
「~~~いっ・・・!」
 ただでさえ久しく受ける鋭いケインしなりを、屈辱の極みであるお尻だけを剥き出しにされた格好で耐える羽目になるとは、フォスターだって思っていなかった。
「アーサー様、何故、お仕置きの道具はここのみに置かれているとお思いですか?」
「知るか! いっ・・・!」
 せめて、一定の感覚で据えてくれれば、痛みの逃しようもあるのに。
「質問には考える努力をしてからお答えなさいと、お小さい頃から申し上げているでしょう」
「~~~ここに、連れてこられると、お仕置きが待っている。だから、ここにたどり着くまでの時間すらお仕置きの内とする為と、そう思っていたが?」
「・・・まあ、お仕置きをされる側としては、正解です。ですが、今の質問の答えは、お仕置きを課す側として、今日のアーサー様のようにならない為でございますよ」
「今日の私?」
「はい。お仕置きを課す側も人でございますれば、怒りもするし、冷静さを失うこともございます」
「~~~なるほどな」
 その場で怒りをぶつけてしまわないように。
 ここに連れてこられる者はその時間に恐怖と後悔を促されるが、連れてくる者は、冷静さと判断力を取り戻す時間となる。
 当時のモートンは、例え平手でのお仕置きであっても、必ずここに連れてきた。
「最近、その場で平手を執行された記憶があるが? 痛い!」
 空いた間に油断して、つい声が漏れてしまった・・・。
「私めも、ようやく判断力が身についてまいりましたので、最近は平手ならその場でさせて頂いております。・・・まあ、今頃になって、アーサー様にお仕置きすることになるのは、想定外でございましたがね」
 それはこちらのセリフだ・・・と、フォスターは口の中で呟く。
「アーサー様が、ヴォルフ侯を弟のように思っていらっしゃることは、大変喜ばしいのですが・・・」
「いっ~~~・・・!」
「どうも、こう、兄弟、喧嘩の、感が、否めない、場面が、時折、見受け、られます、な」
 切った言葉の回数分だけ据えられて、フォスターは堪らずオットマンから逃げ出した。
「痛いよ、お前! 続け様は勘弁してくれ!」
 床に丸まってお尻を擦る自分を客観視すると、大変情けないが、痛いものは痛い。
「随分と加減したのですがね」
「わかるけど、痛いんだって!」
「ほお。手加減しても痛いケインを、感情のまま振ろうとなさったのは、どなたですかな?」
「~~~」
「さて。両方とも持ってくるようにとのお言いつけでしたので・・・」
 ケインを壁に戻したモートンが、手にしたパドルで自分の手の平を打った。
「次は手加減したパドルを味わって頂きましょうか」
「~~~もう、わかったから・・・、降参だ、モートン。私が悪かった。もう二度と、感情のままにヴォルフに当たらない。約束する。するから・・・」
「・・・誓いますか?」
「誓う! だから、許してくれ・・・」
「おわかりかと存じますが、立てた誓いを破るようなことがあれば・・・」
 今度こそ、今の数で済まないケインとパドルの両方を受けねばなるまい。
「誓いを破ったお仕置きは、理解しているから・・・」
「お約束でございますよ。でないと、次は道具など使わずとも、後悔するお仕置きですからね」
 ・・・道具以上に?
 パドルを壁に戻したモートンは、フォスターが逃げ出したオットマンに腰を下ろした。
「~~~そ、それは、嫌だ」
「で、ございましょう?」
 この年になれば、痛みより、膝の上に腹ばいに乗せられて、丸出しのお尻に平手を据えられる恥ずかしさの方が、数段勝る・・・。
「ご自覚が薄いようですが、あなた様もなかなかどうして、大層な癇癪持ちでいらっしゃいますよ。兄弟喧嘩は結構。ただし、弱い弟を力で制圧するような真似はなさいますな」
「わかったよ・・・」
「きっかけを作るのはヴォルフ侯でございましょう。なれど、最初のお声掛けの前には、必ず深呼吸なさいませ」
「・・・」
「まずはお言葉で言い聞かせること。お腹立ちの言い訳もございましょうが、とにかく、息を整えなさい」
「・・・」
「ぶつなとは申しません。けれど、どうか、ご自分の思いや言葉が届いているかどうか、よく観察なさいませ。お仕置きを課す相手の手が痛いかどうかなど、叩かれている者には判断ができないのでございますから・・・」
 ケインの条痕が膨れてきたお尻を、せっせと撫で擦っているフォスターに、モートンが苦笑を浮かべた。
「くっきりとしたミミズ腫れは九本程。後は同化して腫れて、据えられた数もわかりますまい。合計、二十八発据えました」
「~~~話しながら、数えていたのか?」
「無論です。お仕置きとは、課す者が如何に冷静であれるかというもの。そうでなければ、ただ痛めつけているに過ぎません」
「はは・・・肝に銘じておくよ。ところで・・・」
「はい」
「お尻、しまっても良いかな? 恥ずかしいんだが・・・」
「はい、どうぞ」
 クスクスと笑うモートンから目を逸らしつつ、フォスターは下着とズボンを引き上げた。



 居間でモートンの淹れたお茶を口にしながら、フォスターはオリガの行く末を嘆く思いを吐露していた。
「お前にも、イザベルの告白を聞かせてやりたかった。お仕置きの口実ごとワイラーに取り込まれたオリガの制裁与奪は、彼の思うままではないか!」
「・・・はあ」
 今ひとつ気のないモートンの返答に、フォスターは苛立ち顕(あらわ)に髪をかき上げる。
「何故そんなに白けていられる!? お尻を叩くお仕置きが、ただの趣味でしかないワイラーに、オリガは必ず罰を受けるのだぞ!」
「・・・はあ」
「モートン!」
 モートンはフォスターが苛々としながら手を伸ばすケーキスタンドを、主から遠ざけた。
「ワイラー公爵がどのような嗜好の方かは、十分わかりましてございます。けれど、口実を伴って身を寄せたのは、オリガ自身ではございませんか」
「それは・・・!」
 確かに、そうなのだが・・・。
「いくら家の金を自由にできる印璽の場所を知っていても、手を出さねば良かっただけ。警察から逃亡などしなければ良かっただけ。逃亡先でヴォルフ侯に提示されたワイラー公爵家への道を、歩まねば良かっただけ。すべてはオリガ自身が選んで歩んだ道ではございませんか」
 正論だ。
 正論なのだが・・・。
「オリガは悪魔の囁きに抗うことなく罪を犯した。その彼女が自ら好んで選んだ道の先に、仕置き場が待ち構えていたなど、天の裁きと言わずして何と申しましょう」
「・・・・・・」
「命を取られる訳でなし、放っておけば良ろしゅうございます。そこがどのような地獄でも、天の許しが下れば自ずと解放の門は開かれましょう」
 フォスターは不貞腐れて頬杖をつき、涼しい顔のモートンを睨んだ。
「お前がそんなに冷たい男だとは思わなかった。これがもしオルガのことでも、そう言えるのかね?」
「・・・旦那様に追い打ちを掛けるようなことを致したくはなかったので、申し上げませんでしたが・・・」
 更に厳しい顔で睨み返されて、顔を背ける。
「横領事件の調査にて、ヴォルフ家使用人聞き取り調査で明らかになったことがございます。敢えて、その表現をそのままお伝え致しますこと、お許しください」
「・・・何かね」
「ヴォルフ侯に平民の娘の『飼育』を勧めたのは、オリガです。下町に『品定め』に行き、オルガ様を『選定』をしたのも彼女」
「・・・もう良い」
「付け加えるなら、オルガ様に四つん這い歩行を強要する為に、足の裏が腫れ上がるまで鞭で打ち据え、言葉を発する度に煮えた湯を舌に垂らしたのも・・・」
「もう良い! やめろ!」
 両手で顔を覆い、深く俯いてしまったフォスターに、モートンは滅多に見せることのない後悔の表情を浮かべていた。
「・・・申し訳、ございません。これらは、すべて私の胸の内に収めておくつもりでございました・・・」
「・・・ヴォルフは・・・それを、知っていたのか?」
「庇い立てする気はございません。もちろん、ご存知でした」
「モートン!」
 涙をこぼす主人に、モートンは深く頭(こうべ)を垂れた。
「・・・私は、オルガも、ヴォルフも、愛おしいと思っているよ」
「・・・はい、旦那様」
「けれど、すまない。私はまた、ヴォルフを見捨てるかもしれない・・・」
 両手で涙を拭うように顔を撫で上げたフォスターに、モートンは口を閉ざしたままだった。



つづく





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