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オルガ

第十九話 魔性の女の行く末

 ←第十八話 執事と独身貴族 →第二十話 名の無き幼子
 昨日とは一転して、今日のヴォルフ邸は大変賑やかである。
 転職先の決まった使用人たちが、各自引っ越し準備に追われているのだ。
 その陣頭指揮に当たるモートンも、朝から多忙を極めている。
 ただ雑然と荷造りさせるのではなく、彼らの宛てがわれた部屋を大部屋から順に空にさせて、まだ順番が回ってこない者に、そこを掃除させる。
 百余名の引っ越しは、なかなか壮観だった。
 フォスターも邪魔にならないように執務室でオルガの相手をしていたし、これではヴォルフが自室に籠っていても、気に留める者はいなかった。
「ね、旦那様・・・。ご面倒はお嫌いでしょう?」
 ただただベッドに横たわるだけの彼に跨る体は、どうすれば悦んでもらえるのかを知り尽くしている。
蒸気する若い肌が汗ばみ、時折小さく声を漏らす。
「裁判が始まれば・・・あン・・・あなた様も裁判所に出廷なさったり、証人尋問をされなくてはならなくなりますのよ。あ、あぁん・・・」
「それは・・・面倒だな」
「で、ございましょう? ・・・んっ」
「・・・良いぞ、被害届は取り下げてやろう。オリガ、お前は色々面白いことを考えてくれたし、何よりオルガを私のところに連れてきてくれた」
 オリガの心地良さそうな声がピタリと止み、不愉快そうな面持ちとなって揺れていた体も止まる。
 するといきなりヴォルフが起き上がったので、オリガはベッドの下に放り出されてしまった。
 裸のまま傍らのテーブルに向かったヴォルフは、ペンを取り、サラサラと紙の上を走らせる。
「ほら、お前の分。一番賃金の良い屋敷の紹介状にしておいた」
「・・・嫌です。またあくせく働く毎日など、うんざりですわ」
「わがままな女だな。なら、どうすれば満足なのかね」
 ニッと唇に笑みをなぞらせたオリガは、ヴォルフの足に白い腕を絡ませた。
「ヴォルフ侯爵家の養女にしてくださいませ」
 さすがにヴォルフが目を瞬く。
「それはまずい。フォスターが何と言うか・・・」
「一緒にフォスター家について行こうなどと、思っておりませんわ。養女の手続きをしてくださり、私をどなたか裕福な貴族の方に嫁がせてくださいまし。妾で十分でございますから」
「・・・いくら被害届けを取り下げたとて、横領を犯したお前のことは貴族議員会でも話題になっている。そんな女を妾にと望むような貴族は・・・あ」
 思い当たる人物が一人いる。
 昨日会った時、彼はオルガ同様、フォスターの初恋の君にも甚(いた)く興味を示していた。
 これなら、双方の思いも合致する。
「待ってろ」
 ヴォルフはもう一度ペンをとって何か書き始めると、新しい隠し場所から印璽を取り出して 書き上げた手紙に垂らした蝋の上に押し付けた。
 横領犯の目の前で、せっかく変えた隠し場所から平気で印璽を持ち出す辺り、やはり彼が現在のこの引っ越し作業の大騒動に責任を感じていないことが窺える。
 もしフォスターがこの場にいたら、剥くまでもない裸のお尻にさぞかしきついお仕置きを据えられたことだろう。
「これを持って、ワイラー公爵家を訪ねるといい。養子縁組の件は、こちらで進めておく」
「まあ・・・!」
 ヴォルフより更に高位の貴族に近付けるとは、さすがにオリガも考えていなかったようで、童女のように目を輝かせて手紙を受け取ったのだった。
 書いたヴォルフも、受け取ったオリガも、その一枚の手紙が永久に許しの得られない懲罰の門の片道切符だなどと、知る由もなく・・・。



「そもそもだ! どうして逃亡したオリガが訪ねて来た時に、私に相談しなかった!」
「痛い! だって・・・オリガが言うなって・・・痛い!」
「人のせいにしない! 逃亡も罪だということくらい知っているだろう。ちゃんと考えて行動しなさい!」
「痛い~~~!」
 長くなりそうなお説教と同時進行なので、極力間を開けて叩いてはいるが、それでもそろそろ百に到達しそうだ。
「私に怒られるとわかっていたから、私に黙って話を進めていたのだろう。以前、オルガを叱った時に、聞いていなかったのか? いけないこととわかってやる行為は、ダメ。それを隠そうとする行為はもっとダメだって、オルガもたくさん叱られていただろう」
「き、聞いてたけど・・・あれはオルガに言ったんだろ! ひっ! 痛い~~~!」
 ああ、もう。この侯爵様は、自分の身に置き換えて考えるということすら知らないのか。
 そこから躾ていかねばならないなど、先が思いやられる。
「他者が叱られたことと同じことをしたら、お前も叱られるんだ。というか、コソコソしていたということは、自分が叱られるかもしれないと、薄々わかっていたのではないか?」
 ピシャンっとお尻を叩いてやる度に、ヴォルフがどうにか膝から抜け出そうとするのを、もう片方の手で腰を押さえ込んで遮る。
「ふえ・・・痛い・・・、も、やだ・・・痛いよぉ・・・」
 上半身を真新しいベッドに預ける形でフォスターの片膝に腹ばいにされるヴォルフは、シーツに救いを求めるように抱きしめて、途切れ途切れに声を漏らした。
 泣き声もすっかり元気がなくなり、涙を含んだ息をしゃくり上げるのが精一杯の様子。
 ズボンも下着も捲られて丸出しにされたお尻は、とうの昔に真っ赤に染まっている。
「痛いじゃない。ごめんなさいは?」
 一際鋭く振り下ろした平手がお尻に小気味よい音を立てると、ヴォルフの顔が跳ね上がった。
「ぅわあーーーん! ごめんなさいーーー!」
 やれやれと首を振ったフォスターはヴォルフを膝から下ろしてやり、ズキズキとする手の平の節をもう片方の手で擦った。
 まったく・・・彼がヴォルフ邸からフォスター邸に移り住んでわずか3日で、彼の為に用意した寝室をお仕置き部屋として使用することになろうとは。
 ヴォルフは床にお尻をつくのも痛いらしく、膝立ちでお尻を擦って泣きべそをかいている。
「で? 何がごめんなさいなんだ? 言ってみなさい」
「・・・お前が言えというから・・・」
 フォスターの深い吐息に、ヴォルフはビクリと首を竦めた。
「まだまだお仕置きは終われんな」
「もうやだ! お尻痛い!」
「そうだなぁ・・・、痛くて何も考えられないようだし・・・」
 フォスターは壁を指差した。
「そこに立っていなさい」
「そんな叱られん坊みたいな真似、できるか!」
「叱られん坊だろうが。なら、また乗るか?」
 膝を叩く仕草を見て、ヴォルフは渋々とズボンを引き上げながら壁際に立った。
「壁を向く。両手は頭。誰がお尻をしまっていいと言った? 招かれた先で叱られた子息子女がこうされているのを、見たことくらいあるだろう」
「あれは小さな子供じゃないか!」
「お前はその子供と変わらないのだよ。さっさとしなさい。でないと・・・」
「~~~わかったよ!」
 せっかく引き上げたズボンをずり下げて自らお尻を晒す屈辱に、ヴォルフは歯ぎしりしたが、直後に表情を緩ませた。
 フォスターも彼が顔を向ける壁にもたれて、傍で立ってくれたからだ。
「まったく・・・何だってこんなことを・・・」
 ため息混じりの呟きに、ヴォルフが上目遣いを向けた。
 フォスター家に来た直後から、彼がヴォルフ家の顧問弁護士を頻繁に呼びつけていたのは当然知っていたが、屋敷の売却の件もあるし、住まいも変わる。
 そもそも当の犯人が逃亡中とは言え横領事件の裁判準備もあることだし、顧問弁護士との打ち合わせは当然のものと思っていたら・・・。
「どうして、横領事件の被害届けを取り下げたりした」
「だって・・・オリガに償わせたところで、金は戻ってこないじゃないか。屋敷を売って片がつくのだし」
「だからと言って・・・」
「・・・オリガは唯一、私の傍から離れていかなかった。退職金代わりと考えてやっても良いと思った」
 寂しかった自分に歪んだ形であれ寄り添った女性を、彼なりに感謝しているらしいと察し、フォスターは宙を仰いで息をついた。
「あのな、ヴォルフ。お前がオリガに礼をしたかったなら、むしろ、法に則った裁きを受けさせるべきだった」
「オリガは刑務所や仕置き館に繋がれたくないって言っていた。裕福で地位もある家に嫁ぎたいって。彼女が望むようにしてやった方が、喜ぶじゃないか」
「使用人の横領罪なら刑務所でも三年程で出られた。仕置き館なら、更生次第で半年だ。それをよりによって、ワイラー卿のところだなど・・・」
「・・・なんで?」
 ヴォルフの数々のご乱行は、彼に悪気の欠片もないせいで隠されることなく行われ、国王の耳に届くほど有名な話であったが、対してワイラーは巧妙だった。
 司法を巻き込んだ仕置き館設立然り、最近になって彼が着手している女性使用人や貴族の奥方や年頃の姫君を対象としたマナー教室とて、さも正しい奉仕の慈善事業の形態をとっているが・・・実態は、ワイラーの趣味を満たす為の場所。
 人々が眉をひそめるヴォルフの女性を貶める行為と違って、彼のやり方はあくまでもお尻に戒めを与えて改心に導くという崇高な名目として遂行されている。
 貴族の間ではかつての仕置き館の実態を知ったフォスターくらいしか、彼がその空間で行われることを楽しんでいることに、気付いている者はいないだろう。
 そんな場所に、他家の使用人ないし、奥方や姫君として送られるならまだしも、当のワイラーの身内となってしまえば・・・。
「・・・フォスター?」
 苛立ちを読み取ったか、ヴォルフが不安そうな面持ちを向けている。
「・・・信じなさいと、言っただろう? お前を見放したりしない」
「~~~見放さないと、こうやって叱られるの?」
「・・・まあ、そうなるな」
「~~~どっちもやだ・・・」
 見放されたくないし、叱られたくもない。
 駄々っ子のようにしゃがみこんでしまったヴォルフに、苦笑。
 叱られないようにすれば良いだけのことなのに、彼は自分がどうあれば叱られないのか、理解できていないのだろうし、見放されないことがどうして叱られることに通じているのかすら、よくわかっていないのだとフォスターは思う。
 先行きは長そうだ。
 できることなら、こんな痛い思いをさせないで彼を育て直してやりたいとは思っているが、同い年の中にいる幼子は、なかなかに手強い。
「・・・まずは、お前がオリガをどんなところに送り込んでしまったのか、理解する必要があるな」
「どんなって、我が侯爵家より高位で貴族議員会重鎮の、ワイラー公爵の館だ」
「待っていなさい。ほら、まだお仕置き中だぞ。ちゃんと立つ」
 不服満面で指示通りの姿勢に戻ったのを確認し、フォスターは執務机の上の電話を手に取ると対応に出た交換台に電話の通話先を告げる。
「もしもし、フォスターです。ヴィクトリア、お願いがあるのですが。イザベルの外出許可をいただきたく・・・はい、迎えをよこしますので、フォスター家においでいただきたいのです。・・・え?」
 受話器の向こうのヴィクトリアに見えようはずもないのに、フォスターは知らず知らずの内に、大仰な身振り手振りとなっていく。
「ち、違います! そういうことではなく・・・! 聞いてください! イザベルに話をしてもらいたい相手がいるのです! ・・・は? 何故私が遠慮など・・・! ですから、私がイザベルに会いたいわけではなくてですねぇ・・・あ!」
 一方的に切られた電話の虚しい通信音に、フォスターはガリガリと髪を掻きむしって、受話器を些か乱暴に電話に戻す。
「何が、『ああ、そのままお屋敷に留めおけばいかが?』だ。『私に遠慮など無用ですわ』だ!」
 腹が立つ。
 あの楚々とした清廉な女性が、こうまでわからず屋の頑固者だなどと、思いもしなかった。



 イザベルを通した応接間に、ヴォルフを連れていく。
 事の顛末をイザベルに聞かせ、彼女がその身に受けた地獄のような日々を彼に話して欲しいと促した。
「・・・思い出したくもないけどね」
「すまない」
「良くってよ。アンタが私を助け出してくれた恩もあるし」
 イザベルの口から紡ぎ出される、ワイラー公爵家での日々。
 以前も軽い世間話のように話してくれたが、実際は朝を迎えることすら慄くような日々だったらしい。
「彼は『理由』を欲するのよね。己が感情の赴くままに女性に非道を課すヴォルフ侯爵と違って、お尻を赤く染め上げる為の明確な理由が欲しいの」
 相手の顔色を窺っていれば済むなら、おそらく、ヴォルフの癇癪の方がマシではないかと、イザベルは続けた。
「ワイラーは見ている、相手の一挙一動。聞いているわ、相手の言葉」
 毎日、毎時間、お仕置きを課す理由を探すために。
 ほんの些細な理由でもいい。こじつけでもいい。
 相手に反論の余地を与えない。
 いや、反論すれば、それもお仕置きの理由に連ねられる。
「私は放蕩で散財して、彼に痛手を与えたという理由があったから、それで幾度もお尻を腫らされたのだけど・・・同じ理由ばかりじゃ、飽きてしまうみたいでね。彼の監視の目が、本当に怖かった。自分がいない間も元懲罰塔の職員を配置して見張らせて、気が休まる日など一日もなかったわね・・・」
 ワイラー邸で受けた折檻地獄を、イザベルは赤裸々に二人に話して聞かせた。
 聞くに耐えない内容に、フォスターは終始眉をひそめて、苛立ちを紛らわせるべく足を揺すっていた。
 ふと見ると、ヴォルフは恐怖に顔を引きつらせて、時折お尻を擦っている。
 彼自身も随分な蛮行を人に課しておいて・・・とは思うが、その痛みを知った今は、何かしら感じ入るものがあるらしい。
 この調子で、我が身に置き換えて考えるということを学んでいって欲しいものだが・・・。
「イザベル、すまなかったね。辛い上に、人にそんな話をするなど、恥ずかしかっただろうに」
「いいわよ、別に済んだことだし。さて、そろそろ帰るわね。ヴィクトリアがやきもきしてお待ちかねだろうから」
 ソファから立ち上がったイザベルに彼女の帽子を差し出すと、彼女がやおらグイと顔を寄せてきたので、慌てて体を離す。
「やめてくれ! またヴィクトリアのご機嫌を損ねるじゃないか」
「そうねぇ。私がここに出掛ける時だって、大層ご機嫌斜めだったし?」
 先程の電話でのやり取りを思い出し、ため息。
「なんか、純粋すぎて手の貸しようがないのだけれど・・・お互い、早く気付いた方が良くってよ」
「気付く? 何に?」
「教えない」
 帽子を被ったイザベルが手を差し出したので、紳士としてその手を取り、玄関まで誘(いざな)う。
「アンタとやり合った日のヴィクトリア、あの後、大変だったんだから」
「え?」
「神に仕える自分が苛立ちで人様に声を上げて口論するなど、魔に魅入られた証とかなんとか言って、マザーにお仕置きを願い出たのよ」
 フォスターは怖くなってやめたというのに、あの女性はそれを執行したのか。
「多分、今夜もそうなるでしょうねぇ」
 黙りこくっているフォスターの鼻を、イザベルが摘んだ。
「あれって、魔に魅入られたんじゃなくて、誰かさんに魅入られたと思うのだけど? あれでは、アンタに会う度、ヴィクトリアのお尻は真っ赤に腫れてしまうわね」
「・・・では、会わない方が良いね」
 イザベルが目を瞬いて、呆れたようにフォスターの頬を軽く叩いた。
「神様とやり合う覚悟がないなら、そうなさいな。じゃあね」
 車中の人となったイザベルを見送って、フォスターは天を仰いで吐息を漏らしたのだった。



つづく





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~ Comment ~

NoTitle

 マザーにお仕置きを願い出て、自らお仕置きされるグランドマザー!?
な・・何とも萌える!?ぜ、是非見てみたいです!!

Re: NoTitle

主水さん>

お久しぶりです。

このタイミングでそのリクコメントですか・・・(;^_^A
次話分そこを書いている途中で、焦りました( ̄▽ ̄;)

読んでくださりありがとうございました。
ご期待に添えるかわかりませんが、次回、それです。
楽しんでいただければ幸いでございます|゚Д゚)))

  • #29 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.10/17 14:56 
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