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オルガ

第十三話 国王と陳情書

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 こういう時、やはり伯爵家と侯爵家の身分の違いを感じる。
 伯爵家からの謁見願であれば数ヶ月は順番待ちとなるが、この度のヴォルフ侯爵家からの謁見願が叶ったのは、わずか半月後。
 少々油断した・・・。
 本当なら国王に謁見するまでに、もう少しヴォルフ領の手当ての方策を具体化しておきたかったのに。
 毎日のようにモートンと話し合ってはいたのだが、どれが最善の策か迷うばかりなのだ。
 長年ヴォルフ家を領主と仰いできた領民たちの気持ちを慮(おもんばか)ると、簡単に売り払ってしまうのも躊躇われる。
 少しでも領地を残してと考えていたが、売られた側の領民のことを考えると踏み切れない。
 踏み切れないから、売買交渉にも着手できず仕舞いで今日まで来てしまった。
「怖い顔だな。緊張しているのか? 伯爵ごときが陛下のプライベートスペースに立ち入るのは、初めてだものなぁ」
 確かに初めてだが、ヴォルフのこの態度ときたら・・・。
 屋敷ではしおらしくしているくせに、宮殿という身分が絶対の場所にきてはフォスターがいつものように叱りつけられないとわかっているものだから、ご機嫌だ。
 彼と彼の背景の進退を思い悩んでいるというのに、当人は至って呑気なもの。
 一緒に暮らそうなどと、ギリギリまで本人に言うべきではなかった。
 自分の先行きに不安がなくなったものだから、山のようにある事後処理に関心を示さない。
 屋敷を手放す前に、使用人たちの紹介状を書けと言っているのに、遅々として進まないくらいだ。
 そろそろ、お仕置きかな・・・と思っていたところへ、これだ。
「ヴォルフ卿」
「何かね、フォスター卿。わからないことがあったら、何でも聞くといい」
「そうですね。何よりわからないのが、ご自分のご領地の件を他家に丸投げで、無関心な侯爵様の躾け方なのですが」
 鼻歌交じりに回廊を歩いていたヴォルフの歩が止まる。
「やはり、帰ってからお仕置き・・・というのが、一番でございましょうか」
 振り返って見れば、頬を紅潮させたヴォルフがお尻を両手で庇って睨んでいる。
「~~~国王陛下に言いつけるからな」
「どうぞ、ご自由に。そんな無礼者のところに、侯爵様を住まわせることはできぬと、ご判断なさるかもしれませんがね」
「卑怯者・・・」
「何とでも。さあ、参りますよ。国王陛下をお待たせしては大変です」
 フォスターは実に恭しく一礼し、膨れ面の侯爵様に道を譲った。



 参った。
 国王への謁見の際は私欲にまみれた陳情がなされぬように、立ち会いの高位貴族が同席するのが常であるが、よりによってワイラー公爵とは。
 彼とは数ヶ月前に、仕置き館の一件でやり合ったばかりなのだ。
「やあ、フォスター卿。いつぞやは、随分と世話になったねぇ」
 また始まった。
 議会や招待先のパーティーで顔を合わせる度に、ネチネチと同じセリフを聞かされる。
「如何かね、仕置き館主宰の座の座り心地は」
「私は相談役に過ぎませぬので・・・仕置き館の運営は、すべてグランドマザーにお任せしております」
「あまり手ぬるい運営方法では、せっかく司法の信頼を得た仕置き館も進退を危ぶまれるのではないかね?」
「そこは、創始者たるワイラー卿がお築きになられた確固たる知名度でお守りいただいておりまする。私のような若輩の力だけでは、このような順調な日々は過ごせませんでしょうね」
 一見静かなやり取りだが、彼らの間の火花はなかなかの閃光を散らしていた。
 そんな二人を黙って眺めていた国王は、遂に堪えきれなくなったように吹き出すと、声を上げて笑い始めた。
 確かフォスターの一回り年長である国王の、その若さに準じた快活な笑い声。
 こんなに朗らかに笑い声を上げるのを、フォスターは初めて聞いた。
 フォスターが会う機会はいつも彼が公務の場であるから、わきまえているのだろう。
 本来はどうも大変明るい人柄であることが、その笑い顔から見て取れる。
「陛下、私の場とは申せ、臣下の前ですぞ。少々お控えください」
 ワイラーが咳払いを以てして、諌めの言葉をかける。
「ああ、すまない。いや、うん、前々から、一度ゆっくり会ってみたいとは思っていたが・・・うん、ははは、やはり面白い男だな、フォスター卿」
「私が、で、ございますか?」
「慇懃無礼と言おうか、媚びへつらうことを知らぬと言うか・・・実にいい」
「はあ・・・」
 褒められたように思えないが。
「まあ、立ち話も何だ、掛けたまえ」
 ワイラーとヴォルフは場馴れしているが、国王の気安い態度にフォスターはさすがに恐縮してしまう。
「さて。君たちが火花を散らしている間に、ヴォルフ卿から陳情内容は聞いた。ヴォルフ卿、此度の領地の件、聞き及んではいたが災難であったね。領民が皆無事だったそうでなによりだが」
「かようなお言葉を頂戴し、痛み入ります」
 普段から爵位の上下にうるさいだけのことはあり、国王に対する姿勢はやはり完璧なヴォルフである。
「で、陳情の件だがね・・・」
 またしてもクスクスと笑い始めた国王に、ワイラーが更に大きく咳払いした。
「下位の者の屋敷に高位の者が間借りとはねぇ。前例がないな」
 笑いを収めた国王は、そう言うと顎を撫でてフォスターとヴォルフを眺めた。
「なんですと? そんな馬鹿馬鹿しい陳情に、貴重な陛下のお時間を・・・」
 下位の二人を睨み据えたワイラーに、国王がヒラヒラと手を振った。
「結論から言おう。構わんよ。良きに計らえ」
「陛下!!」
「大きな声を出さないでくれ、ワイラー卿」
「しかし、前例が・・・!」 
「前例とは、前例を作らねば、いつまで経っても前例無きままではないか」
「それはそうですが・・・」
「これが私欲による嘆願であれば払うがね、フォスター卿は今のヴォルフ卿に恩を売ったところで、何の利もない。ヴォルフ卿はフォスター卿の世話になったところで、同じく利益が生まれるでもなく・・・それでも双方がそうしたいと言うのだから、別に良いではないか」
「でしたら! ヴォルフ卿は我がワイラー公爵家が引き受けまする。遠いとは言え、縁戚関係でございますれば」
「広大な領地を保有する両卿が結ぶ方が、私としては脅威だね。二つの領土が合わされば、我が王土に匹敵しよう」
 ワイラーは閉口するしかなくなり、不機嫌そうにソファに深く身を委ねた。
「それで? ヴォルフ領地の手当ては如何する方針かね?」
 さすがは年若くともワイラーを黙らせるだけの国王だ。
 ヴォルフ領の今後を模索しているのが、当の領主ではなく伯爵家側であると見抜いているらしく、その質問はフォスターに向けられていた。
「恐れながら、現状ではお答え致しかねまする。民草を思えば一刻も早く結論を出すべきなのでございましょうが、民草があればこそ、物のように気安く売り買いができませぬ故・・・」
「なるほど。それに・・・ヴォルフ領ほどの大きな領土を一纏めに買い上げられては、ただでさえ力をつけてきている商人の牽制が更に強まる。封建制の我が国には好まざる事態の引き金となろうな」
「仰る通りにございます」
「まあ、いずれは民主制も良かろうが、現状では商家のみが富を独占した、貧富の差ばかりが際立つ国となるのは必然。そこでだ・・・」
 国王はニヤリとフォスターを見つめた。
「君が商人たちと対等に渡り合える手腕を持ち得ると、噂に聞く。それを以てして、ヴォルフ領を商人に貸し与える・・・というのは、どうだろう?」
 思いがけない提案に、フォスターは目からウロコが落ちた思いで身を乗り出した。
「昨今、工場の機械化が目覚しく、どこも大規模工場地を欲している。ヴォルフ領などは綿花の作付面積も大きいのだし、繊維工場を誘致してはどうかな。まあ、繊維工場に限らずとも、いくらでも候補は募れるだろう。工場は彼らが勝手に建ててくれる。ヴォルフ卿は地税と収益よりの税金を徴収。これを返済と農地の復旧援助金、更に農地や漁村の運転資金に充てる」
 なるほど。安定した収入源が確保できれば、計画的な返済が組める。
 工場誘致となれば雇用も生まれて領民は増え、更なる税収を呼ぶだろう。
 そして、領民は昔と変わらずヴォルフ領の元で暮らせるのだ。
 ヴォルフ自身は昔のような贅沢はできないが、領民の安寧を考えれば上策。
「・・・恐れ入りましてございます・・・」
「私の策は採用してもらえそうかな?」
「帰ってさっそく当家の執事と相談致したく存じます」
 国王が目を瞬き、ヴォルフは目を丸くし、ワイラーは目を剥いた。
「フォスター・・・、失礼だぞ」
「フォスター卿! 無礼にも程があろう! 陛下のご助言を、家令に相談とは何事か!」
「ははは! 良い良い。やはり面白い男だよ、君は。ああ、そうだ。面白いといえば・・・」
 どうも笑い上戸らしい国王は、ヴォルフ侯爵家からの謁見願の豪奢な封筒をテーブルから取り上げて振った。
「ヴォルフ卿、一度の謁見につき陳情はひとつの決まりだが、これは何かね?」
「さて? 何か紛れておりましたか? それは大変失礼を」
 天井を仰ぎ見て素知らぬふりのヴォルフに、国王が笑う。
「君の陳情ではないから、二つではないとも言えるがね。しかしまあ、可愛らしい陳情もあったものだ。この署名は・・・オルガと、読むのかな?」
 肘掛に掛けていたフォスターの腕が滑り落ちる。
「ふふ、拙い文字だが、一生懸命なのが伝わるねぇ。『おしりぺんをしてはだめと、きめてください』だそうだ」
 フォスターは苦虫を噛み潰したような顔をヴォルフに向けたが、彼は知らん顔で従僕が用意したお茶をすすっている。
 この男、国王がこういう人柄なのを知っていて、オルガをそそのかして手紙を書かせ、謁見願の封筒に忍ばせたに違いない。
「なんとまあ可愛らしい嘆願だろうねぇ。これは一考せねばならんな。この後の議会で議題に上げようか」
 どうも本気らしい国王の言葉に、席を立った者が二人。
「お待ちください、陛下」
「言ってきかせて済むのであればお尻を叩く必要などないものを、それでも聞かぬから、そういうお仕置きをされるのでございましょう」
「王家然り、貴族の子息子女然り、昔からそうやって厳しく躾けられてきた者が大半でございます」
「少々痛い目をみせる必要に駆られた時、より安全な場所がお尻であるからこそ、ずっと廃れることなく躾に適用されてまいったのではと、愚行いたしますが?」
「そもそも、私めが創立致しましました仕置き館は如何お考えです。ただ獄に繋いで重労働を貸し、戒めが必要となれば、うら若き娘の背中を鞭で打ち据えろと仰いますか」
「お尻をぶって叱らずとも、良い子にしていてくれるならいざ知らず、私が持て余す二人は、一筋縄でいく相手ではございません!」
 まさに矢継ぎ早の反論に、しばし圧倒されていた国王は、ヒラヒラと二人に手を振って見せて苦笑した。
「君たちがそんなに気の合う様を、初めて見たな」
 ハッと我に返ったフォスターは、ワイラーと視線を交わした。
 まさか、この男と共同戦線を張る羽目になるとは・・・。
 おそらくワイラーも同じことを考えているのであろう。
 片手で顔を撫でて溜息をついている。
「しかしまあ、フォスター卿。まだ独身の君が子育てに奮闘しているとは、思いも寄らなかったよ。しかも二人とは、ご苦労なことだね」
「・・・はあ。恐れ入ります」
 最後は思わず私情が丸出しの見解となってしまったが、フォスターとしては実に切実な問題だった。
「言って聞かせてわかってくれるのなら、お尻を叩くような躾け方を、全面禁止していただいても、私はまったく構わないのですが・・・」
 ジロリとヴォルフを睨んだが、彼は目を合わせないように窓を見ている。
「一人はこのオルガという娘か。そしてもう一人が・・・。ははぁ、なるほどねぇ」
 彼らの様子に、国王は粗方の察しがついたらしい。
「ヴォルフ卿、あまりフォスター卿を手こずらせてはいけないよ」
「はて。何のことやら、わかりかねます」
「君のご乱行が最近聞こえてこないのは、領地の一件だけではなかったか。となると、お尻叩きのお仕置きは、効力ありということだ。残念だったね、ヴォルフ卿。君の企ては失敗に終わったよ」
「~~~別に、企ててなど・・・。オルガが私の知らぬ間に、手紙を忍び込ませたのです。私は何も存じませんでした」
「そうやって、白を切り通そうとするから、痛い目を見るのではないかな?」
 まるで子供にするように、にっこりとヴォルフに微笑みかけた国王は、フォスターを振り返った。
「さて。私はこの後の議会の草案を見直さねばならんからね、これで失礼するよ。君たちも議会まで時間があるだろうから、ここでゆっくりしていくといい」
「~~~陛下!」
 ヴォルフが悲鳴に近い声を上げる。
「ヴォルフ卿、何もわからないでした子供の行為であれば、まずは言って聞かせるが定石。しかし、うちの王子や姫が悪さとわかってやった上で誤魔化すようであれば、私も容赦しない質(たち)でね」
 国王が扉の前に立った気配で、侍従たちがドアを開ける。
「うん? ワイラー卿? 何をしている、参るぞ」
「え? いや、私めは・・・」
 国王陛下、彼はこの後にこの部屋で行われるであろう事態を、見物したいのですよ、趣味だけに・・・。
 内心で呟いて、フォスターは呆れて吐息をついた。
 こんな男と一度でも意見の一致をみたことが口惜しい。
「いいから私を手伝ってくれたまえよ。草案の意見が聞きたい。行くぞ」
 致し方なしといった様子で、ワイラーも渋々ながら部屋を後にした。
 そして、とうとう二人きり。
 ヴォルフがゴクリと息を飲んで恐る恐るフォスターに顔を向け、即座に青ざめた。
 フォスターの背後に揺蕩う何かが、ハッキリ見えたのだ。
 おそらくそれは、怒りが発するオーラのようなもの。
「こ、ここは宮殿だぞ!」
「・・・一つ。オルガをそそのかした」
「ここでは何より爵位が物を言う!」
「・・・二つ。国王陛下のご気質を利用して、自分の思い通りに事を運ぼうと企てた」
「私はお前より高位の侯爵だぞ!」
「・・・三つ。企てが露見したら、オルガに罪を着せた」
「手など挙げてみろ!? 無礼打ちになっても、文句は言えんぞ!」
「・・・四つ。これは割れた皿ではなく、故意に割られた皿」
「皿の話などしていない! 私の話を聞いているのか!?」
「・・・五つ。頑として謝らぬその態度!」
 ビクリと首をすくめたヴォルフに、フォスターは悠然とソファに身を委ねて膝を叩いて見せた。
「自分から来られれば、ズボンの上からで勘弁してやろう。議会まで時間があるからな」



 議会の間、フォスターはジンジンとする右手を水のグラスを握って冷やしていた。
 見れば、上席に座るヴォルフは、ずっと落ち着かない様子だ。
 まったく、せっかく恩情を与えたというのに、往生際の悪く逃げようとするからだ。
 議会の開始まで一時間余り、丸出しのお尻にたっぷりと思い知らせてやった上に、いくら上質のクッションが施された椅子でも、議会の間座り続けているのはきつかろう。
 それに、国王が援護射撃とばかりに、やたらと質問を飛ばして議会を長引かせている気がする。
 時折、顔をしかめてお尻を擦るヴォルフを見ていると、少し可哀想になってきた。
 仕方ない。
 帰ったら、濡れタオルを用意させて、お尻を冷やしてやろう・・・。



つづく





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