オルガ

第十二話 割れた皿

 ←第十一話 許しの心 →第十三話 国王と陳情書


「モートン、試算の結果は」
「は、今後、農地が通年通りの収穫高を確保できる見込みは早くとも10年後。その間に膨らんだ利子すら、賄えそうにございません」
「・・・そうか」
「今回の援助金の借入だけなら、まだ見通しも立ったのですが、何しろ、この数年で横領された元金が足を引っ張りますな」
 ヴォルフ領の地図をテーブルに広げ、額を付き合わせたフォスターとモートンのやり取りを、ヴォルフは上座の執務椅子から眺めていた。
 彼らが議論を交わすその背後には、先程フォスターに捕獲され、モートンが用意したエプロンドレス姿のオルガが半べそで立たされていた。
 会議前にフォスターの膝の上で裸のままたっぷりとお尻をぶたれたせいで、両手はずっとお尻を擦っている。
「モートン、早めに買い手のつきそうな場所は、どこだと思うね?」
「漁村でしょうな。こちらはヴォルフ侯爵のご裁量で、いち早く数隻の漁船と漁の道具一揃え、更に出荷用の運搬船が買い揃えられ、すでに通常の機能が回復しております故」
「ほお。ヴォルフ、良い判断だったな」
 フォスターに褒められて、ヴォルフは少し照れたように窓を見た。
「別に・・・領地へ赴いた時、漁村の長老から進言があったのを採用しただけだ。時化の後は大漁が見込めるから、まずはその収益で農村部への復旧資金を工面してはどうかとな」
「ふむ。やはり、地の人々の意見は学ぶべきところが多い。・・・ところで、ヴォルフ。さっきから、私とモートンはお前の領地の今後を模索しているのだが?」
「ああ、大儀である」
「~~~違う。お前もこっちにきて、話に加われと言っているんだ」
「意見なら、ここでも言える。お前はこの私に、執事ごときと同じテーブルにつけというのか」
 フォスターは顔を一撫でして、大仰な吐息をついた。
 そんなことではないかと思ったのだ。
 まったく、この侯爵様は、今ひとつ自分の状況を把握できていないのだから・・・。
「旦那様、私めは後ろに控えております故・・・」
「モートン、君はそのままでかまわん。座を下りるべきは、お前だ、ヴォルフ」
「何を言い出すかと思えば、馬鹿馬鹿しい」
 フンと鼻を鳴らしたヴォルフに、フォスターはガリガリと頭を掻いた。
 確かに、今まで通りなら、ヴォルフの言い分が貴族社会では最もなのだ。
 執事と席を共にするようなフォスターの方が、少々枠からはみ出ているという自覚もある。
 しかしだ。
「私たちは、少しでもヴォルフ領を残せるように算段している。だが、状況は厳しい。少なくとも、この屋敷は売り払わねばならんだろう」
「ああ、そのつもりだが?」
「ここで働く百名を超える使用人を連れてはいけんぞ。彼らには紹介状を書いて、別の屋敷に転職してもらうしかない」
「わかっている」
「つまり、お前は借家に一人住まいとなる」
「しつこいな」
「・・・・・・では聞くが、お前は自分で食事の支度ができるのか?」
 ヴォルフが目を瞬いた。
「そもそも、お前は自分で服が着られるのかね?」
 自分が身にまとうスーツを見つめ、ヴォルフが愕然とした顔を上げた。
「ど、どうしよう、フォスター・・・」
 やれやれだ。
 侯爵様は、やっと事の重大さに気づいてくれたらしい・・・。



 オルガはすっかりご機嫌でフォスターの首にまとわりついてくる。
「ね? ほんと? ヴォルフ、ふぉすたのお家に、一緒に暮らすの? ねぇ、ふぉすた」
 どう考えても、借家に一人住まいなどさせられそうもないヴォルフを、フォスター家に住まわせる・・・と言ってはみたものの、正直、頭が痛い。
 没落貴族が他の貴族・・・しかも、当人より爵位の低い貴族の屋敷に間借りするなど、この国に前例がないのだ。
 国王に直に嘆願しても、許可が下りるかどうかわからない。
 オルガを同席させていたのがまずかった。
 もし国王の許可が得られなければ、フォスターはオルガに嘘つきの烙印を押されて、今後、躾の言葉も聞き入れてもらえないこと請け合いだ。
「いや、あのね、オルガ・・・。まずはヴォルフ領を少しでも残す方が先決だから。領地の城を残せれば、そこに少ないなりの使用人を雇って、ヴォルフはそこで暮らす方向も・・・」
「いや! ヴォルフはふぉすたとオルガと一緒にいるの! ね、ヴォルフも一緒、いいよね?」
 ああ、ヴォルフ、頷くな・・・。
 フォスターは額を押さえてモートンに救いの視線を投げかけたが、彼は知らん顔で借用書に目を通している。
 つい、勢いで言っただけなのに・・・などと言ったら、帰った後にお仕置き部屋に連れて行かれそうな気がするので、口には出さないが。
 勢いで軽はずみなことを口にしてはならないと、散々躾けられてきたのだから。
「ああ、もう・・・。オルガ、ヴォルフと一緒に住める様、国王陛下にお願いしてくるから・・・」
「こくおうへいか?」
「一番偉くて、この国のお約束を決めるお方だよ」
「おやくそく?」
「あれをしましょうとか、これをしてはいけませんとか」
「ふーん? じゃあ、オルガもいく」
「だーめ。国王陛下にお会いできるのは、決められた人だけだからね」
「なーんだ」
 つまらなさそうにフォスターから離れて出て行ってしまったオルガの背中を、恨めしく眺める。
 つまらないのはこっちだ。
 ヴォルフがいて尚、珍しくフォスターに甘えてきて、こんなにアッサリ離れていってしまうこともあるまいに。
 がっかりしているフォスターの肩を、ヴォルフがつついた。
「・・・なあ、フォスター。国王陛下への謁見願なら、侯爵家からの方が早く叶うが・・・」
「え? ああ、そうだな。じゃあ、お前が書いてくれ。印璽(いんじ)後、モートンが宮廷に届ける」
「ではモートン、印璽をこれへ。隠し扉は地下のワインセラー奥。中の金庫の番号は・・・」
「ちょっと待て」
 唖然として、フォスターは彼の言葉を遮った。
「印璽はその家の主を証明するもので、印璽の押された書簡は主の意向を全面的に反映させたという証だぞ」
「そうだが?」
「そうだが?じゃない! それを第三者に取ってこさせようなど、迂闊にも程があるぞ!」
「だって、自分で取りに行くなど、面倒じゃないか」
「~~~」
 おかしいと、思っていたのだ。
 ヴォルフ侯爵家として借り入れをしたなら印璽は必須で、入れ替わり立ち替わりする執事たちが簡単に家名を使って借りられるはずがない。
 借入時にヴォルフ自身が立ち会わなくても、借用書にはヴォルフ自身が押した印璽があらねばならない。 
 それなのに、ヴォルフはこの窮地に立たされるまで、借金の存在を知らなかった。
 てっきり、内容もろくに確かめず印璽をついたのだと思っていたが、いくら何でも借用書が多すぎる。
つまり、こうも簡単に第三者に印璽を取りに行かせようとする様子をみるに、横領犯は自分で印璽を押すことが可能だったということ。
「・・・ヴォルフ、ちょっと来なさい」
 彼の膝を叩く仕草に、ヴォルフが顔色を変えて後退る。
「な、なんで!?」
「この度の大事、先の借金すらなければ、どうにか返済可能だった。それが領地を売らねば賄えない額となったのは、累積される横領金が起因していることは明白だ」
「そうとも! 被害を被っているのは、こちらだ!」
「その原因はお前だろう。己が怠惰に任せて、うかうかと印璽の在り処を入れ替わりの激しい執事たちに教えた。だから、彼らは簡単にヴォルフ家名で多額の借金を作り、結果、領地を売らねばならなくなったのだ!」
 二の句が継げないヴォルフは、フォスターの膝の上と自分のお尻に交互に視線を走らせて、泣きそうな顔で首を横に振った。
「それ、痛いから、嫌だ・・・」
「領民はお前の元で変わらぬ暮らしをできると信じている。お前はそれを裏切ったんだ。罪は重い。当然の罰だろう」
 ヴォルフはさっき目にしたオルガへのお仕置きを思い出していた。
 裸のオルガのお尻は、見る間に元の肌の色とくっきりと境目がわかるほどに真っ赤になっていった。
 ピシャリピシャリと音がする度に頭が跳ね上がり、じたばたともがいていた足は、叩かれた瞬間、凍りついたように動きを止める。
 わんわんと泣きじゃくる顔は上気して、口からこぼれるのは「ごめんなさい」と「もうしません」。
 あんなものを見せられた後で同じことをされるなど、御免だ。
「さっさと来い。言っておくが、オルガがいつも以上にきつくお仕置きされたのは、逃げ出した罰も加えたからだぞ。さっきから戸口を見ているようだが?」
 下唇を噛んだヴォルフは、おずおずと歩を進めた。
 少なくとも、裸だったオルガより、痛手は少ないはずだ。
 数ヶ月前、生まれて初めてお尻を叩かれて叱られた後、そっと熱いお尻を鏡に写して見てみたら、赤くはなっていたが、今日のオルガほどではなかった。
 もう一度だけ、あの恥ずかしくて痛いことに耐えさえすればいい。
 そうは思えど、いざフォスターの膝を目の前にすると、足が止まる。
「ほら」
 グイと手を引かれて、ヴォルフは彼の膝の上に腹ばいにされた屈辱に真っ赤になった顔をソファに埋めた。
「え?!」
 ヴォルフは動揺を隠せず、ソファに埋めた顔をフォスターにねじ向けた。
 腰のサスペンダーのボタンが外されたかと思うと、ズボンごと下着を足の付け根まで下げられてしまったからだ。
「よ、よせ! 恥ずかしい! こんなの嫌だ!」
 フォスターの膝の高さに持ち上げられた丸出しのお尻を、必死に隠そうとシャツを引っ張ったが、ピシャンとその手を叩かれて、痛さに手を引っ込める。
「もう二度と迂闊な行為に出ないように、うんとお尻に言い聞かせるからな。自分が招いた結果を、よく反省しなさい」
 フォスターの平手が振り下ろされたと同時に、ヴォルフがかつて発したことのない大きな悲鳴を上げた。
「痛い! 痛い! 痛い! 痛いーーー!」
「痛いじゃない。言うことは?」
「悪魔! 人でなし! オルガにもこんなことをしておいて、よくも私に偉そうなことを言えたものだな! 痛いーーー!」
「オルガにこんな力でぶつものか」
 ますます強くなった平手に、ヴォルフはどうにかお尻を逃がそうともがいたが、がっしりと腰を押さえられて身動きできない。
「痛いぃ! 痛いよ! こんなの、百も耐えられない!」
「百? 誰が百叩きと言った」
「え!? ひっ! 痛い~~~~!」
「言・う・こ・と・は? さっきから、痛いしか聞こえないが?」
「痛くて何も浮かばない~~~!」
「ほう? なら、しばし待とう」
 手を止めたフォスターはヒリヒリする右手を振りながら、膝の上でグッタリしているヴォルフを見下ろした。
 まあ、フォスターとて脅しで数をぼかしたまでのこと。
 反省の色さえ見えれば、今すぐにでも膝から下ろしてやるつもりだ。
 そもそも、さっきオルガを叱ったばかりの手に平には、応える・・・。
 かと言って、お仕置きの経験も一度きりのヴォルフに道具を据えるのは躊躇われる。
 お仕置き前の、オルガ張りの潤んだ上目遣いを直視すると、平手で叩くのだって可哀想になるのだから。
 ヴォルフを休ませる振りで、実は自分の手を休ませていたフォスターは、溜息をついて、テーブルの上の地図と前年の収支伝票を見比べながら策を練っている頼もしい執事を流し見た。
 オルガは何やら知恵がついてきて、以前より手が掛かる。
 ヴォルフは己が言動も行動も、悪気の欠片もない辺りに手が掛かる。
 こんな二人をまとめて引き受けるなど、軽挙以外の何ものでもない気がする。
「旦那様」
「何だね、モートン」
「着手前から根を上げることこそを、軽挙と言うのでございますよ」
 思わず、天井を仰いで息をつく。
「まったく、君は何でもお見通しだね」
「それはもう、旦那様が四つの時からお傍におりますからね」
 そう、四つの時から、忙しい父や母よりずっと長い時間、傍にいてくれた、最も信頼する人。
「・・・手伝って、くれるかね?」
「もちろん、微力ながら。さて、まずは侯爵をベッドにお運びするお手伝いが先決でございますね」
「ベッド?」
 何だかやけに大人しいと思ったら、ヴォルフは膝の上で眠ってしまっているではないか。
「・・・この状況で、眠るかね、普通・・・」
 呆れはするが、子供のようで憎めない。
「ヴォルフ侯爵なりに、気を張って過ごされていたのでしょう。そこへ普段は発することのないような喚き声を挙げられて、お疲れになったのかと」
 モートンが手際良くヴォルフのズボンを引き上げてサスペンダーのボタンを掛けると、フォスターの膝の上から彼を抱き上げた。
「・・・それと、旦那様のお言葉に、安心なされたかに、お見受けします」
「私?」
「はい。一人にしておけない、一緒に住むといい・・・と。あれをお聞きになった瞬間のヴォルフ侯爵のお顔を、ご覧になりませんでしたか?」
 ご覧も何も、言った直後にオルガが抱きついてきて、視界は塞がれた。
「とてもとても、それはもう、お幸せそうでございました。ずっと、お寂しかったのでございましょうねぇ・・・」
「・・・私などの、何がそんなに良いのかねぇ?」
「まったくです」
「え?」
 思わぬモートンの言葉に目を瞬く。
「先程の件で、すぐにお仕置きでは、厳し過ぎましょう。ヴォルフ卿は何も知らない子供と同じ。つまり、初めて当家に来たオルガ様と同様です」
「それは・・・そうだが・・・」
「ならば、何が悪かったのか言い聞かせ、それでも反抗し、言い訳を並べ立てるのであればお仕置きを。それが筋ではございませんか?」
「だが・・・!」
「この方は取り返しのつかないことをなさった。ですが、お仕置きすれば、取り返せるのですかな?」
 確かに、モートンがフォスターにお仕置きを課す時は、割ってしまった皿を糾弾するようなことは、決してなかった。
 ただただ、お説教されて尚、フォスターに浸透しなかった場合のみに、厳しくお尻に言い聞かされただけのこと。
 ヴォルフを受け入れると決めたフォスターに、モートンは教えを説いているのだとわかる。
「・・・君は本当に、頼りになる家令だよ」
「恐れ入ります」
 恭しく頭を垂れてヴォルフを寝室まで運ぶモートンの背中を、フォスターは吐息をついて見送った。
 これほど頼もしい執事が傍に居てくれるなら、どうにか、あの手の掛かる二人と生活を共にできそうだ。
 国王がなんと言うかわからないが、とにかく力を尽くしてみよう・・・。



つづく





  • 【第十一話 許しの心】へ
  • 【第十三話 国王と陳情書】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第十一話 許しの心】へ
  • 【第十三話 国王と陳情書】へ