堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話12

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 そのマジシャンがマエストロと呼ばれるようになったのは、まだカリフォルニアの場末のショーパブの舞台に立っていた頃だ。
 彼は燕尾服に身を包み、白い巻き毛のウィッグにマスカレードのけばけばしい仮面で顔のほとんどを覆い、ピアノが奏でるクラッシック演奏曲に合わせてタクトを振るスタイルで、マジックを披露した。
 そのマジックは他のマジシャンと異なり、とにかく優雅に舞台を彩る。
 舞台上どころか客席にまで、タクト一本で奇跡のようなマジックを見せつけるのだから、人気は否応なく高まっていった。
 客の各卓のキャンドルの炎など自由自在に操り、空中を舞うカードや花びら。
 うなぎ登りとなっていく人気に、隣の州にあるラスベガスが目をつけないわけもなく、テレビにも取り上げられて、一躍スターダムにのし上がった。
「え、え、え? だって、マエストロって、どっちかっていうと、ノリが軽めの男だったぞ?」
 オロオロとしてさえ見えるマジェスティーに、アイフェンは溜息混じりに髪を掻き上げた。
「その方が、身近な人間にバレないと思ったんだけどなぁ。まあ、クロスには、稼ぎの出処を怪しまれたから、ショーパブ時代に自分で言ったんだが」
「バレバレでしたよ。割合が小さくても、仮面から見えてた口元も、体型も。そもそも、声がアンタでしたもの」
「だよなぁ。まさか、一番チビのイーサンにまで見抜かれるとは、思わなかったが」
 アイフェンが溜息をつくのを見て、マジェスティーは記憶の糸を手繰り寄せて、マエストロがインタビューに答えている画面を指差したイーサンが、「アイフェン、すごいねぇ」と言っていたのを思い出す。
 あの時は、仮面の男=アイフェンだと幼いイーサンが呼んでいるだけだと思い、適当にあしらっていたのだが・・・。
「総領閣下? 何をヘコんでいるんですか」
「~~~私だけが気付いてなかったとか・・・、ラ・ヴィアン・ローズの総領として、どうなんだと・・・」
「まあまあ。あなたのそういうポヤ~ンと・・・あー、おっとりしたところを守って差し上げたくて、人が集まってくるのは事実ですし」
「慰めになってない・・・。私は、そんなに抜けているのか?」
 3人は顔を見合わせて、至極真剣な顔で言葉を選んでいる様子。
 その沈黙が、ますますマジェスティーを傷つける。
「まあ、ほら、アレですよ。姫さまが、戦場とプライベートで見せる二面性と同じで、両極端? 戦場であれだけ張り詰めた精神を、姫は悪さに、あなたは凡庸以下に切り替えることで均衡を保ってるんだから・・・」
「凡庸以下・・・」
 味方だと思っていたアニトー・ベゼテにとどめを刺され、マジェスティーはグッタリとソファに突っ伏してしまった。
「こら、アニトー・ベゼテ。言い過ぎだ。私の弟をいじめるな」
 アイフェンがマジェスティーの傍らに膝をつき、クシャクシャと頭を撫でた。
「お前が兄の私に抱いているであろうイメージと、真逆のキャラ設定でマエストロをやっていたんだから、気付かれなくて、俺としては嬉しい・・・よ!」
 素早く身を翻したアイフェンは、落ち込む総領を眺めていたアニトー・ベゼテから、防御壁を奪取することに成功した。
「あ! 卑怯ですよ、ドクター!」
「こんな物を姫さまに見られちゃ、かなわんからな。危険なブツは、消去」
 アイフェンが手を一振りすると、パンフレットがヒラリと舞い上がり、まるで原材料に戻っていくようにパラパラと解け始め、絨毯に落下したのは、ただの繊維くずとなっていた。
「はい、以上、マエストロ・マジックでした」
「あーーー! 俺の一万ドル!」
「いち・・・! そんな無駄遣いするんじゃない、馬鹿者! 大体お前は昔から、金の管理が甘すぎるんだ。今度無駄遣いしたら、即座にお前の報酬口座は凍結するからな」
「そんな横暴な・・・」
「ほお。お尻を引っ叩かれる方がいいかね?」
「・・・失礼しまーす」
 旗色の悪さを感じたか、アニトー・ベゼテはそそくさと退室していった。
「まったく・・・、あいつの金遣いの荒さは、D・Dを思い出すな」
 溜息をついて頭を掻いていると、ふと感じた視線に振り返る。
 ソファに張り付いたままのマジェスティーが、じっとりとアイフェンを睨んでいた。
「・・・俺が落ち込んでるのに・・・」
「え、ああ、すまんすまん」
「俺を無視して、アニトー・ベゼテのことばっかり・・・」
「悪かったって、拗ねるなよ。ほら、クッキー食べるか?」
「昔だって、そうだった。アニトー・ベゼテが引っ越してから、あいつのこと、気にしてばっかりでさ」
「仕方ないだろ、あいつは寂しがりだから、ちゃんとサウスカロライナでやっていけているのか、心配になるじゃないか」
 ツンとそっぽを向いたマジェスティーをどう扱ったものか、困り果てているアイフェンを眺めていたクロスが、クスクスと笑い始めた。
「そうだった、そうだった。反抗期のジェスのご機嫌取りに、お前はマエストロのチケットを調達してきたんだったな」



 14歳を迎えたというのに、マジェスティーの反抗期は相変わらずだった。
 反抗期と言っても悪さをするわけでないのが、更にタチが悪いと言えなくもない。
 何しろ、デラの手伝いは反抗期前よりちゃんとやるし、兄弟たちには面倒見のいい良きお兄ちゃん。
 宿題だって自主的に済ませてしまうし、ボランティアも完璧。
 叱る要素がどこにもない、良い子である。
 ただ。
 ただ、ただ。
 アイフェンにだけ口を聞かない。
 あるいは、理論武装した生意気しか言わない。
 これは、もしかして、反抗期などではなく、単に自分が嫌われているだけなのだろうか。
 久しぶりに戦場から帰還したクロスと酒を酌み交わしながら、ブツブツとぼやいていたアイフェンは、黙ってウイスキーを飲んでいるクロスの様子に、つい口を押さえた。
「ごめん・・・、疲れて帰ってきてるのに、こんな愚痴、聞いてられないよな」
「いやぁ、生きて帰ってきたんだなぁと、実感してたところさ。むしろ、もっと聞きていたいから、遠慮なく話せ」
 この頃、世の中はベトナム戦争に突入しており、クロスも教官職を外れて前線に赴いていたのだが、負傷兵として一旦帰国したのだ。
「・・・そっち。あまり、いい噂を聞かないが・・・」
「・・・地獄絵図、だな。俺たちの部隊もかなりの人数を逝かれてた。シェルショックを起こした部下に背後で銃を乱射された時は、さすがにもうダメかと思ったよ」
 打ち抜かれた腕を擦り、クロスが吐息を漏らした。
 進めば進むほど深みにはまる泥沼状態の戦局に、無辜の市民を含めた多くの犠牲者が出ていることは、ニュースでも盛んに報じられている。
 街に買い出しに出れば、そこかしこで反戦デモが繰り広げられる光景は、もはや日常だった。
「・・・よそう。せっかく生きて帰ってこられたんだ。思い出したくない」
「・・・そうだな、すまん」
「それより、ジェス坊やのこと、もっと愚痴っていいんだぜ。その方が、俺は和む」
 それがクロスの本音だと察したアイフェンは、彼のグラスに氷を足した。
「なんだろうなぁ。喧嘩もさせてもらえないって、なんか、寂しくてさ・・・」
「はは、試されてるねぇ、兄貴殿は」
「そうなのかなぁ。ホントに、嫌われてるんじゃないのかな。この前もさ、俺がサウスカロライナのタバコ農園に、アニトー・ベゼテの近況を聞こうと、電話したんだけど」
「え? お前、それをジェスの言ったのか?」
「そりゃ言うだろ。アニトー・ベゼテはジェスの親友なんだから、気になるだろうと思ってさ。そしたら、そんなにアニトー・ベゼテが気になるなら、弟を交換すれば?とか言いやがって・・・」
 クロスが呆れたように息をつき、グラスのウイスキーを煽った。
「そりゃ、お前が悪いよ」
「え、俺?」
「そうさ。自分に関心を持って欲しい相手が、あからさまに自分以外のことを気にしてちゃ、怒りもするだろう。可愛いヤキモチだが、本人は至って真剣だ。もう少し、ジェスと向き合う時間を作ってやったらどうだ」
「だって、一緒にいたって口も聞いてもらえないし」
「そりゃ、お前が他ごと考えているからだろう? 心当たりはないかね」
 グラスな中の氷を指で転がしながら、アイフェンは頬杖をついた。
 病院での仕事、受け持ちの患者のこと、抱えている実験。
 有名になり過ぎて、金には不自由しなくなったが、本業の隙間がビッチリ埋まったマエストロのスケジュール。
 だが、この金だって、実験だって、すべてはマジェスティーの為だ。
 堕天使の力から精製されてできるBBC(黒色血液症候群)の血清が作りたい。
 その為の実験機材が欲しい。
 未来でも特殊な精製技術が必要な血清を、こんな発展途上の医療技術の中で成し得ようというのだから、ありとあらゆる方法と、この時代の最先端技術と器具や機材を試さなければならず、湯水のように金がいる。
 クロスへの恩返しのつもりで今までバイトをしてきたが、一年程前の実験の結果に愕然としたのを、今でも鮮明に覚えていた。
 今ある血清を少しでも長く持たせる為に、通常の静脈注射ではなく心臓に直接針を打ち込んで血清を投与している現状は、マジェスティーには苦痛と恐怖の象徴。
 投与前から泣き喚くマジェスティーが可哀想で、血清を精製できずとも、せめて苦痛を和らげる為に麻酔を使ってやりたかったのに。
 全身麻酔が不可能なのは、わかっていた。
 BBCで心膜が異常蠢動を始めると、血圧が急激に上昇する。
 同じく血圧を上昇させる全身麻酔は、使えば即座にマジェスティーを死に至らしめる。
 だから、心生検の要領で、局部麻酔をと考えていた。
 しかし、局部麻酔に使用される種類すべてに、血清が無効化してしまったのだ。
 幾度、実験を繰り返してみても、ただただ、貴重な血清を無駄に消費するだけ。
 絶望的な結果に、アイフェンの脳裏に浮かぶのは、血清の投与に怯え泣きじゃくる、マジェスティーの姿。そして・・・自嘲。
 なんと愚かで、無力な自分。
 考えてみれば、当然ではないか。
 局部麻酔にて心臓直接投与が浸透するならば、未来でも希少価値の血清は、希釈して、更に多くの人類をBBCでの死から救っているはずだ。
 それでも、マジェスティーを血清投与の苦痛から救ってやりたくて、これ以上無駄にできない血清の代わりに自分の血を精製すべく、思いつく限りの実験をする為には、金が必要だった。
 夜のバイトでバーテンダーをしていたショーパブでふと思いついた、特殊能力を手品と偽ったマジックショーは予想以上の大当たりで、賃金が増えた。
 それどころか、今や本業の年収を上回る収入源。
 この成功と反比例する実験で、その金はすべて消え去っていく日々だが・・・。
「なあ、せめて、マエストロは辞めたらどうだ? お前はもう、レジデンシーも終盤で、同世代を上回る年収も稼いでるんだ。そう、躍起になって副業に勤しむこともあるまいよ」
「・・・いるんだ、金が」
「何でだ。俺の稼ぎが不満か?」
「そうじゃないんだ。・・・ジェスの持病の、血清の投与。あの子の苦痛を少しでも和らげてやりたくて・・・色々と実験してるんだけど、それに金が掛かって・・・」
「ふむ・・・」
 グラスを弄んでいたクロスは、坊主頭を撫で上げた。
「確かに、あの投与は俺も見ていられない。どうにかしてやりたいという、お前の気持ちもわかるよ。それで、実験は順調なのか?」
 黙って首を横に振るアイフェンのグラスに、クロスがウイスキーを注いだ。
「なあ、アイフェン。俺は無学で、お前のやっている実験のことはわからん。けどな、まもなく完成するから根を詰めるならともかく、上手くいっていないことに時間を忙殺されて、ジェスとの時間がなくなるってのは、本末転倒と言わんかね?」
 口に運びかけていたグラスを止め、アイフェンはクロスを見た。
「365日の内の1日の苦痛を和らげてやるために、残りの364日の間、ジェスに寂しい思いをさせるのか?」
「あ・・・」
「反抗期だとか、そんなこと考えずにさ、今、目の前にいるジェスを見ていてやろうじゃないか。この先、ジェスが大人になった時、今のことを話されてどんな顔をするか、見物せにゃならんしな」
「・・・そうだな、見逃したら、もったいないな」
「だろ?」
 笑うクロスのグラスに、アイフェンは感謝を込めて自分のグラスを合わせた。



 朝のニュースは珍しく、華やかな芸能ニュースで持ち切りだった。
「まあ、最近は戦争のニュースばかりだったし、たまにはいいんだけど・・・ホントに辞めちゃうのかい、アイフェン」
 テーブルいっぱいに朝食の皿を並べ終えたデラは、少し残念そうにアイフェンを見た。
 マエストロの正体が自分であることを言ったのは、クロスにだけ。
 クロスが内緒ごとを人に漏らすはずないので、デラにはとっくにバレていたということ。
「・・・なんのこと?」
 一応、正体不明のマエストロという設定を貫き通すことにする。
 でないと、今までステージに出かける際や泊りがけになる場合に、必死に言い訳を考えていた自分が無性に恥ずかしい・・・。
 あくまでも隠し遂せたいアイフェンの心情を察したらしく、デラは肩をすくめるに留めた。
「アンタたち、朝ご飯だよ!」
 デラの声にダイニングにはゾロゾロと子供たちが集まってくる。
「アイフェン、辞めちゃうの?」
「ファンの人、泣いてる人もいたよ?」
 全員が口々にマエストロ引退を惜しがるコメントを、アイフェンに向けてくる。
 と、いうことは?
 アイフェンは些か頭痛を覚えて、顔を覆った。
「あー、そう・・・。みんな、知ってたんだ・・・」
「大丈夫、みんな、誰にも言ってないよ。なあ、みんな、そう約束したもんな?」
 子供たちが一斉に頷くのを見て、アイフェンはへなへなとテーブルに突っ伏した。
「じゃ、これからも、内緒でよろしく・・・」
「はぁい!」
 素直で元気な返事の合唱に、アイフェンは苦笑するしかなかった。
「・・・あれ? ジェスは?」
 見渡してみれば、マジェスティーの姿がない。
「ああ、ジェスならテレビの前で固まってるぞ」
 ダイニングに入ってきたクロスが、リビングの方を新聞で指し示した。
「あー、ショックなんだろうねぇ。あの子、マエストロの大ファンだから」
「え?」
 寝耳に水のデラの言葉に、目を瞬く。
「だって、いけ好かない仮面野郎とか、悪口しか聞いたことないけど」
「意地張ってるだけだろ。好きなものを好きと、素直に口にできない年頃なんだから」
「ん? ていうか、あいつだけ、気付いてないの?」
「あの軽薄トークのマエストロが、自分の兄貴だなんて、露ほども思わないみたいだよ?」
「・・・軽薄・・・」
 敢えてそうしたキャラ設定でやってきたのだが、こうハッキリ言われると傷つく。
 ともあれ、マジェスティーがそんなにマエストロのファンだと言うなら、いくらでもチケットを手配してやったのに。
 リビングにマジェスティーを呼びに来たアイフェンは、確かにテレビの前で少ししょぼくれて見える弟の顔を覗き込んだ。
「わ! 何だよ!」
「・・・あのさぁ、マエストロのラスト公演チケット・・・、知り合いがうちの人数分、譲ってくれるって言ってるんだけど・・・もし貰ってきたら、観に行くか?」
 アイフェンの顔を見ると仏頂面しかしないマジェスティーが、久々に目を輝かせるのを見て、思わず嬉しくなった。
「あ、ああ、まあ、無駄になるなら、勿体無いし? イーサンたちが観に行きたがってたし、いいんじゃねぇの? 先に言っとくけど、外であんまり保護者面しないでくれよ」
「ああ、俺はその日、当直だから。クロスとデラの言うこと、よく聞くんだぞ」
 見る見る、マジェスティーの顔が不機嫌な色を帯びてくる。
「ロクに居ないクセに、そういう保護者面をすんなって言ってんの! あー、そう! アンタは来ないんだ。あーーー、せいせいする!」
 プリプリと肩をいからせてダイニングに消えていったマジェスティーを見送って、アイフェンは溜息を漏らした。
 ・・・可愛くない。




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