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オルガ

第八話 思いと思慮と思惑

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「救う? ヴォルフを?」
 モートンがお茶を運んできた。
 テーブルに置かれた白磁と瑠璃のティーカップに注がれる紅茶を、フォスターは黙って見つめながら問うた。
「私が、何故?」
「オルガを、ヴォルフ様の元から連れ戻してくださるだけで良いのです。でなければ、あの方はまた、平民の娘を飼育するという悦びに目覚めておしまいになる」
 そう、かもしれない。
 以前のままの従順なオルガであれば、すぐにでも飽きてしまうだろうが、オリガの話を聞く限り、新しい少女の一面に、戸惑っている様子のヴォルフ。
 ヴォルフの言いようを真似て表現するならば、仕上がってつまらなくなった玩具でも、他者の手垢がついたなら、洗い落としてみたくなる感情に駆られるというのは、十分に想像できる。
 あの男は、昔からそうだ。
 何でも、自分の思い通りにならねば気が済まない。
 いや、思い通りにならないものなど、あるはずがないと思っている節すらある。
「オルガをあなた様に売り払い、その後、幾度か同じように平民の娘を買い取ったヴォルフ様でしたが、飼育そのものに飽きていたご様子で、すぐにお止めになりました。それなのに、オルガが戻っては、再び目覚めておしまいになる」
「・・・しかしね、オリガ。オルガは、自らヴォルフ卿の元に戻ったのだよ。それを、無理に連れ戻しに行っても・・・」
「あの子はまだ子供です。十の頃から一緒に過ごしたヴォルフ様を、懐かしく思って浅はかに舞い戻ったに過ぎません。すぐにあなた様に助け出して欲しいと、願うに決まっています」
「そうかもしれないが・・・」
「一刻も早くヴォルフ様とオルガを引き離さねば、ヴォルフ様はせっかく飽きた調教の興に溺れておしまいになります!」
 確かに。
 オルガに手を焼いている内に、連れ戻すのが得策かもしれない。
 もしまた、オルガに興を見出せば、返せと言ったところで簡単に渡すとも思えない。 
「わかった。オリガ、ヴォルフ邸に戻り、フォスターが今夜にでも会いたいと伝えてくれるかい」
 パッと目を輝かせたオリガが、フォスターの背後に視線を走らせて顔を強ばらせた。
 その視線を追うと、自分の背後に控えていたモートンのオリガに対する険しい表情にぶち当たる。
「旦那様、いくらヴォルフ様が元ご学友とはいえ、それは礼儀に反します。下位の伯爵が侯爵家に訪問なさるのであれば、それ相応の手順というものがございましょう。私は今更、そのようなことを申し上げねばならないのですか?」
「え、いや」
 まだ自分が坊ちゃまと呼ばれていた頃の彼を彷彿とさせる言い様に、フォスターは慌てて首を横に振った。
 しかし、何か腑に落ちない。
 確かに、礼を失する発言をした自分が悪いが、彼は何やら機嫌が悪いように見える。
 そもそも、客前で主を叱責するなど、普段の彼には有り得ないことだ。
 事態が事態だけに通しはしたが、その客人がメイドであることが、気に入らないのかもしれない。
 彼は有能な執事だが、良くも悪くも職務に忠実な模範的執事で、それは即ち、使用人の立ち位置を明確に線引きする質だ。
 伯爵家の主人を他家のメイドが個人的に訪ねてくるなど、確かにあってはならない。
 そういうルールに反する者を、モートンは大変嫌う人柄であるから、来客としての扱いを順守する気がない・・・という意思表示かもしれない。
 致し方ないことかもしれないが、学生時代とはいえ自分が心惹かれた女性にこういう態度に出られると、どうにも気分が悪い。
「あー、確かに、これは君に託すべき仕事だったね。すまなかった。では、急ぎヴォルフ侯爵家へ使いをやって、フォスターがお目通り願いたい旨、伝えてくれないか」
 些か抗議の色を含んだ調子で、フォスターが退出を促すように手を振って言った。
「今まで、ご招待をいただくばかりでしたものを尽く袖になさってきたのですから、そのお詫び方々、こちらからお招きするのが筋のように、私には思われますが」
「・・・好きにしたまえ」
「では、急ぎ招待状の準備を致します。話はまとまったのですから、貴女はどうぞお引取りを」
 思わずモートンを睨んだフォスターだが、彼は知らん顔で、恭しくオリガに一礼して見せた。だが、玄関まで送る行為はせず、あくまでも客として認めていない態度を貫く。
 はっきり言って、大変不愉快だった。
「モートン、いくら何でも・・・」
「私の見立てに相違なければ、旦那様が大学時代に焦がれた女性というのは、あの方ですね」
「~~~悪いかね!?」
 学生時代は、恋をしていることを見抜かれた。
 今度は、その相手を見抜かれて、フォスターは動揺を顕にして紅茶を飲み干した。
 モートンは深々と嘆息を漏らして頭(かぶり)を振る。
「私は初めて、あなた様がずっと独身で良かったと、心から思いました」
「はあ!? どういう意味かね。私がメイドを好きになったことが、そんなに不満か。なるほど、君は確かに当家自慢の家令だが、そんな差別意識の強い人間とは思わなかったよ」
 ジロリと睨まれて、つい怯む。
 子供の頃はよくこうして顔をしかめられたが、こんな目で見据えられたのは、当主の座についてから初めてだった。
「お相手がメイドであれ貴族の姫君であれ、ご結婚なさらず良かったと申し上げているのです」
「先程から、主人に対して無礼が過ぎるのではないか、モートン」
「大旦那様から教育係を仰せつかった者として、無礼を承知で申し上げております。旦那様には、女性を見る目がお有りにならないとわかりましたので」
「な・・・!」
 怒りのあまり言葉が続かないフォスターに、モートンは恭しく頭(こうべ)を垂れて出て行ってしまった。
 やり場のない怒りを持て余したフォスターは、思わずテーブルの上の物を薙ぎ払おうとしたが、昔そうしたことでモートンにきつく叱られたことが頭を過ぎり、行き場を失った手を意味もなく振り回して唸るに留まったのだった。



 顔を合わせないわけにいかないのが、当主と執事である。
 朝、彼を起こすのも、着替えの手伝いも、新聞を渡すのも、朝食の配膳もお茶を淹れるのも、すべてモートンなのだから。
 彼の身の回りの世話はもちろん、秘書業務もこなす執事であるから、仕事の話もしなくてはならない。
「鉄道会社より、ご領地の路線予定図が届いております」
「ん」
 極力言葉を少なめにと心がけているフォスターは、モートンが差し出した地図に手を伸ばす。
「・・・駅はもう少し西」
「集荷場予定地付近でございますね、かしこまりました。急ぎ鉄道会社に申し伝えます」
 憎らしいのは、言葉少なでもフォスターの言わんとすることを汲み取るこの有能さと、今朝から主人がロクに口をきかないのをわかっているくせに、意に介す様子のない態度。
「領民たちに鉄道の誘致を伝えましたところ、大変喜んでおりましたよ。農作物の出荷が迅速になるばかりか、販路拡大も望めると、お祭り騒ぎだそうです」
「ん」
「この著しい産業の発展で商人が力を付け、領地の運営が上手くいかずに破産していく貴族が多い中、旦那様が対等に渡り合っておられること、私、鼻がたこうございますよ」
「ん」
「そうそう。ヴォルフ侯爵家より、一週間後の晩餐の招待に応じられる旨、お返事が参りました」
「ん」
 だけでは済ませられない用件を、さらりと入れてくる辺りも腹立たしい。
「・・・・・・・・ちゃんとオルガも連れてくると言ってきたのか」
「はい、当家のドレスコードにて」
「あ・・・」
 だから、『招待』だったのだと、フォスターは思い知る。
 こちらから赴けば、そこはヴォルフの支配下であり、オルガがまた裸にされていても、やめさせようがない。
 だが、ここならフォスターがホストであり、いくら傍若無人で高位のヴォルフといえど、こちらの作法に法って行動せねば、貴族社会の流儀に反する。
「・・・モートン」
「はい」
「・・・・・晩餐のメニューを確認したい」
 礼を言うべきだとわかっているが、フォスターは結局、話を逸らしてしまった。
 モートンが苦笑を浮かべている。
 それを見ると、ますます腹が立った。
 この有能な執事は、昨日の一件を決して自分から蒸し返したりしまい。
 そうなると、口火を切るのは自分しかなく、イライラと髪を掻き上げる。
「礼を言われたければ、まず、謝罪したまえ」
「は?」
「私はヴォルフ招待の件、君に礼を言いたいと思っているが、君が私ばかりかオリガを侮辱したことで、言いたくても言えないのだよ。だから、謝罪したまえ」
「はあ。もちろん、私に謝罪すべき点がございますなら、いくらなりと。けれど、思い当たりません」
「~~~!」
 椅子から勢いよく立ち上がったフォスターは、とうとう執務机の上の物を薙ぎ払った。
「お前は自分が何を言ったのか、覚えていないのか!?」
「覚えておりますよ。こういうことをしてはいけませんと、きつく申し上げたはずです」
「違う! オリガを侮辱したことを、謝れと言っているんだ!」
 床に散らばった書類やインクの瓶を拾い集めていたモートンは、いきり立つ主に深い吐息を漏らした。
「昨夜一晩もございましたのに、何も反芻なさらなかったのですか?」
「思い出すだけで腸(はらわた)が煮えくり返るだけだからな!」
「では、いらっしゃい」
 やおらモートンに腕を掴まれて、フォスターは執務室から引きずり出されてしまった。
「おい、離せ! 無礼ではないか、離せと言っている!」
 忠実な執事に引きずられて喚く当主を、使用人たちは呆気に取られて見つめている。
 その視線が恥ずかしくて、ますます抗ってはみるのだが、普段から四六時中働いているモートンの方が遥かに力は強く、掴まれた腕を振りほどけない。
 結局、そのまま階段も上らされ、フォスターはこの経路の記憶に息を飲んだ。
「おい、待て! 待てと言うのに!」
 やはり、辿り着いたのは屋根裏部屋のドアの前。
 十代半ばくらいまで、伯爵家の子息としてふさわしくない行いをすれば、屋根裏部屋に連れてこられてお尻をうんとぶたれた上で閉じ込められた。
「モートン! 嘘だろう!?」
 必死の訴えにも耳を貸さないモートンは各部屋の錠を通したキーリングを懐から取り出しドアの鍵を開けると、主の体を屋根裏部屋へと放り込んでしまった。
「さすがにお尻をぶつまでは致しませんが、そこで頭を冷やしていただきます」
 飛び出そうと試みたが、素早くドアは閉じられ、鍵の掛かる音。
「おい、いい加減にしろ! 私に解雇の二文字を言わせたいか!」
「それでも結構。ただし、その前に、昨日のオリガの言動を、よく思い返してくださいませ。それでは」
 コツコツと、遠ざかっていく足音。
「~~~」
 こうなっては最早、モートンが迎えに来るまで出られない。
 まさか、まもなく三十路を迎えようという紳士になってから、ここに閉じ込められるなど、思いもしなかった。
「モートンめぇ・・・」
 悔し紛れに手近な柱を蹴ると、埃が舞い上がってむせ返る。
 情けない・・・。
 フォスターは昔同様、天窓の下に移って膝を抱えて座った。
 この屋根裏部屋はフォスターのお仕置き部屋としてしか可動しておらず、当時は掃除も行き届いていたが、さすがにモートンも再び使用する時がくるとは思っていなかったのだろう。すっかり、埃まみれだ。
「うわ・・・嫌なものがあるなぁ。何もかも、当時のままじゃないか」
 壁にはケインやパドルのお仕置き道具がぶら下がり、床には豪奢な刺繍が施されたビロード張りのオットマンが鎮座している。
 子供の頃は、あれに腰掛けたモートンの膝の上でお尻を丸出しにされてぶたれたり、床に膝をついてあれにしがみつき、ケインやパドルの痛みを必死に耐えたものだ。
 つまり、ロクな思い出がない。
 お仕置き部屋なのだから、当然か。
 ここに連れてこられるだけで、当時のフォスターは震え上がったものだ。
 いつだって悪いのは自分で、モートンは正しかった。
 けれど、今回ばかりは納得がいかない。
 オリガを侮辱したのは彼の方だ。
 自分に反省する点は思い当たらない。
「何が、オリガの言動を思い返せだ。ここを出たら、即座に解雇してやる」
 オリガはヴォルフが再び蛮行を侵さぬよう、フォスターに助けを求めにきただけではないか。
「・・・ん?」
 つらつらと、思い出す。
 オリガが語った言葉。
 彼女がヴォルフを救って欲しいというのだから、彼寄りの言い分になるのは頷ける。
 だが、オリガは平然と、「飼育」という言葉を使っていた。そして、「せっかく飽きた」と。
 自分がオリガの立場だとして、あの非道な行いを「飼育」と表現できるだろうか?
 「せっかく飽きた」の、せっかくとは、どういうことだ?
 それに、オルガを「浅はかに舞い戻った」と言った。
 なんだろう。
 どんどんと、違和感が増す。
 確かに彼女はヴォルフを救って欲しいと言った。
 しかし、オルガを助けて欲しいという言葉は一度もなかった。
 そもそもだ。彼女はオルガが哀れな仕打ちを受けているのを、ずっと見てきたはず。
 メイドの立場ではあからさまに助けることは叶わなかったにしろ、今回のようにフォスター家に訪問する行動力があるのであれば、何故もっと早く、そうしなかった?
「・・・売り払い、と、言わなかったか、オリガは・・・」
 まるで、オルガを物のように。
 フォスターは口を押さえて、動揺を鎮めようと埃まみれの床を歩き回った。
 考えがまとまらない。いや、違う。結論に達するのが怖いのだ。
 自分が愛おしいと思った女性の、本心。
「~~~モートンは、見抜いていた」
 ―――オリガは、オルガが邪魔なだけなのだ。 



「ふぉすたのとこ、行くの? このお洋服着て?」
 初めて少女の為に作らせているドレス。
 その仮縫いの最中、オルガは幾度も幾度もそう繰り返して微笑む。
「しつこいな。何度同じことを言わせる」
 ヴォルフが不機嫌そうに答えると、オルガがキャッキャと飛び跳ねる。
 オルガがちっともジッとしていないものだから、仮縫いをするメイドが困り顔だ。
「ジッとしていろ!」
 ヴォルフが乗馬鞭でしたたか床を打ったものだから、メイドが恐怖に顔を引きつらせる。
「・・・大人しくしてないと、針が刺さるぞ」
「はぁい」
 鞭の威嚇などオルガはすっかり慣れっこで、顔色一つ変えない。
 ヴォルフがつまらなさそうに鞭を弄びながら、ニコニコとしているオルガに上目遣いを向けた。
「・・・そんなに、フォスターの所に行くのが、嬉しいか?」
「うん! だって、ヴォルフと一緒だから!」
 メイドは我が目を疑った。
 威張り散らし蛮行しか行わない当主が、耳まで真っ赤に染めて、俯いてしまったのだ。
 これは絶対に見間違いか、何か大病に違いないと、メイドは考えていた。


つづく





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~ Comment ~

更新嬉しいです。

数年前にここを見つけました。
どのお話もとても面白く、一気読みしてすぐにはまってしまいました。
その時にはもう長期の更新停止をされていて、残念に思いつつ時々訪れては話を読み返していたのですが、今日訪れたらまた更新が始まっていて嬉しかったです!
オルガシリーズ、完結を楽しみにしています!
作者さんのペースで良いので、のんびり更新されてください!待ってますi-237

コメントありがとうございます^^

休止中においでくださっていたとのこと、感謝の言葉もありません。
こんな拙い文章にお付き合いいただき、本当に嬉しく思っております♪

書き始めるとダーーーっと書き続ける方なので、適当にお付き合いくださいませ(^^;)

十話で終わるつもりで書き始めたオルガシリーズが、作者の性格が適当なにで既に十六話にもなってしまいましたが。。。
一応最終話は仕上がってますので、そこに繋がる話が、さて、どこまで続くんでしょう。。。( ̄▽ ̄;)

よろしければ、また読んでやってください。

ありがとうございましたm(_ _)m
  • #27 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.10/02 23:52 
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