ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another12~朱雀の章・番外編~【最終話】

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 ずっと父に聞きたかった。
 どうして? どうして手を振り払ったの? 
 どうして、僕を置いていったの?
 どうして、僕を捨てたの? 
 聞きたかった。けれど、聞くのが怖かった。
 これが、父に偽物の記憶を刷り込んだ、もう一つの理由。
「お前が生まれたせいで」
 そんな言葉を、聞きたくなかった。
 黙ったまま外した仮面を手の中で弄ぶアイフェンの背中に、マジェスティーの手が触れた。
「・・・お前を連れて行ったら、連合軍に狩られると思った」
 白い仮面に、こぼれた涙が落ちた。
「お前はまだ小さくて、俺は無力で。連合軍に連れて行って、お前が狩られることの方が、怖かった」
 まるで、大きくなった息子の存在を確かめるように、マジェスティーは幾度も幾度もアイフェンの背中を擦った。
「俺が名のあるラ・ヴィアン・ローズ将校であれば、交渉もできた。だが、俺はラ・ヴィアン・ローズと同盟軍の内情を知る紅蓮朱雀の夫というだけ。連合軍で成り上がれる保証など、どこにもなかった。あの時、お前を同盟に置いていけば、少なくとも、堕天狩りからは逃れられる。ラ・ヴィアン・ローズが、お前を守ってくれる。そう思った」
 愛する妻を奪われた憎悪に塗れたこの男は、朱煌を焼き殺した同盟領の民衆を殲滅し、朱煌を守れなかった同盟軍を次々と撃破して、同盟が相手ならば女子供にも容赦ないその冷酷な采配で、着実に連合軍での地位を高めていった。
 自分の足場を固めた彼がいの一番に着手したのが、連合軍に狩られた堕天使の解放だったのは、有名な話だ。
 彼らは狩られるだけの弱者だった堕天使を絶対の味方につけた。
 特殊能力を有する最強の堕天使親衛隊を配下に置いた父は、連合軍内で圧倒的な存在となっていった。
 冷酷。だが、堕天使当人と、その親たちの、絶対の支持。
 そういうことかと、アイフェンは苦笑を滲ませる。
 父は、息子を迎え入れられる磐石な体制を整えていたのだ。
「・・・確かに、連合軍に寝返ったお前は、利用されるだけ利用されて、処刑されてもおかしくなかったな」
「そうだ、だから・・・」
「だから? だからだと? お前は死ぬ覚悟で連合に寝返った。そう認めるのだな?」
 振り返ったアイフェンに、マジェスティーは唇を噛んで頷いた。
「それはな、自殺行為と言うんだよ。母さんを殺されて、必ず同盟軍に復讐を果たすつもりだったならいざ知らず、お前は、母さんのところへ行けるならそれでもいいというつもりで、連合軍に寝返ったんだ。それは、息子を捨てたも同然だな」
 シーツを頭から被ってしまったマジェスティーの額を、指でつつく。
「ちゃんと聞きなさい」
「~~~同じ怒るなら、もっと熱く怒れよ。そんな、淡々とお説教みたいに・・・」
「お説教をしているんだ、馬鹿者。何なら、床に正座して聞くか?」
「遠慮する。主治医に安静にしていろと言われてるんでね」
「その主治医が、10分程なら許可してくれるそうだが?」
「10分もお説教する気かよ!」
「10分も? 小一時間でも足りないところだ」
「一時間!?」
 シーツをまくって顔を出したマジェスティーが、悲鳴に近い声を上げた。
「勘弁してくれ! そもそも、息子に説教される俺の身になってくれよ」
「お前が父親なのは6年。お前が弟なのは40年余り」
 言葉に詰まったマジェスティーが、再びシーツを被る。
「~~~ずるい。過去に飛ぶとか、反則だし」
「・・・まあ、堕天使の力があったこそだからな」
「・・・なあ」
「ん?」
「お前は、俺なんか生まれてこなきゃ良かったって、善積に言ってた」
「・・・そうか」
 やおらシーツから伸びた手に白衣の襟を掴まれて引き寄せられたアイフェンは、シーツごと抱きしめられて戸惑う。
 眼前に、父・高城の表情を浮かべるマジェスティー。
「俺が生まれなきゃ、母さんも父さんも幸せだったって、言ってた」
「・・・だって、そうじゃないか」
堕天使に生まれた息子を盾に取られて、朱煌はラ・ヴィアン・ローズ総領の要請を請けざるを得なかった。
「・・・お前は、本当に、そう思うのか?」
「・・・俺はね。痛い!」
 思い切り耳を摘まれて、アイフェンはマジェスティーの腕の中でもがいたが、抜け出そうとすればするほど、耳が引っ張られるので、じっとしているほか手立てがなくなった。
「痛いって!」
「母さんに謝れ。母さんはお前にそんな辛い責任を感じさせる為に、総領になったわけじゃない」
「~~~わかってるけど! 痛いよ、父さん!」
「謝るまで離さんぞ」
「痛い! もうわかったから! 許して! ごめん! ごめんなさい!」
 ようやく解放された耳を擦ると、熱を持っていた。きっと、真っ赤になっているに違いない。
「なあ、凰。お前がそんな風に考えてしまう気持ちは、わからなくもない。けど、母さんはお前をどうしても守りたかったから、要請を飲んだんだ。わかってやってくれ」
「・・・わかってるけど。だから・・・」
「だから?」
 今度はもう片方の耳を摘まれて、アイフェンは悲鳴を上げた。
「痛いよ、父さん!」
「だから、何だ? だからこそ、生まれてこなきゃ良かったと言うのか? お前が生まれてきてくれて、俺たちがどれだけ幸せだったか、わからんか?」
 ふと見れば、マジェスティーの頬に涙が伝っていた。
「俺が。この俺がだ! 朱煌がラ・ヴィアン・ローズの総領となり、再び戦場に戻る決意を、飲んだのだぞ! あいつに人殺しをさせることを、承諾したんだ! お前を、守りたかったから!」
 いつしか耳から離れた手で、マジェスティーは顔を覆った。
「・・・父さん・・・」
「~~~愛してる。お母さんも父さんも、お前を愛してる。だから・・・生まれてこなきゃ良かったなんて、言わないでくれ・・・」
 アイフェンは黙って、マジェスティーの嗚咽に耳を傾けていた。
 失って正気を失うほど、母を愛していた父。
 正気を失って尚、息子の安寧の為に手を尽くした父。
 こうして抱きしめられて、伝わってくる体温が、心地いい。
「・・・父さん。俺、あなたたちの息子に生まれてきて、良かった」
 心の底からそう思える今が、堪らなく、心地いい・・・。



「よし、もう問題なさそうだな」
 リハビリの経過も順調で、すっかり元の調子を取り戻したマジェスティーにアイフェンは頷いた。
 『玉座の盾』と呼ばれる高城 善積の親衛隊隊長・多聞(たもん)に服を着せてもらいながら、マジェスティーは目を輝かせた。
「もうリハビリは終了か?」
「うん。日常生活はもとより、未来に戻る堕天使の力の発動にも、耐えうるだろう」
「じゃあ、もう夜更かししても怒らない?」
「はいはい、好きなだけどうぞ・・・」
「よし! 多聞、さっそく同盟への降伏を促す声明文書を煮詰めにかかるぞ」
 多聞を相手に文書を練っていくマジェスティーを眺めていたアイフェンは、溜息をついて天井を見上げた。
 未来へ帰り、同盟と和平を結び、母が望んだ終戦に持ち込めと、そう言ったのはアイフェンだ。
 だが、連合軍内部を改革し、連邦国に編成し直して、その冠を戴いた高城 善積という男には、和平交渉など念頭にないらしい。
 先程から聞こえてくるのは、あくまでも連邦国有利の、降伏交渉。
 同盟を併呑することしか考えていないようだ。
「アイフェン、お前は未来に戻ったら、ラ・ヴィアン・ローズに身を置くのか?」
「当然だろ? あそこには、義父さんと義母さんがいるんだ。大切な仲間もね」
「そうか・・・、じゃあ、ラ・ヴィアン・ローズ本陣に総攻撃をかけるわけにいかんなぁ・・・」
―――おいおい。
「総攻撃って」
「だって、最強の盾であるラ・ヴィアン・ローズを掃討してしまえば、同盟軍は一兵卒に至るまで戦意を喪失しうること、疑いない。以前から考えてはいたんだが、お前がいるし」
「~~~」
 例え息子がいなくとも、ラ・ヴィアン・ローズには生活を共にした仲間や、そもそも、旧知の親友・黒荻 刃がいるではないか。
「堕天朱雀よ。お前にはこの冷淡さがないから、紅蓮朱雀の雛鳥後継者などと嘲笑を買うのだ。陛下がおられぬ時の連合軍には寄る辺がなかった故、紅蓮朱雀も淡々と各個の戦闘に甘んじていたが、今のように絶対の拠り所があれば、間違いなく陛下を討ち取る策を講じたはずだ」
 多聞の言葉に、ガリガリと頭を掻く。
 確かに。
 母にはその冷淡さがあった。
 息子がいるからと実行しなかった父の方が、まだ甘いのだろというのもわかる。
 けれど。
「そんな才能はいらない! 俺が望むのは、これ以上の無駄な犠牲者が出ない終幕だ!」
「・・・わかったから、怒るなよ。穏便な降伏条件に、練り直すから。ただし・・・」
 マジェスティーの表情に、深い苦笑が滲んだ。
「一度始まった戦争は、多くの思惑を孕む。多少の蠢動による犠牲まで、考慮できない」
「~~~」
「だから、終戦の後は、もう二度と戦争の起こらぬ世界の為に、尽力しよう。それが、朱煌の願いだと思うから・・・」
 アイフェンは深い吐息をついて、頷くほかなかった。
 彼らの会議を、ソファにかけて見つめていたアイフェンは、ノックされたドアを振り返った。
「アイフェン、ちょっといいか?」
 のそりと入ってきた褐色の巨体に、ソファを勧める。
「ジェスの具合は?」
「ご覧の通り。もう万全だ」
「酒は?」
「ああ、かまわん」
「なら今晩、ここに古参連中を集めてもいいか? もちろん、連中には何も言わない。いつもの宴会だ」
 だが、実態は最後の酒宴。
 まもなく、ラ・ヴィアン・ローズを立ち上げた、敬愛すべき総領が消える。
「・・・わかった。ああ、技芸が寝静まってからにしてくれよ」
「わかってるよ。それから、多聞と技芸を、今から連れ出してくれないか?」
「え? ・・・ああ、まあ、いいけど・・・」
 長年の付き合いだ。彼が何を思ってそう言うのか、察しないアイフェンではない。
 紅蓮で自刃を図った血まみれのマジェスティーを診療所に運び込んできた、あの時のクロスの狼狽した姿が、鮮明に思い起こされた。



 多聞と技芸を連れ出して、しばらく時間を潰していたアイフェンがマジェスティー邸に戻ると、ちょうどクロスが玄関から出てくるところだった。
 結構長い時間、ウロウロしてきたつもりだったが・・・と、アイフェンは肩をすくめる。
 診察の為だと一人マジェスティーの寝室に趣いて中を覗くと、ベッドに俯せに寝そべった病衣姿のマジェスティーが、グッタリと枕に顔を埋めている。
「その様子じゃ、随分と絞られたようだな」
 ベッドの傍らまで歩を進めたアイフェンに、マジェスティーが枕からほんの少し顔を上げ、恨みがましい視線を放つ。
「嘘つき。怒らないって言ったのに・・・」
「ああ、言った。『俺は』怒らないって」
「~~~痛い。熱い。ヒリヒリする・・・」
「シャワーで冷やしておいで」
「無理。痛くて動けない。お前がどうにかしてくれ」
「甘えて」
 いつものようにポンと叩くつもりでお尻にかざした手の平に熱気を感じて、手を引っ込める。
 薄手の病衣とはいえ布越しにも熱を感じるくらいでは、相当こってりやられたのだろうと思うと、さすがに可哀想になってきた。
「待ってなさい、今、タオルを濡らしてきてやるから」
「嫌だ。お前の前でお尻晒されてタオルで冷やされるとか、そんな屈辱的な格好できるか」
「俺の膝の上で丸出しのお尻を叩かれて、ピィピィ泣いてた奴が、何を今更」
「言うなよ! あの頃と違って、今は父親の記憶もあるんだからな!」
「あー・・・」
 確かに、状況は違うけれど。
「じゃあ、どうしろと言うんだよ」
 物言いたげにジッとアイフェンを見つめていたマジェスティーが、彼の顔から白い仮面を剥ぎ取った。
「それ」
 指さされたのは、仮面の下から現れた、金色の瞳。
「力で治せって? 堕天使の力は、人類には効力が薄いくらい、知っているだろ」
「深い傷や病気は治せなくても、表皮層くらいまでなら効果があるのも、知ってる」
 ニンマリとするマジェスティーの表情は、どう見ても弟のもので、つい苦笑が漏れた。
「仕方ないヤツだな。今回だけだぞ」



 最期の酒宴。
 そうと知るのは、アイフェンとマジェスティー、そしてクロスだけ。
 ラ・ヴィアン・ローズの古参たちは、いつも通りに。
 科学者チームのクロスの息子たちは、物静かに。
 あちこちで響く笑い声を、マジェスティーも楽しそうに眺めていた。
 ラ・ヴィアン・ローズを立ち上げて20年余りの時間、幾度も開かれた賑やかな酒宴。
 ひとしきりのドンチャン騒ぎが終宴したのは、これもいつも通りにクロスの号令一下。
 古参たちの手で速やかに撤収作業が行なわれたマジェスティー邸の広間は、すっかり元通りとなり、彼らの退出とともに静けさが戻った。
「さてと」
 ドカリとソファに腰を下ろしたクロスが、手の平に息を吹きかけてマジェスティーを睨んだ。
「仕切り直しだ。お前、アイフェンに力で治させただろう。見てりゃわかる」
 顔色を失ってお尻を押さえるマジェスティーを見て、アイフェンは肩をすくめた。
 そういえば昔、クロスはアイフェンを叱りつけた時も、長引く痛みで叱られたことを思い出すのも、お仕置きの一環だとか何とか、のたまっていたっけ。
 あれもアイフェンが自傷行為に及んだ時の罰だったから、なるほど、マジェスティーも同じ運命を辿るわけだ。
 これは・・・見物していては気の毒だと思い、アイフェンが部屋を出ようとした時、クロスの咳払いが聞こえた。
「アイフェン、誰が行っていいと言った」
 自分も睨み据えられていることに気付き、息を飲む。
「え? 俺、も?」
「当然だろう。治したのはお前だ」
 ヌッと立ち上がったクロスは、ふたりの首根っこを掴んで、床に放り投げた。
「兄弟まとめてお仕置きだ。さっさと四つん這いになれ」
 確かに、悪いのはマジェスティーで、それに加担したアイフェンも同罪。それはわかる。
 だからと言って、父であり、弟である男と共に。
 だからと言って、息子であり、兄である男と共に。
 お尻を並べて四つん這いでぶたれるなど、御免だ。
 二人は顔を見合わせて頷くと、脱兎のごとく駆け出した。
「こら! アイフェン! ジェス!」
 彼らが一路目指したのは、多聞のゲストルーム。
「おい、多聞! さあ、行くぞ! 今すぐ、未来へ飛ぶ!」
「は? 何を言い出す、堕天朱雀。いくら何でも、急が過ぎるぞ」
「いいから今すぐだ! 急ぎ準備致せ!」
「陛下まで・・・」
 尋常でない二人の様子を、訝しげに見上げていた多聞は、ふと耳を澄ませた。
 無論、慌てふためくアイフェンとマジェスティーにも聞こえてくる、床を踏みしめる大男の足音。
 ドアが開き、ヌッと姿を見せたクロスに、二人が悲鳴を上げた。
 事情は知らないが、何故だか介入してはならない気がした多聞は、敬愛する主君と宿敵・堕天朱雀が大男に引っ立てられて行く様を、黙って見送ったのだった。 





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