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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another11~朱雀の章・番外編~

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 ほつれ始めた、マジェスティーの・・・いや、高城 善積としての記憶。
そうとわかっていても、アイフェンは嘘を塗り固めるしか手立てがなかった。
「しっかりしなさい。お前は、姫さまの父親だろう?」
 マジェスティーは押し黙り、ベッドにしがみつくように寝転がった。
「こら、そこは私のベッドだろ。お前の寝床は、あっちの入院ベッドにシーツを掛けてあるから・・・」
「ここがいい。お前はソファ」
 アイフェンは苦笑を浮かべて、ピシャンとマジェスティーのお尻を叩いた。
「甘えて」
 つまり、傍にいろということ。
 本当に、全ての封印がほどけてしまっていたのなら、こんな風に駄々はこねまい。
 マジェスティーが混乱する記憶の狭間で迷い子になり、アイフェンに救いの手を求めていることを察したアイフェンは、安堵と後悔と懺悔の思いを込めて、幼かった彼にするように、そっと頬にキスをした。
「安心おし、ジェス。怖い夢は、全部嘘だ」
 彼が小さな頃、枕元で言い聞かせてきた言葉。
 マジェスティーは、あの頃と同じように、ベッドからじっとアイフェンを見つめた。
「・・・怖い夢は・・・もう、あんまり思い出さない」
 アイフェンはマジェスティーの浮かべる表情に、ついギクリとした。
 同一人物を育て直し、まるで違う人格に育ち、雰囲気から体格まで別人となったマジェスティーと高城。
 なのに、今、彼が浮かべる表情は、高城 善積そのものだったのだ。
「けど・・・朱煌が善積に向けた表情の一つ一つに、覚えがあるんだ」
 アイフェンの鼓動が、早鐘を打つ。
 幸せの思い出。
 幸せのスタートライン。
 過去の自分がそれを踏み出した瞬間を、目の当たりにしたマジェスティー。
 これが、当然の成り行きかも知れない。
「・・・もう、寝なさい。ずっと、傍にいるから」
 彼の髪に指を絡ませるように撫でる。
 おそらくは、酒に飲まれねば眠りにつけないほど、マジェスティーは混乱していたのだろうと思うと、アイフェンの胸は潰れそうだった。
 可哀相だ。
 本当の記憶を夢だと信じ込まされて成長し、ここに来て、幸せだった頃の記憶を見せつけられたマジェスティーが、可哀相だ。
 眠りに落ちた彼を見つめながら、アイフェンは白い仮面を外し、手の中で握り締めた。
 寝顔は、子供の頃のまま。
 自分で育てた、かつて父親だった、可愛い弟。
 彼は今、どれほど混沌の中にいるのであろう。
 愛する人が業火の中で死んでいく姿なら、忘れさせてやりたい。
 けれど、今、彼の本来の記憶を激しく揺さぶっているのは、母と幸せに過ごした記憶なのだ。
 それを取り上げて、なかったことにしてしまえる程、アイフェンは冷酷になれない。
「ジェス・・・愛しているよ。明日、起きたら、教えて、あげようね・・・」
 両手で顔を覆う。
 涙が溢れて止まらない。
 明日、真実を伝えたら、父は・・・いや、弟は、どれだけ傷つくのだろう。
 どうせ傷つくのなら、嘘の記憶など、刷り込まなければ良かった。
「ごめん。ごめんなぁ、ジェス。結局、一番残酷なことをした。ごめんな、ごめん・・・」
 自分を慕って、真っ直ぐに伸びる小さな手が、まざまざと脳裏に蘇る。
 たくさん抱きしめて、たくさん心配して、たくさん笑って。
たくさん、たくさん紡いできた、兄弟の記憶。
 それこそが、偽りの時間で育まれたものなのだと彼に伝えた上に、彼が愛して止まない女性が辿る運命を思い出させる。
 後悔の涙は止むことがなく、アイフェンは遂に、眠ることができなかった。



 白い仮面をはめ、白衣に袖を通す。
 まったく、空気の読めない戦士共だ・・・。
 朝から診療所の前にたむろするラ・ヴィアン・ローズ古参陣に窓から一瞥をくれた。
「ああ、アイフェン、皆まで言うな。お前の言いたいことは、全員、百も承知だ。という訳で・・・アスピリンをくれ・・・」
 最古参のアニトー・ベゼテが、演劇ばりの懇願を見せる。
 アイフェンはただただ深い溜息をつき、まだ深い眠りを貪っているマジェスティーを見下ろした。
「・・・ゆっくり、眠っていなさい。兄さんは、馬鹿どもの診療をしてくるからね」
 いつものように、ゆったりと朝のコーヒーブレイク。
 それから、更にゆっくりと薬の用意。
 懲りない二日酔い戦士たちに、丁度いいお仕置きの時間だ。
 たっぷり待たせて、ようやく診療所を開けてやると、古参連中が我先にと雪崩込んできた。
「アイフェン~~~」
「うるさい。ジェスが寝てる。静かにせんと、薬は処方してやらんぞ」
「わかったから、早く・・・」
「まったく・・・」
 急患でもあるまいし、早くしようが結果は同じだ。
「大体な、何度同じことを言わせる? 二日酔いなんぞな、薬でどうこうしようというのが間違いだと言っているだろが」
「はい! 何度も伺いました! 反省しております!」
「はい、それも何度も伺いました。反省できていません」
 そっぽを向くアイフェンに、アニトー・ベゼテがすがりつく。
「そんなこと言わないで・・・お願いします、ドクター・アイフェン。これきり! もうしない!」
「聞こえんなぁ」
 明後日の方向を向いてアイフェンが肩をすくめた時、クスクスと笑い声が聞こえた。
 笑い声の主は、いつの間にか起き出して、診療所の様子を眺めていたマジェスティーだった。
「至らない部下たちのこと、私が代わって詫びるよ、ドクター・アイフェン。だから、彼らを診てやってくれないかな」
 昨夜の・・・いや、ここ数日のやり取りを、なかったことにするようないつも通りのマジェスティーに、アイフェンは息を飲む。
「・・・総領閣下がそう仰るのであれば、仕方ありませんね」
「・・・ああ。頼む」
 マジェスティーは静かに微笑むと、再び奥の部屋に姿を消した。



 気心知れた馬鹿共の診療と処方を一通り終えたアイフェンが寝室に戻ると、マジェスティーの姿はなく、代わりに、ベーコンを焼く香ばしい香りが漂っていた。
 キッチンを覗くと、鼻歌交じりにベーコンとグリンピースを炒めるマジェスティーの後ろ姿。
「終わった? ちょうどこっちも仕上がる頃」
「TVディナーのストックがあったのに」
「俺はお前と違ってね、デラに料理を仕込まれたから。弟の俺が栄養管理してやらないと、あの子はいつか体を壊すってね」
「・・・ああ、よくデラに怒られたな。俺がTVディナーばかり買ってくるから」
「勉強好きはいいけど、あれじゃ、医者の不養生だって嘆いていた」
「・・・そうだったな」
「お前が大学生の時だったな。TVディナーを冷凍庫に買い置きするとデラが怒るから、地下室にこっそり買った冷凍庫置いて買い貯めしてさ」
「・・・ああ、バレた時は何年振りかで、デラに嫌というほどお尻をぶたれたっけな。・・・て、おい、なんで知ってる」
「見てたもん。地下室に耳を引っ張って行かれるお前を見て、これは面白いことになりそうだって」
 仕上がった朝食をテーブルに並べながら、悪戯な笑みを浮かべるマジェスティーに、アイフェンは額を押さえた。
「兄貴のお仕置きされる姿なんて、久々だったから、笑ったなぁ」
「~~~言うなよ」
「俺の前では威厳に満ち溢れた兄貴でいたくせに、クロスにもよく叱られてたよな」
「言うなって・・・」
 顔を覆っていたアイフェンは、ふと、楽しそうに過去を語るマジェスティーを見た。
 彼が先程から、『兄』という言葉を多用していることに気付いたのだ。
「なあ・・・ジェス」
「アイフェン、俺さぁ、お前が俺の兄として、懸命に、俺を育ててくれたこと、わかってるから・・・」
「ジェス・・・」
「お前が俺を育ててくれた時間が、とても大切な思い出だから・・・信じる」
 そう語るマジェスティーの表情は、紛れもなく、数十年を共にした弟のものだった。
 塗り固めた嘘で始めた時の流れは、いつしか、もう一つの『真実』の糸を紡ぎ、ほつれかけた記憶の封を、どうにか縫い留めたのだろう。
 その後、10年間。たった一本であろうに、その糸は強固に持ち堪えてくれた。
 いくつもの戦場を巡り、その間に幾人もの後継者を育て、マジェスティーは以前と何ら変わらぬ、ラ・ヴィアン・ローズでは支柱、私生活ではアイフェンの弟で有り続けた。
 けれど、その糸がポツンと音を立てて切れる日は、突然、訪れる。
 朱煌と高城の結婚10周年の記念日に招待された、渡日。
 招かれたのは、高城の故郷。
 目の当たりにした、本当の自分が生まれ育った場所。
「長きに渡り、よくも余を謀ってくれたものだな、堕天朱雀よ」
 その場にアイフェンが共にいたなら、糸は持ち堪えたのか、それとも、軋む運命の歯車が準備した台本には、抗えないのか。
 マジェスティーが振るう紅蓮で体中を切り裂かれながら、アイフェンはそんな無意味な仮定に思いを巡らせていた。
 そして、同時に思う。
 可哀想に。
 一人ぼっちで、蘇ってしまった記憶を抱えて、どれほど辛い思いをしたのだろうと。
 こんなことなら、やはり、10年前のあの日に、伝えてやれば良かった。
 せめて、自分の口から、教えてやれば良かった。



「こら、ジェス。ちゃんと横になっていなきゃダメだろう」
 診察のために寝室を訪れたアイフェンは、ベッドに腰掛けて窓を眺めていたマジェスティーに、白い仮面越しに顔をしかめた。
 ベッドの脇のサイドテーブルを見て、更に眉をひそめる。
「薬も飲んでないじゃないか」
 マジェスティーは知らん顔で窓の外を見つめるばかりだった。
「こら。こっちを向きなさい。・・・ジェ~ス?」
 ようやく振り返ったマジェスティーは、どうもアイフェンを睨んでいるようだが、拗ねた上目遣いにしか見えなくて、苦笑。
「何を拗ねてる」
「・・・それが、父親に対する態度か。大体、仮面は外せよ! それじゃ、俺が不利だろ。顔、見せて話せよ」
「ん? ああ、そういうことか」
 アイフェンは肩をすくめて仮面を外すと、ベッドのシーツを直してサイドテーブルを指差した。
「ほら、父さん。ちゃんと薬飲んで、さっさと横になる。言うこと聞きなさい」
 マジェスティーはますますムクれて、そっぽを向いた。
「呼び方変えればいいってもんじゃないだろ! 息子のくせに、偉そうにするな」
「あのね、俺は医者で、お前は患者。今は圧倒的に俺が優位なの、わかる? だから、さっさと言うこと聞いて、完治に専念しなさい」
「~~~嫌だ。だって、お前、治ったら、怒る気だろ」
 アイフェンは彼が何を愚図っているのか理解し、顎を撫でて吐息をついた。
「自傷行為なんかすれば、怒られて当たり前だものなぁ」
「~~~」
「・・・怒らないよ、俺は。確かに、自傷行為なんて心配をかけることをした以上、どんな理由であれ、うんとお尻を引っ叩かれて然るべきとは思うがね、今回だけは、俺は怒らないし、怒れない」
 顔を上げたマジェスティーの輝く目に、苦笑。
「お前をそこまで追い詰めたのは、俺だから・・・叱ったり、できないさ。だから、ちゃんと薬を飲んで、安静にしていなさい」
「・・・約束する?」
「ああ、するする。俺は怒らない」
 そこからのマジェスティーは、実に素直だった。
 薬を飲み、ベッドに横になると、診察も大人しく受けてくれる。
 余程、叱られたくなかったと見えて、アイフェンは苦笑を隠せない。
「ジェスと、呼んでいいかな?」
「・・・うん。正直、『父さん』なんて呼ばれるの、照れ臭い・・・」
「そうか」
 昔からしてきたように、アイフェンはマジェスティーの頭を撫でた。
 彼はこうしてやると、とても嬉しそうに微笑むから。
 その何とも言えない顔が、アイフェンは好きだった。
「でも・・・」
「ん?」
「お前は、いいのか? 父親が目の前にいるのに、『父さん』と呼べないの、辛くはないのか?」
「・・・そうだなぁ・・・」
 ベッドの縁に腰を下ろして、つらつらと、思いを巡らせてみる。
「・・・お前が、父親であれ、弟であれ、ずっと傍に居られた。俺はそれで、十分、幸せ・・・かな」
 じっとアイフェンを見つめていたマジェスティーが、窓を指差した。
「さっき、思い出してたんだけどさ」
「何?」
「朱煌の婚約披露パーティーの為に、善積を来させた・・・あ、いや、俺が本陣に来た時さ」
「ああ、10年前な」
「うん。あの時、お前は酔っ払って、善積に・・・いや、俺に、泣いてすがり付いてきた」
「・・・らしいな。俺も酔っていたんでな、クロスに聞いただけで、記憶にないんだ」
「あの時、お前は・・・「なんで、僕を置いていったの?」って、泣いてた」
「・・・そうか」
「あの時の善積は・・・俺は、どういうことかわからなかったけど、今の俺には、わかる。あれは、俺がお前を置き去りにして、連合軍に寝返ったこと、だよな」
 アイフェンは黙って天井を見上げた。
 あまり思い出したくないのに、いつだって鮮明に蘇る記憶。
 母の死を目の当たりにして、怖くて、悲しくて、辛くて、父にすがりついた手は、振り払われた。
 自分は父に捨てられたと感じるには、十分な出来事だったのだ。





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