堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話11

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 その頃のアニトー・ベゼテの心の機微を思いやって、もう40歳になったマジェスティーなら、胸を痛めることもできた。
「私より年長とはいえ、アイツはまだ15だったものな。なのに、私ときたら・・・」
 当時の自分を反芻し、自嘲めいて額を押さえるマジェスティーの頬を、アイフェンが突いた。
「仕方あるまい。お前はまだ13で、自分のことで精一杯の子供だった。そもそも、アニトー・ベゼテはお前に同情して欲しいとも一緒に泣いて欲しいとも、思っていなかったさ」
「まあ、そうだろうけど・・・」
「お前はお前のまま。あの態度で正解だったと、私は思うよ。なあ、クロス?」
 褐色の巨体が、目を細めて微笑んでいる。
「でなければ、アニトー・ベゼテのような得がたい部下を、お前は持てなかった」



「まったく、みんな冷たいもんだぜ。賃金が発生しなくなると同時に、一人残らず出て行きやがった」
 まだ片付けが済んでいない屋敷の荷物を整理しながら、アニトー・ベゼテがボヤく。
「しょうがないだろ。使用人(みんな)にだって、生活があるんだ」
 引っ越しの手伝いに来ていたアイフェンが、グリグリとアニトー・ベゼテの頭を撫でる。
「あんたらみたいなお人好しに出会える確率って、相当低いんだって学んだよ」
「そりゃ結構な学習をしたね。なら、その確率を引き当てられる強運を、今後に生かすといい」
「け。自分で言ってら」
 そんな二人の会話を、部屋の隅に佇んで不貞腐れ気味に眺めていたマジェスティーのお尻を、クロスがポンと叩く。
「ジェス、そんなとこに突っ立ってないで、これ、外のトラックに運んで」
 プイとそっぽを向いたマジェスティーは、手ぶらのまま、外に出て行ってしまった。
「やれやれ、困ったもんだな」
 苦笑気味に溜息をつくクロスに、アイフェンが肩をすくめた。
「クロス、俺は久々にジェスのお尻を引っ叩いて、連れ戻そうと思うんだが・・・意見は?」
「いいんじゃないか? 今のアイツは反抗期でなく、ただの駄々っ子だ」
 大人たちの見解が一致したのを見て、アニトー・ベゼテが荷物を持って立ち上がった。
「ダーメ。あいつは俺の子分だからな。俺が行ってくる。ご意見は?」
「じゃ、任せる。あ、この前みたいな喧嘩は無しだぞ」
「わかってるよ。巻き添えでお尻ペンペンとか、御免だからな」
 ヒラヒラと手を振って出て行くアニトー・ベゼテの背を見送って、アイフェンとクロスは肩をすくめて片付けを再開した。



「いた。やっぱり、ここか」
 それは、屋敷の一番大きな木の上の、ツリーハウス。
 数年前に、クロスが作ってくれたものだ。
 あれから互いに背も伸びて手狭になってきたので、ここで遊ぶこともなくなったが、悪巧みの作戦会議や籠城場所としては時折可動していた、クロスが作って後悔した一等賞の作品だ。
 ここに籠られると、大人たちは侵入不可能。
「ここで良く、俺たちにお仕置きしようと手ぐすね引いたアイフェンとクロスと、持久戦をやったよなぁ」
 たった数年前のことなのに、アニトー・ベゼテがあまりに古い記憶のように反芻してツリーハウスの柱を撫でるので、マジェスティーは唇を噛んで彼を睨んだ。
「やめろよ。ついこの間のことじゃないか」
「ホントだな。つい、この間だった。俺も、ずっと続くと思ってたな」
「・・・続けたら、いいじゃないか」
「籠城か? 立ってみな。もう、こんなに天井が低い。俺たちはもう、ここに籠っていられるほど、子供じゃないだろ」
「・・・行っちゃ、ヤダ」
 天井の低さを味わうように見上げていたアニトー・ベゼテが、苦笑を浮かべて床に胡座をかいた。
「お前って、ホントに真っ直ぐ、自分の思いを口にするよな」
「だって・・・行って欲しくないんだもん」
「お前、嫌い」
 潤ませた瞳を跳ね上げたマジェスティーに、アニトー・ベゼテがますます苦笑を深めた。
「ホント、大嫌い」
「~~~アニトー・・・」
「大嫌いだったよ。会ったばっかりの頃、とにかくムカついた」
 ボロボロと涙をこぼし始めたマジェスティーの目を、手の平で些か乱暴に拭いながら、アニトー・ベゼテは笑っていた。
「なんだ、コイツって。自分は愛情たっぷり受けて育ちましたってオーラ満載で、どんな悪戯しても、見放されない自信いっぱいで。見てるだけで、腹が立った」
「俺は・・・! 別に・・・、自信、なんか・・・」
「それそれ。わかってない、その感じ? 俺は自分の中に、こんなに妬みや嫉みを感じる機能が備わってるなんて、思ってもみなかったから、落ち込んだね、正直。だから・・・」
 ベソをかくマジェスティーの懐深くにじり寄ったアニトー・ベゼテは、見たことがないほど意地悪い笑みを浮かべていた。
「お前を唆して、とことん悪ささせてやったのに、お前が愛されてることを再確認するだけで、惨めになるのは俺の方・・・」
「でも、俺だって・・・!」
「そう。お前には、本当の両親がいないどころか、その記憶すらないときた。幸福合戦も不幸合戦も、どっちも惨敗。参ったね」
「・・・そんなの、競うもんじゃないじゃん・・・」
「ああ、そうだな。でも、そんなもんでしか自分の価値を測れないくらい、俺は子供だったし、今も、子供だ」
 意地の悪い笑みは、いつしか、真剣な眼差しに変わっていた。
「だから、俺は、大人の定めた道を行く。どうせ、いつかは自分で決めた道を、自分で歩かなきゃいけないんだ。今の内に、理不尽を飲み込んで栄養にしちまうくらいのスキル、身につけてやるさ」
 アニトー・ベゼテに比べたらマジェスティーはまだまだ子供で、彼が言っていることがよく理解できなかったようだが、もがいたところでどうにもならないことだということ位は、わかっていた。
「ほら、いつまでも拗ねてないで、行くぞ。準備が終わらないだろ」
「・・・大嫌いしか言われてないから、行かない」
 膨れ面の上目遣いを向けられて、アニトー・ベゼテは頭を掻いた。
「あー・・・察してくれよ、その辺は」
 ニコリと微笑んだマジェスティーが立ち上がると、やおらツリーハウスの天井を力任せに剥がした。
「おい、ジェス!?」
「どうせ、このハウスも撤去しなきゃ、家を引き渡せないんだろ。どうせなら、俺たちで解体しようよ」
「なるほど、楽しそうだな」
「だろ?」
 ニヤリと顔を見合わせた二人の解体工事が、盛大な物音と共に始まり、何事かを飛び出してきたアイフェンとクロスが、目を丸くする。
 揺れ動くツリーハウスから、不規則に降ってくる材木のせいで近付けないものだから、大人二人は声を張り上げるしか手立てがない。
「こら! やめなさい、お前たち!」
「危ないだろう! 今すぐ降りてきなさい!」
 ツリーハウスは結構な高さにある上、はしゃいでいる二人には声が届かないのか、届いていたとしても、聞こえないフリか。
 とにかく、着々と進む解体作業に、クロスとアイフェンは頭を抱えるほかなかった。
「あ! そこは外しちゃいかん! こら! ジェス! アニトー・ベゼテ! そこを外したら支えが・・・!」
「あ!」
 幹を囲うように張り付いていたツリーハウスが滑り落ちたのは、一瞬の出来事だった。
 凄まじい音が響き渡り、ペシャンコになったツリーハウスの残骸から、土埃が舞い上がる。
「ジェス! アニトー・ベゼテ!」
 アイフェンが悲鳴に近い声を上げて残骸に駆け寄ろうとした時、木の上から笑い声が響いた。
「あー、びっくりした」
「危なかったなぁ」
「天井から外しておいて、正解だった」
 見上げると、枝にぶら下がった二人が、顔を見合わせてクスクスと笑っている。
「~~~」
 アイフェンはツカツカと木の根元に歩み寄ると、ツリーハウスの残骸を漁り、手頃な木の板を二本見繕って、クロスに片方を投げ渡した。
 そして、手元に残った木材を握り、片方の手の平をパンと打つ。
「さっさと降りて来い、悪ガキども。お仕置きの時間だ」



「~~~どうしていつも、そういう話に着地するかな」
 マジェスティーはうんざりしたように顔を撫で、コーヒーをすすった。
「どうしても何も」
「お前の子供時代を話すと、こういう結果にしかならんだけだろ」
 すっかり不貞腐れてソファに深く持たれたマジェスティーは、再びノックされた執務室のドアに無愛想な返事を返したが、ドアをくぐった男の姿を見て態度を一変。
諸手を挙げて歓迎を示した。
「よく来た、アニトー・ベゼテ! 入れ入れ。さあ、来い。さあ、ここに座れ。もう敵前逃亡は許さん」
「許さんって、あなたが勧めたんでしょうが。まだ昔話の真っ最中ですか? いい加減、仕事しましょうよ、お三方」
 呆れたように肩をすくめたアニトー・ベゼテは、ヒラヒラと書類袋を振って、マジェスティーの隣に腰を降ろした。
「コーヒーでいいか、アニトー・ベゼテ」
「ドクター・アイフェンの手ずからとは、恐縮です。ミルクはたっぷりで」
「何が恐縮だよ、こいつは」
 肩をすくめてコーヒーを淹れるアイフェンと書類袋を交互に見つめ、アニトー・ベゼテが何やらニヤニヤしている。
「お、何だ? あの頃ばりの悪ガキ顔だな」
 クロスが苦笑気味に顎を撫でる。
「押され気味の戦場に、丸腰で戻るはずないでしょう。総領閣下、敵を見事打破できますれば、先程の件、再考願えますかな?」
 ヒラリと手を振って、マジェスティーは明後日の方角を見た。
「それはそれ」
「じゃ、即時撤退しようかなぁ」
「それもダメ。いいから、ここにいろ。・・・私はもう満身創痍だ」
「大袈裟だなぁ。一体、なんの話をなさっていたんです?」
 アニトー・ベゼテにコーヒーを手渡して、アイフェンがニヤリとした。
「ツリーハウスが落下したところだな」
「え」
 我ながら、まずいところに参戦したものだと、アニトー・ベゼテが顔を歪めてお尻を擦った。
「あれはあんまりじゃありませんか、閣下方。幼気な子供のお尻を、真っ赤になるまで板っ切れで引っ叩くなんざ、ひどい大人もいたものだ」
「何が幼気な子供か。危険を犯した悪ガキには、当然の措置だろう」
「私はその日の夕刻から、あのお尻で何時間もボロトラックに揺られて、サウスカロライナに移動する羽目になったんですよ。別れの日くらい穏便に済ませてやろうとか、思いませんかね、普通」
「ふーん。あんなにごめんなさいと喚いていたのに、腹の中ではそんな風に思っていたわけか」
 それを言われると二の句が継げないアニトー・ベゼテは、口を噤んで書類袋で顔を隠した。
「大体、お前もジェスも、お仕置きの間はごめんなさいと言うくせに・・・」
「舌の根も乾かない内に、次から次へとロクなことをしない」
「ああ、思い出した。街外れの空家」
「あーあー、あったなぁ。夜中に抜け出して、肝試しな」
「あの時は・・・」
 また始まる昔話に、マジェスティーが耳を塞ごうとした時だ。
 アニトー・ベゼテがグイと書類袋を突きつけた。
「ちょーっと待った。一方的な波状攻撃に対抗できる、防御壁がここにありますぜ」
 猛攻に晒され続けたマジェスティーは、心強い援軍に目を輝かせる。
「? それは?」
「これ、姫さまに送って差し上げたら、さぞかし受けるでしょうねぇ」
「なんで姫さまが出てくる」
「ああぁ、その前に、ラ・ヴィアン・ローズの連中に回覧するって手もあるなぁ」
 ニヤニヤするアニトー・ベゼテに、アイフェンとクロスは訝しげに眉をひそめた。
「ご覧になります?」
「勿体ぶるなよ」
「では、私めの虎の子、御開帳」
 書類袋から取り出された古びたパンフレットに、アイフェンが顔色を変えて立ち上がる。
「お、お前~~~! そんな物、どこから・・・!」
「ネットオークション。レア物だから、高くつきましたけどねぇ」
 クロスが同情めいてアイフェンの背中を叩くと、彼は目眩を隠せずソファにヘタりこんだ。
 アニトー・ベゼテが手にしていたのは、かつてショービジネス界で一世を風靡したマジシャン『マエストロ』のショーパンフレットだった。
「アニトー・ベゼテ、見せてくれ」
「はい、総領閣下。獲られないでくださいよ、希少価値の防御壁なんですから」
 受け取ったパンフレットをパラパラとめくると、色褪せてはいるが、当時の華やかなマジックショーの写真がふんだんに使用されており、当時としても高価なパンフレットであったことが伺える。
「マエストロって、昔すごい人気だったマジシャンだよなぁ。一度だけ、ラスベガスのショーを観に連れてってもらったっけ。でも・・・」
 パンフレットから顔を上げたマジェスティーは、首を傾げた。
「どうしてこれが、防御壁?」
 一人キョトンとしているマジェスティーに、全員の視線が集中した。
「嘘でしょう、閣下?」
「ジェス、お前、気付いてなかったのか?」
 唖然とされているのがわかって、マジェスティーは不貞腐れ気味にアニトー・ベゼテにパンフレットを押し付けた。
「気付くって、何に?」
「マエストロって、アイフェンだぞ?」
 クロスが呆れたように、両手で顔を覆っているアイフェンを指さした。
 しばしの沈黙の後、マジェスティーの素っ頓狂な驚愕の声が、執務室に響き渡ったのだった。





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