FC2ブログ

ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another10~朱雀の章・番外編~

 ←堕天朱雀昔話10 →堕天朱雀昔話11

「じゃ、朱煌」
 頬に添えられた高城の手の平の温もりを味わうように、朱煌は目を瞑っている。
「日本で待ってるから。好きなだけ、ここにいなさい」
「・・・はい」
 姫君のこんな素直な良い返事を、マジェスティー以下ラ・ヴィアン・ローズの古参たちは、聞いたことがない。
 なんだか妬けるが、おそらくこれが、彼らの望んでいた「紅蓮朱雀の幸せ」なのだ。
 専用機のタラップを登り始めた高城は、一度も振り返らなかった。
 離陸した専用機を眺めながら、マジェスティーが頭を掻く。
「まったく、傲慢な男だな。朱煌が必ず自分の元に、自ら赴くと、信じて疑わない、か」
 彼の後ろ姿を見送りながら、苦っぽく呟いたマジェスティー。
「我らがそれを止めないと、信じているとも言えますな」
 クロスの言葉に、マジェスティーの苦笑が更に深まる。
 それを振り払うように、マジェスティーが古参一同を見渡した。
「ちょうど、幹部が顔を揃えていることだしな。これから、会議を行いたい。皆、会議室に集合してくれ」
 一同が敬礼を持ってそれに応を示すと、マジェスティーはアイフェンを振り返った。
「お前も、来てくれないか? 大事な会議だ」
「え? ああ、そりゃ構わんが・・・」
 と言うか、マジェスティーは将校勢でなく幹部という言葉を使ったのだから、戦士ではなくとも、アイフェンが参加するのは、こういう時、当然の流れだ。
 それなのに、敢えて指名するように名を呼ばれたことに、どこか不自然さを感じたアイフェンだった。



「次期総領?」
 些かざわめく会議室。
 彼らを見渡して、マジェスティーは頷いた。
「皆、当然のように、次期総領は『紅蓮朱雀』と思っていたはずだ」
 確かに。
 ラ・ヴィアン・ローズそのものの屋台骨はマジェスティーであるが、それを受け継ぐのは、No.2たる紅蓮朱雀だと、なんの取り決めもないまま、誰もが感じていた。
「だが、紅蓮朱雀はもういない」
 円卓の上座に深く体を預けて天井を仰ぐマジェスティーの言葉に、アニトー・ベゼテが挙手をした。
「それはそうですが・・・我らには、あなたが居ます」
「・・・そうだな。だが、私だって、いつ居なくなるかわからん」
 この言葉に、一番ビクリと体を震わせたのは、アイフェンだった。
 ラ・ヴィアン・ローズの支柱、マジェスティー・C・アースルーラー。
 彼がある日、忽然と消息を絶ったから、世界が二分される蠢動を始めた時、平凡な主婦となっていた朱煌に、ラ・ヴィアン・ローズ総領着任の要請がなされたのだ。
「総領閣下・・・、そんな縁起でもないことを・・・」
「ここが傭兵組織でなければ、こんなことは言い出さないよ、アニトー・ベゼテ」
 会議室が、シンと静まり返った。
 誰もが虚を突かれたのだ。
 まだ40になったばかりの総領を失うかもしれないなどと、誰も想像してなかった。
 考えてみれば、バカな話だ。
 自分たちは傭兵組織で、その行動の先には戦争があり、そこには必ず死者が出る。
 その墓碑銘に、マジェスティーの名が連なる可能性を、すっかり失念していた。
 それほど、彼は信頼の置ける将軍であったが、同時に、組織として、とても危険な発想であったと、会議室の中に反省の色味が行き渡った。
 「・・・発足当時の少数部隊なら、解体してしまえば済む話だったがな。現状は、そうもいくまい」
 強大に膨れ上がった組織。そして、組織を構成する戦士に科学者に技術者に、その部下、その家族。
 守るべきものは、ただ戦って得られる報酬だけでは賄えない。
「ですが、閣下。だからこそ、簡単に次期総領など決めかねるのも事実です」
「別に、今ここで決定しようとは考えていないさ。ここで候補を数名、挙げて欲しいんだ。そこから、名の挙がった候補を次期総領として、我らで教育したいと思っている。無論、何年か掛けてね」
 古参たちは顔を見合わせ、全員が頷いた。
「もちろん。意義はありません」
「つまり、次期総領候補は、我々古参の中からでなく、若い世代を・・・と、いうことですな」
 マジェスティーが頷くと、彼らから喝采が起こった。
「さすがは我らの総領殿!」
「それなら我らは何の重責も感じずに、任務に没頭できますな」
「本当にあなたは、我らの性質をよくわかってらっしゃる」
 肘掛に頬杖をついて、マジェスティーは古参一同を見渡した。
「とうとう認めたな。私に重責をすべて押し付けて、気楽な傭兵生活を過ごそうとしていたこと」
「当然でしょう! でなければ、我らのような優秀な戦士は、自国の軍の一員になっておりますとも」
「そんなこと、とうにわかっていたから、この傭兵軍団にわざわざ階級を作ってやったんだ」
「だと思いましたよ! こんな我らを将校の地位に着け、責任を分散させるとは、一本取られました」
「お前たちの思い通りになど、させてたまるか」
 笑いに包まれた会議室。
 気心知れた仲間たちとのやり取り。
 笑うマジェスティー。
 いつもと何ら変わらない会議風景なのに、アイフェンはどこか不安を掻き立てられた。
「ドクター・アイフェン」
 腕組みでじっと考え込んでいたアイフェンは、マジェスティーの呼びかけに、ハッとマスクの視線を跳ね上げた。
「君には、候補たちの健康面と精神面を管理してもらう。特に精神面は、厳しすぎるくらいの基準を以て当たって欲しい。今後、ラ・ヴィアン・ローズが如何なる事態に遭遇しても、決して、紅蓮朱雀を呼び戻さずに主軸に立てる者を、次期総領に据えたいのだ」
 如何なる事態・・・。
 紅蓮朱雀を呼び戻さずに・・・。
 アイフェンは息を飲む。
 まるで、この先の未来を暗示するような言葉の数々。
「・・・閣下のご意向に沿うべく、全力を尽くします」
 精一杯、静かに答えた。
 手の平に滲む嫌な汗を、握り締めながら・・・。
 そんなアイフェンの心痛などお構いなしに、次期総領候補選出の会議は進む。
「カーツ・ブライアンはどうだ? 彼は良い。まだ若輩の域を出ないが、『煌姫』の歯止め役もできていた男だ」
「良いとは思う。しかし、彼はラ・ヴィアン・ローズに入って、まだ3年足らず。中堅が納得するかね?」
「その中堅どころから、コンラードはどうかな。明るいイタリア人気質で、彼を慕う者も多い」
「ビューローを推したい。少々理屈っぽいが、彼の意見はいつも理にかなっている」
「皆、何故この名前を挙げない? クロス少将に遠慮しているのかね? 私は、アンジェラの戦時での決断力に、惚れ惚れするがね」
「確かに、アンジェラ少尉の戦闘能力は、姫さまに拮抗する。ねえ、クロス少将?」
 孫娘の名前を出され、クロスは渋い顔で坊主頭を撫でた。
「あれは・・・決断力というより、無鉄砲の領域だ。それがたまたま功を奏して、作戦に寄与しているだけのこと」
「またまた。ご謙遜を。そもそも、たまたまという運は、この際、才能の内ですよ」
 ほかにも幾人かの名前が次々に挙がった。
 それだけ、ラ・ヴィアン・ローズには豊富な人材が集まっており、それを冷静に判断できる幹部が揃っていることを、満足そうに微笑んで聞いていたマジェスティーがアイフェンを振り返った。
「アイフェン、現状、何名の名が挙がった?」
「12名です」
「ふむ。今回のところは、以上で良いかね? 今後、これはという人材があれば、いくらでもリストに加えてくれて構わない。さて、そろそろ解散とするが・・・皆に、頼みがある」
 幹部一同を、マジェスティーはゆっくりと見渡した。
「名の上がった総領候補らの補佐を、過不足なく努めてもらいたい。このラ・ヴィアン・ローズを立ち上げた我らの、それが、責任であると考える」
 古参たちが一斉に立ち上がり、マジェスティーに敬礼を向けた。
 そんな彼らに、静かに敬礼を返したマジェスティーを、アイフェンは黙って見つめていた。



「よし、血圧は正常。心音にも雑音なし。まだ当分は大丈夫そうだな」
 マジェスティーが本陣に居る時は、週に一度、朝食前に診療所に来させて行う健康診断。
 BBC(血液黒色化症候群)の状態を診る為だ。
 定期的に血清を投与できれば、こんなことは必要ないのだが、手持ちの血清を少しでも長持ちさせるためには、発作の兆候を見定めて、投与時期を決めなくてはならない。
 本当はここまでしなくても、マジェスティー自身が一番体の不調を察知できるのだから、自己申告制で構わないのだが、麻酔が使えない投与の痛みを恐れて、末期の発作まで放置することが度々発生した過去を鑑み、こうして健康診断を行うようになったのだ。
 さすがに、大勢の部下の命を預かる戦地に赴く前は、マジェスティーは渋々ながらも、自ら投与を申し出る。
 しかし、本陣で余暇を過ごす場合など、何かと理由をつけて健康診断をすっぽかそうとするものだから、一体、幾度叱りつけたかわからないくらいだ。
「今日は電話をしなくても自分からこられて、大変お利口でした」
 差し出されたロリポップキャンディーを、マジェスティーは頬を赤らめ押し戻す。
「いらん、診療にきた子供に渡してるヤツだろ」
「美味いのに」
 包みを剥いてキャンディーをくわえたアイフェンは、診療デスクのコンピューター画面に累積されたマジェスティーのカルテを眺めた。
「前回の投与前と同じ時期と照合しても、血液検査の結果も良好。まだ半年は猶予がありそうだ、良かったな、ジェス」
「・・・なぁ」
「うん?」
「俺の持病の、名前は?」
「・・・心膜が異常蠢動し、過剰血流を作り出す。だから、毛細血管に至るまで膨れ上がり、大動脈解離を起こす危険性がある・・・と、以前も説明しただろう」
 コロコロとキャンディーを口の中で転がしながら、アイフェンは画面を見つめ続けた。
「症状じゃない。病名を聞いている」
「難病で、正式な名前は決まっていない」
「なのに、何故、血清がある?」
「偶然の産物で希少価値が高い。だから、お前には可哀想だが、痛みに耐えてもらうしかない」
「答えになっていない!」
 いきり立って診療デスクに拳を打ち付けたマジェスティーを流し見る。
「また反抗期か? 困ったものだな」
「そんなんじゃない! 膨れた血管から透けて見える血が、黒いんだぞ」
「だから、過剰血流のせいだ」
「黒色の血! 何故だか、覚えがある」
「自分で散々見てきたからだろう。ギリギリまで発作を隠したりするからだ」
「そういうんじゃなくて・・・!」
 キャンディーを舐める動作で、アイフェンはどうにか冷静さを維持していた。
 マジェスティーが言わんとしていることに、本当は息苦しいほど動悸が早まっていたのに。
「・・・俺が、信じられないか?」
 奥の手の一言。
 これでマジェスティーが押し黙ることくらい、わかった上での禁じ手だ。
 だが、禁じ手を早々に使ってでも、アイフェンはこの話題を打ち切りたかった。
「お前の質問は、患者として最もだと思う。だが、同時に、医者である私の無力さを、痛感せざるを得んね」
「ちが・・・そんなつもりじゃ・・・」
 俯くマジェスティーに、アイフェンは口を開かなかった。
 これ以上ないくらい、卑怯な方法をもってして、マジェスティーの必死の言葉を摘み取ったのだ。
「・・・もう、いい」
「来週も、ちゃんと来るんだぞ」
 黙って診療室を出て行くマジェスティーを見送り、アイフェンは自己嫌悪に苛まれる眉間を押さえていた。



 朱煌が本陣から旅立ったのは、高城の帰国から、半年後のことだった。
 旅立ちを見送った飛行場から、マジェスティー邸で古参たちの宴会に突入。
 とうとう大切な姫君をさらわれた彼らの、異様な盛り上がりは、どう見ても自棄っぱち。
「明日の診療所は満員御礼だな」
 アイフェンの傍らでその様子を眺めていたクロスの言葉に、彼はうんざりと頭を掻く。
「俺はこいつらの二日酔いの為に、診療所をやってるわけじゃないんだが」
「先日、醜態を晒したばかりだからなぁ。説得力がない」
「~~~言うなよ、それを・・・」
 お陰で散々叱られる羽目になったことを思い出し、アイフェンは渋い顔でクロスを見上げた。
「とりあえず、予約を入れておく」
「おい、アンタまで酔いつぶれる気じゃなかろうな?」
「アレのさ」
 クロスが顎で指し示したのは、一際はしゃいで酒をあおっているマジェスティー。
「あー、ありゃ、とうにリミッター超えてるなぁ」
「攻守交替だな。仲のいい兄弟だよ、お前たちは」
「だから、それを言うなって・・・」
 最初の内はツマミを作って運んでくれていたレーヌやデラも、次第に彼らを見放して退出するのを見計らい、アイフェンも自宅である診療所に戻っていた。
 まず、バケツになみなみと水を汲み、寝室に持ち込むとベッドの脇に据える。
 それからベッドに寝転がり、読みかけの本を開いた。
 数ページほど読み進めた辺りで、栞を挟んでサイドボードに置く。
「ご機嫌いかが~、兄貴殿? 良い夜だなぁ。満天の星だ。実に良い夜だ」
 案の定。
 アイフェンはバケツを持つと、窓を開けて水をぶちまけた。
「・・・少しは酔いも冷めたか? 冷めたなら、上がって良し。シャワーを浴びておいで」
 ひっくり返されたバケツの水で、びしょ濡れになったマジェスティーが、コクンと頷いて玄関に回った。
 それを見届けて、タオルを準備。
 しばらくして、湯気の揺蕩う体にバスローブを羽織ったマジェスティーが、寝室に入ってきた。
「ほら、髪。ちゃんと拭かないか」
 マジェスティーをベッドに座らせて、用意していたタオルで彼の髪を掻き回す。
「アイフェン・・・」
「うん?」
「・・・朱煌、行っちゃった」
「・・・そうだな」
「幸せそうだった」
「・・・ああ、そうだな」
「本当に、これで、良かったのか?」
 ジッと俯いたままのマジェスティーの髪を、アイフェンは黙って拭い続けた。





  • 【堕天朱雀昔話10】へ
  • 【堕天朱雀昔話11】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【堕天朱雀昔話10】へ
  • 【堕天朱雀昔話11】へ