堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話10

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 この頃のアイフェンはすでに25歳。
 レジデントとして地元の大きな病院に勤務していた。
 当番日は帰れないが、そのほかの日は割り当てられた仕事さえ済ませればビジネスタイムで帰れるので、子供たちの世話もできてありがたい。
 給料はまだまだ安いので、夜中のアルバイトも並行している。
 なにせ、育ち盛りの子供が6人ともなると、何かと物入りなのだ。
 夕飯が済むと、子供たちは一斉にテレビの前に大移動。
「お前たち、宿題は済んだのか」
「これ観てからー」
 このやり取りも、もはや日常。
 年長三人組はともかく、下の低学年三人はどうせ眠気に負けて、朝に泣きながら宿題をする羽目になるのは目に見えているので、首根っこを捕まえてテーブルの前に座らせる。
「やーん! UFO特集なのに」
「まだ始まってないでしょ。今の内にやっちゃいなさい」
「後でー!」
「聞き分けのない子は、お尻ぺんだぞ」
 チビ三人は一様にお尻を押さえると、渋々、鉛筆を手に取った。
「は。芸のないヤツ」
「・・・ジェス、何か言ったか?」
 テレビの前のジェスは、返事どころか視線すらアイフェンに返さない。
 二人の不穏な空気を察知したか、末っ子イーサンがアイフェンの袖を引っ張った。
「ねぇ、アイフェン。宇宙人って、どこの星から来るの?」
「え? ああ、さあねぇ、わからないなぁ」
「えー、アイフェンもわからないの? あんな難しい本をたくさん読んでるのに?」
「うーん、読んだ本には載ってなかったからなぁ」
 ソファに掛けるアイフェンの膝の上によじ登ってきたイーサンの頭を撫でていると、マジェスティーがフンと鼻を鳴らした。
「イーサン、お前は適当にあしらわれてるんだよ」
 アイフェンの眉間に思わずシワが寄る。
 マジェスティーは13歳。
 ミドルスクールの8年生になっていたが、最近、反抗期に突入したらしく、一事が万事この調子で、可愛くないことこの上ない。
「そういう、いい加減な返事しかしない大人に、何聞いても無駄。こっちにおいで。俺が宿題みてやるから」
 アイフェンはサイドボードに置いてあった新聞を開くことで、顔を隠して溜息をついた。
 まあ、自分だって、今のマジェスティーくらいの頃は、養父母の黒荻やレーヌに突っかかっていた覚えがある。
 これといって理由なし。
 なんだか知らないが、イライラする。
 ただそれだけだった。
 医者になる為に色々学んだ折り、この思春期の反抗期についても学んだが、成長過程でのホルモンバランスの変化が云々など、わかりきったことしか学べなかった。
 結論としては付ける薬なし。
 いつか必ず過ぎ去る暴風雨として、じっと耐え忍ぶことにしている。
 これが正解かどうかはわからないが、少なくとも、自分に対処した黒荻がそうだった。
 それに、彼の方が大変だったに違いない。
 何しろ、相手は特殊能力を持った堕天使。
 苛立ち紛れに、よく力を発動させて、家の中を滅茶苦茶にした記憶が・・・。
 あれに比べれば、可愛いものだ。
「あ。マエストロだ」
「いいなー、観に行きたいなー」
 子供たちが騒ぎ始めたのは、テレビで流れた昨今評判のマジシャン『マエストロ』のショーイベントのコマーシャルだった。
「ねぇ、アイフェン。このショー、観に行きたいよぉ」
「無理。チケット高いし」
 場末のショーパブでマジックショーを披露していたというマエストロは、今や全米で知らぬ者がいないくらいのショービジネス界のスターだったが、マスカレードばりの派手な仮面で顔を覆う、マネージャーすらその正体を知らないという謎のマジシャンである。
「チェッ、折角カリフォルニアが活動拠点だから、ショーも多いのに。な、ジェス、一度でいいから観たいよね」
 クロスの長男ダニエルの問いに、ジェスが肩をすくめる。
「別に。そもそもいけ好かねぇんだよな、仮面とか」
 白い仮面のアイフェンは、危うく読みかけの新聞を握り潰すところだった。



 この頃、マジェスティーは、ほとんど口をきかない。
 というか、アイフェンにはほとんど口をきかない・・・が、正解だ。
 クロスともデラとも、会話はしている。
 無論、クロスの子供たちには、いつもどおりの優しいお兄ちゃんだ。
 アイフェンには挨拶どころか見向きもしない。
 たまに口を開いたかと思えば・・・。
「あのさぁ! どうにかしてくんないかな、アンタの本! 俺に片付けしろってうるさいけどさ、そもそも部屋が狭いのって、これのせいだろ!」
 読んでいた新聞から顔を上げたアイフェンは、溜息を漏らした。 
 ああ、どうしよう・・・。ものすごく、可愛くない・・・。
「わかった、わかった。本は納戸にしまうから・・・」
「そういう問題じゃないんだよな」
 じゃあ、どういう問題なんだと、ピクピクするこめかみを揉みほぐす。
「どうすれば満足なのかな?」
「なあ、クロス」
 質問しているのはアイフェンなのに、敢えてクロスに話しかける態度に、歯ぎしり。
 駄目だ、落ち着け。反抗期フルスロットルのガキんちょと同じ目線でいたら、腹が立つだけだ。
 落ち着け、落ち着け、自分・・・と心の中で呪文のように繰り返しながら、アイフェンは再び新聞に目を落とす。
「俺だって、そろそろ一人部屋が欲しい。クラスの連中は、みんな一人部屋だよ」 
 アイフェンの様子にヒヤヒヤしながら、クロスが肩をすくめた。
「そりゃ、そうしてやりたいのは山々なんだがね。うちには一人部屋の主は一人もいないだろ?」
「大体さ、いい年して、いつまでも居座ってるヤツがいるのが問題なんじゃないの? 普通、この年齢の奴が実家暮らしとか、有り得ないだろ」
「ジェス、その辺にしておきなさい、な?」
「いい加減、自立しろよなって話」
―――ブチ。
 クロスにはハッキリと、アイフェンの堪忍袋の緒が切れた音が聞こえた。
「マジェスティー!!」
「待て待て待て待て!」
 いきり立ったアイフェンを、慌てて羽交い締め。
「離せ、クロス! 頼むから、一発殴らせろ!」
「落ち着け! 気持ちはわかるが落ち着け! とにかく落ち着け! 一旦、落ち着け!」
「黙って聞いていれば、お前なぁ! 俺が一体、誰の為に・・・!」
 怒り狂うアイフェンを、マジェスティーが冷ややかに見つめる。
「は。何かと言えば、お前の為、お前の為って。誰も頼んでないってーの」
 た。
 頼んだじゃないか。
 泣いて、泣きじゃくって。
 置いていかないでと。
 大学生活での一人暮らしを、クロスの配慮でまた一緒に暮らせるようになった時、あんなに喜んでいたじゃないか。
 一連の騒ぎに硬直していた下の二人の子供たちが、怯えて泣き始めたのを見て、マジェスティーはフイと出て行ってしまった。
 その後ろ姿を見送ったアイフェンの体から、力が抜けるのを確認したクロスは彼に自由を返してやる。
「~~~クロスぅ・・・」
「よしよし、よく耐えた。偉い偉い」
「アンタが押さえ込んだだけじゃないか・・・」
「それでも、言いたいことの八割方を飲み込んだだろ。よく頑張りました」
 アイフェンはヨロヨロと、ベソをかいている小さな子供二人の前に屈んだ。
「トム、イーサン、大きな声出してごめんな。怖かったね」
「大丈夫・・・アイフェン、大好き。ジェスも大好きだから、仲直りしてね」
 潤んだ二対の瞳に見つめられて、アイフェンは堪らず二人を掻き抱く。
「可愛いなぁ、お前たちは。ジェスだって、ついこの前までは、こんな風に可愛かったのに・・・」
 チビ二人に癒しを覚えるアイフェンに、クロスが苦笑を浮かべる。
「通過儀礼だ、耐えろ、兄貴殿」
「はいはい、わかってますよ」
 彼が迎えた反抗期は、幼児期のそれとは違う。
 自分の歩いていく道を、迷いながら考えて考えて、踏み固めているのだ。
 それは重々承知しているが・・・。
「あーーー、やんちゃなアイツって、可愛かったんだなぁ・・・」
「今だって、十分可愛いもんじゃねぇか。反抗期の矛先は、きっちりお前だけに向いてるなんてさ。同じ保護者としては、少々妬けるね」
「何なら、分けてやるが?」
「結構。後方部隊がまだ5人も控えているからな。ここは、持ちつ持たれずでいこうじゃないか」
 大きな手でポンと背中を叩かれて、アイフェンはリビングで遊んでいる5人の子供たちを眺めやり、頭を掻いた。



 とにかく、アイフェンのすべてにイライラした。
 日中は病院、夜中はバイト。その合間を縫って、子供たちの面倒をみて、明け方には起き出して勉強しているのも、知っている。
 まるで何かを必死で探しているように、貪るように医学書や科学雑誌を読み漁り、時折、寝ているマジェスティーの様子を確認するように覗きに来ては、深い溜息をつくのだ。
「なんだよ」
 まるで、邪魔にされているようではないか。
「何がしたいか知らないけどさ、そんなにやりたいことがあるなら、さっさと家を出て、好きに生きればいいだろ! そう思わないか!?」
「あー、そうだな」
「なのに、二言目には『お前の為』と言いやがる。『おまえのせい』だと言いたいなら、そう言えばいいってんだ!」
「あー、そうだそうだ」
 抑揚のない応答を返すアニトー・ベゼテに、マジェスティーが顔をしかめた。
「睨むなよ。だって、つまんねぇんだもん、お前の話」
「面白い話をしてるつもりはないけどさ・・・。同調できないなら、反論すればいいだろ」
「じゃ、遠慮なく」
 絨毯に寝転がっていたアニトー・ベゼテが、ムクリと体を起こした。
「結局、お前は自分が何を言おうが何をしようが、兄貴が自分から離れていかないって、わかってんだろ」
「~~~そんなこと・・・!」
「ムカつくんだよ、そういうの。甘えん坊のブラコンの愚痴なんぞ、うんざりだ」
 刹那、マジェスティーの拳がアニトー・ベゼテの頬に振り下ろされた。
 よろめいたアニトー・ベゼテは、口の中を切ったらしく、血の混じった唾を吐き捨てる。
「上等だ、来いよ」



 夕方、アニトー・ベゼテからの電話で彼の屋敷に急いだアイフェンは、メイドに案内されて入った部屋の惨状に、唖然と立ち尽くしていた。
「よう、ドクター。患者はこっち」
 その声に振り返ると、瞼を腫らしたアニトー・ベゼテが立っていた。
「アニトー! こりゃ酷いな。ジェスと喧嘩したって言ってたけど・・・」
「うん。俺は大丈夫。あっち、先に診てやって」
 アニトー・ベゼテが指し示すベッドの上で、マジェスティーが伸びていた。
「あーあー・・・」
「こいつ、結構強いのな。お陰で加減できなくて、のしちゃった」
「こいつは強いわけじゃない。喧嘩なんかしたことないから、加減を知らないだけだよ」
 マジェスティーの顔は無傷。
 服を脱がせてみたが、みぞおちに痣が一つ。
 後は腕と足に数箇所の痣。
「うん、大丈夫。気持ちよく気絶してるだけだな。お前の方が重症だ、診せてごらん」
 マジェスティーの伸びているベッドにアニトー・ベゼテを座らせて、アイフェンは腫れている彼の目にペンライトを照らした。
「良かった、網膜に問題はなさそうだな。念の為、明日は病院に行きなさい。後、親御さんの連絡先を教えてくれ」
「なんで?」
「なんでって、お前に怪我させたんだ。謝らなきゃ・・・」
 アニトー・ベゼテは失笑して肩をすくめた。
「連絡先ったって、いつも弁護士を介してだけだし」
 彼は失神しているマジェスティーの鼻をつまんだ。
「悪かったよ。こいつがさ、愛されてますオーラ全開で愚痴るもんだから、なんか、腹が立って」
「アニトー・・・」
「悪さしたら叱られるとか、反抗できる相手がいるとか、そういうもんのありがたみを、こいつはまるでわかっちゃいねぇ」
 思わず知らず、アイフェンはアニトーの体を抱き寄せていた。
「自分に関心を持ってもらえるってさぁ、こんなに幸せなことなのにな・・・」
「アニトー、いい子だな。大丈夫、お前には、俺たちがいるよ」
 ゆるゆると首を横に振ったアニトー・ベゼテが、アイフェンの腕から抜け出して、涙を自嘲気味に拭った。
「先日、弁護士から連絡がきた。親父、破産したらしい。ここも競売物件になるから、俺はサウスカロライナのタバコ農園に養子に出されるってさ」
「あ・・・」
 カリフォルニアからサウスカロライナは遠い。
 もう二度と、彼には会えないかもしれない。
「・・・アニトー」
「アニトー・ベゼテだ。ベゼテは親父がたった一つ、俺だけの為にくれたものだ」
「・・・そうか、そうだな」
 パンッと、両手でアニトー・ベゼテの頬を包む。
「痛いな!」
「アニトー・ベゼテ、泣きたい時は、泣きなさい」
 少し、強めに叩くように頬を包んでのこの言葉は、アイフェンの父・高城 善積に倣ったものだ。
 正直、アイフェンはあの男が嫌いだが、この方法が有効であることを、骨身にしみて知っている。
「~~~親父が、言ってるんだって。何の財力もなくなった自分のところにこさせても、苦労させるだけだって・・・。なんで!? なんでそう決めるの!? 俺はまだ子供だけど、一緒に頑張ろうって言ってくれれば、それでいいのに・・・!!」
 ついに声を上げて泣き始めたアニトー・ベゼテを掻き抱き、アイフェンは彼の背中を擦り続けていた。





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