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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another9~朱雀の章 番外編~

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 レーヌに案内された瞳子の部屋のドアを、黒荻は静かにノックした。
「レーヌ? ごめんなさい、気分が優れないの。一人にしておいてくれるかしら」
「僕だよ、開けてくれないか、瞳子さん」
「え・・・?」
 この本陣で知りえない声に、瞳子は驚いたようにドアを開けた。
「刃くん? 刃くんよね?」
「そうだよ。久しぶりだね」
「まあ、まあ、なんて立派になって・・・」
 十数年振りの再会に目を輝かせた瞳子だったが、すぐにその表情が冴えないものとなる。
「・・・あなたも招待されてきた、ということは、朱煌を、守っていたのね」
「うん、僕のできる限り」
「そう・・・」
 フイと部屋の中に戻っていく瞳子を追って、黒荻も中へ。
「あ」
 黒荻はレーヌに手を差し出した。
「ご一緒に。淑女の部屋に、一人で踏み込むわけにはいきませんので」
「あ、はい。もちろん」
 レーヌを伴って瞳子が身を委ねるソファに近付いた黒荻は、そっと彼女の前に膝をついた。
「一緒に、行かないか? 朱煌は待っているよ」
「やめてちょうだい。どの面下げて行けると言うの」
「それは、僕も同じだよ。僕が朱煌に何をしたか、知っているだろう?」
 朱煌が幼い頃、瞳子の情夫として家に転がり込み、大人びた小娘に自分の至らなさを説かれ、苛立ちと怒りを小さな体にぶつけた。
 泣かない小娘を、何としてでも泣き喚かせたくて、体を弄んだ。
「僕らは、共犯だ」
 ビクンと体を竦めた瞳子の肩を、レーヌが抱き寄せる。
「あの・・・おやめくださいまし。瞳子様に、無理させないで・・・」
 レーヌの言葉を、かざした手で遮る。
「僕らは一緒に朱煌を傷つけ、孤独の淵へと追いやった。僕にも、あの子の幸せを祝福する権利はないかい?」
「・・・あなたは私と違うわ。あの子を守る為に、尽力してくれたのでしょう?」
「そうだね。僕の方が、スタートが早かったね。じゃあ、君は?」
 両手に埋めていた泣き濡れた顔を上げた瞳子。
「きっと、いつだっていいと思うよ。朱煌は、それを待ってくれる子だ。だって、ずっとずっと長い間、君を待っていたんだ。この先、いくらだって待ってくれると思うよ」
 瞳子の頬を伝う涙を、指で拭いながら、黒荻が微笑んだ。
「刃くん・・・」
「うん?」
「あのね、あの子ったらね・・・」
「うん」
「私のこと、大好きって、泣いたの」
「・・・うん」
「私にね、バカって、泣いたの」
「うん・・・」
「他の人を見ちゃ嫌って・・・子供みたいに、ワンワン泣いたのよ・・・」
「・・・そっか」
「ずっと、ずっと・・・そう思ってくれていたのかしら・・・?」
「・・・うん、きっとね」
「こんな、自分のことばっかり考えてる母親なのにね」
「・・・だって、大好きなお母さんが幸せに笑ってくれるのが、あの子の望みだもの」
 瞳子の顔が、再び両手に覆われた。
「あのね、刃くん・・・。善くんをね、見るの、辛かったの」
「うん」
「善くんは、本当は私がしなきゃいけないことを、全部、あの子にしてくれてる。私、母親なのにね。何にも、できない」
「・・・じゃあ、始めようよ」
「でも・・・」
「子供のように泣いていた朱煌を、君は、どう思ったの?」
「~~~可愛い・・・って」
「そっか」
「愛おしいって・・・」
「・・・うん」
「あんなに私を求めてくれるのは、あの子だけだって・・・!」
「・・・うん。うん。そうだね。君は、とても愛されているね」
 瞳子の顔を覆う両手を取り、覗いた瞳に微笑む。
「遅ればせながら、始めようよ。大丈夫。どんなにゆっくりスタートを切ったって、君が朱煌の一番だから」
 じっと成り行きを見つめていたレーヌに、黒荻は頷いてみせた。
「かしこまりました。急ぎ、瞳子さまの礼装を準備いたします」



 泣きはらした顔の瞳子に、朱煌がプロトコールなどお構いなしに駆け寄った。
 会場はざわついたが、抱き合って泣く二人に、いつしか拍手。
 なんの事情も知らない者にも感じ取れるほど、何かが溶け落ちたような温かな母子(おやこ)の抱擁だった。
「えーと・・・?」
 つい先程まで、自分を案内してくれていた淑女の鏡のようなレーヌが、あからさまにつんけんとしていることに、黒荻は訳が分からず頭を掻く。
「あの・・・レーヌ・ド・ローズ?」
「何か?」
「もしかして、何か怒っていらっしゃいますか?」
「いいえ、別に」
 女性が「別に」と言う時は、大概、怒っているものだ。
 案の定、ツカツカと会場を出て行くレーヌの後を追う。
 ようやく廊下で捕まえた手を振りほどかれて、苦笑。
「あの・・・謝りたいのですが、心当たりが思い浮かびません。できれば、教えていただきたいのですが・・・」
 キッと睨み据えられて、たじろぐ。
「二番の母親に謝罪など、必要ございませんわ」
 黒荻は自分がやらかしたことにようやく得心がいき、額を叩いた。
「あ~~~、あれは・・・なんというか、言葉のアヤというヤツで・・・」
「まあ! 便利な言葉ですこと!」
「どうか許してください。花の顔(かんばせ)が、台無しですよ」
 ツンとそっぽを向いたレーヌに、黒荻は苦笑を滲ませて頭を掻いた。
「ほら、会場に戻りましょう」
「嫌です」
「今度はあなたがいないとなると、朱煌が悲しみますよ?」
「一番の瞳子さまがいらっしゃるでしょう」
「またそういうことを・・・」
 困り果てた黒荻は、まじまじとご機嫌を損ねた淑女を見つめた。
 おそらく、自分とそう変わらない年の頃。
 ということは、朱煌とは親子と言えるような年の差もなかろう。
 初めて会ったのは、朱煌をどうにか日本に連れ帰ろうと乗り込んだ、イギリスの戦勝祝賀会だった。
 レーヌ・ド・ローズと称された、凛とした立ち居振る舞いの女性の年若さに、随分驚いたのを覚えている。
 それが今、自分の前で拗ねている。
「なんとまあ、可愛らしい方だったのですね」
「まあ! 可愛らしいと言えば女性を懐柔できると思ってらっしゃるのね! その手には乗りませんわよ!」
「本音が漏れただけです。懐柔しようとなど微塵も。謝っているのに、聞いてくださらないのは、あなたではないですか」
「謝って欲しいなどと、一度も申してはおりません」
「ね。聞き分けてください、レーヌ様。瞳子を出席させる為に紡いだ言葉です。決して、育ての母であるあなたを軽んじたわけではない。瞳子がいても、あなたがいなければ駄目だ。それくらいのこと、わかっていらっしゃるはず。あなただって、朱煌に心から喜んで欲しいでしょう?」
 ツンとそっぽを向いたままのレーヌに、黒荻は苦笑を滲ませて頭を掻く。
「レーヌ、何をゴネているのかね。黒荻が困っているじゃないか」
 どうやら二人のやり取りを見ていたらしいマジェスティーが、姿を見せた。
「まあ! 盗み聞きですか」
「君がヒステリックだから、遠くにいても聞こえたんだよ」
「ヒス・・・!」
「大体、このお披露目は君の希望だろう。それに善積を巻き込んでいるというのに、主宰の君が中座したきりというのは、感心しないね」
 マジェスティーの火に油を注ぐような発言に、黒荻はヒヤヒヤしながらレーヌの顔色を覗った。
 刹那、レーヌの手の平が振り上がり、マジェスティーの頬目掛けて飛んだ・・・はずだったが、思わず彼らの間に飛び込んだ黒荻の頬に着地。
「おや」
「きゃあ! 黒荻さま!」
 所詮、手弱女の平手打ち。
 モロに食らったところで、どうということもないのだが、さすがにヒリヒリする。
「大丈夫かね、黒荻? 別に庇ってくれなくとも、いつものことだから平気だったのに」
「大丈夫です・・・けど・・・いつものことって・・・」
 レーヌを嗜めるようなしかめ面を送ってから、肩をすくめた。
「まあ、先程のやり取りを見るに、君も気付いているかもしれないが、こちらの手弱女姫は、案外、気が強い上に頑固でね。いつもこうして怒らせて、平手の一つも震わせてやらないと、後に引けないんだよ。なあ、レーヌ?」
「まあ、私のことは何でもわかっているという口振りですのね」
「だって、そうだろう?」
 ニコリと微笑むマジェスティーに、レーヌが更に優雅に微笑み返す。
「さすがはマジェスティーさま。でも私だって、平手打ちだけが武器ではございませんことよ?」
「~~~っ!!」
 直後、股間を押さえて蹲ったマジェスティー。 
 彼女のドレスの膨らみは、明らかに膝。
「ほほほ。ざまぁごらんなさい」
「~~~レーヌぅ・・・お前なぁ・・・」
 蹲ったまま呻くマジェスティー。
 同じ男として、見ているだけで下腹が疼く・・・。
「さ、私は会場に戻ります。あなた方も、早くお戻りあそばせ」
 コロコロと鈴を転がしたように笑いながら、レーヌは会場の広間へと戻って行った。
 その後ろ姿を唖然と見送り、我に返った黒荻は、まだ蹲っているマジェスティーの前に屈んだ。
「閣下、大丈夫ですか?」
 スックと立ち上がったマジェスティーが、フッと笑みを浮かべて肩をすくめる。
「ま、ご覧の通り、なかなかの気性の持ち主でね。まあ、さすがはあの朱煌と渡り合った母親、というわけさ」
「はあ・・・」
「ただ、私の前以外で本性を曝け出すとはね、正直、驚いた」
「・・・本当に、仲がお宜しいのですね」
「まあ、朱煌を育てるのに共に戦った戦友・・・というところかな」
「ところで・・・」
「ん?」
「やせ我慢はいいですから、腰、叩きましょうか?」
「・・・頼む・・・」
 ヘナヘナと床に跪いたマジェスティーは、涙目で黒荻を見上げた。
 苦笑いで彼の腰を叩いていた黒荻は、柱の陰から漏れ聞こえてくる、噛み殺すような笑い声を振り返った。
「ドクター・アイフェン。そこにおられたのですか?」
 口元に拳を当てて、笑いを堪えているアイフェンが姿を見せる。
「すまないね、出るに出られなくて。あんなレーヌ様を、初めて拝見したものだから、私が出てはまずかろうと・・・クッ、いいザマだな、ジェス」
「油断した・・・。黒荻がいるから、ここまではしないと思ったのに・・・」
 ということは、過去にも幾度か経験済みということらしい。
「くそぅ・・・これが朱煌なら、お尻の一つでも引っ叩いてやるのに・・・」
「そうすればいいじゃないか。夫婦なのだから」
「夫婦じゃない。俺は彼女に一度だって手をつけてない」
「え!?」
 と、驚きの声を上げたのは、黒荻とアイフェン同時だった。
「嘘でしょう!? あんなに仲睦まじいのに!?」
「嘘だろう!? 性別が女なら見境なく手を出すお前が!?」
「・・・。まず黒荻。仲が良いのは認めるが、それは先ほど言った通り、朱煌を育てる戦友としてだ。そして、アイフェン。俺は来るもの拒まずなだけで、自分から女性に手を出したことは一度もないぞ!」
 アイフェンに向けた言葉は、決して威張れたことではないのに、何故マジェスティーは胸を張っているのだろう・・・。
「何を全力で主張しているんだ、対女性駆逐艦」
「人のことが言えるのか、この対女性巡洋艦」
 黒荻は痛む頭を押さえ、二人の間に割って入った。
「すいませんが、訳のわからない例えで、意味のわからない喧嘩をしないでいただけますか・・・。結局、どちらも女性の敵ということですよ」
「・・・それもそうだな」
 真面目臭って頷いたマジェスティーに、黒荻が苦笑した。
 アイフェンが笑い出す。
 堪らないという様子で、実に、楽しげに。
 本当に、楽しかったのだ。
 つい先程まで、マジェスティーの記憶のほころびの兆候に、息ができぬほど苦しんだというのに。
 まさかの未来の養父母の馴れ初めを、見せつけられるとは思いもしなかったから。
 巡り、紡がれる時の流れ。
 母の死の瞬間を中心にしか考えられなかった絶望への運命を、ほんの少しだが、関わってきたすべての人を含んで感じ取れた。
 彼らは、その時を生きている。
 生きているから、繋がっていく未来。
 止められない歯車があれば、止める必要のない歯車も共存しているのだ。
 前を向こう。
 マジェスティーの記憶がほころび破れた時、彼を支えられるように。
 今を生きよう。
 同じ運命の歯車の一つなら、今この瞬間、瞬間、幸せな母と父を見つめていよう。
 アイフェンは、お披露目会場のドアを開いて、未来の実父と養父に、丁寧に頭を下げた。
「さあ、参りましょう、お二方。姫さまと高城のレセプションは、始まったばかりです」
 たったの十年間。
 それでも、母と父は幸せだった。




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