堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話9

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 すっかり昔話談話室と化していた執務室のドアに、ノックが響いた。
「入れ」
 ドアを開けて入ってきたのは、ラ・ヴィアン・ローズ最古参のアニトー・ベゼテだった。
「失礼します。おや、閣下方、お揃いでしたか。ちょうど良かった。第5艦隊の巡洋艦の機銃砲入れ替えの件、ご再考願いたいのです」
 執務デスクに戻ったマジェスティーが、少しうんざりしたように肩をすくめた。
「その件なら、先日の会議で白紙になったはずだ」
「ですから、ご再考をと願い出ているのです」
「決定は決定だ。予算会議でも、却下されただろう。開発中の機銃砲は、確かに精度が高く的中率が格段に上がるが、コストが掛かりすぎる。数発も打てば、一個中隊分の報酬が吹き飛ぶのだぞ。まだ試験運用には早い」
「ですが結局、この先幾台もプロトタイプを作ってはラボでテストなさるのでしょう。そこには報酬は生まれません。せめて、報酬の生まれる実戦にて試験をすべきかと、小官などは愚考いたしますが?」
「ラボでの試験発射数と、実戦での発射数は桁が違う。却下だ」
「ですが! ・・・何ですか、お二人共」
 クロスとアイフェンに、しげしげと見つめられている気配に気付いたアニトー・ベゼテは、訝しげに彼らを振り返った。
「いや・・・、なあ?」
「ああ、時間の流れを、しみじみ感じるなぁと思って」
 何のことやらサッパリのアニトー・ベゼテに、マジェスティーが苦笑いした。
「親切心で言うのだが、敵前逃亡をお勧めするよ。先程から、閣下方は思い出話に夢中でね。私はその弾雨の中、じっと身を潜めているしか手立てがない」
「思い出話?」
「ちょうど、私たちがカリフォルニアに引っ越してきた話が始まったところだ」
「え・・・あ! 小官は所用を思い出しました。それでは失礼致します」
 敬礼もそこそこに、執務室を逃げるように出て行ったアニトー・ベゼテの背中を見送って、マジェスティーはヤレヤレと天井を仰いだ。
「まったく。あいつは昔から、言い出したら聞かないのだから・・・」
「いやはや、ご立派でしたよ、総領閣下。昔はそんな彼の言いなりでしたのに」
 クロスに拍手を送られて、マジェスティーがまた始まりそうな昔話を聞かされる心の準備をして、肘掛に頬杖をついた。



 凄まじい勢いで大学をスキップ卒業したアイフェンは、一躍有名人になっていた。
 USMLEのStep2までを1年生の間に合格。
 マジェスティーに約束し以上の、わずか1年弱で大学を卒業してみせたアイフェンは、今はメディカルスクールに通う22歳。
 常に「優秀」の立ち位置を保ち続けるのは、この国がそういう人材に費用の援助を惜しまないからだ。
 お陰で、アルバイトで稼いだ金はすべてクロス家に入れられるので、ありがたかった。
 恩返しと言うと、クロスのお小言を喰らうので、子供たちの為と言って生活費を渡す。
 何しろ、まだまだ育ち盛りの幼い子供が、マジェスティーを含めて6人。
 上級曹長になっていたとはいえ、まだ下士官のクロスには、子供たちをバカンスに連れて行ってやる余裕もないのが現状だ。
 メディカルスクールから帰ると、子供たちが寝静まってからバイトに出掛ける。
 何件も掛け持っているから、アイフェンのスケジュール帳はいつだって真っ黒だった。
 ある日、明日はメディカルスクールも休みなので、朝までバイトに勤しんでいたアイフェンが、眠た目をこすりつつ家路を歩いていると、家々の木々に、白い花が満開になっている。
「こりゃまた、定番中の定番の悪さだなぁ」
 白い花の正体は、どこぞの悪童が投げつけていったトイレットペーパー。
 以前、クロス家の庭先にもやられた。
 これはとにかく後始末が大変なのだ。
 家人を気の毒に思いながら、ようやくたどり着いた我が家から、ワンワンと子供の泣き声が聞こえる。
 その泣き声と交差して響くのは、聞きなれたあの音だ。
「あ~、もう・・・」
 あの満開のトイレットペーパーが他人事ではなかったと察したアイフェンは、痛む頭を押さえつつ、玄関を開けた。
 案の定、リビングではクロスの膝に腹ばいにされたマジェスティーが、赤く染まったお尻をどうにか庇おうと、ジタバタともがいている。
「おお、おかえり。お疲れ様」
「帰ってきたら、もっと疲れたよ。あれ、ジェスなのか?」
「ああ、うちのトイレットペーパーがストックごと全部なくなってるのに、知らないとか抜かしやがって」
 ピシャンとお尻を張られて、マジェスティーが悲鳴を上げた。
「だって~~~! アニトーがぁ~~~!」
「またアニトー・ベゼテか。仲が良いのは結構だが、つるむとロクなことをしないな」
 疲れきった体を、差し向かいのソファに投げ出すように座ったアイフェンは、クロスの膝の上でべそをかいているマジェスティーを眺めた。
 10歳になったマジェスティーは、クロスの膝からはみ出す上半身や足の割合が大きくなっている。
 というか、こんな形で背丈の伸び具合を測りたくはないのだが。 
この家に引っ越してきて、早3年。
 近所の2歳年長のアニトー・ベゼテと仲良くなったはいいが、彼の悪巧みが楽しくて仕方ないらしく、すっかり子分のようについて回っている。
 大人しいクロス家の子供たちを巻き込まないだけマシだが、どうにも頭が痛い・・・。
「アニトーが言い出したからって、乗っかったのはお前だろう。言い訳にはならないぞ。大体、あれはいつやらかした? 俺が出かける時はなかったぞ」
「~~~ア・・が、・・・けて・・・から・・・」
「聞こえません」
「アイフェンが出かけてからぁ」
「夜中に家を抜け出した訳だ。で、計画はいつから?」
「昨日の晩、急にアニトーが来て・・・」
「クロス」
 アイフェンの一言で、ピシャリと平手がお尻に降る。
「痛い~!」
「買い出し後でトイレットペーパーのストックが満タンの日も、俺が朝まで帰らない日も、両方が合致する日を、綿密に打ち合わせ済みでの作戦決行と見たが?」
 マジェスティーは首を横に振るが、決してアイフェンと目を合わせようとしない。
「子供だけで夜中に家を抜け出した上、しでかした悪さをやってないと嘘をつき、計画性はないと嘘をつく。そんな悪い子は、今日一日外出禁止。部屋で勉強の時間とする」
「そんなぁ! サーカスに連れてってくれるって言ったじゃないか、嘘つき!」
「俺が帰るまで、クロスにうんと叱ってもらいなさい」
 再び疲れた体を起こし、アイフェンはソファから立ち上がった。
「出掛けるのか?」
「ああ、家人に謝って、トイレットペーパーの後始末をしてくる」
「はは、お疲れさん」
 フラフラと出て行くアイフェンの背中を見送っていたクロスは、膝から抜け出そうと必死にもがいていたマジェスティーのお尻を、定位置に引き戻した。
「アイフェンが帰るまで、と、言われたろ? あれの後始末は一軒分だけでも相当時間がかかるからな。覚悟しろよ」



 ただでさえ難儀する木々に絡まったトイレットペーパーの後始末だというのに、それが数軒分。
 やっと最後の一軒にたどり着いた頃には、さすがのアイフェンもヘトヘトだった。
「アンタも大変だな」
「いえ・・・弟が仕出かしたことですし・・・」
「ほら、飲めよ。気にすることはないさ。このイタズラはどこでだって長年受け継がれた行事ごとみたいなもんだし、事実、俺も昔やったから」
 そう言って笑う被害者家人からの差し入れのコーヒーを、ありがたく戴いていると、ふと感じた視線。
 マジェスティーの共犯者、アニトー・ベゼテだった。
「仮面の兄ちゃん、ジェスは?」
「決まってるだろ、お父さんがお仕置き中。今日は遊べないぞ、外出禁止の罰も与えたからな」
「ふぅん」
「お前は? ちゃんと叱ってもらってきたか?」
「家には俺を叱れるヤツなんて、いないもの」
 そう言うと、アニトー・ベゼテは走り去ってしまった。
「ああ、アンタは知らなかったのかい? あの子はどこぞの名のある大富豪の、私生児だよ。母親は亡くなっていてね。父親が家と使用人だけ与えて、ここに住まわせてるそうだ。ベゼテって姓も、あの子用に作ったらしい」
 それを聞いて、アイフェンはストンと何かが腑に落ちた気がした。
 彼が何故、マジェスティーとつるむのか。
 彼が何故、マジェスティーをそそのかして、悪さばかりさせるのか。
 そして、マジェスティーが何故、彼の傍から離れないのか・・・。
「さて、もうひと踏ん張りしようかな」
「ああ、もう私だけでできるから、大丈夫だよ。ご苦労様。ありがとうな」
 親切な家人と握手を交わし、アイフェンはようやく家に戻ることができた。



 かなり時間が掛かってしまったので、さすがにお尻叩きのお仕置きは済んでいた。
 代わりに、両手を頭に組んで真っ赤なお尻を晒したままのマジェスティーが、壁を向いて立たされている。
 グスグスとしゃくり上げているマジェスティーのその後ろ姿をしばらく眺めていたアイフェンは、クロスを手招きし、耳元で親切な家人に聞いた事柄を話して聞かせた。
「ああ、なるほどなぁ」
「まあ、だから許されるってことはないが・・・」
「はは、お前、俺のお人好しが伝染ったな」
「自分で言ってりゃ世話ないよ」
 肩をすくめてマジェスティーに歩み寄ったアイフェンが彼を抱き上げると、お尻に負けないくらい顔を赤くして、しがみついてくる。
「いっぱい叱られたか?」
 コクンと頷いたのが肩に触れる気配でわかり、アイフェンは何度も彼の頭を撫でる。
「もうしないな?」
「うん・・・」
「言っておくが、夜中に抜け出すのもだぞ」
「だって、アニトーが・・・」
「だったら、アニトーを部屋に上げてやればいいだろ。クロス、いいよな?」
 両手を広げて肩をすくめた仕草が、同意を示しているとわかるから、アイフェンはマジェスティーの顔を覗き込んだ。
「さあ、お勉強の時間だ。宿題を見てやるよ」
「~~~」
 物言いたげにアイフェンを見つめ返すマジェスティーのお尻を、ピシャンと叩く。
「罰は罰だ。ただし、お昼までに終われば、夜の部のサーカスに連れて行ってやるぞ」
「ホント!?」
「ああ、アニトーを呼んでおいで。一緒に行こうって。ついでに、宿題をみてやるから」
「うん!」
 アイフェンの腕の中から飛び降りたマジェスティーは、ズボンを引き上げながら家を駆け出していった。
 一部始終を眺めていたクロスが、坊主頭を掻く。
「お前のは、お人好しというより、甘いって気がするが・・・」
「今後は気をつけます。おやすみ・・・」
 アイフェンはソファに倒れ込んだ。
 マジェスティーたちが戻ってくるまでの間、さすがに仮眠は必要だった。



 その日以来、二人がつるんで悪さをすれば、並べたお尻を引っ叩く。
 これが当然の光景になっていた。
 最初の内は、生まれてこの方、お尻をひん剥かれたことなどないアニトー・ベゼテが顔を真っ赤にして暴れるものだから、お尻を叩くのも一苦労だった。
 だが、膝の上で悪態しかつかなかった彼の態度も、次第に軟化。
 そもそも、嫌ならマジェスティーと関わらなければいいのだから、彼がやはり寂しがっていたのだと痛感したアイフェンとクロスだった。
「お尻をぶたれるとわかっているのに・・・」
「よくもまあ、ああも色々仕出かしたもんだ」
 遠い日の記憶を染み染み噛み締めるようなアイフェンとクロスに、マジェスティーはアニトー・ベゼテを敵前逃亡させたことを猛烈に後悔しながら、カーテンの柄の数を黙々と数えていた。
「閣下、聞いておられますか?」
 クスクスと笑う父と兄に、マジェスティーは不貞腐れて腕を組んだ。
「はいはい、ちゃんと聞いていますよ。さっきから、お尻をぶたれた話ばっかりじゃないか。芸がないなぁと思いつつ、聞いておりますとも」
「おや、反抗的だな。・・・あ」
 アイフェンがそう声を漏らすと、途端に肩を震わせて俯く。
 白いマスクの顔を両手で覆い、笑いをかみ殺しているようだ。
「~~~何?」
「クッ、あ、あはは。ああ、駄目だ。あの時のお前を思い出したら・・・ククッ、あれは実に可愛らしかった」
 アイフェンの笑いが収まらないので、マジェスティーはすっかりお冠である。
 そんなマジェスティーを宥めるべくコーヒーを運んだクロスも、クスクスと笑っているものだから、返って逆効果だったが。
「なんだよ! 二人して!」
「はは、すまん、すまん。しかし、アイフェンだって、今でこそ呑気に笑ってるが、当時は手を焼いて大変だったよな」
 ようやく笑いを収めることに成功したアイフェンは、マスクからのぞく口元に苦笑を滲ませた。
「まあな。喉元過ぎれば何とやらだ。俺も、ホントにどうしていいのかわからなくて、弱ったよ」
「~~~だから、何が!?」
「反抗期」
 イライラしながらコーヒーを口に運んでいた手が、ピタリと止まった。
 子育て経験者としては、アイフェンが笑いを堪えられなかった気持ち、わからなくもなかったからだ。
 保護者として、戸惑い、悩み、手詰まりの連日。
 突然の嵐のようにやってきたそれに翻弄されている内に、ふと気付けば台風一過。
 それがいつ終わったのかもわからない。
 ある日、そういえば・・・と思うのだ。
 朱煌とのあの日々を思い出すと、マジェスティーだって笑ってしまう。
 だからと言って・・・。
 自分の反抗期時代の話など、聞きたい大人はいないだろう。
 なのに、この保護者たちは楽しげに思い出を語り出す。
「~~~デリカシーのない奴らだ」
 


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