堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話8

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 アイフェンが意識を取り戻したのは、数日後のことだった。
 ホッとしたように自分を見つめているクロスと目が合う。
 そして、彼の膝の上に抱かれて、同じく自分を覗き込んでいるマジェスティー。
「良かった。もう目覚めないんじゃないかと、心配した」
 混濁した記憶。
 今はいつで、目の前の褐色の大男が誰で、震える瞳で自分を見つめている男の子が誰なのか・・・。
 診療所の天井を眺めながら記憶を整理して、つい苦笑が漏れる。
「ああ・・・、ここの先生が主治医じゃね・・・」
 傍らで点滴の調子を見ていた老医師が、さすがにムッと腕を組む。
「失礼な元助手じゃな!」
「冗談ですよ。ありがとうございます。ちなみに・・・点滴の速度が早過ぎです」
「本当に失礼な、わしより優秀な元助手だ」
 プリプリとしながら点滴の速度を調節し直した老医師だが、それが親しい間柄の遠慮ないやり取りとわかるから、アイフェンが微笑む。
「~~~アイフェン」
 クイクイと袖を引かれ、アイフェンは小さなマジェスティーに目をやった。
「・・・ジェス、俺はもう大丈夫だから、心配しなくていいよ」
「~~~うん」
 泣きべそをかくマジェスティーが、たまらなく愛おしくて、両手を伸ばす。
 胸に飛び込んできたマジェスティーの小さな体を掻き抱く。
 これが、自分の父親の子供に戻った姿だなどと、露ほども思わなかった。
 無事で良かったと、ただただ感じる。
 過去に飛ばされ、子供に戻ってしまった父と相対した時は、こんな気持ちになるとは考えもしなかったのに。
 マジェスティーの背中を撫で擦りながら、アイフェンはクロスを見た。
「D・Dは・・・?」
「・・・さすがに、警察に引き渡したよ。これは、幼馴染のよしみで許せる範疇を超えている」
「・・・そうか」
「・・・すまなかった。俺の幼馴染が・・・」
「別に、アンタのせいじゃないさ」
「しかし・・・」
「気にしなくていい。ジェスはこうして無事で、俺も、アンタのお陰で殺人犯にならずに済んだ」
 戦場で、散々人を殺しておいて、何を言うかと自嘲の念に駆られつつ、アイフェンは深く息をついた。
「・・・しかし、お前。あの電話からたった一時間で、どうやってあそこに・・・」
「ん? 瞬間移動」
「は?」
「だから、超能力が、突如目覚めて瞬間移動」
 本当のことを言いながら笑えば、相手は嘘だと思い込む。
 そのくらいの心理操作は、未来で数々くぐってきた修羅場で、お手の物だ。
 クロスはそれ以上、何も言わなかった。
 それが自分を信頼しての沈黙と察したから、アイフェンの心が、少し痛んだのだった。



 D・Dに拉致され、野うさぎのように銃で弄ばれた、可哀想なマジェスティー。
「D・Dがね、アイフェンのところに連れて行ってくれるって言ったんだ」
 そんなD・Dの嘘八百を信じて、彼について行った。
 そう思っていたからこそ、アイフェンもクロスも、彼の追った心の傷を癒すべく、後日を努めていた。
 大学のことに夢中になっていたアイフェンなど、自らを反省し、マジェスティーが如何に寂しがっていたかを鑑みて、大学復帰を後回しにして、マジェスティーとの時間を大切に過ごしていた。
「誘拐なんて、思いもしなかったよ。悪かったねぇ。そんなこととは露知らず・・・」
 マジェスティー誘拐の噂を聞きつけた近隣住民たちが、見舞い方々クロス家に訪れて、申し訳なさそうに謝罪してくれる。
「あの男が誘拐犯だったとはねぇ。なんせ、車に乗せて欲しいとジェスがせがんでいたのを、ひどく迷惑そうにしていたもんだから・・・」
 徐々に固まってくる、マジェスティー誘拐の全貌。
「あんなに車に寄るな触るなと喚いていたあの男が、ジェスを乗せるなんて思ってもみなくて・・・」
 アイフェンとクロスは、顔を見合わせた。
 ふと気づけば、そろそろと家を出ていこうとしているマジェスティーの姿。
「ジェ~ス? 事情を聞かせてもらおうか・・・?」
 保護者二人に睨まれて、マジェスティーはギクリと体を強ばらせたが、直後の脱兎。
「待ちなさい!」
 なにせ、各々時代が違えども、歴戦の戦士だ。
 7歳の子供を捕獲するのに、さほどの時間は掛からなかった。



「あ~~~、そんなことも、あったかなぁ・・・」
 矛先の着地点が自分であったことに、マジェスティーは明後日の方角を見て頭を掻いた。
「本当に、色々とやらかしてくれる子だったよ、お前は」
 アイフェンにクシャクシャと髪を掻き回されて、マジェスティーは嫌がりながらもニヤリと笑う。
「でも、お陰でクロスと名実共に家族になれたじゃないか」
 アイフェンとクロスが顔を見合わせる。
 クロスが頷いたので、アイフェンはソファに悠然と掛けた自分の膝を、マジェスティーに叩いて見せた。
「久しぶりに、乗るか?」
「冗談だよ! 勘弁してくれ」
 マジェスティーは慌てて両手を振り、アイフェンから少し離れてソファに座り直した。



 こっそりとD・Dの車に乗り込んだマジェスティーは、発見されて怒り狂うD・Dに、アイフェンのところに行きたいとせがんだそうだ。
 D・Dはマジェスティーのことはどうでも良くても、アイフェンにはご執心。
 住所がわかるならと了承した。
 ところが、幼いマジェスティーが知っていたのは、彼の大学がある州の名前だけ。
 村から出たことのないマジェスティーは、アメリカの各州がどれほど広大で、どれほどの人口か知らなかった。だから、アイフェンのいるカリフォルニア州まで行けば、簡単に探せると思っていたのだ。
 ならばアイフェンの大学名を教えろとD・Dに言われたが、「カリフォルニアの大学」としか知らないマジェスティー。
 そう、村には小学校が一つしかない。だから、大学というのも、一つだけだと・・・。
 無駄足を踏まされたD・Dの怒りは頂点に達し、ああいう事態に陥ったというわけだ。
「とはいえ、被害届けを取り下げるまですることはなかろうに」
 カリフェルニアのアパートまでアイフェンを送る道すがら、警察に立ち寄った彼に、運転席のクロスが呆れたように言った。
「取り下げたのは誘拐の届けだけだ。裁かれるのは殺人未遂の件だけで十分。それが事実だろ」
「まあ・・・。ただ、被害者のジェスが日系人だからな。言いたかないが、白人のD・Dが不起訴で出てくる可能性の方が大きいぞ。なんせ、この国はまだまだ白人社会だからな」
「そういうもんかね」
「お前だって、この街で嫌な思いを、色々としてるんじゃないか?」
「ん? 混雑した大学のカフェテリアで、俺が近付くと席が空く。広々と教科書やレポートを広げて勉強できるんだ。ありがたい話さ」
 飄々と肩をすくめるアイフェンの頭に、クロスの大きな手が添えられた。
「お前は、強いねぇ」
「なぁに、図太いだけさ。それに、お陰で人を色眼鏡で見ない友人と出会える」
 車がアパートの前に横付けされた。
「ありがとう。ちょっと講義を休み過ぎたんで、しばらくは帰れないと思う。ジェスのこと、よろしく頼むよ」
 車を降りようとしたアイフェンの腕を、クロスが掴んだ。
「何?」
「実はな、前々から、海兵隊の新兵訓練所で教官の任につかないかと、打診されてる」
「アンタが教官? はは、いいんじゃないか。向いてるよ」
「それでだ、それを期に今の家を売って、軍支給の家に引っ越そうかと、デラと以前から話し合ってたんだ」
「え、あの家を?」
「ああ、新兵訓練所はここカリフォルニアだ。オフベースで探せば、お前が大学に通える範囲に家を借りられる」
 クロスの言わんとしていることを薄々察したアイフェンは、首を横に振った。
「あの家は、アンタが家族の為に買って、5人のチビ達が生まれ育った大切な家だろ。だから、何度転属があっても、アンタはあそこを売らなかった。それを、俺たち兄弟が一緒に住む環境を整える為だけに、手離すなんてダメだよ」
「確かに、お前たちの為でもある。だが、聞いてくれ、アイフェン」
 クロスは袖から伸びる自分の褐色の肌の腕を、しみじみと眺めた。
「俺はモンゴロイド系、デラはネグロイド系。二人共、小さい頃から散々、白人社会の中で苦い思いをしてきた。・・・子供たちに自分と同じ思いを味合わせたくなくてな。だから、あの村に家を買った」
 確かに、あの村には褐色人種の割合が多いことを、アイフェンは得心いったように頷いた。
「逃げてたんだよ。子供たちを、白人社会から切り離そうと。だが、いつまでも子供らを、囲いの中で守って暮らしていくわけにもいかないからな。ずっと、デラと二人、悩んでいたんだ」
「・・・」
「だが、さっきのお前の言葉で、背中を押されたよ」
「俺?」
「色眼鏡で人を見ない友人と出会える」
 大きな体をいっぱいに伸ばし、クロスはシートに持たれた。
「まったくだ。俺も大勢、そういう友人を持ってる。なら、子供達にだって、そんな友人を見つけさせてやらにゃぁな」
「・・・そういう、ことなら・・・。俺は、アンタたちとまた一緒に暮らせると、嬉しい」
「俺たちもさ。で、ここからが本題なんだが・・・」
 シートから身を乗り出したクロスは、アイフェンの首にグイと腕を回した。
「軍支給で家に住むとなると、居候って訳にはいかない。だから、俺たちと養子縁組をしないか?」
 アイフェンは目を瞬く。
 この男がお人好しなのは重々承知していたが、まさか、ここまでとは。
 言葉も出ないアイフェンは、白い仮面を両手で覆い、幾度も幾度も頷いた。
 声を出したら、泣いてしまいそうだった。
 こうして、アイフェンとマジェスティーは、名実共にクロス一家の家族となったのである。



「また大きな家を借りたもんだな。支給額を超えてるんじゃないか?」
 アパートからの引越しの日、初めて新しい家を見たアイフェンは、芝生の向こうに立つ一戸建てに苦笑を浮かべた。
「まあ、少しばかりね。それでも子供達にそれぞれ部屋を与えてやれん。お前はどうする? 勉強に集中したけりゃ、一人部屋がいいだろ」
「いや、俺は以前同様、マジェスティーと同室でいいよ。あいつをこんな都会に来させたんで、見張っていないと心配だ」
 クロスは肩をすくめて同意を示した。
「さて、荷物を運び込んじまおうか。おーい、ジェス! ダニエル! マシュー! 手伝ってくれ!」
 家に向かって呼びかけると、ジェスとクロスの息子年長二人が、二階の窓から顔を出した。
「後でねー!」
「こら、今すぐだって!」
 再び窓の向こうに引っ込んでしまった子供たちに、クロスが苦笑する。
「朝からずっとあの調子さ。あちこち覗き回ってはしゃいでる」
「はは、そりゃデラが難儀してるだろうな」
 クロスが口を開こうとした瞬間、家の中からデラの怒鳴り声。
「アンタ達! いい加減にしないと、赤い尻っペタ並べてポーチに立たせとくよ!」
 途端に年長組が家から駆け出してきたのを見て、クロスとアイフェンは顔を見合わせて笑ってしまった。
「もっと物静かな女房だったんだけどなぁ・・・」
「母は強しさ。さて、おチビさんたち、これを俺の部屋に運び込んでくれ」
 縛った本の束を子供たちに手渡す。
 その間にもクロスが次から次へとトラックから降ろす本の山を、マジェスティーがうんざりと眺めた。
「こんなに~?」
「そうだよ、早くしないと、日が暮れるぞ」
 不平たらたらで本の束を抱えて家と二階の往復を始めた三人組に、下の年少二人がくっついて回っている。
 なんとも微笑ましい光景だ。
「あ、そうだ。アイフェン、これ」
 クロスが懐の手帳から、一枚の写真を抜いて差し出した。
「何? あ、可愛い・・・」
「いいだろ。焼き増ししたから、それやるよ」
 思わず顔がほころぶその写真の礼を言おうとした時、またデラの怒声が響いた。
「ちょいと! そこの図体のでかい二人も! さっさとこっちを手伝ってちょうだい!」
 二人は顔を見合わせて肩をすくめると、新しい我が家に向かって歩き始めた。



「アイフェン、そういえばあの写真、まだ持ってるか?」
「うん? ああ、ここに」
 胸ポケットを叩いて見せたアイフェンに、マジェスティーが興味津々で身を乗り出す。
「写真って?」
「戦地でも持ち歩いていたから、もうボロボロだがな。・・・見るか?」
 大きく頷いたマジェスティーに、写真を差し出す。
「ん? わ! やめてくれよ、恥ずかしい・・・」
「そうか? いい写真じゃないか。俺は気に入ってるけどね」
 再び大事そうにアイフェンの懐にしまわれたその写真には、小さなマジェスティーが、更に小さいクロス家の末っ子を抱っこして、あやしている姿が写っている。
 アイフェンやクロスの前ではやんちゃな子供の顔ばかり見せるが、その写真のマジェスティーは、お兄ちゃんの表情。
 あやされている末っ子は、今やラ・ヴィアン・ローズ本陣の造船技術ラボの最高責任者となっており、マジェスティーも絶対の信頼を寄せる人物だ。
「しかし、まあ・・・うちの息子たちは見事なまでに全員、戦士にゃならなかったなぁ」
「だが全員、ラ・ヴィアン・ローズになくてはならない逸材揃いだ」
 長男は経済学博士として、ラ・ヴィアン・ローズの財務部門の要。次男は航空力学の第一人者として、戦闘機開発部門の責任者。三男は繊維学の研究者として、ラ・ヴィアン・ローズの戦士たちが着用する戦闘服を日々進化させ、四男はコンピュータ技術者。
「学のない両親から、よくまあ、こんな息子たちが育ったもんだ。アイフェンのお陰だな、忙しい合間を縫って、子供らに勉強を教えてくれていたものな」
 彼は自分を見損なっている。
 そうでなければ、マジェスティーや朱煌の名声だけの力で、ラ・ヴィアン・ローズはここまで大きな成長を遂げていないのだ。
 アイフェンとマジェスティーの視線がぶつかった。
 きっと同じことを考えているとわかったが、二人共、何も言わずにおいた。
 どうせ、妙に謙虚な部分を持ち合わせる、この褐色の大男にそれを言ったところで、謙遜されるだけなのだから。




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