ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another7~朱雀の章・番外編~

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「まあ、素敵でしてよ」
 仕立て上がった燕尾服の試着をした高城に、レーヌは満足気に微笑んだ。
「こういうのを日本では、馬子にも衣装というのですよ」
 着慣れない物を着せられて高城は、苦笑して頭を掻いた。
「まあ、ご謙遜を。お似合いですわ、ねえ、アイフェン」
「ええ、レーヌ様の仰る通り」
 口元は微笑んでいるが、白い仮面に隠れた部分から滲み出る不機嫌なオーラは、誰の目にも明らかだった。
 傍らで控えていたクロスが溜息をつき、共に試着を見ていたマジェスティーと朱煌が顔を見合わせて苦笑する。
 だが、彼の不機嫌オーラの原因となっている高城当人が、さして気に留める様子もなく、燕尾服をトルソーに戻した。
「本音を言えよ、アイフェン。俺も上等なお仕着せを着せられた下男の気分だ」
「感心だね。身の丈をわきまえるのは良いことだ」
「お褒めいただき、どうも」
 暖簾に腕押し、糠に釘。
 一見無表情だが、内心歯ぎしりしているアイフェンの耳に、クロスの手が伸びる。
「アイフェン、コーヒーを淹れてくれないか?」
 クロスの手がアイフェンの耳に届く前に、高城が言った。
「はあ!?」
「よろしく」
「私はお前の従卒では・・・」
「よろしく」
 微笑んで繰り返す高城に舌打ちし、アイフェンは些か乱暴にドアを開け、マジェスティー邸のリビングを後にした。
 そんなアイフェンに付き従うように後を追ったクロス。
「アイフェン」
「あ!?」
「ア・イ・フェ・ン」
「何かね!? 私は高城様のコーヒーを淹れて差し上げるのに、忙しいんだが!?」
 ガチャガチャと大きな音を立てながら、キッチンでコーヒーの準備を始めたアイフェンの背中を、クロスが溜息をついて眺める。
「本当に、高城の前ではいつもの冷静さが消し飛ぶんだな。高城は、俺がお前を叱りそうになったのを察して、そのコーヒーをオーダーしたんだぞ。そんなことも気付かないのか」
「はあ!? どんな穿った見方だ。あれはあの男のただの傲慢だ!」
 大きく肩をすくめたクロスは、食器棚から人数分のコーヒーカップを取り出してトレイに並べた。
「で、昨夜の礼は?」
「礼!?」
「高城に」
「何の!?」
「・・・高城の心遣いに免じて、許してやろうと思ったのに・・・」
「アンタの前では甘えさせろと言ったろ」
「あのな、俺はお前に免罪符を与えると言ったわけじゃ・・・」
「そら! オーダーは果たした。後は任せたぞ、俺は帰る」
 コーヒーポットを乱暴にトレイに乗せたアイフェンが、肩を怒らせてキッチンを後にするのを、クロスは深い溜息で見送り、とりあえず、コーヒーを運ぶべくリビングに戻った。
「アイフェンは?」
 クロスがコーヒーカップを配る姿に、マジェスティーが心配そうに尋ねた。
「診療所に帰りましたよ」
「ご機嫌斜めだなぁ・・・」
 困ったようなマジェスティーの嘆息に、クスクスと笑ったのは朱煌だった。
「珍しいね。アイフェンが、あんなに感情を剥き出しにするなんて」
 朱煌のカップにコーヒーを注いだクロスが、申し訳なさそうに首を振る。
「すまんね、姫さま。折角のめでたい席の準備だというの」
 コーヒーを一口含んだ朱煌は、むしろ愉快そうに肩をすくめた。
「いいんじゃない? 善積さんが嫌いなら、あいつはもっと当たり障りなく立ち振る舞える奴だもの。それがあんなに絡んでくるなんて、この人を気にしてる証拠だよ。ね、あなた?」
 高城は微笑む朱煌の頭を、クシャクシャと撫でて額を合わせた。
「そうだな。まるで、昔のお前みたいだ」
「えー、そうだっけ?」
 素知らぬ顔で宙を仰ぐ朱煌の鼻を、高城が摘む。
「自分がしてきたから、わかるんだろ、なあ、イタズラ娘さん?」
「ふふ、だって、必ず答えてくれるから、嬉しかったんだもん」
「こいつめ」
 開けっぴろげな愛情表現を得意とする欧米育ちのマジェスティーやクロスでさえ、見ていて照れてしまうような、仲睦まじさ。
 レーヌはそれを微笑ましく見つめ、マジェスティーは少々嫉妬を覚えつつも苦笑。
 クロスなぞ、浅黒い褐色の肌でもわかるほど赤面しつつ、天井を仰ぐ。
 と、いうか。
 照れている場合ではないと思い直したクロスが、高城を廊下に呼び出した。
「本当に、すまないと思っている。昨夜の件の、礼すら言わずにあの態度・・・」
「別に。朱煌の言う通りだ。嫌われてあしらわれてるようには思えないし、気にしてない」
「だが、アンタは我々が無理を言って来させた、れっきとした客人だ。それにあんな非礼を重ねるなら、叱りつけにゃと思ってはいるんだがな・・・」
 クロスは困り果てたように、何度も坊主頭を撫でた。
「昨夜のような自傷行為に及んだとなれば、叱りもできる。だが、アンタに執拗に突っかかる情緒不安定なあいつを見ていると、どうも、何か深い苦悩があるような気がしてならなくてな。ただただ叱りつけるというのも、躊躇われて・・・」
 どうしたものか思案に暮れているらしいクロスを眺めていた高城は、昨夜の泥酔したアイフェンを思い出していた。
 お父さんと自分を呼んで泣く彼は、まるで小さな子供のようだった。
「・・・なあ、クロス。余計なお世話かもしれないが、今から、アイフェンのところに連れて行ってくれないか?」



 ただひたすらに読書に没頭する。
 いや、しているつもりだ。
 目は文字を追っているが、脳裏に浮かぶのは母が炎の中で泣き叫びならが助けを求める姿と、それを呆然と蝋人形のように見つめる父。
 母は炎の中で死に、狂気に飲み込まれた父が、幼かった自分の手を振り払い、同盟軍を去る後ろ姿。
 嫌い。
 嫌い?
 いや、悲しかった。
 母を失い、同時に父も自分を捨てた。
 どうして? どうして? どうして?
 養父母に慈しみ育てられていても、拭い去れなかった思い。
お父さんは、僕が嫌いだったの? だから、連れて行ってくれなかったの?
 自分が堕天使として生まれたから?
 そのせいで、お母さんが戦火の切っ先に立たされたから?
 お父さんは、僕のこと、嫌いだったの・・・?
 本を閉じ、ベッドに寝転がる。
「もういい。父さんなんか、嫌いだ・・・」
 口に出して呟いてみる。
 本来、アイフェンを置き去りにしたのは、未来から共に来た地球の統治者マジェスティーであり、高城善積はまだそこに至っていない未遂の父親だ。
 だが、この過去で弟として育て、長い時間の中で情も湧き、自分が知る父とは違う人格に成長したマジェスティーに、この感情をぶつけることはすでに叶わなくなり、アイフェンの記憶に色濃く残る父の人格そのものの高城に矛先が向いた。
 それは、頭では理解しているのだが・・。
 自分でもコントロールが効かない。
「アイフェン、入るぞ」
 寝室のドアがノックされ、クロスがドアをくぐった。
「何の用だ。お説教も、アンタお得意のお仕置きも、受け付けないぞ」
「客だ」
 苦笑して肩をすくめたクロスの背後から現れたのは、高城だった。
「おい、家主の許可なく、勝手に他人を家に上げるなよ」
 白い仮面越しに表情を曇らせた彼に、口を開こうとしたクロスを制し、高城が進み出た。
「聞こえなかったかね、招かれざる客人。私は君に入室を許可した覚えは・・・」
 ベッドから起き上がって彼を睨み据えた時だ。 
 パン・・・!と鋭い音と共に、アイフェンの頬が高城の両手に包まれた。  
「年長者に対し、失礼」
 ヒリヒリする両頬。だが、同時に温かい。
「あのな、泣きたい時は、泣いた方がいいと思うぞ」
 ベッドに腰掛けた状態のアイフェンは、頬を包む高城を見上げる形。
「マスクの下。目、逸らしてるだろ。こっちを見る」
 なんだ、生意気な命令口調。
 今は、アイフェンの方がずっと年上だというのに。
 そうは思えど思い出す。
 戦地に向かう母の艦隊を見送る度に、寂しさを抱えた幼いアイフェンの頬を、両手で包んで言ったものだ。
「泣きたいときは、泣きなさい」
 小さな胸いっぱいに溜めた我慢を、わざと強めに叩くようにして包み込む。
 その痛みをキッカケに、押し殺した涙を誘導するように。
 だから、幼かったアイフェンは、わんわんと泣きじゃくることができた。 
「~~~痛い・・・」
 今また、同じ痛みできっかけをもらった。
 見上げる高城は、あの頃の父そのもので。
 マスク隙間から、ボロボロと涙が溢れる。
「~~~ぅう・・・あ、あぁーーー!!」
 声を上げて泣くなど、何年ぶりだろう。
 母を死に追いやる歯車の役割を担う恐怖と絶望。
 取り返しのつかないことをしてしまった後悔。
 泣いても仕方ないと、押し殺してきた苦悩。
 迫り来る、母の死。
 父に置き去りにされる瞬間。
 ただただ泣きじゃくった。
 この過去の時代で、すでにこんな姿を晒せなくなっていたいい年の大人の男が、情けないぐらい大声で泣いた。
 温かな父の手の平が、それを許してくれるから。
 その姿を戸口で眺めていたクロスが、恐れ入ったとばかりに、坊主頭を撫でた。
「さすが、と言わざるを得んな。これが、あの姫さまの心を掴んで離さぬ男の力か」
ずっと長い間、アイフェンの家族として生きてきたクロスが、扱いあぐねた遅い反抗期に、見事に対応して見せた高城に、脱帽。
 泣きじゃくっていたアイフェンが、ようやく落ち着きを取り戻したように、息を整え始めた。
「・・・すっきりしたか?」
「・・・もっと、すっきりしたい」
「うん?」
「・・・せろ」
「何? 聞こえないぞ」
「・・・らせろ・・・」
「え?」
「一発、殴らせろ!」
 そう言うと同時に、アイフェンの拳が高城の頬に飛んだ。
 不意を突かれて、まともに拳を受けた高城は、短く呻いて床に叩きつけられる。
 突然のことに、さしものクロスも唖然とし、ハッと我に返って、急いで高城を抱き起こす。
「アイフェン! 何を・・・!」
「あ~、スッとした」
 一向に悪びれる様子のないアイフェンは、両腕を高々と上げて伸びをした。
「アイフェン! 高城に謝りなさい!」
「やなこった。ドクター・アイフェンよりの治療指示。感覚がなくなるくらい冷やしてやりな。氷のうは診療室にある」
 舌を出して見せるアイフェンに、クロスは頭から湯気を出さんばかりに立ち上がる。
「もう勘弁ならん! うんとお尻に言い聞かせてやるから、覚悟しろ」
 伸びたクロスの手を交わし、アイフェンは寝室の窓を開けて、ヒラリと外に飛び降りた。
「アイフェン~~~!」
 後を追って窓から顔を出したクロスにヒラヒラと手を振って見せ、アイフェンは逃げ去ってしまった。
「あいつ~~~!」
 歯ぎしりするクロスを見て、高城がクスクスと笑う。
「高城! 笑ってる場合か!」
「いや、だって・・・。いたた・・・」
 殴られた頬を擦り、高城は笑いが堪えきれないようだ。
「おい、大丈夫か? 打ちどころが悪かったのか?」
「いや、いや、違う、大丈夫。あはは、だって、さっきのアイフェンさ」
 窓を潜るアイフェンが見せた悪戯な笑顔を、高城は見逃さなかったのだ。
「いてて・・・。すっきりした顔しやがって。おまけに、まるで朱煌みたいだった」
「あ・・・」
 そういえば・・・と、クロスも顎を撫で、逃げ去るアイフェンの表情を思い出す。
 ここ数日見せていた悶々とした影は消え、確実に、何か吹っ切ったような顔。
 それは恐らく、切れた口端の血を拭っている高城が導いたもの。
「・・・さすが、と言わざるを得んね」
「ん?」
「いいや。とにかく、冷やそうか。まったく・・・お披露目は来週だというのに、青痣こさえるような真似しやがって、あいつは」
「はは、ホントだな。朱煌は、男っぷりが上がったねとか言うだろうな」
「すまんな」
「いや、かまわん」
 氷を詰めた氷のうを準備して、高城に手渡したクロスは、ガリガリと坊主頭を掻いた。
「まったく・・・。いくら姫と同じ顔でも、行動まで同じとはな」
「え?」
「気にするな。こっちの話だ」
 クロスは肩をすくめて見せた。
 本当に、朱煌と同じ。
 今この瞬間逃げ果せたとして、その後のことは範疇にないのかと、呆れるしかないクロスだった。



 昨夜、もう死んでしまおうと思った岬の端。
 その思いをまざまざと噛み締めつつ、アイフェンは海を眺めていた。
 泣くだけ泣いて・・・、いや、泣かせてもらって、心がすっと軽くなったのは事実だ。
 だが、この先に起こる未来が変わらないのも、また、事実。
 受け入れたくなどないし、高城を殴ったことで、心が完全に晴れることもない。
 けれど、少なくとも、高城に当り散らす気持ちは萎れていた。
 あの男は、幼かった自分を置き去りにする父の、ずっと以前の過去の姿だ。
 本来、アイフェンがこの憤りを向けるべき先は、置き去りにした後の姿であるマジェスティー。
 けれど、彼のことはもう憎めない。
 今や、可愛い弟だ。
 その憎しみの矛先を向けた高城は、自分を捨てる前の、余りある愛情を注いでくれた父そのもの。
 頭ではわかっていても伴わなかった思いが、今、完全に符合してしまった。
「さすがは・・・母さんが愛した男、かな」
 仕方ない。
 仕方ないから、許してやろう。
 迫り来る運命の歯車が止まらないのであれば、せめて、母が幸せそうに笑っている今を、見守っているとしよう・・・。





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