堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話7

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「ああ、ROTCって手があるなぁ・・・」
 大学受験を控えたアイフェンは、勉強と並行して色々な資料を読み漁り、有効な選択肢の一つとして進路に惹かれる。
 ROTC(予備将校訓練課程)。
 大学の中で士官候補生として、通常の大学での勉強と並行して、軍事面の訓練や戦術、軍の法規を学ぶ課程だ。
 これに進めば、授業料も何かと物入りな書籍代も、すべて奨学金制度で賄われ、返済不要。
 卒業後は軍支給の金で、メディカルセンターにも通えるようだ。
 ただし、これは・・・。
「大学卒業後に入隊が絶対条件。やめとけ、やめとけ。お前は俺の人生プログラムに折込済みなんだから」
 アイフェンが熟読するROTCの資料を背後から覗いて、D・Dがヒラヒラと手を振った。
「D・D!? いつの間に・・・」
「あの時は不覚をとったがな、俺だって、できる男なのだよ」
「いや、気配を消しての不法侵入を威張られても・・・」
「ちゃんと着けてくれてるんだな」
「え? ああ、助かってるよ。肌触りも着け心地も申し分ない」
 アイフェンは頬骨から額までをキレイに隠してくれている白いシルクのマスクは、以前D・Dに礼としてもらったものだ。
 目の部分はメッシュ加工が施されているので、視界も良好。
 何より、始終顔を隠していられるので、ケロイドを維持するための力を使わずに済み、大変ありがたい代物だった。
 微弱な力をずっと一定に保ち続けるのは、なかなか骨の折れる作業であったから、それから解放されると大学受験の勉強も、集中できて嬉しい。
 テーブルに積み上げられた参考書や問題集の山をしげしげと眺め、D・Dが顎を撫でた。
「それにしても、大学ねぇ。クロスも思い切ったな。俺たちにゃ、とんと縁のない場所だったってのに」
 そういえば、クロスが小学校もろくに行っていないと言っていたことを思い出す。
「D・D、お前はクロスと同郷だったな?」
「ああ、そうさ。都会の片隅の、そりゃあ汚い貧民窟が、俺たちの故郷だ」
「親はいなかったのか?」
 D・Dが鼻で笑った。
「発想がお坊ちゃんだな」
「ああ、某国皇帝陛下の皇子様なんでね」
 飄々と言ってのけたアイフェンに、D・Dが声を上げて笑う。
「お前、やっぱり面白いな。まあ、あの頃の俺らにとっちゃ、中流家庭のガキどもは、みんな王子様に見えたもんだよ」
 珍しく真面目な顔で昔に思いを馳せているようなので、アイフェンは黙って聞いてやることにした。
「俺にもクロスにも、両親はいたよ。日雇い労働者の父親と、娼館で体を売っても客がつかないほど貧相な母。日雇いの仕事は争奪戦でね、仕事にありつけなかった日の父親は、そりゃぁ怖かったねぇ」
 ボロボロの狭いアパートには、母の安っぽいお粉の匂いと父の安酒の匂いで充満していた。
 部屋に響くのは、いつだって夫婦喧嘩の怒号。
「俺も毎日稼ぎに出された。煙突掃除にドブさらい。生ゴミの回収、肥溜めの処理。およそ、人が嫌がることは、みんな俺たち貧民層の仕事だった」
 そんな仕事でも、やはり争奪戦であり、仕事にありつけない日もままあった。
「けどさぁ、手ぶらで帰ったら、折檻されて飯も抜かれる。クロスの家だって似たようなもんさ、俺たちの骨と皮だけの体は、いつも痣だらけだった」
 折檻が怖くて、少しでも裕福な住宅街のゴミを漁りに行く。
盗みだってした。彼らはそうやって自分を守るしかなかった。
「ようやく18歳になった時は、嬉しかったねぇ。学のない俺たちでも、徴兵される。厳しい訓練なんざ、親の折檻に比べりゃ、風が頬を撫でるみたいなもんよ。何しろ親と違って、ぶん殴られても飯を食わせてくれるんだしな」
 アイフェンの手が、椅子にふんぞり返って話すD・Dの頭に伸びた。
 D・Dは驚いたようだが、それを振り払うことはせず、じっと目をつむっている。
 おそらく彼は、こうして頭を撫でてもらったことなど、ただの一度もないのだろう。
「あんまり、無茶するんじゃないぞ」
「ずっと年下のくせに、生意気言うな。・・・お前、やっぱり面白いな」
 テーブルに身を乗り出して、D・Dはアイフェンに顔を近づけた。
「なあ、俺と一緒に来い。将官にはなれっこねぇ軍人の居候でいるより、もっと稼げる身分になれるぜ」
「俺にはもれなくマジェスティーがついてくるぜ」
「子犬はいらん! いいじゃないか、お人好しクロスは、お前がいなくても子犬の面倒はみてくれる」
「断る。俺とジェスは、常に一緒と決めているんだ」
「ふぅん・・・、まるで足枷だな」
「人聞きの悪い言い方は、やめてくれないか」
 つまらなさそうに体を引いたD・Dは、天井を仰いでいたが、やおら、口端に笑みをなぞらえたのだった。



「あ」
 久しく聞いたD・D絡みの思い出話に耳を傾けていたマジェスティーは、ふと声を漏らした。
「思い出した。私は小さい頃、D・Dに殺されかけたことがあったな」
「だから言ってるだろう。D・Dは、本当にロクでもない男だったって」
 アイフェンが肩をすくめて言うと、うんうんとクロスが同意する。
「・・・でも」
「でも?」
 何故だか嬉しそうにマジェスティーが笑っているのを見て、アイフェンが首を傾げる。
「俺を殺そうとしたD・Dに、お前はものすごく怒ってくれた。見たことがないくらい、ブチ切れてくれた」
 白い仮面から覗く肌が紅潮したのを、マジェスティーもクロスも見逃さなかった。
「ああ、ああ、そうだったなぁ。もう手がつけられないくらい、ブチ切れてた」
「ふふ、嬉しかったよ、兄貴」
 まさか、この話が自分に矛先の向く展開になるとは思ってもみなかったアイフェンは、ニコニコと微笑むマジェスティーの頭を、少々乱暴に掻き回した。



 その連絡を受けたのは、アイフェンが大学に見事奨学金付きの主席合格を果たし、村のクロス家に別れを告げて、大学近くの学生アパートに引っ越して、半年ほど経った頃だった。
 日中は大学で単位を取りまくり、必要な試験を次々クリアして、スキップ。
 わずか半年で、彼はすでに大学2年になっていた。
 大学が終わればアルバイトを深夜までこなし、仮眠と変わらない睡眠をとると、明け方からひたすら勉強して、再び大学の授業に向かう。
 ほとんどロクに寝ていない日々。
 そんな弛まぬ努力にも関わらず、彼は大学内で『仮面の天才』と呼ばれ、少々不服だった。
 ただ、この不眠不休の生活を支える体力と精神力は、彼がかつて身を置いていた未来での戦場で培ったものであり、他の学生に対して自分が反則を犯しているような気持ちもあったので、何も言い返しはしなかったが・・・。
「え? ジェスが?」
 節約も心がけていたので、アパートに電話も引いていなかったアイフェンは、大学に出席した途端、事務室に電話が入っていると呼び出され、その一報を受けたのだ。
「そうなんだ。昨夜からどこを探しても見つからなくて・・・。すまない、大切な弟を預かっておきながら・・・、本当にすまん」
 電話の向こうで声を震わせているクロスを責めることはできない。
 けれど、肺の奥から震えるような息が溢れるのを、抑えられなかった。
 それが聞こえたのか、クロスはそれから何度も「すまない」と涙声を発する。
 何も答えられないアイフェン。
 脳裏に渦巻く、想像。
 もしや。
 もしや、本来の記憶がマジェスティーを失踪させたのではなかろうか?
 本来、60歳を超えた立派な大人だ。
 本気を出せば、黙って姿を消すことだって、容易いはず。
 クロス一家に罪はない。
 自分がマジェスティーを置き去りにして、大学に来たりしたから・・・。
「アイフェン! アイフェン! 聞いているか!? 頼む、返事をしてくれ!」
 我に返る。
「あ、ああ、すまん。それで、警察には・・・」
「もちろん、探してもらっている。それで、ある目撃証言があってな。街のハンバーガーショップで、赤いシボレーに乗り込む東洋人の子供と、30代くらいの白人男性・・・」
「あ・・・!」
 赤いシボレーと白人男性。
 符合する記憶は・・・D・D!!
「そのシボレーが最後に目撃されたのは、お前の住む街外れのモーテルだ」
 街外れのモーテルは記憶にある。
 確か、その程近くに操業を停止した無人の工場跡があった。
「俺はその付近を探しに行く。アイフェン、お前はそこで連絡を待っ・・・」
 電話を切る。
 アイフェンはそのまま大学を飛び出していた。
 ふと思い出したのだ。
 自分についてこいと言ったD・Dに、マジェスティーと共にある誓いを伝えた時、それを「足枷」と言い、意味深な笑みを口端に揺蕩わせた彼を。
 「ジェス、ジェス、ジェス・・・!」
 アイフェンは人目も憚らず、黄金のオーラを纏った。
 道行く人々が、あんぐりと口を開けて、その光景を眺めている。
 そんなことはお構いなしに、アイフェンはイメージしたポイント、工場跡に瞬間移動を始めた。



 3度目。
 アイフェンの能力値では、瞬間移動の飛距離はわずか数キロ。
 自分が住まう街外れとは言え、広大なアメリカの地を目的地に一気に飛ぶことは叶わない。
 しかも、この半年の無理な大学生活も祟り、回数を重ねるごと、アイフェンの体力は著しく消耗していった。
 それでも、幾度も瞬間移動を繰り返す内、ようやく、目的地に到達していた。
 目眩がする。
 息もまともにできない。
 フラフラの状態で工場跡地に歩を進めたアイフェンは、赤いシボレーを見つけた途端、老朽化した工場内へと走り出していた。
「んー! んー! んー!」
 くぐもった子供の声、いや、悲鳴。
 男性の笑い声。
 幾度も繰り返される、乾いた銃声。
「そーら、逃げろ、逃げろ。のんびりしてたら、狩られちまうぞ、子犬ちゃん」
 工場内の奥。
 猿轡を噛まされたマジェスティーが、後ろ手に縛られて逃げ回っていた。
 それをさも愉快げに追い回し、いたぶるように彼の足元に銃を打ち込むD・D。
 逃げ回る間に、何度も転んだのだろう。
 マジェスティーはあちこち傷だらけだった。
「・・・D・D」
 自分が、こんなに地の底から響くような声が出せるとは、アイフェン自身、知らなかった。
「んーーー!」
 猿轡で聞き取れないが、マジェスティーが自分を必死に呼んだのがわかる。
「アイフェン? おいおい、嘘だろ。やっぱりお前は面白い。よくここが・・・え?」
 見られたところで、構うものか。
 アイフェンは、D・Dの懐深くに瞬間移動した。
 驚いてひるんだD・Dの腹に、渾身の拳を振るう。
「~~~あ・・・」
 よろめいたD・Dから、すかさず銃を取り上げ、床に仰向けになぎ倒された彼に銃口を向けた。
「おい、よせ! 俺はただ、お前の足枷を取り除いてやろうとしただけ・・・」
「誰が誰の足枷だと・・・?」
 仮面の下の眼光に、D・Dがゴクリと息を飲む。
「ま、待て。そうか、そうか。俺の勘違いか。それは悪かっ・・・ぎゃあ!」
 太ももに一発。
 何の躊躇いもない発砲に、さしものD・Dも顔色を失っている。
「俺の弟が、泣いているじゃないか」
 二発目。
 今度はふくらはぎの肉が弾け飛ぶ。
「ぅあああ! やめろ! やめてくれ!」
「俺の弟も、必死でそう叫んでいただろう。猿轡を噛まされてな・・・」
「お前にとって、邪魔だと思ったんだよ! 俺はお前の為に・・・ぎゃ!」
 三発目は頭を狙ったのに、外れた。
 チッと舌打ちしたアイフェンが、再び引き金を絞る。
「やめろ! やめてくれ! 悪かった! もう二度とお前の弟に手出しはしない! だから・・・!」
 D・Dの悲痛な叫びなど、耳には届かない。
 耳に残るのは、逃げ惑い咽び泣くマジェスティーの悲鳴だけ。
「ああ、もう手出しさせないさ。お前の時間は、ここで止まるんだからな・・・」
 D・Dが頭を抱えるように床に丸まった。
「アイフェン! やめろ! やめなさい!」
 D・Dとの間に割って入るように飛び込んできたのは、クロスだった。
「どけ、クロス。邪魔するなら、アンタも道連れだ」
「落ち着け! 今はジェスを抱きしめてやるのが先だろう! 見ろ! あんなに怯えて震えてる! こいつを殺すのなんざ、いつでもできる!」
「・・・あ・・・」
 アイフェンはようやく力なく銃を下ろした。
 振り返り、ガタガタと震えて自分を見つめているマジェスティーを振り返る。
「~~~ジェス・・・!」
 猿轡を外し、両手の自由を奪っていた縛を解いて、アイフェンはマジェスティーを力いっぱいに抱きしめた。
「怖かっただろう、怖かったな、ジェス。もう大丈夫だ。もう大丈夫・・・」
 震える小さな体を包み、幾度も幾度も頭を撫でる。
「ふ、え・・・アイフェン・・・D・Dがね、D・Dが・・・」
「うん、うん・・・」
「俺のこと、邪魔だって・・・。アイフェンの、邪魔だって・・・」
「そんなわけないだろ! お前は、俺の大事な弟だ! 俺を信じろ! ジェス、無事で良かった・・・怖かったな、可哀想に。ジェス、ジェス・・・」
「ぅわあーーーん! アイフェン~~~! え? あ、アイフェン!? アイフェン! アイフェン!」
 小さな体を抱きしめたまま、アイフェンの意識は薄れていった。
 久しく使ったフルパワーの能力。
 その限界と共に、アイフェンは失神していたのだった。






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