ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another6~朱雀の章・番外編~

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 重い沈黙の食事が済み、下げた食器を洗い始めたクロス。
「クロス、俺、服に着替えてくるから・・・」
「そこにいろ」
「でも俺、診療所を開けなきゃ・・・」
「診療所は当分休診だと、さっき村のインフォメーションに流しておいた」
「そんな、勝手に・・・」
「さてと」
 濡れた手をタオルで拭ったクロスが振り返ったことに、ビクリとする。
 アイフェンの差し向かいに腰を下ろしたクロス。
 じっと睨み据えられて、息が詰まる。
 これはまるで尋問だ。
「今日は、『言えない』は受け付けないぞ」
 その言葉を封じられたら、黙るしかなくなる。
「・・・甘えさせてくれると、言ったじゃないか・・・」
「そのつもりだったがね。こんなことを仕出かすなら、放っておけないだろう」
 テーブルに置かれた銃から、目を反らす。
「もう、しないよ」
「当たり前だ!」
 クロスが叩いたテーブルが軋んだ。
「お前が何十年繰り返してきた『言えない』ことが、こんな馬鹿な真似にお前を駆り立てたなら、今日こそは話してもらう」
「・・・」
「その顔も、『言えない』内のひとつなんだろう? ケロイドが自然に治るなど、有り得ない。だが、その姫さまと同じ顔は、人工的なものではない。その、金色の瞳もな」
 押し黙っているアイフェンを眺めながら、クロスは続けた。
「そもそもだ、お前の肌。とてもじゃないが、50代のそれじゃない。張り、艶、血色。まるきり20代の青年の体つきだ。いくら若く見えると言っても、尋常じゃねぇよ」
「・・・言いたくない」
「なら、持久戦だ」
「言いたくないから、見せてやる」
 アイフェンの全身から揺蕩い始めた金色のオーラに、さしものクロスも目を見張った。
 テーブルに置かれた銃が、光に包まれてふわりと浮き上がる。
 その銃口がアイフェンの額に向いた。
「アイフェン、もうしないと、言っただろ」
 クロスの声は、思いのほか冷静だった。
「言いたくないと言っているのに、アンタが無理に言わそうとするからだ」
「引き金を引いたら、後悔するぞ」
「後悔? そんなもの、慣れっこだ」
 銃を覆う光が、明るさを増した。
 銃はただ、カチリと音がしただけだった。
 アイフェンからオーラが消え失せる。
「ふん、やっぱりな。俺の前に平気で銃を置くくらいだ。マガジンは抜いてあると思ったよ」
 刹那、思い切り頬を引っ叩かれて、アイフェンの体は椅子から投げ出されるように床に転がった。
「~~~いっ・・・」
 ノシノシと歩み寄ってきたクロスにバスローブの帯を掴まれて、宙吊りにされたアイフェンは、彼が倒れた椅子を起こして座ったのを見て、嫌な予感に息を飲んだ。
 案の定、宙吊りから下ろされたのは、クロスの膝の上。
「おい! やめろ! よせ! 俺をいくつだと思ってる!」
「言ったろ、外見はまるきり20代。しかも、今は中身まで、まるで20代の小僧と変わらん。何の遠慮も感じんな」
「頼むからやめてくれ! 仕方ないだろ! 言えないものは言えないんだ!」
「ああ、お前が話す時だと思う日まで、もう聞かんよ。死を選ぼうとするくらいなら、俺はもう、お前のあるがままを受け入れる」
 振り上げられた大きな手の平に、アイフェンは息を飲んで固く目をつむった。
「だから・・・、もう、死のうなんて、するな」
 いつまでも振り下ろされる気配がないので、アイフェンは恐る恐るクロスを見上げた。
「クロス・・・」
 褐色の大男の目から、涙がこぼれている。
「頼むから・・・、もう、あんな真似はやめてくれ。なあ、頼む・・・」
―――後悔するぞ。
 その言葉が、突き刺さる。
 胸が、焼かれるように痛い。
 彼を悲しませるつもりなどなかった。
 つまり、自分のことしか考えていなかった。
 彼の膝の上から這い出したアイフェンは、クロスの前に立ち、バスローブの袖で彼の涙を拭った。
 何か言おうと色々考えを巡らせたが、これしか思い浮かばなかった。
「・・・ごめん。本当に、もう、しない」
「約束、だぞ」
「約束する」
「絶対だ」
「うん、絶対」
 大きな体いっぱいに、吐き出された息。
 顔を上げたクロスの目は、まだ少し怒気をはらんでいて、アイフェンを戸惑わせる。
「なあ、本当だって。信じてくれよ」
「信じたさ。この先のことはな」
「でも、やっちまったことを今更云々されても・・・」
 ジロリと睨まれて閉口する。
「姫と同じ顔で、姫と同じようなことを言うんだな。お前は姫さまの悪さでそれを言われて、納得するわけか?」
「~~~」
 納得できるわけがない。
 やらかしておいて、反省の感じられない言い分に、何度呆れたことか。
「クロス、あのさ・・・」
「黙ってろ。今、どうしたものかと考えているんだ」
「どうって・・・」
「一度目は思いつめてのことと思う。だが、二度目は明らかに、俺に対する挑発だったろ?」
 必死で首を横に振るが、取り合ってもらえてはいないようだ。
「おまけに、本当に引き金を引きやがった」
「だから! あれはきっとアンタがマガジンを抜いてると思ったからで・・・!」
「つまり、挑発ってわけだ」
 言葉に詰まる。
「うん、そうだな。やっぱり・・・Guiltだ」
 それを聞いた瞬間、アイフェンは素早く身を翻して、ダイニングを飛び出した。
 寝室に逃げ込んで、服に着替えようとクローゼットを開けたが、中は空っぽ。
 ぬっと現れたクロスが、ニヤリとする。
「高名なドクター・アイフェンが、バスローブ姿で外に出てはいけないものなぁ」
 打たれた先手に歯ぎしり。
「卑怯モン! 俺が逃げると決めてかかるとか、ないんじゃないか!?」
「逃げたじゃないか」
 そう言われると、二の句が継げないが。
「~~~せめて、ビンタにしてくれ。恥ずかしいのは、嫌だ・・・」
「痛いより、恥ずかしい方が、懲りるってこったろ。うんと恥ずかしい思いをさせてやるから、覚悟しな」
 悠々とベッドに腰を下ろしたクロスは、ヒラヒラと指を振ってアイフェンを呼んだ。
 こういう状況でも、果敢に逃げ出そうとする小娘をよく知っている。
 逃げようなんてするから、ますますきついお仕置きを喰らうんだと、何故わからんかね、この小娘は。
 よく、大人たちにとっ捕まってお尻を叩かれて泣き喚く彼女の姿を傍らで眺めて、あきれたものだ。
 だが、今なら、小娘の気持ちは痛いほどよくわかるアイフェンだった。



 床に転がされたアイフェンは、ヒリヒリするお尻をバスローブ越しに擦った。
「いってぇ・・・」
 あんまりだ。
 膝の上に腹ばいにさせられただけでも屈辱的な上、まるで小さな子供にするように、手首をしならせるだけの指先で軽く叩くものだから、いや増す恥ずかしさばかりが募る時間だった。
せめて、理性が吹っ飛ぶくらいきつくぶってくれれば、恥ずかしさも半減しただろうに。
「ちったぁ懲りたかね」
「懲りた。懲りました。もう、しないから、勘弁してくれ・・・」
「結構。シャワー浴びて来い、汗だくだろ」
 そうとも。嫌な汗を散々かかされた。
 とにかく、一刻も早くこの場から逃げ出したくて、バスルームに急ぐ。
 本日2度目のシャワー。
「えい、クソ、ヒリヒリする。痒いし!」
 医者の立場の見立てでは、きつく叩かれるより、弱くじっくりとぶたれ続けたこの表皮の方が、重症だ。
 例えるなら、低温火傷のそれ。
 こんな痛みが何日も後を引くなど、御免こうむる。
 痛むたび、先ほどの恥ずかしさを思い出してしまうではないか。
 手の平に金のオーラを纏わせて、腫れたお尻を一撫で。
「アイフェン、着替え、ここに置いておくぞ」
 いきなりドアを開けられて、心臓が飛び上がる。
「わあ! 覗くな、馬鹿!」
「ほお・・・」
 つい先程まで真っ赤に染まっていたお尻が元通りになっていたのを、クロスが興味深げにしげしげと眺めている。
「ケロイドも、こうして治ったわけか。便利な力だな」
「ケロイドは治そうとして治したわけじゃない。『俺たち』は自然治癒力が高いんだ」
「ふうん? じゃ、それは?」
「~~~」
「なるほど、自分の意思で治したのか。長引く痛みで叱られたことを思い出すのも、お仕置きの一環なのだがなぁ」
「いや、あの、クロス・・・、これはその・・・」
「よし、『三度目』のシャワーの後で、昼食にしよう。そろそろ、ちゃんとしたものも食えるだろう」
 言うだけ言ってドアを閉めたクロスを見送って、アイフェンはヘナヘナとタイルの床に座り込んでいた。
 


 鼻歌交じりに昼食の支度をしているクロスの背中を、恨みがましく眺めながら、アイフェンは再びズボンの上からお尻を擦っていた。
 また力を発動させようものなら、『四度目』のシャワーを余儀なくされるであろうから、さすがに大人しく擦っているだけだが。
「そら、食え」
どっさりとテーブルに並んだ朝食並みのメニューに、苦笑と共にお腹が鳴った。
「朝飯はまともに食ってないからな、兼用だ」
 カリカリに焼き上げたベーコンにトースト、ハッシュドポテトにオーバーミディアムのフライドエッグ。
「お前たち兄弟は、本当にオーバーミディアムが好きだねぇ」
 そうと知っているから、注文を聞くことなくフライドエッグを作ってくれたクロス。
 もう何十年と共にいるのだから、アイフェンの好みを熟知してくれている。
「ああ、そういえば・・・、高城もオーバーミディアムが好きらしい」
 それはそうだろう。
 その父に育てられたアイフェンだから、彼の好んだオーバーミディアムが好きなのだ。
「ただ、白飯じゃないとぼやいていた」
 アイフェンの口端に苦笑が浮かぶ。
 そう、父が好きなのは、半熟目玉焼きを炊きたてのご飯に乗せて醤油を一垂らしした、高城家通称『めんたまご飯』。
 あの戦時下で汚染された地球環境では米など滅多に手に入らなかったので、たまの『めんたまご飯』は、父の顔がほころぶご馳走だった。
 半熟の黄身とご飯を程良く混ぜた『めんたまご飯』を、幼いアイフェンの口にスプーンで運びながら、「美味いか?」と微笑んでいた父を、鮮明に思い出す。
 自分を置き去りにした、大好きだった父。
「・・・は。居候のくせに、贅沢言ったもんだな」
「居候って、お前ねぇ。彼はゲストだぞ。おまけに、こちらが無理強いして来させたんだろ」
 坊主頭を掻いて、クロスは呆れたように息をつく。
「それはジェスとレーヌ様の事情だろう。俺の知ったことか。俺はあの男が大嫌いだと、何度言わせる」
「・・・あんなに世話になっておいて」
「はあ? 俺がいつ、あの男の世話になった」
「・・・本当に、あの後からの記憶がないんだな、酔っ払いには」
「夕べ? 俺、何かあの男に・・・」
「甘えて泣きじゃくってた。「お父さん、お父さん」てな」
 フライドエッグを切り分けていたナイフとフォークが止まる。
 耳朶が一気に熱を帯び顔が上げられないので、とにかく目の前の食事に専念することにした。
「高城と会ったら、ちゃんと礼を言うんだぞ」
 黙々と食事を進めるアイフェンのあからさまな無視に、クロスはテーブルを指先で叩く。
「アイフェン」
「ああ、わかった、わかった」
「・・・素直になれない子供には、それ相応の対応をさせてもらうが?」
「わかったと言ってるだろう。しつこいぞ」
「わかったと、言ったな?」
「しつこい!」
 荒々しくナイフとフォークを置いたアイフェンは、さっさと食卓を立ち去った。
 腹が立つ。
 無性に腹が立つ。
 あの男、高城善積をこんなに近くにした今、今まで築き上げてきた『アイフェン』の人物像が音を立てて崩れていくのが、自分でもひしひしと感じるから、苛立ちが覆い隠せない。
 あの男が嫌いだ。
 母を守れなかったのを全部人のせいにして、幼い自分を置き去りにして、敵に寝返った父。
 大嫌いだ。
 あんな男の率いる連合軍などに負けるものかと、一心不乱に戦ってきた『未来』というあの頃。
 大嫌いだ。
 大嫌いだ。
 大嫌いだ。
 ―――それなのに。
 いつも通りに振る舞えない。
 嫌いなら、『アイフェン』のままでいればいいのに。
 クロスの言った「素直になれない子供」という言葉が的を射ているから、ますます、腹の立つアイフェンであった。






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