堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話6

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 まだホコホコと湯気を上げるカゴの中のクッキーを、ひとつ摘んで口に放り込む。
「うん、美味い」
「まあ、閣下! つまみ食いなど、はしたない」
 デラと一緒にクッキー作りに勤しんでいたレーヌが、呆れたように息をついた。
「これ、ジェス! 昔みたいなこと、おしでないよ」
 ピシャンと彼のお尻を叩き、デラが子供にするように顔をしかめた。
「だって、クロスがさっきから、昔話に花を咲かせていて。色々と思い出していたら、ついね。端から掠めて食べるデラのクッキーは、温かくてサクサクで、実に美味かった」
「おやまあ。昔を懐かしんでつまみ食いかい? なら、その昔のその後も、味あわせてやろうかね」
「遠慮する。執務室に運ぶ分、取り分けてくれ、デラ。後、レーヌ、クロスが君のハーブティーのおかわりをご所望だよ」
 微笑んで頷いたレーヌがティーポットに茶葉とお湯を注いで蒸らしている間に、クッキーをまた一口。
「うん、美味い」
「ジェス! もう、また! なくなっちまうだろ」
「だって美味しいんだもん」
「仕方ない子だね。ほら、アンタたちの分」
 取り分けられたクッキーとハーブティーのポットを乗せたトレイを持たされて、マジェスティーは執務室に戻っていった。
 その後ろ姿を見送って、デラは苦笑交じりに息をついて、肩をすくめた。
「デラ、子供時代の閣下は、どんな風だったの?」
「姫さまほどじゃないですけどね、大層わんぱくないたずら小僧でしたよ。ただ・・・下の子の面倒見のいい、優しい大将肌でしたねぇ」
 クロスとデラの五人の息子たちは、いつもマジェスティーの子分のようにくっついて回っていたが、彼を慕っているのは明らかだった。
「統率力のある子でねぇ、まあ、まさかこんな大きな組織の頂点に立つなんて、露ほども思ってはいませんでしたけれどね。うちの人は、見抜いていたみたいですよ」



 自然に満ち溢れた郊外の村は、育つ盛りの子供たちが駆け回るに、十分な丘や平野が広がっていた。
 クロスの畑は少し高台にあり、野原ではしゃぐ子供たちの姿が、よく見えた。
「おや、今日は戦争ごっこか」
 鍬を降ろしてタオルで汗を拭いながら、クロスは苦笑した。
 男の子は、こういう遊びが本当に好きだなぁと、しみじみ思う。
「クロス、休憩かい? ちょうど良かった。飲み物、持ってきたぞ」
 やってきたアイフェンに手招きする。
「? 何?」
「見てみな。子供らの戦争ごっこ。指揮官殿は、マジェスティーのようだぞ。・・・ん?」
 マジェスティーを中心に作戦会議をしていた子供たちが、彼の手の一振りで散った。
 一見、バラバラに散ったように見えるが、上から見ているクロスたちには、はっきりと陣形が組まれていくのがわかる。
 一方、相手方は無秩序に突撃を開始。
 バラバラに見えるマジェスティー側は、攻め込まれた箇所に陣形が即座に呼応し、じわじわと無秩序だった相手方を包囲していく。
 すぐに決着はついた。
 兵力差は均等だが、運用の妙がこの早い決着を導いたのは、明らかだった。
 思わず前のめりになるクロス。
 同じく眺めていたアイフェンの思いは複雑だった。
 夢だと叩き込んだといえ、実際の戦場で妻の兵力運用を間近で見て学び、それを敵に寝返って以降、余すところなく実践し続けた高城善積。
 ただ模倣だけでなく、もともと好きだった日本の戦国時代の知識も加えてアレンジして常勝を重ね、地球の統治者とまで言わせしめ、崇拝される高みまで登りつめた男だ。
 体に染み付いたその采配が、子供の戦争ごっこで負けるわけがない。
「兵士交代で、もう一戦か」
 クロスが興味深げに顎を撫でた。
 やはり、結果は同じ。
 先ほどマジェスティーの作戦に従った子供たちは、同じことを真似てみたようだが、状況によって陣形を代えさせたマジェスティー側の圧勝。
「excellent! 見事なもんだ。あいつに、こんな才能があったとはな」
「・・・クロス、俺、ドクターのとこの手伝いがあるから、もう行くよ」
「あ、待て待て。お前に話があるんだ」
「何?」
「ドクターに聞いた。お前、大学へ行きたいんだって?」
「え? あ、いや、医学を学びたいと言っただけだ」
「つまりは、大学に行かにゃならんのだろう? 何を迷ってる」
 大学の費用は、学生ローンで自分が返済していくだけのことなので、クロスに迷惑は掛からない。
 問題は、大学とこの村の距離。
ここから通えるような大学がない。
そうなると、マジェスティーをどうするか。
 ただでさえ、好意で家族同様に住まわせてもらっているのに、その兄が弟を預けて出て行くというのは、些か気が咎める。
 そもそも、クロスは仕事で家を空けることが多いし、5人もの子供たちを一人で面倒をみているデラに、赤の他人のマジェスティーまで押し付けるわけには・・・。
「赤の他人をひとり、ここに置いていけない・・・とか思ってるなら、いつものヤツだぞ」
 ニヤリと見上げられて、アイフェンはお尻を押さえてクロスから距離を取った。
「やっぱりな」
「いや、でも! だってさ・・・アンタの息子たちだって、まだまだ手のかかる年頃なんだぜ? そこへ、更に手のかかるジェスを・・・なんて、デラが気の毒じゃないか」
「デラはなぁ、子供の頃にKKKに親兄弟を殺されて、ずっと一人ぼっちだったんだ。だから、たくさん家族がいればいるほど、幸せなんだよ」
「・・・ホントに、いいの?」
 思わず呟いたアイフェンに、クロスが微笑む。
「マジェスティーのことなら、任せておけ」
「~~~ありがとう」
「何言ってる。まあ、正直なところを言うと、白人社会の中に、お前を一人でやりたくない気持ちはある。だが、お前がやりたいことを、一番に優先して欲しいんだよ。だって、家族なんだからな」
 クシャクシャと頭を撫でられて、アイフェンは両手に顔を埋めた。
「ただ・・・、ごめん。ジェスがちゃんと納得して送り出してくれないと、俺、行けないよ」
「うん、そうだな」
「誤解しないで欲しい。アンタたちに、ジェスを預けられないっていうことじゃ・・・」
「バカ。わかってるから。そんなこと、わかってるから。ゆっくり説得すればいい。ジェスにとって、お前が特別な存在なのは、当然のことなんだから。な、兄貴」
 グイと抱き寄せられて、アイフェンは黙って頷いた。



「・・・やだ」
 夕食後に二人きりになった兄弟の部屋で俯くマジェスティーの返答は、想像した通りだった。
「四年だけだよ。メディカルスクールなら、ここから通える距離にあるから、大学を卒業したら帰ってくるから、行きっ放してわけじゃない。クリスマス、ニューイヤー、復活祭、独立記念日。その度、帰ってくるし、お前に発作の兆候があれば、飛んで帰る」
「~~~痛い思いをさせる為に帰ってくる兄貴とか、いらないし!」
 苦笑。それはそうだ。
「だが、発作を起こしたお前の処置をできるのは、俺だけだしね」
「なら、俺も一緒に行く」
「大学があるのはここよりずっと都会だから、お前を一人ぼっちで留守番させるわけにはいかないんだよ」
「だったら! お前は俺だけの主治医でいろ! 他の奴を診る医者になんか、ならないでいい!」
 小さな体でありったけの力で喚いたマジェスティーは、ベッドに潜り込んで、シーツで顔を覆ってしまった。
 シーツの上から彼を撫でる。
「触るな!」
「ジェス・・・」
「うるさい!」
「なあ、ジェス。聞いてくれ」
「余は・・・!!」
 いきなり起き上がったマジェスティーが、ベッドの上に立ち上がった。
「余は、地球の統治者、マジェスティー・クレール・アースルーラーぞ!」
「・・・」
「お前が夢だというこの記憶は、まだ、ここにある!」
 バンと胸を叩き、マジェスティーはアイフェンを睨んだ。
 こういう行動に出れば、アイフェンが自分から離れられないと踏んだのだろう。
 誇大妄想癖だと手酷く叱られようが、構わないということらしい。
 それほど、アイフェンに傍に居て欲しいと願っているのが垣間見えて、苦笑を禁じ得ない。
「~~~笑ったな!」
―――しまった。
「いや、笑ってない。いや、笑ったけど、そういう意味じゃ・・・」
「もう知らん! もういい! 俺のことなんて、どうでもいいんだろ! お前なんか、どこへでも行け! 好きにしろ!」
「あ! こら、ジェス! 待ちなさい!」
 飛び出していったマジェスティーを慌てて追いかけたが、やはり子供はすばしこい。
 ダイニングで悠々新聞を読みふけっていたクロスを、思わず睨む。
「止めてくれたって、いいんじゃないか?」
「お前が説得すると、言っただろ?」
 新聞から顔も上げずにのたまったクロスの足を蹴飛ばして、アイフェンはおそらく外に出て行ったであろうマジェスティーの後を追った。
 もう暗いし、子供の足ではそう遠くに行ってはいないはずだ。
 それに、おそらく、追ってきてほしいから飛び出した・・・と、アイフェンは踏んでいる。
「ジェース、 どこだ? 出ておいで」
 極力優しい声音で呼びかける。
 正直言えば、腹が立っている。
 人の気も知らないで・・・という思いが、立ち込めなくもないのだ。
 何が、「俺のことなんてどうでもいい」だ。
 何が、「お前なんか、どこへでも行け」だ。
 ひとえに、彼が怯えるワクチン投与の苦痛を、少しでも和らげてやりたくて、この時代に得られる限りの知識が欲しくて、学びたいのに。
「ジェス? ジェス、出ておいで。ほら、怒らないから」
 本当なら、見つけたらお尻をうんと引っ叩いてやりたい。
「ジェス! もう暗い! 狼が出たらどうする! いい加減、出てきなさ・・・痛い!」
 不意に足首に喰らった石つぶてに、かがみ込んでくるぶしを擦ったアイフェンは、石が飛んできた方向をじろりと睨んだ。
 そこはクロス手作りの食料庫の縁下。
「なるほど、ここか」
 大人の体格では、容易に侵入できない縁下を屈んで覗き込む。
「ジェス。出ておいで」
 返答はまたしても石つぶて。
 顔にまともに喰らいそうになり、慌てて身を伏せる。
 さすがに腹が立ってきて、引きずり出してやろうと突っ込んだ手を、思い切り噛まれて思わず悲鳴。
「~~~こンの、悪ガキが」
 そういえば、食料庫にランタンが常備されていたはずだ。
 アイフェンは噛まれた手を擦りながら、食料庫からランタンを拝借してくると、マジェスティーが潜んでいるであろう縁下を照らした。
 薄明かりの中、むくれて膝を抱えているマジェスティーの姿が浮かび上がる。
 本当に、子供そのものではないか。
 なんだか毒気を抜かれてしまい、アイフェンは苦笑いでその場に座り込んだ。
「なあ、拗ねるなよ・・・」
 3度目の石つぶての返答に、黙って耐える。
「ちゃんと話そう。な、ジェス」
 言葉をかける度に、石が飛んでくるものだから、アイフェンの体や顔は、次第にヒリヒリしてきた。
 それでも、ランタンの灯りに浮かぶマジェスティーの拗ねた顔を見ると、不思議と怒りがしぼむ。
 彼が必死なのが、わかるから。
 自分の手はいとも容易く払い除けたくせに、今、手を離されまいと、必死で抵抗しているのがわかるから。
―――本当に、勝手な奴だ・・・。
 そうは思えど、そうまで必死に自分を求めている彼が、愛おしくすらある。
「なあ、せめて返事をしてくれ、ジェス」
「~~~お前の言う誇大妄想癖とやらは、治っていない! そんな俺を、置いていくのか・・・」
「・・・ここなら、一人じゃないからね」
「一人じゃない。一人じゃないけど・・・」
「ジェス」
「~~~置いてかないで・・・」
「・・・ジェス」
 呼びかけると、マジェスティーはイヤイヤと頭を振る。
「なぁ、聞いて、ジェス。お前の持病は命に関わるものだ。俺がこのまま医者にならずにいたら、いつか、お前を違う医者に任せなければならなくなる」
「~~~」
「そんなの、嫌だろ?」
 こくんと頷いたマジェスティー。
「俺も、嫌だ。俺は、お前の主治医で居続けたいから、行くんだよ」
「でも・・・! 4年も居ないなんて、嫌だ・・・!」
「ジェス。兄さんを舐めるなよ? 通常が4年なら、2年で大学を卒業してきてやるから」
「2年・・・?」
「ああ。約束だ。それで帰ってきたら、俺はもう、絶対、お前の傍を離れないと、約束するよ」
「~~~本当、に?」
「ああ。絶対だ。約束する。俺は誰にも文句を言われないお前の主治医になる為に、医者になるんだからな」
 薄明かりの中、やっと自分を見てくれたマジェスティーが、のそのそと地面を這いつくばって床下から顔を出した。
「おいで」
 そっと両手を差し出すと、泥だらけのマジェスティーがしがみついてきた。
 まいった。自分の父親を、可愛いと思ってしまった。
 まいった。2年で卒業などと、大見栄を切ってしまった。
 これは何が何でも、大学をスキップしなければならなくなってしまったではないか。
 約束を違えれば、今後、マジェスティーに示しがつかなくなってしまうのだから・・・。
 しかし・・・。
 石を喰らった顔や体のあちこちが、さすがに疼く。
「ジェス、石とか、人に投げちゃダメなんだからね。わかってる?」
「~~~だって・・・」
「だってじゃないの」
 抱き上げたマジェスティーのお尻を、ピシャンと叩く。
「もうしないって、約束できる?」
 こくんと頷いたマジェスティーの頭を撫でて、アイフェンは昔欲しかったこの温もりの逆転現象に、苦笑を禁じ得なかった。




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