ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another5~朱雀の章・番外編~

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 アイフェンを診療所からしばらく歩いた先の岬に連れてきたクロスは、地面にヘタりこんだ彼にペットボトルを差し出した。
「ほれ、水。何やってるんだ、お前は」
「クロス~、月が回ってる・・・」
「飲み過ぎだ、馬鹿もん。しばらくここで休んでいろ。いい風だ」
「ん~」
 クロスが片付けの手伝いに立ち去ろうとすると、アイフェンがおぼつかない足取りで立ち上がり、フラフラと岬の先端へと歩き始めた。
「おい、危ないぞ」
 千鳥足の彼は、今にも風に煽られて、崖に落ちそうだ。
「こら、アイフェン! じっとしてろ! 座れ!」
 岬の淵をなぞるようにふわふわと歩くアイフェンに、冷や汗が滲む。
 すぐさま駆け寄って引きずり戻したいが、泥酔状態の彼に近付いて、崖の方によろめかれたらと思うと、迂闊に動けない。
「クロス~、いい風だなぁ」
「ああ、そうだな。アイフェン、ほら、水だ。喉渇いてるだろ」
 ペットボトルを振っておびき寄せてみたが、アイフェンは知らんぷりで岬の端で海を眺めている。
刹那、クロスは息を呑んだ。
 白衣の下のホルスターから抜き取った銃を、アイフェンが自分のこめかみに充てがったのだ。
「アイフェン! 何してる!」
「ん~? もう、いいや~って、思って」
「いいって、何が!?」
「俺なんか、生まれてこなきゃ良かった」
 引き金に掛かった指に、力が込められていく。
「馬鹿、よせ、銃を下ろせ」
「神様がさぁ、あんまり意地悪だからさぁ・・・、直談判に行ってこようかなぁ、なんて」
「アイフェン、いい加減にしないか。怒るぞ!」
 もう強行突破しかないと決めて、クロスが身構えた時だ。
 ストンとアイフェンの腕から力が抜け、地面に銃が転げ落ちた。
 フラフラとクロスの方に歩いてくる。
 いや、視線はクロスを捉えておらず、その背後に向けられている。
 クロスが振り返ると、高城が立っていた。
 クロスの傍らをすり抜けたアイフェンは、高城にしがみつく。
「~~~なんで? なんで、僕を置いていったの? お父さん・・・」
 しがみつく彼を慌てて引き離そうとしたクロスに、高城はそっと首を横に振って見せた。
「すまなかったな。だから、迎えに来たよ」
 酔っ払いに話を合わせてやるようだ。
 クロスは申し訳なさそうに頭を下げると、とりあえず、アイフェンが手放した銃を回収した。
「お父さんのばか・・・」
「うん、うん、ごめんな。寂しかったか?」
 子供のようにしゃくり上げているアイフェンを抱きしめて背中を擦り、顔を覗き込むと、白いマスクが涙で濡れていた。
「家に、帰ろうな」
 コクンと頷いたアイフェンは、高城の背中に回り込む。
 おんぶを要求しているらしい。
「高城、俺がおぶっていくから」
 これ以上世話はかけられないと、アイフェンを引っ張ったクロスだったが、子供のような抵抗をする彼に、手を引かざるを得なかった。
「かまわんよ。そら、アイフェン」
 屈んでやると、背中に覆いかぶさってきたアイフェンに、思わずよろめく。
 やはり彼はラ・ヴィアン・ローズの一員であり、かなり鍛えているらしい体は、見た目より筋肉質で重い。
 それでも何とか彼を背負い、診療所へと歩き出した。
「お父さん・・・」
「うん?」
「お父さん・・・」
「ああ、ここにいるよ」
「ごめんね、僕なんか、生まれてこなきゃ、良かったね」
「いいや、生まれてきてくれて、嬉しかったよ」
「だって、僕が生まれてなきゃ、お父さんもお母さんも、ずっと幸せだったもの」
「そんなこと、あるもんか。お前が生まれて、お父さんもお母さんも、幸せだったさ」
 ほとんど意識がないアイフェンの繰り返される呟きに、高城もまた返事を繰り返す。
 そんな二人の後ろを歩くクロスは、坊主頭を撫で上げて、深い吐息とともに星空を見上げた。



 撤収作業は完璧に完了しており、先程までここがあの賑やかな宴席会場であったとは、とても思えない元通りの簡素な部屋に戻っていた。
「よいしょ」
 背負ったアイフェンをベッドに寝かすのに、自分も体をベッドに横たえた高城は、起き上がろうとしたが、よろめいてベッドに倒れた。
 アイフェンが、彼のワイシャツを握り締めていたのだ。
「お父さん・・・置いてかないで・・・」
 相変わらず意識のないうわ言だが、ワイシャツを握る手は力強く、離れそうもない。
「うん、大丈夫だ。ここにいるからな。大丈夫・・・」
 そう言いながら、高城はボタンを外して、そっと腕を抜くと、アイフェンにワイシャツを握らせたままベッドからの脱出に成功。
「やれやれ・・・」
 上着もワイシャツも奪われて、とうとうTシャツ一丁にされてしまったではないか。
「すまなかったな、高城。うちのが、世話をかけて」
 申し訳なさそうに差し出されたコーヒーを、ありがたく口に運ぶ。
「わざわざ、様子を見に来てくれたのか?」
「ん? ああ・・・ジェスがさ、兄貴があんな酔い方するの、初めて見たって言うし・・・俺のせいかなって、思ってさ」
「お前が責任感じることじゃないさ。いい大人のくせに、酒量をわきまえられなかった、こいつが悪い」
「まあ、そうなんだけどな。なあ、クロス。俺の見間違いじゃなければ・・・こいつ、死のうとしていなかったか」
 やはり見られていたかと、クロスは回収したアイフェンの銃に目を落とした。
「ああ、正直、お前が来てくれて助かった」
「お父さん・・・と、誤認して、中断したようだしな。俺はこいつの父親に似ているのか?」
「さあな。こいつら兄弟の親は知らない。だが、弟のジェスがお前にあんなに似てるんだから、おそらく、そうなんだろう。・・・なあ、高城・・・」
「わかってる。今夜のことは、他言しないさ」
「ありがとう。さあ、後は引き受ける。姫さまが待ってるだろう」
 スヤスヤと眠るアイフェンの髪を撫で、高城は濡れたマスクを指でなぞった。
「これ、外してやれよ。じゃあ、おやすみ」
 高城が部屋を後にすると、クロスは大仰に肩で息を付き、眠るアイフェンを見下ろした。
「まったく、この馬鹿が・・・」
 とりあえず寝苦しさの要因となるであろうシャツとズボンを脱がす。
 それから、高城の言うとおり、濡れたマスクは気持ち悪かろうと外してやると・・・。
「―――どういう、ことだ・・・?」



 神様は、意地悪だ。
 心の底からそう思うのに、祈らずにはいられなかった。
 先日もそうだ。
 リビングのソファで、重なり合うようにうたた寝する朱煌と高城の姿を見た時、アイフェンは、何度も口の中で唱えた。
―――お願いです、神様。
 子供の頃に、何度も見かけた姿だった。
 戦火の只中、束の間の休息。
 母はああして父に覆いかぶさるようにしがみつき、父もまた、そんな彼女を愛おしそうに抱き寄せ、眠る二人。
―――どうか、どうか、神様。あの二人を、引き離さないでください。このまま、時間を止めてください。あの二人の幸せを、奪わないでください・・・。
 それがどんなに虚しい祈りであるのか、アイフェンが一番よく知っていた。
 それでも、祈らずにはいられなかった。
 軋む運命の歯車。
 それは母を業火に投げ込み、父を冷徹な復讐鬼へと変貌させる。
 そんな未来をひとり見つめて、抱えてきた時間。
 ようやく結ばれた二人が、これから歩む絶望への道。
 その引き金を引いたのは、生まれてしまった自分のせい。
 その歯車を回したのは、過去に飛んでしまった自分のせい。
 その瞬間がじわじわと近付いてきていることに、アイフェンの心は引きちぎられそうだった。
―――俺なんか、生まれてこなきゃ良かったんだ・・・。



 久しく、父の夢を見た。
 ラ・ヴィアン・ローズの総領となった母は、ほとんどの時間を戦場で過ごしていたし、本陣にいても、次の作戦会議やら何やらで、いつも忙しそうだった。
 アイフェン・・・いや、息子の凰の面倒を見ていたのは、父の高城。
 母親の分までという思いもあったのだろう。
 とてもたくさん、抱っこやおんぶをしてくれた。
 大きくて温かい。
 凰は父のぬくもりが大好きだった。
「~~~い、いてて・・・」
 最悪な気分の目覚め。
 開け放った窓からそよぐ風はとても心地よいのに、それを上回るだるさと頭痛。
 額に手を当て、のそりとベッドから体をもたげる。
「起きたか」
「あれ、クロス、いたのか?」
「いたのか? じゃない。夜中に何度も気持ち悪いとうなされたお前を、誰がトイレまで連れて行ってやったと思ってる」
 まるで覚えてない。
「そりゃすまなかったな。あー、くそ、頭が痛い・・・」
「ほれ」
 差し出されたトレイには、水のグラスとアスピリンの錠剤。
「どこぞのドクターが、二日酔いで薬に頼るくらいなら、酒量をわきまえろと仰っていたな」
「~~~嫌味言うなよ。世話をかけて悪かった」
 とにかく、薬と水を口に流し込む。
「水でも浴びて来い。多少はすっきりする」
「ん~、そうする・・・」
 動くのも億劫だが、この重だるい気分から少しでも抜け出せるのならと、アイフェンはバスルームに向かった。
 頭から水シャワーを浴びる。
「あー、気持ちいい・・・」
 籠った熱が抜けていくようだ。
 ようやくスッキリしてきて、薄ぼんやりとしていた記憶が蘇ってくる。
 止まらない運命を考えたくなくて、ひたすら酒をあおった。
 やってきた高城に見下ろされた時、座っていた自分との身長差が、子供の頃に彼を見上げた時を思い起こさせて・・・。
 弾けた。自分さえ生まれてこなければという思い。
 クロスに岬に連れて行かれて、目の前の崖に飛び込んでしまおうかと思った。
 だが、この堕天使の体は、確実に脳を潰さなければ死なない。
 だから、銃をこめかみに当てた。
 当てて・・・そこから先が思い出せない。
 完全に酒に呑まれたらしい。
 なんだか、とても懐かしくて、幸せな気分だった気がするのだが・・・。
 そんなことを考えながら、バスローブを羽織ってタオルで濡れた髪を掻き回していたアイフェンは、ふと鏡に映った自分に愕然とした。
「嘘、だろ・・・」
 ぼんやりしていて気付かなかったが、考えてみればマスクをしていない。
 鏡に映るのは、素顔のままの自分。
 つまり、朱煌と瓜二つの顔だ。
「え、いや、でも・・・」
 クロスは当たり前のように自分に接していた。
 無意識にケロイド化させていた?
 いや、あれは相当細かな力のコントロールがいるのだから、泥酔状態だった自分にできるわけがない。
「アイフェン」
 ヒョイを脱衣場に顔をのぞかせたクロスに驚いて、思わずタオルで顔を隠す。
「キッチン借りるぞ。スープでも作ってやる」
「え、いや、食欲が・・・」
「なんか胃に入れなきゃ駄目だろ。ほら、来い」
 腕を引っ張られて、ダイニングに連れてこられたアイフェンは、仕方なく椅子に腰を下ろした。
 ふと思う。
 もしかして、見張られている?
 さっきだって、アイフェンがシャワーから出た直後に顔を出したとなると、バスルームの外で様子を伺っていたように思う。
「・・・あのさ、もう大丈夫だから。クロスも帰ったら?」
「いや、しばらくここに泊まる。デラにはそう連絡済みだ」
「え、泊まるって・・・」
「今のお前から、目を離すわけにはいかんからな」
 そう言ったクロスが懐から抜いて見せたのは、アイフェンの銃だった。
「え・・・、俺、何か、した?」
 クロスの拳が激しくダイニングテーブルを叩いた。
「確かに、お前の泥酔は本物だったがな、あの瞬間のお前の目は、正気だった。覚えてないフリなぞ、通用せんぞ」
 久しぶりに見た・・・というか、ここまで怒っているクロスは、初めて見たかもしれない。
 直視できずに、しばらく泳がせてした視線は、ついにテーブルの木目に着地した。
「とにかく、話は飯の後だ」
 再びキッチンに向かったクロスの背中の向こうから、コンソメの良い香りが漂ってきたが、この後のことを考えると、ますます食欲をなくすアイフェンであった。



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