堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話5

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  この頃のアイフェンの日課は、日の出と共に起き出して、まずは畑仕事へ。
 必要な世話を一通り施し、その日に使う野菜を収穫してから、デラが朝食の支度をしている間に、子供たちを起こして朝の支度をさせる。
 朝食を済ますと、マジェスティーとクロスの5人の子供たちとマジェスティーを小学校に送り出し、掃除や洗濯を手伝ってから、老医師の営む村の診療所に手伝いに行く・・・という、なかなか多忙な毎日を過ごしていた。
 さらに、診療所帰りにもう一度畑を見て回り、夕食ができるまで子供たちの宿題を見てやり、子供たちが寝静まってから、借りてきた老医師の蔵書を読みふける・・・というのが、彼の楽しみ。
 老医師はなかなかの蔵書の持ち主で、殊、進歩の過程を辿る医学書の数々や各医療の専門分野の論文などは、大変興味深かった。
 黙々とページをめくるアイフェンの差し向かいに座ったクロスは、マグカップのコーヒーをすすり、ふと思いついたように席を立つと、自分の寝室から何か持って戻ってきた。
「なあ、アイフェン」
「ん?」
「俺は、お前がどこから来た、何者だろうが、あんまり気にしてない」
「何、突然?」
 苦笑いして本を閉じる。
「お前がさ、日系人だろうがチャイニーズだろうが、お前の中身を信頼してるから、そんなこたどうだっていいんだが・・・」
「だから、何?」
 珍しく歯切れの悪い言葉を紡ぐクロスが、巨体が何やらモジモジして見えるから、なんだか笑ってしまう。
「あのな、これ・・・」
 差し出された紐綴じされた古めかしい本。
「日本刀の書?」
「読めるのか!」
 本のタイトルを読んだアイフェンに目を輝かせたクロス。
「良かった! 軍で一緒の日系人に頼んで借りたんだが、見てもさっぱりでな」
 クロスが本の文字を横方向に指でなぞったのを見て、肩をすくめる。
「これは、縦に読むんだよ」
「え、縦?」
「そう。日本語の本は、基本、縦表記」
「やっぱり、お前に聞いて良かった! で、内容は?」
「ちょっと待って」
 パラパラと本をめくり、口の中でブツブツ呟いていたアイフェンは、何度か頷いてから、クロスに本を返した。
「中々の腕前の刀鍛冶が記した書物のようだな。内容に嘘偽りなし」
「~~~だから、日本刀の手入れの仕方とか、書いてなかったか!?」
 身を乗り出すようにしたクロスに、目を瞬く。
「いや・・・細かな特記はなかったけど・・・、手入れはマメに丹念に、とか、手入れに使う道具のことが少々・・・」
「・・・そうか・・・」
 大きな肩を落とし、見るからにがっかりしているクロスに、アイフェンは自分が落ち込ませたような気分になる。
「なあ、どうしたんだよ。日本刀の手入れの方法が知りたかったのか?」
「ああ・・・」
「なんでまた?」
 黙ったまま自分の部屋に姿を消したクロス、しばらくして、どう見てもクロス手作りの長細い木の箱を手に戻ってきた。
 テーブルに置いたその箱を、恭しく開く。
「―――!」
 アイフェンは、息を飲んだ。
 その箱に入っていたのは、柄(つか)に見事な朱色の細工が細こされ、鍔(つば)には朱雀の文様が彫り込まれた日本刀。
「・・・紅蓮」
「グレン? お前、これを知っているのか?」
 もちろん、知っている。
 これは、戦場で常に母と共にあった、彼女の愛刀。
 だから母は、『紅蓮朱雀』と呼ばれた。
 そんな母が生きたまま炎に飲まれて死んだ後、これは、アイフェン・・・いや、紅蓮朱雀のひとり息子である、『堕天朱雀』、凰へと受け継がれたのだ。
 頭をひと振りする。
「いや、その朱色がね、紅蓮の炎みたいだなと思って。・・・で、これ、どこで?」
「太平洋戦争の折、日本軍の捕虜になったと話したろ」
「ああ・・・」
「その時、条約に反した日本兵に処刑されそうになった時、俺を助けてくれた日本人将校が、死に際にくれたんだ。朱雀院(すざくいん) 旭(あきら)という将校だった」
 朱雀院 旭。
 確かに、もともとの『紅蓮』の持ち主である、母の祖父の名だ。
 アイフェンはマスクを覆うように両手を顔に添えた。
―――お前なのか、紅蓮。お前が、俺たちをここに呼び寄せたのか・・・?
 そんな妄想めいた思いが駆け巡るのも、無理からぬこと。
「アイフェン?」
「・・・すまん、なんでもない。つまりアンタは、命の恩人からもらった刀の手入れの仕方がわからず、困っていたわけか」
 頷いたクロスに了解を得て、紅蓮を手に取る。
 懐かしい感触。
 鞘から紅蓮を抜こうとしたが、違和感。
「・・・かなり、錆びているな」
「そうなんだ。ナイフの手入れと同じかとも思ったんだけど、万が一のことを思ったら、触れず終いで、今まで・・・」
「・・・賢明だ。日本刀を研ぐのに、この国の砥石は硬すぎる。もっと柔らかい日本産の砥石が必要だ」
「その日系人に頼めば、取り寄せられると思う」
「後、目釘抜(めくぬぎ)・・・は、真鍮か竹があれば、俺が作る」
「目釘抜?」
「それと、打粉、砥石の微細粉のこと。拭い紙と丁子油、油塗紙」
「な、なんのことかわからん」
「丁子油はクローブ油だ。ドクターのところで手に入る。油塗紙は、綿で代用できるな。拭い紙は・・・クロス、アンタに用意して貰いたいものは、日本製の大きめの砥石と和紙だ」
「ああ・・・それなら、なんとか・・・」
「幸い、打ち直しまでしなくても良さそうだ。物が揃えば、俺が手入れしてやるよ」
「~~~ホントか!?」
 嬉しそうなクロスに、アイフェンは皮肉な巡り合わせと恩返しの機会が一度に訪れたことに、苦笑するしかなかった。



 子供たちに見つかるとうるさいし危ないので、寝静まるのを待ってから、男二人はガレージで作業を開始した。
「日本刀の最も美しい部分は、柄や鍔の華美な装飾に非ず。刀身そのものだ」
 アイフェンは錆び付いた紅蓮の刃を鞘から丁寧に抜き、目釘を外して柄から刀身を取り出した。
「銃もバラして手入れするだろう。それと同じだよ」
そして、クロスが準備した砥石に水を打ち、刀身と当てる。
「西洋ナイフとは違う、繊細な刀鍛冶によって生み出された地紋、傾らかにも関わらず、鋭い切っ先」
 静かに、撫でるように砥石に刃を走らせ始めたアイフェンの繊細な手つきに、クロスが息を呑む。
「力じゃなく、この滑らかな『しなり』に、当てた指と滑る刃に呼吸を合わせて・・・」
 水の滴る砥石の上を滑る紅蓮の刃が、少しずつ、鈍い光を放ち出す。
「・・・おお!」
 じっくりと研ぎ続けられた紅蓮は、かつてクロスがよく知る姿に戻っていた。
「さて、ここまでは錆び付いてしまった場合だけの作業だ。半年に一度程、今からする手入れを怠らなければ、錆び付くことはまずない」
 磨き上がった紅蓮を、丁寧に揉んで柔らかくした和紙に拭う。
「簡単に言えば、汚れ落としだ。これが下拭い。これと同じ揉み込んだ和紙・・・奉書紙をもう一枚、用意しておく。上拭い用だ」
 熱心にメモを取るクロスを眺めやり、アイフェンは朱雀の行く末が安泰であることに安堵する。
「こっち、峰側から奉書紙で包み、刃先を挟むように指を添え、反りに逆らわず、上へ上へと拭う。力はいらん。でないと、指を切る」
 それから、事前に砥石の角を砕き、薬剤用の刷りこぎで丁寧に粉末状にしたものを、綿布に包んで棒に括りつけると、アイフェンはそれを刀身に打ち付けた。
「この粉の作り方は、見ていたからわかるだろ。これを、脛巾元・・・ここ、刀身の根元のこと。ここから、軽く軽く、打粉ををする。そして、それを奉書・・・揉み込んだ和紙で、拭う」
「うん、うん・・・」
「この時、刀身に傷やサビがないことを確かめ、一旦、鞘へ収める。そして、油塗り紙・・・この代用のコットンに油を含ませ、再び鞘から刀身を抜き、丁寧に塗っていくが・・・塗り過ぎは厳禁だ」
「銃の手入れみたいに、油に浸してから拭き取るんじゃダメなのか?」
「手を切るし、拭ききれん。刀がずっと剥き出しなら、それでもよかろう。だが、銃と違って、刀は鞘に収めるものだ。各々微妙に違う刀身に、せっかく反りの合っている鞘に油が流れ出れば、すぐにダメになるぞ」
「なるほど・・・」
「これを、最低、半年に一度。できるな?」
「ああ、ありがとう、アイフェン」
 クロスがあんまり嬉しそうだから、刀身を鍔と柄に収めて目抜きを戻し、鞘に収めたアイフェンは、口元に笑みが溢れるのを抑えられなかった。
「こいつを、頼むよ・・・」
「え、なんて言った?」
「・・・いいや」
 すっかり元の姿に蘇った朱雀を、再び鞘からスラリと抜き、床に向けて刃を払う。
「うん、よし。鞘の中の錆の付着がないか心配だったが、大丈夫そうだな」
「・・・スザーク・・・」
「え?」
「え? あ、いや・・・」
 クロスが自嘲交じりに、頭をひと振りした。
「その刀を振った姿が・・・スザーク・・・朱雀院 旭と被って・・・」
 アイフェンは、黙って朱雀を鞘に収めた。
 朱雀の初代所有者であった祖父。
 彼と母が、とてもよく似た面差しだったとは、伝え聞いている。
 その母に瓜二つの自分は、男性である分、朱雀院 旭に似ているのも当然だ。
 ケロイドで潰れた目元をマスクで隠してはいても、血縁が醸し出す雰囲気のようなものを、クロスが感じ取ったのだろう。
「・・・クロス、大工道具借りるぞ」
 話を逸らすべく、ガレージの壁一面を賑わせている、クロスのツールコレクションを指差す。
「構わんが、何するんだ?」
「保管が主であれば、拵(こしらえ)のままより白鞘がいいんだ。昼に朴の木材を調達してきたから、作ってやる」
「そんなことまでできるのか!? お前、すごいね」
「別に。俺も教わっただけだよ」
 絡みつくようなクロスの視線に耐えかねて、アイフェンはガリガリと頭を掻いた。
「ああ、そうだよ! 俺は日本人だよ!」
「隠すことなかったのに。そりゃ、未だに日本人への迫害意識が根強い連中も多いが、俺は、助けてくれた日本人将校の恩義から、親日家なんだぜ?」
 母の祖父の善行が、巡り巡って曾孫の自分に返ってくるとは。
「日系じゃなく日本人ということは、日本で生まれたのか」
「ああ。だが、物心つくかつかずで、合衆国の領土に連れてこられた」
 これは、嘘ではない。
 母は自分を平凡な主婦として日本で生んだが、『堕天使』だった自分を人質(たて)に取られる形で日本政府からラ・ヴィアン・ローズ総領着任を要請され、父・高城善積と共に、幼い自分を連れて、合衆国領土にあるラ・ヴィアン・ローズ本陣に戻ったのだから。
 自分さえいなければ、突っぱねられた要求だった。
 それを口にすると父や養父に叱られたが、どうしても拭い去れない思いである。
 苦しげに息をついたアイフェンの肩を、クロスが叩いた。
「詮索して、悪かった。さて、白鞘とやらを作ろうか。手伝えること、あるか?」
「そうだな。工作ごとは、アンタの方が器用だ。指示するから、アンタがやってみなよ」
「おう、任せとけ。どれを使う?」
「うん、カンナとノミと数種類ずつ・・・」
 壁に向かって、アイフェンはヒラヒラと指を振る。
 この時、アイフェンはまだ気づいていなかったのだ。
 彼こそ、ラ・ヴィアン・ローズをマジェスティーと共に作り上げた、組織のナンバー3であることに。
 アイフェンが知る退役傭兵のクロスは、すでに80代後半に差し掛かり、筋骨隆々とした体躯は痩せて面影をなくし、背丈も随分縮んだ、笑い皺がたくさん刻まれた老人であったのだから。
 このクロスが、あのラ・ヴィアン・ローズ立役者のひとりであるあの老人の若かりし頃と気づいていれば、アイフェンは拾われてすぐに、マジェスティーを連れてここを出ていただろう。
 アイフェンがそれに気付いた頃にはもう、運命の歯車は軋みを上げて回り始め、どんなに手を尽くしても、止めることができなかったのだ・・・。



「アイフェンがいなけりゃ、あの『紅蓮』は錆びて朽ち果てていただろう。それが、生きて、スザークの孫の姫さまの手に渡り、かの『紅蓮朱雀』の象徴になった。運命を感じざるを得んね」
 主婦となった朱煌には不要であろうと、彼女から取り上げた『紅蓮』は、今、マジェスティーの執務室に飾られている。
 しみじみとそれを眺めるクロスを、アイフェンは苦々しく見つめた。
 炎の中で生きたまま殺された母の運命の歯車。
 それを止めるどころか、自分も歯車を回すネジの一つであったことを思い返し、唇を噛み締める。
「なーんだ、じゃ、アイフェンのせいだな」
 机に頬杖をついたマジェスティーが、傍らのアイフェンを見上げて言った言葉に、胸が千切れそうになる。
「アイフェンが『紅蓮』の手入れをクロスに教えたりするから、刀なんて目にする機会が増えて、子供心をくすぐられて当然だ」
「は?」
マメに自分の部屋で『紅蓮』の手入れをするようになったクロスを、興味津々で窓から覗き見ていた子供たち。
 無論、マジェスティーも先頭切ってその中にいて。
 朱煌の愛刀『紅蓮』を象徴する拵から外され、白鞘に収まっていたそれに、疑念も持たず・・・。
 隙を見ては、『紅蓮』を触ったり、持ち出したりするものだから、その都度、クロスもアイフェンも、彼にこっ酷くお仕置きを据えたのを思い出す。
 大人のくせに、何を言い出すやら、この男は。
耳を抓り上げてやると、マジェスティーは身動きもできず悲鳴を上げた。
「見事な理屈ですねぇ、閣下。あの頃、散々膝の上で喚いた「ごめんなさい」は、上っ面でありましたか」
「痛いって! 離してくれ! 冗談だよ、冗談!」
「ほう。そういう冗談が思いつかれるならば、てっきり、反省なさっておられないのかと勘違いして、あの頃のように、膝に乗せてお尻をぶって差し上げなければと思ったのですがね?」
「勘弁してくれ! ごめんって! ごめんなさい! 悪ふざけが過ぎました!」
 ヒョイと耳を解放してやると、マジェスティーは赤くなった耳を摩りながら、拗ねたような上目遣いを向けてくる。
 ・・・もう、数十年だ。
 父であった彼を、弟として共に過ごし、数十年。
 すでに、自分を兄と信じて疑わず、すっかり大人になった今でも、こんな甘えた仕草を見せてくる彼が、可愛くないといえば嘘になる。
「なんです、その目は? やはり、お仕置きが必要ですね」
「嘘だろ!?」
「レーヌ様が休憩時間に合わせて、クッキーを焼いてくださっています。それを、ご自分でここに運んでらっしゃい、総領閣下」
「~~~わかったよ! 行ってきます。クロス、ハーブティのおかわり、いるか?」
 クスクスと笑って頷くクロスに手を振って、マジェスティーは執務室を出て行った。
「立派にはなったが、何故だか、時折仕出かすなぁ、アレは」
「ああ、困ったものだ。躾が甘かったかな」
「なに、お前は良い兄貴だよ。だからこそ、ああやって、たまに甘えたくなるんだろう」
「・・・顔は同じだが、あの高城善積とは、似ても似つかんな」
「同感だ」
 まったく、同一人物が、これほど違う成長を見せるとは思わなかった。




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