ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another4~朱雀の章・番外編~

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「じゃあ、これ」
「アイゼン公国第二王子、カナン=シード公、現職は外務大臣」
「次」
「エーンブルグ共和国外務大臣、サモア=ケヴィン氏。次期大統領候補」
「はい、次」
「エジン国、エドモンド皇太子。同じく招待客のリトア国首相と独立問題で、微妙な関係性の真っ最中だ」
 フラッシュカードのように、数百枚もの招待客の写真をかざし続けた朱煌は、最後の一枚を束に戻して拍手した。
「Amazing! 完璧だよ!」
 傍らでやり取りを見守っていたレーヌも、感嘆の吐息を漏らす。
「驚きました。ここにいらして、まだ3日ですのに」
 襟のボタンを外して、深く息をついた高城は、肩をすくめる。
「顔写真で相手の情報を頭に叩き込むのは、仕事柄慣れていますからね。プロトコールとやらには、苦戦していますよ」
「あら、日々上達なさっていらしてよ。ねえ、姫さま」
 ニッコリと優雅にほほ笑みかけられて、朱煌は頭を掻く。
「まあ・・・毎晩プロトコールで晩餐じゃあね・・・」
 マジェスティーも朱煌も、食事の席に着くまで国際儀礼に則った作法に付き合わされ、夕食は毎回マナー重視のフルコース。
 いや、高城を付き合わせているのがこちらなのだから、マジェスティーも朱煌も仕方なくレーヌの言いなりになってはいるが、正直、うんざりだ。
「あら、姫さまの復習にもなって、一挙両得でございましょう? 招かれた先で皆様が姫さまに甘いものだから、プロトコールの手を抜いていらっしゃるのを、私、見逃してはおりませんわよ」
 やっぱり。高城をダシにしての朱煌再教育計画であったか・・・。
 不貞腐れる朱煌を笑って見ていた高城は、ふとサイドボードに置いたラップトップの光に気付いた。
「レーヌ・ド・ローズ、申し訳ないが、退席しますよ。仕事が入りました。どうぞ、朱煌にたっぷりと再教育を施してやってください」
 この状況で置き去りにされてなるものかと、朱煌も慌てて立ち上がる。
「私も行く」
「仕事だから、だーめ。そうだ、レーヌ、僕は朱煌のピアノを聴いたことがない。お披露目の席で、是非披露いただきたいものです」
「え!!」
 キラキラと目を輝かせたレーヌに腕を掴まれ、朱煌は哀れ、ピアノの前に強制連行。
 非難がましい視線を投げつけてくる朱煌にヒラヒラと手を振って、高城はラップトップを手に、リビングを後にした。



「俺だ、入っていいか?」
 高城が仕事場に選んだのは、マジェスティーの執務室。
 部屋に入ると、マジェスティーとクロスが仕事の打ち合わせをしている最中だった。
「善積、どうした?」
「ああ、すまんが、場所を貸してくれないか。仕事がしたい」
「かまわんよ、こちらも、ちょうど終わったところだ。そこのソファを使ってくれ」
 礼を言ってソファにかけた高城は、ラップトップを開いて、スカイプのインカムをつけた。
「俺だ。ああ、ああ、わかった。資料を転送してくれ」
 すっかり仕事モードの高城を眺め、マジェスティーとクロスは顔を見合わせた。
 正直、大切な総領姫の夫となる男の仕事ぶりに、興味が沸く。
「・・・小腹がすいたな。マジェスティー、なんかないか?」
「え? ああ、サンドイッチくらいなら・・・」
「上等だ。くれ」
 残ったサンドイッチの皿を高城のテーブルまで運んでやると、目に飛び込んできた殺人現場の画像に、思わず口を押さえる。
「う・・・、酷いな」
 数々の戦場で酷い戦死者の姿を見てきたマジェスティーですら、吐き気をもよおす変死体。
「どれ・・・う! こいつぁ、ひでぇ・・・」
 同じく高城の背後に回ってモニターを覗いたクロスも、目を背ける。
「最近、こういう猟奇犯罪が増えてきていてな・・・」
 サンドイッチを黙々と貪りながら変死体の画像を見つめる高城に、マジェスティーとクロスは何とも言えない表情を突き合わせた。
「こんな画像を見ながら、よく食えるな」
「糖分を補給せんと、頭が動かん。頭が動かにゃ、手掛かりを見逃す可能性が出る。それに、画像には、匂いがないからな・・・」
 彼が残酷な死体の画像をつぶさにチェックし、一緒に送信されてきた捜査資料を読み漁る様子から、犯人の手掛かりを真剣に探っているのがわかる。
 高城が刑事の職務に真摯に取り組んでいるのは、明らかだった。
 そんな彼が、金で戦争を請け負って人を殺し続けた朱煌を、妻に迎えようとしている。
 彼がどれほどの苦悩の末に、今の朱煌を受け入れる覚悟をしたのか、改めて思い知らされた気分だ。
 モニターを食い入るように見つめながら、インカムで部下とやり取りする高城からそっと離れ、マジェスティーはクロスを手招きした。
「なあ、クロス。私は彼を、皆に改めて紹介したい」
「では、今夜は古参連中に招集をかけますかな」
「うん、いつもの場所で・・・あ」
 いつもの場所とは、アイフェンの診療所だ。
 高城を目の敵にしている彼が了承してくれる自信のないマジェスティーが、悄気たように床に目を落とした。
「心配無用。私がアイフェンを説き伏せますよ」
「頼めるか?」
「ああ、いざとなったら・・・」
 ニヤリと手のひらに息を吹きかけたクロスを見て、マジェスティーが目を瞬いた。
「おい、やめてくれよ。アイフェンはもう立派な大人だぞ」
「ああ、あなたからすればね。私からすれば、12年少の小童です」
「頼むから、やめてくれ。兄がお前に叱られる姿など、想像もしたくない」
「はいはい、承知致しましたよ、総領閣下」
 笑いながら執務室を後にするクロスの背中を、マジェスティーは不安な気持ちいっぱいで見送ったのだった。



「断る・・・と言ったところで、どうせアンタに長々と説教されて、説き伏せられるに決まっているんだ。不毛なやり取りで時間を無駄にしたくないからな。お好きにどうぞ」
 白衣姿で薬品棚を整理しながら・・・いや、しているフリをしながら、クロスを見ようともしないアイフェンのつっけんどんな物言いに、さすがに根が穏やかな大男も眉をひそめる。
「可愛げのない言い草だな」
「50男に可愛げを求めるな」
「何が気に入らないんだよ、お前は」
「俺は高城善積が嫌いだ。それは前々からずっと主張している。以上だが?」
「お前がいつまでもそんな調子じゃ、姫さまが・・・」
「それはもう聞いた。だから、高城の前では普通にしている」
 淡々と一本調子で言葉を紡ぐアイフェンに、堪忍袋の緒がすでに糸一本ギリギリのところまできていたクロスが彼の肩を掴むと、勢いよくその手を振り払われた。
「~~~アイ・・・!!」
「ジェスの前でも姫の前でも普通にしてる!! アンタの前でくらい・・・いいだろ・・・」
 やはり振り返らないままであったが、俯き加減のアイフェンの呟きに、今しがたまで絶頂に達していた怒気が萎んでいくことに、クロスは苦笑を禁じ得なかった。
 考えてみれば、この男が何の理由も無く、人の好き嫌いで態度に出すわけがない。
 必ず何か理由があって、それは恐らく、彼が過去に幾度も繰り返してきた「言えない」ことなのだろう。
 そう言われ続けても、アイフェンへの信頼を失うことなく共に生きてきたクロスに、彼は「甘えさせろ」と言っているのだ。
 可愛げがない?
 とんでもない。これ以上ないくらいの可愛げを滲ませた50男ではないか。
「アイフェン、わかったから、こっち向け」
「断る」
「ああ、もう! わかったよ。まったく、俺は可愛い弟を持ったもんだ。とことん甘えさせてやるさ」
 振り向かないままのアイフェンの頭をクシャクシャと掻き回し、クロスは診療所を後にしたのだった。



「では、注意事項、唱和!」
 ラ・ヴィアン・ローズの古参一同を前に、アイフェンはマスク越しにもわかる威嚇の表情で言った。
「騒ぐのはこの部屋のみ!」
「診療室には立ち入り禁止!」
「薬は二日酔いの為にあるのでは無し! 己が酒量をわきまえよ!」
 スラスラとなされた唱和に頷き、アイフェンがグラスを掲げた。
「よろしい。では・・・」
「乾杯!!」
 古参一同のグラスから、あっという間に酒が消えていく。
 さすがは鍛え抜かれた肉体の戦士たちだけに、酒豪が多そうだ。
「いつもあんなのやってんのか?」
 自分の横で楽しそうにグラスを仰いでいるマジェスティーに、高城が尋ねた。
「ああ、ラ・ヴィアン・ローズ立ち上げからの馴染みばっかりなんでな。過去幾度もここで羽目を外して、アイフェンに逆鱗に触れてさ。この唱和なくして、彼は宴会を始めさせてくれなくなった」
「はは、なるほど・・・」
 わからなくもない。
 部屋の真ん中の床に料理を広げ、そこを囲んで同じく床に座り込んで宴会を満喫している彼らには、パーソナルスペースがないのかと思えるくらいだ。
 いくつもの死線を共にくぐり抜けてきた、これを絆というのだろう。
「高城、高城」
 クロスに袖を引っ張られた。
「ジェスをよく見ていてくれよ? 酔いつぶれてアイフェンの怒りを買うのは、大抵、こいつだからな」
 高城は肩をすくめることで了解の意を示したが、責任は持てそうにない。
 何しろ、そんな暇がないくらい、次から次へと古参連中が高城に話しかけてくるのだ。
 皆、一様に朱煌の思い出話。
 どれもこれも、高城の関心を引く話ばかりである。
 高城が知る姿そのままに、大人びていたギルド時代。
 大人になるまで戦地に出さないと決めていたマジェスティーの意に背き、忍び込んで部隊に加わり、結果、恐ろしいまでの才能を彼らに見せつけたラ・ヴィアン・ローズ創設期。
 正式に部隊に加わることになった以降の、己が命を燃やし尽くすように荒れていた時代。
 マジェスティーの人事の妙により、部下を得て、彼らを守る責任の元、めきめきと冷静な指揮官の才能を発揮させていった時代。
 揺るぎないものになっていった『紅蓮朱雀』の異名の元、命を預けるに相応しい総領姫へと成長を遂げたこと。
 聞けば聞くほど、高城の胸を痛めつける。
 救いであったのは、戦地の『紅蓮朱雀』と対局にある『煌姫』の話。
 わがままで、やんちゃで、悪戯で、叱られては泣いて、グズって、拗ねて・・・。
 高城がそうあって欲しいと願った、子供らしい姿。
 演じる必要なく、ただただ、心のまま。
 それを成し得たのは、ひとえに、育ての親のマジェスティーやレーヌ、そして、ここにいるラ・ヴィアン・ローズの古参たちのお陰なのだろうと思う。
 思わず、そっと手を差し出すと、マジェスティーがはにかんだような笑みを浮かべて、その手を握り返した。
「姫さま結婚、万歳!!」
 最古参のアニトー・ベゼテが声の限りに叫んだ。
「万歳! 幸せになれ! 姫さま!」
「我らが姫を、頼んだぞ、高城!」
 彼の叫びに呼応するように、古参メンバーたちが声を上げ、高々にグラスを掲げる。
「・・・もちろん、必ず幸せにする」
 高城も静かにグラスを掲げて見せると、古参たちは一斉に歓声を上げた。
 賑やかな宴の中、高城はふと、窓辺で黙々と酒を口に運んでいるアイフェンに気付いた。
 前々からわかってはいたが、彼は明らかに自分と朱煌の結婚を、心良く思っていないようだ。
 そりゃあ、皆がこんなに愛おしんでくれている朱煌と自分の年齢差を考えれば、満場一致で諸手を挙げて祝福されるとは思っていないが・・・。
 そんな視線に気付いたか、マジェスティーが囁いた。
「気にしなくていい。窓辺は彼の指定席。いつだって、淡々と一人で飲んでるんだから」
 淡々、黙々。
 確かに、誰ひとり彼の様子を気にしていないし、いつものことなのだろう。
 しかし・・・。
「アイフェンはそんなに酒が強いのか?」
「え? 深酒してるのを見たことないからな・・・」
 マジェスティーが言い終わらない内に、高城が立ち上がった。
 盛り上がる古参メンバーたちを掻き分けるようにアイフェンの傍にたどり着いた高城は、窓辺に置いた椅子に座って外を眺めている彼の顎を掴んで向き直らせた。
「おい、揺れてるぞ。大丈夫か」
「・・・き」
「き?」
「気持ち・・・悪い・・・」
「やっぱりな」
 高城は上着を脱ぐと床に敷き、アイフェンの頭をその上に押さえた。
「ほら、ここに」
「~~~ぅ」
 彼が吐き戻す吐瀉物を見て、高城は深く吐息を漏らした。
「何も食わずに、こんなに酒を入れたのか? そりゃ、悪酔いもするさ」
 見たことがないアイフェンの醜態に、マジェスティーや古参も、目を丸くしている。
「おい、大丈夫か、アイフェン!」
 駆け寄ってきたクロスに、高城は床を顎で示して肩をすくめた。
「大丈夫、ではないだろうな」
「うわ! いつの間に、こんなに・・・」
 アイフェンの指定席の足元に転がる、大量の酒瓶にクロスが目を見張る。
「とりあえず、吐けるだけ吐かせちまうから」
 彼の背中を擦る高城に頷いて、クロスはマジェスティーたちを振り返った。
「さて! もういい時間だし、お開きだ。撤収作業開始!」
 まあ、珍しい人物が酔いつぶれたというだけで、こういう形でお開きを迎えることには慣れっこの古参たちは、クロスの号令一下、乱れた部屋の片付けに動き始めた。
「高城、すまんな。こいつを外の風に当たらせてくるよ。アンタは姫のところへ戻ってくれ」
 吐くだけ吐いて窓辺でヘタっているアイフェンの腕を掴んで立ち上がらせたクロス。
 彼に引きずられるように出て行くアイフェンの背中を、高城はじっと見送っていた。



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