堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話4

 ←Another3~朱雀の章・番外編~ →Another4~朱雀の章・番外編~


 マジェスティーの誇大妄想癖の治療となると、アイフェンは熱くなりすぎる。
 あの日に見せた冷静な対応力は、どこへ消え失せてしまうのか・・・。
「ジェス! 待て! こいつ!」
 自分たちの部屋から飛び出してきたマジェスティーにぶつかりそうになったのをかわし、クロスはいつもの日課の新聞をソファで広げた。
 アイフェンが誇大妄想癖の治療として、マジェスティーに日記を書かせているのは知っているが、それを本人の目の前で内容を確認して怒り狂われては、いくらなんでも可哀想だ。
 マジェスティーを追って駆け出してきたアイフェンを、ドカリと広げた足で制す。
「アイフェン、落ち着け。それ、見せてみな」
「あんたには関係ない」
「・・・なんてセリフを吐いたら、このまま膝の上に直行だな」
「~~~」
 膝の上=(イコール)が何を意味しているのかを思い知らされているアイフェンは、渋々、手にしていた日記を差し出した。
「・・・おやまあ」

 『日記を書かないでいたら、アイフェンに怒られた。書いても怒る。アイフェンは、どうしてあんなに俺を怒るんだろう。自分で、毎日日記を書いて見せるように命じておいて、読んだら怒る。
・・・これを読んで、どうせまた怒るんだろ。今から、お前の行動を書いてやる。
日記から顔を上げる。俺を睨む。日記を閉じる。机に置く。「いつまで夢を見ている」と説教を始める。それから俺のお尻をひっぱたくんだろ! わかってるんだからな!』

「なるほど。自分の行動を挙げ連ねられて、怒髪天をついたわけか」
「口出し無用だ! あんたには関係ない! ・・・あ」
 口を押さえたアイフェンを素早く引き寄せ、クロスが少々きつめの平手をお尻に据えた。
 ヒリヒリするお尻を擦り、厳しい顔つきのままのクロスを見て項垂れる。
「ごめん・・勢いで・・・」
「お前はさ、どうもこう、ジェスの誇大妄想癖のこととなると、平静を失うきらいがあるなぁ」
「・・・」
「これのほかも読むぞ」
「え?」
「お前がマジェスティーに書かせてきた日記、全部」
「え、あ、いや、それは・・・」
 そこには、二人が本来あるべき未来のことが、克明に綴られている箇所がいくつもある。
「俺は家族として協力すると言ったはずだぞ?」
 つまり、自分を信用していないのか?ということだ。
「・・・わかったよ」
 渋々了承したアイフェンが、椅子を引いて座ろうとしたのを、クロスが遮る。
「お前がジェスにさせてきたように、俺の前にいろ」
「~~~」
 日記の検閲中、アイフェンはマジェスティーを目の前に立たせていた。
 未来のことに、少しでも触れれば叱られるのだから、マジェスティーはいつもビクビクと小さくなって、アイフェンの顔色を立ったまま伺っていたのを思い出す。
 一通り読み終えたクロスが、日記を閉じた。
「これのどこに、ジェスを叱りつける要素がある?」
「だから・・・! 誇大妄想癖を書き綴っているから・・・」
「そこしか読んでいないのか? そこに関連した迷いや苦しみを、汲み取らないでいるのか?」
 クロスは日記をアイフェンに差し出した。
「もう一度、ちゃんと読め。俺には、あの子の不安しか見えない」
 差し出された日記をめくる。
 誇大妄想癖と教え込むマジェスティーの中の本当の記憶が書き綴られた日記。
 言われてみれば、その文脈の端々に垣間見える、その記憶と今ある現実とのギャップに対する、混乱と不安。
 本来の記憶を否定されて、今ある姿が真実だとするならば、6歳の子供より以前の記憶がない自分。
 兄と名乗る男のことを、何も思い出せない不安。
 自分は一体何者なのか、何故何も覚えていないのか、こんな自分の生い立ちが、本来どのようなものであったのか、何もわからない恐怖。
「俺は、学のない男だからね、お前が書かせる日記が、誇大妄想癖とやらの治療の一環と言われれば、何も言えん。だがなぁ・・・」
 アイフェンから再び日記を取り上げたクロスは、パラパラとページをめくり、アイフェンを睨んだ。
「お前は、これの一部しか見ていないように思うが?」
「・・・」
「ジェスがたまに、見晴らしのいい場所に一人でじっとしているの、知ってるか?」
「え? いや・・・」
「お前に見つかるとな、何を確かめたいだの、兄貴の言うことが信じられないのかだのと、叱られるから、黙って一人でそうしてるんだとさ」
「あ・・・」
 胸に突き刺さるような、彼の孤独感。
 兄と名乗るアイフェンの言うことを、信じようとしているから、今ある環境を一人ぼっちで眺め、自分の中で混乱を消化しようとしている小さな子供の背中が、まざまざと思い浮かぶ。
「あいつなりに、お前の言うことを信じようと頑張ってるんだ。書かされた日記の随所随所に、不安を滲ませてさ」
 アイフェンは両手で顔を覆った。
 必死だった。
 もう二度と自分たちがあるべき未来に帰れないなら、そこで生きていくための足場を築く為に、邪魔にしかならないマジェスティーの記憶を消去するのに、必死で・・・。
 文章の中に散らされた救いを求める心に、気付かなかった。
「さて。ジェスがお前から受けた罰が、理不尽なものと、理解したな?」
 黙って頷きそうになって、アイフェンはハッとして両手でお尻を庇った。
「もうしない! 無理に日記を書かせたりも、読んで叱ったりも、もうしないから!」
「書けと言われたから書いて、書いたことを罰せられて、理不尽極まりないことに、あの小さなジェスが耐えたんだ。訳も無く罰を受ける理不尽を、与えた当人も味わって然るべきではないかね?」
「だから! それは反省してるって・・・あ」
 だから、理不尽な罰。
 マジェスティーには反省する点すらなかったのに。
「書かせた半年分の日記のページ数でもよし、日数でもよし、行数でも文字数でも、お前がマジェスティーを折檻した回数の合計でもよし。理不尽な罰なら、自在だな」
 聞いているだけで痛くなってきたお尻を擦る。
 少なくとも、毎晩のようにマジェスティーのお尻を赤くさせてきたアイフェンは、その理不尽を受け入れろと言われれば、ぐうの音も出ない。
「ホントに引っ叩いてやろうと思ったんだが・・・、あいつの見てるところでやられちゃ、今後の躾に支障が出るだろ」
 再び新聞を開いたクロスが、窓を指さした。
 見ると、マジェスティーが覗いている。
「ただし、二度目の恩赦はないと思えよ」
「わかってるよ・・・『兄さん』・・・」
 新聞の向こう側でクロスが照れているのがわかって、アイフェンはつい笑ってしまった。 



 マジェスティーの記憶の改竄を施し始めて、1年余りが経過していた。
 『地球の統治者』たる態度や言動は徐々に、わんぱくなガキ大将の割合が増えていく。
 それでも時折、大人びた顔つきで、何かをじっと考えている姿も見かける。
 アイフェンと目が合うと、途端に子供らしい表情に戻るが・・・それが一層、彼が意識的に子供を演じていることを感じさせる。
「下手くそ」
 クロスにきつく窘められて以来、このことでマジェスティーを叱らないという約束は守っているアイフェンだが、正直、どう接すれば良いのか、わからなくなっているのも事実だった。
 彼の中にあることこそが事実であり、自分が刷り込んでいることは、真っ赤な嘘。
 母を守れなかった憎らしい父ではあるが、あんな小さな子供が嘘の記憶と本当の記憶の狭間で混乱して思い悩んでいるのを眼前にしていると、どうしようもない罪悪感と、憐憫の情に駆られるのだ。
 マジェスティーが、目の前の現実に、本当に自分の持ち得る記憶に疑いを持ち始めているのも察していた。
 いくら自分の持ち得る記憶を正当化しようとしても、自分は小さな子供で、今ある世界は、破壊され尽くした薄暗い地球でなく、清涼な空気と緑の大地。
 アイフェンが刷り込んだ嘘を、信じざるを得ない環境なのだから。
 たまに思う。
 未来からきた自分たちが、クロスたちにおかしな勘ぐりをされない為に始めた、マジェスティーの改竄。
 とっさに始めたことだが、ここまでする必要があったのだろうか?
 マジェスティーにだけは本当のことを伝え、過去に飛ばされた唯一の「協力者」という形で、クロスたちを共に欺いた方が、彼は今のように心乱れることもなかったのではないか。
 連合軍をの解体再編し、自分を頂点とする連邦国に作り変えることすら成した『マジェスティー・クレール・アースルーラー』であれば、状況の把握さえあれば、子供の姿を活用して、上手く立ち回れたのかもしれない。
 いや。
 いや。
 違う。
 駄目だ。
 過去に飛ばされたあの時、彼は死にたがっていた。
 母・朱煌の元に逝きたがっていた。
 おそらく、燃え尽きかかっていたのだ。
 本当の記憶を持ったままで居させれば、彼は必ず死を選ぶ。
 隣のベッドで寝息を立てるマジェスティーを眺めながら、毎夜繰り返す自問自答。
「あ・・・、あ、あき・・・あき、ら・・・」
 また始まった。
 最近になって、うなされることが増えてきたマジェスティー。
 アイフェンはいつものようにベッドを降り、彼のベッドの淵に膝をついた。
 起きている間に抑圧された本当の記憶は、マジェスティーが寝静まった時、激しく主張を始めるらしい。
 見ている夢は容易に想像がつく。
 母が・・・彼の愛する妻が、暴徒たちに寄って火炙りに処され、死にゆく瞬間。
「あき、朱煌・・・朱煌ぁーーー!!」
「ジェス、ジェス、起きろ。ジェス」
 激しく宙を掻く手を取り、汗だくでうなされるマジェスティーを揺さぶる。
「~~~あ・・・」
「怖い夢を見ていたようだな。汗でびっしょりだ。待ってなさい。タオルを濡らしてくるから」
 立ち上がろうとしたアイフェンのシャツの裾を、マジェスティーがキュッと握る。
 まだ震えている小さな手は、母が焼き殺されていく中継画像の前で、この父のシャツの裾を握り締めていた幼い日の自分と同じ。
―――「紅蓮朱雀ともあろう者が、なんとみっともない死に様を晒したものよ」
 同じ旗艦で中継を眺めていた同盟軍将校の一言に、マジェスティー・・・いや、高城善積は正気を失い、狂気を手にした。
 アイフェンの手を払い、将校を殺し、そのまま旗艦を去り、連合軍に寝返って・・・。
 彼は一度も、アイフェン・・・凰を振り返らなった。
 あの時、大きな支えを二つ同時に失った6歳の凰の傷は、未だ癒えない。
 もし、自分が親になった時、決して、我が子にこんな思いをさせるものかと、強く思った意地。
「・・・わかったよ。ここにいる」
 再び膝をつくと、マジェスティーの両腕が首に絡みついてきた。
―――ずるい男だ。
 つくづく思う。
 自分だって、あの時、こうしたかったのに。
 小刻みに震える彼の背中を擦る。 
 自分が、こうして欲しかったから。
「夢・・・なんだな?」
「うん?」
「今の! 俺の大切な人が、理不尽に、焼き殺された!」
「それは・・・怖い夢を見たね・・・」
「夢なんだな!? ~~~笑ってた! 朱煌を磔台に繋いだ奴らも! 泣いて命乞いをする朱煌の足元に藁を積んでいく奴らも! 松明の火を藁に放った奴らも! じわじわと炎に飲まれて、泣き叫んで俺に助けを求める朱煌も・・・夢なんだな!!」
「そうだ、夢だよ」
「本当か!? 夢か!? 全部、全部、夢なんだな!?」
「・・・ああ、そうだよ、夢だ」
「~~~本当、に?」
「ああ、そうだ。怖い夢だったね、ジェス」
 密着する小さな体が、大きく息を吐いた。
「・・・あれが夢なら、その方が、いい・・・」
「うん。そうだな。怖い夢でも、夢の方がいいよな」
「凰・・・」
「アイフェンだよ、マジェスティー」
「~~~アイフェン、あれは、夢が、いい」
「うん、うん、そうだな」
 幾度もマジェスティーの小さな背中を撫で、抱きしめる。
 その内、震えていた体が、静かな息遣いとなり、眠りに落ちていくのがわかる。
 そんな彼をそっとベッドに戻すが、首に絡みついた手が離れないので、しばらく覆い被さるようにして頭を撫でていると、ようやく、腕の力が抜けた。
 ここ数日、毎晩続いていることだ。
 その都度、繰り返し、繰り返し、アイフェンはこうして夢だと言い聞かせた。
 「ホント・・・夢なら、いいのにな・・・」
 繰り返し、繰り返し。
 繰り返すのは、それが自分の望みであるから。



「あの時、絶対クロスにお尻をぶたれるだろうと思って見物してたのに、無罪放免なんてさ、ずるいよ、アイフェンは」
 書類の束を団扇がわりにヒラヒラさせて、マジェスティーが言った。
 いい年をして不貞腐れているマジェスティーに、アイフェンが宙を仰いで息とつく。
「そりゃ、お前。アイフェンはすでに18歳の大人だったしな。言って聞かせりゃわかる。実際、あれから理不尽な理由で怒らなくなっただろ」
 苦笑いしたクロスが言うと、マジェスティーは椅子に深くもたれかかった。
「そりゃそうだけど・・・」
「そもそも、お前がアイフェンに叱られるには、いつも明確な理由があった。そうそう、『紅蓮』の一件とかな」
 マジェスティーが両手で顔を覆う。
「頼むから、やめてくれ・・・」
 マジェスティーの懇願虚しく、クロスの昔語りが再開されたのだった」




  • 【Another3~朱雀の章・番外編~】へ
  • 【Another4~朱雀の章・番外編~】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【Another3~朱雀の章・番外編~】へ
  • 【Another4~朱雀の章・番外編~】へ