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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another3~朱雀の章・番外編~

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「アイフェン・・・アイシング、頼む・・・」
 フラフラというかヨロヨロというか、歩くのもやっとのマジェスティーがアイフェンの診療所を訪れたのは、とっくに日も暮れた頃だった。
「こら、そんな泥だらけの格好(なり)で、診療室に入ってくるな」
「ダメ、もう限界・・・」
 倒れこむように診療室のベッドにうつ伏せに倒れ込んだマジェスティーに、アイフェンは悲鳴に近い声を上げる。
「こら! あー、もう! シーツを取り替えたところなのに・・・」
「体中、痛いんだよ。もう無理・・・」
「わかった、わかった! アイシングしてやるから、シャワーを浴びて来い」
「無理、動けない・・・」
「名医の見立てじゃ、自力でシャワーくらい出来るだろ」
「出来ない。名医、シャワールームまで連れてって脱がせてくれ」
「甘えるな」
 ピシャンとお尻を叩いて、ふと気付く。
 こんなに泥だらけなのに、叩いてもホコリがほとんど出ない。
「ジェス、相当コッテリとやられたな。本当にアイシングが必要なのは、お尻じゃないのか?」
「~~~朱煌じゃあるまいし! そういうんじゃなくて! クロスめ、俺が少しでもよろめいたり息切れしたりしたら、バシバシと・・・」
「いくらクロスの地獄の特訓メニューとはいえ、こんなに埃も立たないくらいぶお尻をぺんぺんされたなら、お前が鈍っていたせいだろう? さあ、さっさとシャワーして、寝室で待ってなさい」
 もう一度お尻を叩いてやると、マジェスティーは渋々ながらも自力でシャワールームへと歩いていった。
 その間に、またシーツを取り替えて、マジェスティーの持ち込んだ泥まみれの床を掃き掃除とモップ掛け。
 アイシングの支度も整えて寝室に入ると、素っ裸のマジェスティーが、ベッドにうつ伏せに倒れ込んで唸っていた。
「おやまあ、相当鈍っていたようだな。お尻、真っ赤だぞ」
「ええ? そんなに?」
「今冷やしてやる。どれ、ほかも見せてごらん」
 マジェスティーの体のあちこちに手を当てる。
「痛い・・・」
「ああ、こりゃ相当、筋肉が炎症を起こしてるな」
 アイシングシートを患部に乗せていく。
「・・・冷たくて気持ちいい・・・」
「お仕置きとは言え、しごかれたもんだな」
「旧式の行軍用フル装備で、早朝から今までずっと・・・。久々のクロスのマンツーマンは、堪える・・・」
「まあ、最近デスクワークの方が多いからな」
「それだよ。鈍ってるのを見抜かれたのが運の尽き・・・」
 なるほど。日々の鍛錬を怠る者にクロスは容赦ない。
「私の膝の上でお尻をぶたれる方が、マシだったかな?」
「冗談。勘弁してくれ。反省してるから・・・」
 拗ねたような視線を向けるマジェスティーに、思わず吹き出す。
 このラ・ヴィアン・ローズ本陣で、クロスの課す訓練メニューで仕上がってくるボロ雑巾たちのケアは、すでにお手の物。
 その都度、自分が従軍医師で良かったと、何度思ったことか。
 あの訓練の矛先が自分に向くことはないのだから・・・。
「よし、だいぶ炎症も治まってきたな」
 アイシングシートを剥がして、次は患部のマッサージに移る。
「痛いか?」
「大丈夫・・・。アイフェン、喉が渇いた」
「甘えて」
 ピシャンとお尻を叩き、ペットボトルにストローを差して手渡す。
 まったく、クロスにたっぷり叱られた後でここに甘えにくるのは、いつまで経っても変わらないのだから・・・。
 しかしまあ、すっかり大人になったマジェスティーがクロスに叱られるようなこともなくなり、こんな時間は久しぶりで、懐かしくもある。
「あのさぁ、善積の兄貴が来てたろ?」
 ギクリとして、思わずマッサージの手が止まる。
「ああ、それが?」
「厳しい兄さんらしいけど、やっぱり仲良くてさ」
「そのようだな」
「見てて、なんか羨ましくなってさ」
「羨ましい?」
「うん。だから、アイフェンが来てくれて、嬉しかった」
 この男は、こういう実に素直な言葉を平気で吐く。
 アイフェンの方が照れくさくなって、黙ってマッサージを再開した。
「ジェス、ペットボトル、こぼすなよ?」
 ペットボトルを握り締めたまま気持ち良さそうに枕に顔を埋めているマジェスティーを覗き込むと、小さく寝息が聞こえてきた。
「こら、ジェス。寝るな、起きなさい。そこは私のベッドだぞ」
 揺さぶってもお尻を叩いてみても生返事しか返ってこないことに、アイフェンは吐息をもらして彼の手からペットボトルを抜き取り、そっと布団を掛けてやる。
 入院用のベッドがあるにはあるが、自分の為に今からシーツを掛けて・・・というのも馬鹿らしくて、ソファに腰を下ろした。
 スヤスヤと眠る彼を眺めつつ、安堵で急に力が抜けた。
 良かった。
 日本という場所で自分自身の過去である高城と対面し、更に本当の兄と時間を過ごしていたというのに、マジェスティーの記憶が刺激された様子は見られない。
 内心、ずっとヒヤヒヤしていたのだが、この様子なら安心だ。
 だが、同時に罪悪感が頭をもたげる。
 彼の記憶の封が解かれなかったのは、ひとえに、兄アイフェンへのまっすぐな信頼が固い錠となっているからだろう。
 塗り固めた嘘は、アイフェンの方だというのに。
 彼が小さな頃からこうして寝姿を眺めながら、いつも繰り返していた自問自答を久しく思い出していた。
「なあ、父さん・・・、俺は、一体どうすれば良かったんだ?」
 家族と呼べる者も仲間と呼べる者も、今、この世界には大勢いる。
 しかし、この苦悩を分かち合える相手がいない。
 話せばラ・ヴィアン・ローズに関わった者たちの心に、深い傷を与えるたけだから。
 アイフェンは一人でそれを抱えて耐えるしかなかったのだ。



 高城善積、二度目のラ・ヴィアン・ローズ本陣来訪の日。
 専用機のタラップを降りた彼へ満面の笑みで駆け寄る朱煌に、マジェスティー以下ラ・ヴィアン・ローズの将校勢は苦笑を浮かべるしかなかった。
 アイフェンだけは白いマスクの下、不機嫌なオーラを揺蕩(たゆた)わせていたが・・・。
「しばらく世話になる。ただし、仕事も持ち込むことになるのは許してくれよ」
 上司から持たされたラップトップを振って苦笑する高城。
「日本にバカンスの習慣がないのは知っている。無理言って済まなかったな」
 マジェスティーが握手の手を差し伸べると、高城が肩をすくめてその手を握り返した。
「お披露目の日まで、まだある。くつろいでいってくれ」
「そうするよ。朱煌、お前の故郷を、案内してくれないか」
 嬉しそうに頷いた朱煌に手を引っ張られるようにして遠ざかっていく高城の背中を、アイフェンがまだ睨み据えていることに、マジェスティーが困ったように微笑んだ。
「なあ、アイフェン・・・、そんなに、善積が嫌いか?」
 黙ってプイとそっぽを向いたアイフェンにどう接していいかわからないマジェスティーは、少し寂しそうに彼の袖を引っ張った。
「なあ、ごめんな? 私は、煌・・・朱煌の喜ぶ顔が見たかっただけなんだ。お前がそんなに嫌がること、配慮していなかった・・・」
「私のことなど、考慮無用だ」
 マジェスティーの手を振り払いアイフェンは白衣を翻して、さっさと自分の診療所に向けて歩き始めた。
 


 黙々と診療所の掃除をしていたアイフェンは、ぬっとドアを潜って入ってきたクロスに一瞥をくれた。
「診療時間は終わりだ。明日にしてくれ」
「ほう? 明日なら、お尻をぶたれてもかまわないと?」
「~~~」
 顔を真っ赤にしてモップを壁に立てかけたアイフェンは、椅子にふんぞり返ってクロスを見上げた。
「痴呆の発症か、クロス? 私がもういくつになったかすら、わからんか」
「ああ、間違ってなければ、お前さんはもう52歳の立派な大人だな」
「理解できているようで何より! ご覧の通り、ここは明日の診療に備えて掃除中だ。邪魔するなら、帰ってくれ」
「あれは、ないんじゃないか?」
「は?」
「ジェスはわだかまりを解いて、高城を出迎えた。姫を奪われる感情は、俺たちのそれと変わりない。お前より12歳も年少のジェスがそれを成そうとしているのに、お前ときたらなんだ」
 久々のお説教に不貞腐れたように顔を背けるアイフェンに、クロスが深く息をついた。
「お前がいつまでもそんな調子じゃ、姫さまも悲しむぞ?」
「・・・俺にだって、理由はある。ただ、お前に言えないだけだ」
「理由さえあれば、どんな態度に出てもいいと?」
「~~~姫のやんちゃと一緒にするな! 私は・・・!」
 口を突きそうになる『真実』。
 言ってしまえば、自分は楽になる。
 だがそれを知ったらクロスの嘆きは・・・。
「なんでもない。明日からは気をつける」
「なあ・・・、お前が幾度となく口にした『言えない』という言葉が、高城に関係している気がするのは、俺の気にせいか?」
 アイフェンは再びモップを手にして、床を磨き始める。
 何も答えようとしない彼にクロスは少し寂しそうな顔をし、診療所を後にした。



 今後のスケジュールを渡された高城は、いささかウンザリとして頭を掻いた。
「招待客に会って終わり・・・というわけには、いかんのだな」
「当然だ。まず、ゲスト出迎え用、お披露目用、その後の晩餐会用、見送り用、この全ての服の採寸、仮縫い、仕立て。プロトコールの学習にマスター。ゲストのプロフィールとパワーバランスの暗記。ちなみに、ダンスは?」
「一介の刑事にする質問かね」
「では、加えてダンスのレッスン」
「もう帰っていいか?」
「私もやったし、姫もやった、なあ、朱煌」
 屋敷に向かう車の中で、不機嫌そうな高城の顔色を伺うようにしていた朱煌が、黙って頷いた。
「私も姫も、好きで習得したわけじゃない。立場上の付き合いで、仕方なくだ。 お前も、立候補したからには従ってもらう」
 日本で再会した折り、無邪気な子犬のようだと思っていたマジェスティーの『将』を全面に押し出した言葉に、高城は肩をすくめた。
「そういう世界にある朱煌を、俺が求めたんだ。甘んじて受けよう」
 助手席から振り返ったマジェスティーが、苦笑を浮かべた。
「罰みたいに言うなよ。悪いとは思ってる」
「そんな顔しなくていい。お前にできることを、俺ができないわけないだろう?」
「はは、相変わらず、傲慢な男だな、お前は」
 笑い合う同じ顔の養父と夫に、朱煌はホッっとしたように、彼らの頬に口付けた。
「あなた、ありがとう。パパ・ジェスティー、大好き」



「あら? ダンスのご経験はないと伺っておりましたのに、随分お上手ですのね」
 高城のダンスの講師としてパートナーを務めていたレーヌが、彼のリードと慣れた足さばきに感嘆の声を上げた。
「実は、ダンスは必ず要求されるだろうと、親友がここに来るまでにステップを教えてくれたのですよ。彼らには内緒にしてくださいね」
 見学している朱煌とマジェスティーに聞こえないように耳元で囁いた高城が浮かべた悪戯な笑みに、レーヌはつい頬を赤らめる。
「まあ、そうやって姫以外の女性にも、微笑みかけたりなさっているのでは? それは罪でしてよ。お相手はその気になっておしまいになる」
「もしそうなったら、気の毒ですね。僕は、朱煌しか眼中にない」
「まあ! そんな表情(かお)で、それを仰るのね。ますます罪深い方」
 どこからどう見ても良い雰囲気の二人に、レッスンを眺めていた朱煌がスクと立ち上がった。
 隣で一緒に見ていたマジェスティーの静止も聞かずツカツカと二人に歩み寄ると、朱煌は思い切り高城のお尻を蹴飛ばした。
「い~~~! 何するんだよ、朱煌」
「知らない! もういい!」
 ツンとそっぽを向いてレッスン場から出て行ってしまった朱煌の背を、高城が追う。
「あらあら・・・」
「おやまあ・・・」
 取り残されたマジェスティーとレーヌは、高城なくしては見られなかった愛娘の新たな側面に顔を見合わせて笑った。
「あんなに、ヤキモチ焼きでしたのね」
「あんな姿を見せられたら、こちらこそ妬けてしまうね。で、講師。彼の評価点は?」
「そうですわね、ステップはすっかりマスターしてらっしゃるようですし、及第点といったところですわ。繊細さも華麗さもまるでない、無骨なリードですけれど、これが返って男性らしくて魅力的で、上流階級のご婦人方が夢中になってしまいそう」
「高評価だねぇ」
「ええ、ダンスのレッスンはこれで十分かと思いますわ。困ったわ、もっと難航すると思っておりましたので、随分時間が空いてしまいました」
「では・・・」
 微笑んだマジェスティーが、恭しく手を差し出した。
「私と踊っていただけますか、姫君?」 
 そういえばここにも一人、罪な男がいるのだったと苦笑したレーヌは、そっと彼の手を取った。


「待てよ、待てったら。朱煌、あーきら?」
 不機嫌なオーラを全身に纏いながら足早に庭園を進む朱煌の背中を、一定の間隔を保ちつつ追う高城。
 捕まえようと思えば簡単なのだが、彼女がヤキモチを妬いて怒っている姿が可愛くてもう少し眺めていたくなってしまうのだ。
「知らない! ついて来ないで!」
「怒るなよぉ。ただのダンスのレッスンだろ」
「ダンスのレッスンで、耳元で囁くカリキュラムとか、ないし!」
「お前のママを口説くわけないだろ?」
「お披露目パーティー中なら、ご婦人方を口説き放題だね!」
「そんなまだ起こってもいない未来のことで怒られても・・・」
 キッと振り返った朱煌が立ち止まったので、高城も足を止める。
「あなた、自覚ない! あなたね、素敵なんだから!」
「はあ・・・」
「無愛想なくせに、何気ない仕草が妙に優しくて! そりゃモテるよね!」
 高城は頭を掻いて宙を仰いだ。
 褒められながら怒られるなど、初めてだ。
「そうやってさぁ、無意識に女性の心をくすぐるの、やめてくれない!?」
「そんなこと言われても・・・無意識の部分をどうやめろと」
 射竦めるように睨まれて、高城はつい両手を上げた。
 降参だ。
 あまりに素直に妬いて怒る朱煌が、可愛くて仕方ない。
「宣誓。無意識なので、治しようがありません」
「~~~!」
「なので、もしお前以外の女性をなびかせてしまったら、彼女らにはハッキリと伝えます」
 戸惑う朱煌にそっと近付いて、上げていた両手を差し伸べる。
「俺には、誰よりも愛している大切な人がいますと。俺の傍らにあるのは、その人以外に有り得ないと」
 この先、まだ具現化するかもわからぬ事柄への宣誓に自嘲の念は否めないが、これで朱煌が笑ってくれるなら、いくらでも言葉を紡ごうと思う。
 ようやく自分の腕の中に飛び込んできた朱煌が愛しくて、力いっぱい抱きしめる。
 よもや、この茶番を木陰から見ている者がいるとも思わず。



 別に覗き見するつもりはなかった。
 いつもどおり、マジェスティー邸へ向かう道すがらに彼らがいただけだ。
 出るに出られず木陰に身を潜ませていたクロスとアイフェンは、ようやく二人が立ち去ってくれたのでホッと胸をなで下ろして林道に戻った。
「~~~なんだ、あのバカップルは。こっちが照れるぞ」
 褐色の肌を赤く火照らせて、クロスが冷や汗を拭った。
 その傍らで、肩を震わせて笑いを堪るアイフェン。
 話には聞いたことがあった。
 まだ平和な時を過ごしていた頃、周囲が照れずにいられない程、仲睦まじい父と母。
 治しようがないと宣言しただけあって高城に惹かれる女性は後を絶たなかったそうだが、その都度、彼は今誓った言葉を彼女たちに投げかけた。
 彼女らが泣こうが傷つこうが、気にも止めない冷淡さ。
「俺は、朱煌さえ傷つかなければ、それでいい」
 平然と言ってのける天然タラシの愛妻家。
「あんなバカップル化するとは、正直、意外だった・・・。まあ、朱煌が幸せそうだったから、いいんだけどな」と、苦笑交じりの養父・黒荻の言葉を思い出す。
「まあ、いいじゃないか、クロス。姫さまがお幸せそうなら」
 養父が言ったのと同じ言葉がつい漏れた。
「おや、まるで母親を盗られたように拗ねていたドクター・アイフェンが、そんなことを仰るとはね」
 マスクから覗く口元をムッと歪ませたアイフェンの肩を叩き、クロスはようやく通行止めが解除された林道を歩き始めた。


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~ Comment ~

お久しぶりです

久しぶりに伺ったらなんと!新しいお話が上がっていたので、嬉しくなりました!

私生活も大事ですので、無理の無い様、新しいお話や、過去の作品の続きやスピンオフなど、どんなものでも楽しみにしています。

Re: お久しぶりです

> 久しぶりに伺ったらなんと!新しいお話が上がっていたので、嬉しくなりました!
>
> 私生活も大事ですので、無理の無い様、新しいお話や、過去の作品の続きやスピンオフなど、どんなものでも楽しみにしています。



えんじゅ様

コメント、誠にありがとうございます。
こちらこそ、数年も放置していた場所を覗いてくださった方がいて、驚きました。
驚いたと同時に、大変嬉しく思っております。

まったくの気まぐれで数年ぶりに書き始めたものでございますので
更に稚拙な駄文と化しておりますが
読んでいただいて、ありがとうございました。
  • #21 童 天-わらべ てん- 
  • URL 
  • 2016.08/23 22:23 
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