堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話3

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「無理だよ! 無理、無理! わしゃ、こんな辺鄙な村の内科医だぞ! 弾の摘出手術なんか、できやせん! できてせいぜい、イボの除去くらいだ!」
 自分の村の診療所にD・Dをかつぎ込んだはいいが、年老いた医者は、完全な試合放棄を宣言。
 意識を取り戻していたD・Dは、ベッドの上で疼く肩を摩りながら、憮然とクロスを睨んだ。
「同じ連れてくるなら、もちっとマシな病院にしろよ」
 助けてもらっておいて、これだ。
 彼が怪我人じゃなければ、さすがに蹴飛ばしているところである。
「道具はあるんですか?」
 口を開いたのはアイフェンだった。
「そりゃまあ、一応・・・」
「じゃあ、僕がやります」
「はあ!? 君、何を言って・・・」
 ギョッとしたのは全員だったが、中でもD・Dは慌ててベッドから降りようとする。
「クロス、D・Dを押さえてくれ。恐らく弾は深い。うつ伏せにな」
 頷いたクロスが、抗うD・Dをひょいとうつ伏せに向き直らせてのしかかる。
「お、おい! 子犬! よせ! やめろ!」
「道具と場所、お借りします」
 喚くD・Dを尻目に、アイフェンは医者が出してきた道具を確認する。
「メス、消毒液、鉗子数本、滅菌ガーゼ、針と糸・・・十分です」
「だ、だが、手術に対応できるような麻酔は置いてない!」
「そこは、彼に耐えてもらいますから」
 ギョッとしたD・Dが、クロスを跳ね除けようと一層暴れると、銃創にねじ込まれたハンカチから、血が溢れ始めた。
「あんまり暴れるな。輸血できないんだから。自前の血を大事にしてくれ」
「う、嘘だろう? なあ、なあ、子犬!」
「さて」
 メスを持って近付いてくるアイフェンに、D・Dが必死で首を振る。
 必死で抵抗を試みるD・Dの肩からハンカチを引き抜いて消毒液を撒き、メスは無情に彼の腕の付け根に沈んだ。
「ぎゃああああ!」
 メスで開いた部分を、鉗子で患部をこじ開ける。
「ぎゃあ! やめろ、やめてくれ! このサディストーーー!」」
「うるさい。黙ってろ。気が散る」
 アイフェンは床に転がっていたD・Dの靴を拾い上げると、つま先を彼の口にねじ込んだ。
「む・・・!」
「あった。ひとつ? いや、二つだな」
 もう一本の鉗子を差し込んで、筋肉層に喰らいこんでいる弾丸を挟む。
「~~~!!」
「よし、一個目」
 枕元に転がされた弾丸を、D・Dは涙目で見つめている。
「手際がいい。鮮やかなもんだな」
 老医師が感心してアイフェンの手元を覗き込む。
「先生、手元が陰る。どうせ見てるなら、ライティングを」
「あ、ああ、そうじゃな。すまんすまん」
 老医師はヒョコヒョコと自分のデスクからライトを引っ張ってくると、切開創を照らした。
「二個目・・・厄介だな」
「神経が近いぞ。慎重にやらんとな」
 手術はできないが、知識はやはり勉強を詰んだ老医者の呟きに、アイフェンは苦笑した。
 彼の言うことは正しい。  
 ろくな設備もないこの病院で、神経を傷つけたら、D・Dの腕は二度と使い物にならなくなる。
 滴る汗が、視界をぼかす。
 首をひと振りした時、クロスが自分の袖で彼の汗を拭った。
 深く、息を吸って、吐く。
「クロス、ありがとう。さて、二個目」
 メスを潜らせ、弾丸を神経から遠ざける。そして、鉗子を挿入すると、手応え。
「~~~!! うぅ~~~!」
「よし!」
 引き抜かれた鉗子の先に、弾丸が挟まっていた。
「Excellent!」
 いささか興奮気味の老医師が、ライトを放り出してアイフェンに抱きついた。
「先生。邪魔。まだ縫合が残ってる」
「おお、そうじゃった、そうじゃった。準備してやるから、待っていろ」
 ため息。
 どうせなら、準備しておいて欲しかった。
「D・D、終わったぞ。後は縫うだけだ。もう少し、我慢して・・・」
「さっき、失神したところだ」
 クロスがD・Dの上から体を降ろして言った。
「なんだ。もう少し、早く失神すれば楽だったろうに。先生! 縫合くらい、任せていいですよね」
「おう。それくらいなら、わしもできるぞ」
「なら、後はお願いします。それから、彼をしばらく入院させてやってください」
「ああ、かまわんよ。あんな鮮やかな手術を見物させてもらった礼じゃ。で、名医。完治はどれくらいと予想する?」
「輸血なし、麻酔なし。それを鑑みて、二週間」
「わはは! わしと同じ見解じゃ!」
 老医師は、実に楽しそうだった。
 


 やっとの帰路。
 トラックの助手席で揺られながら、久々に握ったメスの感触を味わうように手の平を握ったり開いたりしながら眺めていたアイフェンは、ようやく、冷静に今日の一部始終を反芻した。
 クロスの前で、自分は何をした?
 今の今まで、夢中で、ここが過去の世界であることを、すっかり失念していた。
「あ、あの、クロス・・・」
 恐る恐る、運転するクロスに声をかける。
「・・・今日、いくつかわかったことがある」
 息を飲む。
 いくら何でも、未来から来た男という結論に達することはなかろうが、怪しさが倍増したのは間違いないのだから。
「ひとつ。お前はスパイではない」
「え・・・?」
「スパイが自分の嫌疑に拍車をかけるような行動をするものか。ああいう時は、徹底的に一般人の振りをする」
「は、はぁ・・・」
「二つ。戦闘中のお前の動きと判断力は、軍人のそれだ」
「・・・」
「三つ。それは訓練だけで培われたものではなく、実戦経験者。しかも、最前線でいくつも修羅場をくぐってきてると見た」
「クロス、あの・・・」
「四つ。お前の戦闘スタイルは、一兵卒に在らず。あれは、指揮官のそれだ」
「やめてくれ・・・。俺には、指揮官の器なんかない・・・」
 ラ・ヴィアン・ローズとして戦闘中、かの紅蓮朱雀の息子として一身に浴びる期待が重荷だった。
 冷酷無比の鉄面皮を常とし、氷の炎と評され、ただただ粛々と作戦を実行する母のようにはなれず、結果、受け継いだ戦闘の才能はあれど、甘ちゃんの雛鳥後継者と陰口を叩かれていたのも、知っていた。
「五つ。そこで体得した、医療技術。かなりの人数を治療してきたな」
「それは・・・俺を育ててくれた人が、医者だったから・・・」
 母のようなカリスマ性を持つ冷淡な指揮官にはなれない。だから、育ててくれた従軍医の黒荻のように、人の命を救う仕事がしたかった。
「六つ」
 自分は、まだ何か仕出かしたのだろうか?
 思い当たらない。
 記憶の糸を辿るアイフェンの肩を、クロスが叩いた。
「あのD・Dにだ! あのD・Dにサディストと言わしめるとはな! 大したもんだよ、お前さん!」
「え? あ、ああ・・・」
そういえば、D・Dがそんなことを喚いていたっけ。
「愉快だ! 実に愉快!」
 たまらないという様子で腹を抱えて笑ったクロスは、笑いを納めると、アイフェンのケロイドの顔をそっと触れた。
「七つ。お前は何か隠してる。だが、我が国や、まして、俺たちに害をなそうというんじゃないようだ。言えないなら、聞くまい。このまま、俺たちの家族でいればいい」
 ありがとう・・・と、言うべきだったのだろうが、アイフェンは両手でケロイドの顔を覆った。
 嬉しくて。
 ただ、ただ嬉しくて。
 ―――凰、どんな状況でもね、居場所があれば、人は強くいられるんだよ・・・。
 幼い頃、母が言った言葉を思い出す。



 一応、気にはなったので、アイフェンは診療所に入院しているD・Dの様子を、何度か見に訪れた。
 交わす言葉は傷の具合のことだけ。
 D・Dがこうなるに至った過程など、興味はない。
 と、いうか、いらないことを聞いて、巻き込まれるのは御免だった。
「うん、うん、お前はやっぱり面白い」
 染み染み納得するように、D・Dは見舞いに幾度、アイフェンの顔を撫で回した。
 ―――なんなんだ。
 そう思っていたが、D・Dが退院した数日後、彼はクロス家にまたフラリと姿を現した。
「やる。礼だ」 
 ポイと投げ渡された箱を開けてみると、白いシルクの仮面(マスク)。
 いつもなら、クロスの細君デラの手料理を無遠慮に貪っていくくせに、それだけ言うと、彼は出て行ってしまった。
 ―――なんなんだ。
 そう思いつつ、そのマスクを手に取ると、その下に、折りたたんだ紙切れ。
「・・・出生証明書・・・」
 しかも、マジェスティーの分まで。
 これさえあれば、アイフェンもマジェスティーも、アメリカ国籍を持つ者として、生きていける。
 一部始終を黙って見たいたクロスが、苦笑した。
「懲りずに、危ない橋を渡っているようだな。どうやって細工したんだか。人に恩義なんぞ感じたことのない奴だ。そりゃ、礼というより、献上品だな」
 しばらく見つめていたマスクを、目元に当ててみる。
 ああ、なるほど。
 やたらと顔を触ってきたのは、採寸の為か。
 驚く程、しっくりくる付け心地。
 サングラスなどと違って、少々のことでは外れそうもないベルト。
「・・・なぁ、アイフェン」
「大丈夫だよ、クロス。この程度で、ほだされたりするか。あいつは、俺のケロイドの目元を見ないようにしたかっただけさ。出生証明書は、おまけだ。このケロイドを、俺が恥ずかしいと思っているのか!・・・と、怒らせたくなかったんだろう」
「・・・お前は、賢いね」
「ま、性根の腐ったあいつの、精一杯の好意だ。つけていてやるさ」
 正直、マスクのプレゼントはありがたかった。
 このケロイドは、無理に力を発動して持続させているものだ。
 本当は、とっくの昔に完治している。
 だが、記憶のすり替えを行っている最中のマジェスティーに、母・朱煌と生き写しの顔を見せるわけにはいかない。
 力を微弱に発動し続けるのは、なかなか骨が折れることだったので、マスクで覆い隠せれば、その間、無理に作ったケロイドの顔でいなくて済む。
 それに、力を温存する時間が増えれば、もしかしたら、マジェスティーを連れて、本来あるべき時代に、戻れるかもしれないのだから・・・。



「そんなことがあったのか? 知らなかった。え? もしかして、そのマスク・・・」
「そんなわけないだろ。このマスクは、もう何代目かわからん」
 ただ、D・Dの作らせたデザインは、ずっとそのまま。
 ケロイドに埋もれた母と生き写しの顔を、一級品だ、美しいと、その母が幼い6歳の頃に殺されるまでのたまい続けた彼に、敬意を払って。
 朱煌が始めて殺した相手。
 D・Dの話は、暗黙の了解のようにラ・ヴィアン・ローズ古参陣が話題に上げないので、彼の話をするのは、本当に久しぶりだった。
「悪い奴じゃ・・・なかったんだがな・・・」
「は? あいつは、ホントに性根の腐った、ろくでもない男だったぞ」
 D・Dを擁護するように呟いたマジェスティーに対し、クロスとアイフェンが同時に発声したことに、彼は目を瞬く。
 アイフェンとクロスは、顔を見合わせて笑った。
 近しい世代同士、共有した時間。
 それがなければ、わからない笑い声。
 なんだか、置き去りにされた気分のマジェスティーは、不貞腐れてそっぽを向いたが、まあ、彼らの共有する思い出の重みが、わからなくもない。
 それくらい、マジェスティーも大人の男になっていたのだから。
「・・・あ、そうか、だからアイフェンは、村の診療所の手伝いに通っていたのか」
「うん、診療所の医者に惚れ込まれてな。そうそう、あれからだ。D・Dはアイフェンを、子犬と呼ばなくなった」
「そういや、ギルドでも、D・Dはアイフェンにだけは一目置いていたっけなぁ」
デスクから身を乗り出すように頬杖をついて記憶を反芻するマジェスティーのお尻を、アイフェンがピシャリと叩く。
「閣下、ご着席を。会議はまだ途中ですよ」
「いいじゃないか。私も、お前が何者なのか、興味がある」
「なら、私がその続きをお聞かせしましょうか? 翌日の朝、あなたは開口一番、土産はどうしたと不貞腐れて・・・」
「あ? あ~、そうだっけ?」
「そうですとも。嘘つきだなんだと癇癪を起こして、宥めるのに一苦労」
「アイフェン、さっきの提案書、そろそろ煮詰めたいんだが」
 風向きの悪さを察したマジェスティーが、すっかり仕事モードで書類を振ると、アイフェンは肩をすくめた。
 そんな二人を、クロスは目を細めて眺める。
「ホントに・・・立派になったもんだ」

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