ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another2~朱雀の章・番外編~

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 先程から落ち着かぬ様子で部屋の中を歩き回っているアイフェンに、クロスが肩をすくめてティーポットを振って見せた。
「いい加減、落ち着けよ、アイフェン。そら、座って。レーヌ様お手製のハーブティーでも飲んで、気を鎮めろよ」
 ピタリと足を止め、のんきなティータイムを楽しんでいるクロスを睨むように振り返る。
「あんたも少しは憤ったらどうだ? ラ・ヴィアン・ローズのNo.3クロス少将。我らの総領閣下が、護衛の一人も付けずにフラフラと渡日なさったというのに・・・」
「まあ、俺たちを騙して一人で出かけたのは、感心せんがね」
 マジェスティーは、クロスに渡日の護衛はアイフェンに手配を依頼したと告げ、アイフェンにはクロスに手配を依頼したと言い、結局、一人で日本に渡ったのだ。
「何を思っての単独行動かは知らんが、まあ、姫さまと違って行き先は本当のことを言っているし、GPSも外さずいる。外部にもマジェスティー閣下渡日の情報は漏れていないことだし、たまには、自由にさせてやっても良いんじゃないかね?」
「またそうやって甘やかす! 昔の厳しかったあんたは、どこに行ったんだ」
「閣下はやるべきことをちゃんと果たしてる。結果、こんな強大な傭兵組織の総領となり、ラ・ヴィアン・ローズの敷地を一歩出れば常に護衛に囲まれて・・・たまの息抜きくらい許してやれよ。大体、高城と姫さまの婚儀の件を打ち合わせたいなんて、完全なプライベートじゃないか」
 ようやくドカリとソファに腰を下ろしたアイフェンだったが、顔の上半分覆い隠す白い仮面越しにも不機嫌さがにじみ出ていることに、クロスが溜息をつく。
「何がそんなに気に入らない。お前のそれは閣下の身を案ずる配下でなく、私情の苛立ちが丸出しだぜ」
 そうとも。
 これは完全な私情から込み上げる苛立ち。
 高城とマジェスティーは同一人物。
 高城は、マジェスティーの過去の姿。
 幼い頃から、彼の誇大妄想だと言い聞かせ、刷り込み、記憶を封じてきた。
 だが、二人きりで会って、その記憶の封印が解けることが、アイフェンには恐ろしい。
 もし記憶が蘇ってしまったら、マジェスティーはどれほどの傷を心に負うのだろう。
 愛する朱煌が業火の中で焼き殺されるあの映像を、彼が思い出してしまったらと思うと・・・胸が千切れそうだった。
「・・・アイフェン?」
「・・・すまない。本当に・・・心配なんだ」
 この心配の理由は、家族同様のクロスにも決して明かせない。
 明かせば彼も心に傷を負う。
「なら、いい。お前が言いなりにならない弟にイラついているなら、叱ってやらにゃと思ったんだが、思うところがあるようだな」
「訳は・・・話せない」
 絞り出すように言ったアイフェンに、クロスはそれ以上、何も言わなかった。
 ハーブティーのおかわりを注いだクロスが、マジェスティーの持つGPSを追跡していたコンピューターの画面に目を向ける。
「うん? ここは・・・警視庁庁舎だな。なんでまた・・・高城を訪ねるなら、新宿警察署だろうに。―――あ・・・」
 クロスの顔が、ここにきて初めて苦々しく歪む。
「あいつ、まさか・・・」
 わざわざ嘘をついてまで一人で出掛けていった理由は、警視庁の訪問という事態を鑑みるに一つしか思い浮かばない。
「あの馬鹿! 高城の処分を撤回させる為に、デモ演説は自分がやったと言いに行きやがったな!」
 契約絶対姿勢を貫くラ・ヴィアン・ローズの威信をかけた、契約違反者・総領姫の処刑決断。
 それを中止に追い込んだあのデモの主導者がマジェスティーの顔をしていたことが、一度は各国軍部に疑念を抱かせたが・・・幸い、マジェスティーはあのデモの時、処刑のみ届け人として各国首脳陣と円卓について中継を眺めていた。
 だから各国が納得したのに・・・、演説者がマジェスティーだったなどという嘘が外部に漏れれば、今度こそ、ラ・ヴィアン・ローズの信頼は失墜する。
「なるほど。我らに反対されるから、単独行動をとったというわけか」
 アイフェンが呟くと、クロスがティーカップを割れんばかりに握り締めた。
「アイフェン・・・確かに俺が甘かった」
「まあ、そう憤るな。すぐに日本に情報操作をかければ、事が露見することもないだろう」
「ああ、急ごう。それから、あいつをすぐに連れ戻しに行く。久しぶりにきつい仕置きを据えてやらんとな」
「あんたは日本じゃ目立つ。私が迎えに行くよ。仕置きはあんたに任す」
 そう言い残し、アイフェンは足早に部屋を後にした。



「なあ、これはなんだ?」
 キッチンに立つ高城の手元を興味津々で覗き込んでくるマジェスティーは、まるで幼い子供か子犬のようだった。
「鍋」
「鍋?」
「有りもの寄せ鍋」
「いい匂いだな。美味いのか?」
「美味いの食わせてやるから、大人しく座ってろ」
 まとわりついて離れないマジェスティーに苦笑しつつ、つくづく思う。
 確かに瓜二つの顔をしているが、とても同い年には見えないのだ。
 体格も高城より細っそりして見えるが、無駄のない筋肉質なのが衣服からのぞく引き締まった肌でわかる。
 何より、くるくる変わる豊かな表情が、若々しさを増大させているように思う。
「・・・まるで、善積の弟のようだね」
 二人を居間から眺めていた兄の勝利も、同じことを思っていたようだ。
「ひどいな、勝利! 私は彼と同い年だよ」
 ほら、そういう拗ねる仕草も。三十そこそこにしか見えない。
「そろそろ仕上がるぞ。鍋を運ぶから、じっとしてな」
 コンロの火を止めた時、インターホンが鳴った。
「なんだ? 千客万来だな、今日はまた」
 エプロンで手を拭いながらドアを開けると、見覚えのない男性。
「あの? どなたで・・・」
「私だよ、Mr.高城。仮面も素顔も目立つのでね」
 そう言った見知らぬ男性は、パリパリと人工皮膚を剥がしてケロイドの素顔を晒した。
「あ! ああ、アイフェンか」
「すまないね、うちの閣下が上がり込んでいるようで」
 内ポケットから取り出した白い仮面をつけると、アイフェンは玄関から部屋を見渡した。
「閣下。こんな狭い場所で隠れても無駄ですよ」
「狭いは余計だ」
 物申し立てる高城を無視し、アイフェンは玄関先からマジェスティーを再度呼んだ。
 よろめくようにマジェスティーが出てくる。おそらく、勝利に押し出されたのであろう。
「アイフェン、なんで?」
 もじもじするような仕草が妙に可愛らしいが、これが自分と同じ顔であるから何だか奇妙な気分だ。
「GPS。警視庁に行かれましたね。そこであなたが何をなさったか、お見通しです」
 ますますしょげた子犬のようなマジェスティーに、高城は苦笑を禁じえない。
「おまけに予約のホテルをキャンセルして、こちらに上がり込んでいるとは・・・。ただでさえ護衛なしの単独行動だというのに、本陣に何の連絡もなく予定を変えられるとは何事です。ラ・ヴィアン・ローズ総領たる自覚の欠如甚だしい」
「・・・悪かった。少々、彼と行動することに興味を引いて・・・」
「興味? そんな浅慮な理由が通るとお思いか? 軽率にも程がある。クロス少将も大層ご立腹ですよ。久しぶりにきつく叱られるのは覚悟なさってください。さあ、帰りますよ」
 すっかり悄気返って小さくなっているマジェスティーがなんだか気の毒に思えてきた高城は、つい彼らの間に割って入った。
「俺が彼を無理に引き止めたんだ。その辺は考慮してやって欲しい」
「Mr.高城、要らぬ庇い立てはやめていただきたい」
「お前たちの理屈は知らん。だが、鍋はもう出来ちまっててね。兄と二人では多いんだよ。だからお前も食べていけ。帰るのはそれからでも遅くあるまい?」
 いつの間にか高城の背後に張り付いて様子を伺うマジェスティーに、アイフェンは深い吐息を漏らした。
 今、高城は兄と言った。
 本来、マジェスティーの実の兄でもある男が同席しているということ。
 アイフェンが危惧する記憶の誘発に、拍車をかける人物だ。
 冗談ではない。
 一刻も早くマジェスティーをここから連れ出さねば・・・。
「あなた方の事情はわかりませんが・・・、食卓を囲む時間くらいの猶予はないのですか?」
 玄関に姿を現した勝利に、アイフェンは思わず熱くなった目頭を隠すように深々と頭を垂れた。
 ああ、駄目だ。
 記憶に翻弄されているのは、自分の方だ。
 高城の兄、勝利。
 アイフェンの思い出に、はっきりと刻まれた「じぃじ」。
 高城と朱煌の間に生まれた自分を、我が孫のように慈しみ可愛がってくれた人。
「・・・ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
 ああ、駄目だ、本当に。
 まったくの私情が口をついてしまった。
 これではマジェスティーを叱れる立場ではない。
 仕置役をクロスに任せてきて正解だったと、心の底から思うアイフェンであった。



「これは美味いな」
 執行猶予がついたマジェスティーはご機嫌だ。
 勝利の隣に席を設けられたアイフェンは、複雑な面持ちで正面の同じ顔の二人を眺める。
 そっくりなのだが、どこか雰囲気が違う二人。
 同一人物を別環境で育てなおすとこうまで仕上がりが違ってくるものかと、妙に感慨深い。
「Mr.アイフェン、さあ、一献」
 勝利に差し出された盃を受け取り、アイフェンは戸惑いながらもその酌を受けた。
「あなたは、マジェスティー閣下の・・・?」
「あ、はい。マジェスティー閣下の元、組織の専属医師を務めております。仮面のままなのは、ご容赦ください。ここはケロイドで潰れておりますので・・・」
「あ、そうだった」
 割って入ってきたのはマジェスティーだった。
「高城の兄君というなら、紹介すべきだな。勝利、彼は私の兄だよ」
「兄!?」
 素っ頓狂な声で更に割って入ったのは高城の方だった。
「おい! 俺も聞いてないぞ!」
「そうだったか? まあ、ずっとバタバタしてたからなぁ」
「ちょっと待て。兄ってことは、こいつ、俺より年上か!?」
「うん。俺の12歳年長」
「はぁ!? てことは、こいつが52歳!?」
 いくら顔の上半分を仮面で覆っているとはいえ、見えている口元などとても五十代に見えない程、若々しく皮膚が張っているのだから、高城の驚きも当然だった。
「善積。賑やかと騒々しいは違う。もう少し穏やかに話しなさい」
 静かな兄の嗜めに、高城は亀の子のように首をすくめた。
「は、はい。すいません・・・」
「叱られてやんの」
 ニヤニヤするマジェスティーを、高城が肘で小突く。
「ジェス」
「善積」
 互いの兄に短く諫められ、同じ顔の二人は同じように上目遣いで謝罪を述べて大人しくなった。
 そんな二人を肴に、兄二人の会話は弟たちの思い出話に花を咲かせることになる。
 同じ顔の弟たちには、少々耳の痛い話ばかりだ。
「とにかく、わんぱくでしてな」
「そうそう、ガキ大将というか」
「人様の柿の木を勝手にもいでくるし・・・」
「水鉄砲で戦争ごっこの末、我が家どころか、近隣の洗濯物まで水浸しに・・・」
「うちもありました! その指揮をしているのが、この子ときている」
「そうなんです!」
「一体何度、隣近所に頭を下げて回ったことか・・・」
「わかります! わかりますとも!」
 もう、勘弁してほしい。
 同じ顔で同じ悪さを重ねてきた二人は、延々続く兄二人の愚痴にも近い歓談を、黙々と鍋をつつくことでやり過ごしたのであった。



「善積、手伝おうか?」
「じゃあ、洗い物するから、拭き上げてくれ」
 お盆にまとめた食器をキッチンに運び、せっせと片付けを始めた高城とマジェスティー。
 マジェスティーはもともと人懐こい質で、朱煌のことがあったから高城に敵愾心を燃やしていただけであり、彼に娘を託すと決意した以上、ライバル心は溶け落ち、いつしか彼をファーストネームで呼んで懐いている。
 高城もそれがまんざらでもないらしく、初めて得た弟の面倒を見るように世話を焼いていた。
 一見すれば、面差しの似た兄と弟のようだ。
 これが本当は同一人物の過去と未来の姿と知っているのはアイフェンだけで、勝利も微笑ましく彼らを眺めている。
「兄さん、アイフェン、まだ呑む? 缶ビールあるけど」
「ああ、頂こうか」
 洗い物の手を休めようとした高城を遮り、アイフェンが腰を上げた。
「いいよ、私が運ぶ。高城、冷蔵庫開けるぞ」
「ああ、助かる」
 勝利に缶ビールとグラスを届けたアイフェンが、キッチンを振り返った。
「そういえば高城、休暇は取れそうなのかね? 最低でも、二週間は滞在願いたいが」
「え?」
「そちらの都合に合わせられないのは申し訳ないが、何しろ招待客は各国要人のお歴々だ。あちらのスケジュール調整を優先させねばならんからね」
「アイフェン、何の話だ?」
 キョトンとしている高城の横で、明後日の方向を見上げて皿を拭くマジェスティーを睨む。
「閣下?」
「いや・・・、何か、言い出しにくくて・・・」
「ここに何をしに来たんです。主目的をそっちのけで、悪さだけして帰るおつもりでしたか」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「では、さっさと仰い。高城、すまんが片付けは後にして、こっちに座ってくれ。閣下も」
 何事かと首を捻りながらも居間にあぐらをかいた高城の前に、マジェスティーも座る。
「ほら、閣下」 
 アイフェンに促され、マジェスティーは咳払いすると、文字通り襟を正して高城に向き直った。
「善積、折り入って頼みがある」
「なんだよ、改まって・・・」
「実は、姫の婚約者として、我が本陣でのお披露目に参加して欲しいんだ」
 高城の顔が見る見る曇る。
 こういう反応をされるだろうとわかっていたから、マジェスティーもなかなか言い出せなかったのである。
「その招待客が、各国要人のお歴々というわけか? やなこった」
「お前の気持ちはわかる。私だって、そういう仰々しいことは好かん。だが、どうか折れて欲しい。これは姫の母親であるレーヌの、たっての願いなんだ」
「レーヌ・・・、ああ、彼女か」
「頼む。彼女は昔から、母親として姫の結婚をとても楽しみにしていてな。姫とお前の結婚話を、彼女が蚊帳の外のまま進めてしまったことに、ひどくお冠なんだ」
「そんなこと、俺の知ったことか」
「それはわかってる。だが・・・、彼女の母親としての功績を汲んでもらいたい。これでも随分妥協させたんだぞ。本当なら、テレビ中継まで入るような、仰々しい披露宴を望んでいたのだから」
「い・や・だ」
 二人のやりとりを黙って眺めていた勝利が、ヒョイと手を伸ばして高城の耳を摘んだ。
「痛い! 兄さん、痛いよ」
「舅殿が頭を下げてるんだ、わがままを言うんじゃない」
「だって・・・」
「そもそも、そういう世界にある姫君と知った上で、求婚したのだろうが」
「そりゃそうだけど・・・痛いです、離してください、わかりましたから・・・」
 この話をするに辺り、偶然にも勝利が同席していたことはマジェスティーの幸運となった。
「しかし、最低でも二週間なんて・・・取れるかな、休暇」
「閣下がデモ首謀者と名乗り出たお陰でお前は現在、冤罪での謹慎処分を受けたという立ち位置にいる。そこを交渉材料にすればよかろう。どうせなら、一ヶ月程、有給申請してしまえ」
「一ヶ月って・・・、まあ、いいか。新婚旅行ということにしてしまえば」
「新婚旅行?」
「朱煌はあまりあちこち出歩く新婚旅行なんて、好まないだろ。実家であるアンタたちのところで俺とのんびり過ごす方が、きっと喜ぶ」
 アイフェンとマジェスティーは顔を見合わせて苦笑いした。
 悔しいがこの男、本当に朱煌という娘をよくわかっている。





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