堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話2

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 ある日、クロスがアイフェンを街に誘った。
 急ごしらえの増築の手直しや、彼の息子たちの部屋も増築したいから、材料を買い出しにいくのを手伝って欲しいと頼まれたのだ。
 もちろん、断る理由もない。
 息子たちの部屋を後回しにして、得体の知れない自分たちの部屋を優先させてくれたのだから。
「私も連れて行け」
 まだ上から目線の言葉遣いが抜け切らないマジェスティーの鼻をつまみ、アイフェンが首を振る。
「お前は留守番してなさい」
「どうしてだ、私は、ここ以外の外界を見て確かめたいんだ」
「確かめるって、何を? 俺が嘘をついてないかってことか?」
 ケロイドで埋もれた目で睨んでやると、マジェスティーは条件反射のようにお尻に手を回した。
「そういうんじゃ・・・」
「じゃあ、何を確かめるっていうんだ」
 怯えたように後ずさるマジェスティーを抱き上げて、クロスはアイフェンに子供にするように顔をしかめた。
 途端に、アイフェンが押し黙る。
「ジェス、お前は今度連れてってやるから、今日は大人しく留守番しててくれ。今日はD・Dのところにも寄るから、帰りが遅くなるんだ」
 マジェスティーは中身が大人でも体は子供で、やはり、成長欲が招く眠気には勝てないらしく、毎晩、8時には寝てしまうのだ。
「わかったよ・・・いってらっしゃい」
「うん、いい子だ。お土産買ってくるからな、楽しみに待ってなさい」
「~~~子供扱いするな!」
 クロスの腕からすり抜けたマジェスティーは、二人に思い切りあかんべをして見せてから、家の中に消えていった。
 何が子供扱いするな、だ。やっていることは、まるきり子供じゃないかと思いつつ、ピックアップトラックの助手席に座る。
 ふと感じた視線に、運転席に顔を向けると、クロスが渋い顔で彼を見ていた。
「な、何?」
「お前、さては何かにつけ、ジェスのお尻をぶってるな」
「そ、それは・・・! あいつが、ちっとも言うことを聞かないからで・・・。あんただって、しょっちゅう引っ叩いてるじゃないか」
「怯えさせてどうする。痛みと恐怖で支配するのと、躾ってのは、根本的に違う。前者は自分の為。後者はその子の為」
「・・・」
「その子の為という、自分の中で仕上がった理想像を描いて罰を与えるなら、それは支配というんだよ」
 言い返せない。
 アイフェンの望みは、自分がこの世界で安寧に暮らしていく為の、マジェスティーの成長だ。
 だから、マジェスティーが反発すれば、憤ってお尻をぶつ。
「俺の言ってることが理解できているようだから、今日のところはお説教だけで勘弁しておいてやる。だが次は・・・わかってるな?」
 コクンと頷いたアイフェンの頭をクシャクシャと撫でて、クロスはエンジンを吹かした。



 木材、ペンキ、大量の釘に窓ガラス。
 トラックの荷台に詰めるだけ買い込んだクロス、鼻歌交じりのご機嫌だった。
 彼の家のガレージに趣味としか言えない様々な工具がぶら下がっているのを見たが、とにかく、大工作業が大好きらしい。
 休暇で家にいる間も、何かしら、せっせと工作しているし。
「さて、次はD・D邸にお伺いするとしようか。買った新車を、見せびらかしたくてしかたないらしいからな」
「・・・なぁ、クロス。あんたがD・Dを心良く思っているようには見えないんだが」
「賢いね。ただ、あいつは同じ貧民層の出でね、徴兵されて以来、きつい新兵訓練や、太平洋戦争を共に戦ってきた、戦友で・・・幼馴染の腐れ縁ってやつでね」
「悪い奴じゃぁないってかい?」
「いいや、ろくでもない奴さ」
 キョトンとしたアイフェンに、クロスは苦笑した。
「太平洋戦争の終戦間近、とある島でね、俺と武勲を共に挙げようと、日本軍の基地に先陣切って乗り込んで、敗色濃厚となったら、たちまち俺を囮にして逃げた。結果、俺は日本軍の捕虜となり、奴は本部に日本軍の状況を事細かに伝え、昇進した」
「それが今でも友人付き合い?」
「奴の本質を見抜いてさえいれば、足元をすくわれないようできるからな」
「それって、友人といえるのか?」
「さあな。俺はそう思っちゃいないんだが、少なくとも、あいつは俺を友人だと思ってる」
 アイフェンはさすがに目を瞬く。
「それで、見捨てられないのか? あんた、本当~~~に、お人好しだなぁ」
「・・・うるせぇ」
 珍しく照れたように、アイフェンの頬を拳で叩く真似をしたクロスは、トラックのエンジンを吹かして言った。
「お前は、あいつの餌食にはなるなよ。D・Dに、深入りするな」



「おお、我が友よ。よくぞ、私の城へ」
 城。というのは大仰にしても、随分な邸宅だ。
「D・Dはとにかく派手好きの新しいもの好きでね。金が手に入りゃ、こうやって贅沢な買い物をする。あるだけ金を使いまくるから、常にジリ貧なのさ」
「何か言ったかね、親友」
 大袈裟な出迎えをヒラヒラ振った手でかわし、クロスはD・D邸の庭に入った。
 それに続いたアイフェンは、D・Dのかわし方をまだよく心得ておらず、熱い抱擁を受ける羽目になる。
「よく来た、子犬一号! そのケロイドで顔が潰れてなきゃ、俺のナンバーワンにしてやるのに、返す返すも惜しい美しき青年よ」
「ありがとう。今、自分の顔がケロイドに潰れたことを、初めて感謝した」
「いい! いいねぇ! やはりお前は一級品の匂いがプンプンするよ。さあ、いざベッドに・・・」
 クロスが腕を引っ張ってくれたので、アイフェンはD・Dの胸から抜け出すことに成功した。
「くだらん悪ふざけはいい。さっさと自慢の新車とやらを拝ませろ」
「つまらん男だね、お前は。まあ、よかろう、チャンスはいくらでもある」
 本来なら母・朱煌生き写しの自分を、美しいだの一級品だのとのたまうD・Dが、正直、嫌いではなくなっている自分に、アイフェンは苦笑した。
「見たまえ! これが庶民には手も届かぬ最新の我が愛車だ!」
 胸を張るD・D越しに見えた、ピカピカの車はキャデラック。
 さすがのクロスも目を見張る。
「すげぇ。格好良いクラッシック・カーだなあ」
 思わず呟いたアイフェンも、やはり男の子だ。
 子供の頃、ワクワクして眺めた旧式の自動車の画像の現物が目の前にあることに、つい、心躍る。
「クラッシック・カー? 失礼なことを言うな、貧乏人の保護犬が。これは今日納品されたばかりのピカピカの新車だぞ」
 気分を害したらしいD・Dに、アイフェンもまずいことを言ったという認識はあったので、素直に詫びる。
「すまない。自動車史に残る名車だと思って、つい」
「ほほぉ! 可愛いことを言うじゃないか」
 抱き寄せられそうになって、素早くかわした。
 つまらなさそうに肩をすくめたD・Dを、クロスが睨む。
「こんな車を買う金が、お前にあるとは思えんのだがね」
「は。貧乏人にはわからんだろうがね、金ってのは、とある場所をチョイとつつけば、溢れ出てくるものなのさ」
「お前、また危ない橋を渡ったな」
「自分に害が及ばないなら、それは、危ない橋とは言わないな。どれ、貧乏人と子犬に、聞かせてやろう」
 自慢げにキャデラックのキーを振り、D・Dは運転席にドカリと腰を据えると、セルを回した。
 甲高いセル音からの、重低音のエンジン音への移行は、クロスやアイフェンが身震いするほど渋味があった。
「では聞きたまえ! この美しき調べを!」
 ギアをニュートラルのままアクセルを吹かすご機嫌なD・D。
 その気分、わからなくもない。
 腹の底に響き渡るようなエンジン音は、確かに、二人の男心をくすぐる。
「・・・ん?」
 その音に、違和感を覚えたのはアイフェンだった。
「・・・D・D」
「ああ?! 何かね?!」
「これ、今日納車と言っていたな?」
「そうとも! 大切に運搬されてきた! 彼は今、初めてご主人様に踏まれて、最高潮に興奮しているところだ!」
「・・・なるほど。D・D、あんた、余程、危ない橋を渡っているとみえるな。エンジン、そのまま吹かし続けろ。死にたくなきゃ、アクセルから、足を離すなよ」
「はぁ? 何を言って・・・」
 突拍子もないことを言い出したアイフェンに、うすら笑いを浮かべて、シートから腰を上げようとしたD・Dを、彼は力任せに押さえ込んだ。
「アクセルから、足を離すな。エンジンに細工されてるぞ。一定の回転数がなくなれば、爆発する」
「はぁ!?」
「いいから、アクセルを踏め」
 気迫。
 アイフェンの放つそれに押され、D・Dは運転席でアクセルを踏み続けた。
「おい、アイフェン?」
 豹変したようなアイフェンに戸惑いつつ、クロスが声をかける。
 その声が聞こえているのかいないのか、アイフェンは車のボンネットを開け、エンジンの中を見回した。
「あった」
 それは単純なダイナマイト。だが、配線が、唸るエンジン中枢に、複雑に絡みついている。
「ダイナマイト!?」
 同じくエンジンを覗いたクロスが息を飲む。
 じっと、そのダイナマイトを観察していたアイフェンが、小さく頷く。
「実に良心的な火薬量だ。D・D、あんたがこの車と一緒に爆死する程度。近隣住民どころか、俺たちも少し離れれば、巻き添えは食わない」
「おい、冗談は大概にしてくれ!」
 悲鳴に近い声を上げたD・Dに、クロスが至って真面目な顔で首を横に振ったことに、彼は愕然とした。
「嘘だろ、おい・・・」
 顔色を失うD・Dに、アイフェンが冷たい視線を投げかけた。
「どうする? これが破裂したところで、死ぬのはあんただけ。俺たちは、このまま立ち去るか? それとも、あんたの最後を看取るか?」
「た・・・、助けてくれ・・・!」
 絞り出すように叫んだD・Dの言葉に、アイフェンはクロスを振り返った。
 クロスが黙って頷く。
 アイフェンは、吐息を漏らしてケロイドの顔を一撫でした。
「今から、爆発物の解除に掛かる。あんたは、とにかくアクセルを踏み続けろ」



 未来から来たアイフェンにとって、複雑に見える配線も、単純明快なものだった。
 粛々と配線処理を済ませていくアイフェンを、クロスは黙って見守る。
「よし、D・D、もう足を離していいぞ」
「ほ、本当だろうな!」
「ああ、俺たちが心配かい? じゃ、念の為、離れておこうか」
「おい!」
「冗談だ。大丈夫だよ。ほら」
 外したダイナマイトを手にして見せると、D・Dはズルズルとシートにへたり込む。
「こ、腰が・・・。足も痺れた・・・」
「のんびりしてる場合じゃないぜ。サプライズを仕掛けたなら、見届け人がいるはずだ」
「え・・・」
 アイフェンの予告通り、D・D邸の門扉は、数台のトラックに寄って破壊された。
 トラックからバラバラと降り立った作業着姿の男たちは、短機関銃を携えている。
「プランAからプランB。迅速だね。逃げる間も与えず、か。クロス!」
 D・Dの愛車の陰に、二人は滑り込み、運転席のD・Dを引きずり下ろす。
 直後の乱射。
「うーん。これだけかぁ」
 手にしていたダイナマイトに目を落としてから車越しに覗くと、襲撃者たちはこちらの応戦がないのは丸腰だと、判断したらしく、じりじりと車に近付いてくる。
「クロス、ライター貸して」
 クロスにライターを手渡されたアイフェンは、ダイナマイトの薬包紙を軽く解いて紙縒り状に細工を始める。
「クロス、敵との距離」
「ああ、およそ10メートル」
「じゃ、3メートルまで近づいたら、車体の下に潜れ。D・Dも、抜かるなよ」
「5メートル」
「いいぞ、もっとだ。もっと来い・・・」
「・・・3メートル!」
「潜れ!」
 アイフェンはこしらえた導火線に火をつけると、ダイナマイトを車内に投げ込み、自分も車体の下に滑り込んだ。
 ドン!・・・と、鈍い破裂音と共に、車のドアやガラスが四方八方に吹き飛ぶ。
 勢いよく飛んできた車体のパーツが、襲撃者たちを襲い、所々で呻き声が上がっている。
 それでも、健在な者がまだ数人。
「お、俺の車ぁーーー!」
 一番大きな悲鳴を上げたのは、D・Dだったが・・・。
「クロス、車体を起こして、防弾壁を広く」
「おう」
 筋骨隆々のクロスにかかれば、車体のほとんどが吹き飛んだボディを持ち上げるなど朝飯前だ。
 再び彼らの防弾壁になった車体を背に、キョロキョロと辺りを見渡したアイフェンは、転がっていたドアを盾代わりに、負傷した襲撃者たちに近付くと、彼らの短機関銃を奪い取り、まずはクロスに、そしてD・Dにと投げ渡した。
そして自分も数丁の短機関銃を肩からぶら下げる。
「クロス、援護を!」
「了解!」
 交差する弾雨の中、アイフェンは味方の車体まで匍匐前進。そして、無事に何丁もの短機関銃を持ち帰ることに成功する。
銃撃戦を繰り広げながら、アイフェンはそっと耳を澄ませた。
狙撃者たちも気付いたようだ。
パトカーのサイレンが、遠くで鳴っている。
おそらく、近所の住民が通報したのだろう。
「畜生!」
 サイレンに最も過敏に反応したのはD・Dだった。
 アイフェンとクロスが、顔を見合わせて肩をすくめる。
 なるほど。彼の渡った危ない橋のゴールには、監獄があるらしい。
「俺はずらかる! お二人さん、後の始末は任せたぜ」 
「バカ! まだ立つな!」
 撤収準備を進めていた襲撃者たちが、一斉にD・Dに銃弾を放った。
「ぎゃあ! か、肩ぁーーー!」
「うるさいな、見りゃわかる」
 アイフェンがD・Dの銃創にハンカチをねじ込むと、彼はその激痛に声もなく失神してしまった。
「クロス、連中は行った?」
「ああ」
「じゃ、俺たちも行こうか。こいつはどうする?」
 ここへ放置していけば、警察が病院に連れて行ってくれるだろう。
「・・・」
「弾が貫通してない。そのままにして逃せば、肩が壊死する。彼には摘出手術が必要だ」
「・・・この辺の病院じゃ、通報されるよな」
「ああ、かつぎ込んだ俺たちも、あらぬ嫌疑をかけられるぜ」
「・・・村まで、連れて帰る」
 気を失ったD・Dを担ぎ上げて、トラックの荷台に押し込んだクロスを眺め、アイフェンは吐息混じりに肩をすくめた。
「ほんと、お人好しだね」



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