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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

Another1~朱雀の章・番外編~

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 そういえば、仕事以外で来日したのは、初めてだ。
「静か」
 先ほどまで歩いていた街中とは、正反対の、静寂。
 マジェスティー・C・アースルーラーは、本当にここが人の住んでいるところなのか、一抹の不安を覚えて、辺りを見渡した。
 器用なまでに密集して建てられた、小さな家々。
 今まで仕事でマジェスティーが訪れた、こういう密集した家屋の住宅地は、常に生活臭溢れる賑わいがあったものだが・・・。
「やっぱり、日本人は大人しいのかな? あ」
 ようやく見つけた中年女性に、ホッと胸を撫で下ろす。
 買い物袋を重そうにぶら下げて、家に入ろうとしていた女性を慌てて呼び止める。
「Excuse me, I’d like to ask you something. Where is this address?」
 顔立ちは完全に日本人のマジェスティーが発した英語に、彼女の顔は見る見る強張り、「No! No!」と断固たる拒否。
 マジェスティーは日本人が英語を苦手としているというのを思い出し、苦笑いして頭を掻いた。
 自分の周囲の日本人は、当たり前に英語を使うので、すっかり失念していた。
「Let me see… 大丈夫、私、日本語、わかります」
 あまり得意ではないが。
 マジェスティーが日本語を解すとわかるやいなや、中年女性の態度は一変。
 実に饒舌に、マシンガンのような早口で、知りたかった住所の場所を教えてくれるものだから、今度は、マジェスティーの方がまごついてしまったのだった。



 そういえば、警官になって以来、こんなにのんびりしたのは初めてだ。
「静か」
 高校を卒業して実家を出るまで、休みの日でもゴロゴロしていると、厳しい兄のお小言を喰らうので、規律正しい生活を送っていたのだから、考えてみれば、こんな自堕落な時間は、人生で初めてということになる。
「独身最後の休暇も、いいもんだ」
 休暇というか、正式な処分が下るまでの謹慎中の身の上なのだが。
 もしかしたら、職を失うかもしれない事態にあっても、高城善積は呑気だった。
 デモを先導し、テレビ中継で演説をぶち、それが招いた結果だが、後悔はない。
 朱煌が救われた。
 それで十分だった。
 独身生活が長かったので朱煌を迎えても苦労はさせないくらいの貯えはあるし、これからどんな職につくこともいとわない。
 やっと朱煌と過ごす事ができるのだ。
 その安堵感が、圧倒的に勝る。
 高城は無精ヒゲの顔を一撫でして、部屋の中を見渡した。
 一人暮らしには程よいが、所帯を持つには手狭だ。
 外出もできないのだから持て余した時間をネットで部屋探しに費やしてみようと思い立ち、ノートパソコンを開いた時、インターホンが鳴った。
 インターホンのモニターに目をやった高城から、顔色が失せる。
「嘘だろ・・・」
 ハッと我に返って、部屋を見回す。
 どう考えても、これはまずい。
 催促するように、もう一度インターホンが鳴らされた。
 ドアを開ける前に、この惨状をなんとかする?
 いや、それは無理だろう。
 ヒゲだって剃らなければならないし、この寝起きそのままのボサボサ頭を整えて、Tシャツにスウェットというゆるゆるの格好から着替えて・・・?
 またインターホン。
 無理だ。無理、無理。
 これはもう居留守しか思いつかない。
 頼むから、このまま立ち去ってくれ・・・。
「善積、いるのはわかっているんだ、開けなさい」
 心臓が飛び上がる。
 これが朱煌だったらベランダの窓から逃走を計るところだが、高城はさすがに40歳を迎えた男。
 観念という言葉を知っていた。
 それでも、足取りは重い。
 恐る恐るドアを開けた高城の上目遣いに、兄の勝利(かつとし)は幼子にするように顔をしかめて見せた。
「善積、なんだ、その腑抜けた姿は」
「ごめん・・・」
「ん?」
「・・・なさい」
 この姿だけでも十分、兄の逆鱗に触れるというのに、背後には謹慎処分以来、散らかし放題の部屋が控えているのだ。
 いや、待て。現在、処分待ちの謹慎処分中だなどと知れたら、久しぶりに兄の大目玉を食らうのは確実。
「上がるぞ」
「は、はい!」
 兄は散らかった部屋を見渡し、大仰にため息をつくと、窓を開け放った。
 その間にも高城の頭の中は、謹慎処分中であることを隠すための言い訳をひねり出そうとしていたのだが・・・。
「謹慎処分中だというから来てみれば、なんだ、この体たらくは」
 ああ、なるほど。大目玉は、すでに確定済みらしい。
「いつ何時、来客があっても、恥ずかしくない出迎えができるように、躾けてきたはずだが?」
「は、はぁ・・・」
「さっさと片付けなさい! 始め!」
 兄の一喝に弾かれるように体が動くのは、もはや条件反射だ。
 仁王立ちの兄に見張られながらの掃除。
 ああ、子供の頃を思い出す。
 夏休み、冬休み、春休み・・・ダラダラと過ごしていると、必ず兄にこうして叱られた。
 散らかった部屋を掃除させられて、その間、兄はこうして高城を見張るように見下ろして、時折、腕時計に目を落とすのだ。
 そう、あんな風に・・・。
 ギクリ。
 まさかとは思うが、兄はあの頃と同じことをしようとしているのではあるかいか?
 当時、腕時計を見るのは、片付けが終わる時間を測る為。
 掃除にかかった時間は、その分、部屋が散らかるまで高城がダラけていた時間。
 よって、掃除に掛かった時間分だけ、お尻に思い知らされた。
 30分なら30回。1時間なら60回。
 いや、いくら何でもそれはないだろうと思いつつも、つい片付けを急いでしまうのは、兄の厳しい躾の成果といえなくもない。
 やっと片付いた部屋に頷き、兄が腰を下ろす。
 そんな彼にお茶を出した高城は、すっかりこざっぱりとした身なりに整っていた。
「座りなさい」
「は、はい。・・・あの、兄さん、どうして・・・?」
「どうして、謹慎中だと知っているかって? あれだけ派手にテレビ中継されて、バレないとでも思っていたのか」
 ごもっとも。
「お前の進退を配属先に問合わせた。だから来た」
「来るなら来ると、連絡くらいくれたって・・・」
「連絡はした」
「え?」
「手紙を出したが?」
 ああ・・・、ただでさえ古風な20歳も年長の兄は、メールや電話とは無縁な人だったことを思い出す。
 そして、おそらく届いていただろう手紙は自堕落の日々の中、他の書簡と共に山積みの中。
 兄は自分の前に正座して、子供の頃のままに項垂れている弟に、ため息をついた。
「お前には厳しくしてきたし、私を怖がっているのもわかってはいるが、私が、何の釈明も聞かずに叱りつけたことが、あったか?」
 つらつら、昔の記憶を辿る。
「いえ・・・ありません」
「なら、何故こういうことになったか、聞かせてもらおう」
 迷う。
 どうしよう。どこまで話す?
 朱煌はこの兄の姪に当たる。
 その姪が、傭兵組織に属した・・・人殺し。
 その彼女と、結婚する自分。
「あの・・・」
 どうしよう。
 あまりに突飛な現実。
 どこまで隠せばいい?
 あんな大掛かりなデモ騒動まで、当然の流れにできる言い訳が、思い浮かばない。
 できれば、反対されたくない。
 できれば、祝福されたい。
 大切な、尊敬する兄。
 だが、反対されても、祝福されなくても、高城の気持ちは揺るがない。
「―――まず、聞いてください。俺には、結婚を決めた女性がいます」
 


 そこからは、もう支離滅裂だったと思う。
 高城は朱煌の全てを兄に話した。
 どうしても、朱煌を幸せにしたい。
 どうしても、朱煌を大切にしたい。
 どうしても、朱煌を迎えたい・・・。
 ただただ、朱煌を愛しているのだと、必死に兄に伝えた。
「・・・瞳子さんの、娘さんが・・・。なるほど。だから、お前はあんな行動を・・・」
 瞳子。朱煌の母親。そして、兄の妻の妹として育った従姉妹。
「認めて欲しい! いえ、認めてもらえなくても、俺は・・・!」
「先走るな」
 いささか興奮気味の弟を、兄は静かに諌めた。
「反対するとは言っていない。私を恐れて言い訳しようとするばかりのお前が、そうまで必死に、正面から説得しようとしているんだ。軽はずみな思いではないことくらい、わかる」
「じゃあ・・・!」
「おめでとう、善。その娘さんを大切にしておやり」
「兄さん・・・!」
「ただし! 大中小たちは、猛反対するぞ。私が命じて承服させても、意味はあるまい」
 大中小とは、大姉、中姉、小姉と高城が呼び分けている姉たちだ。
 末っ子の高城を、とにかく可愛がってくれた姉たちは、かつて弟が惚れた瞳子をいびり倒すくらい、ヘでもない女性たちだった。
「どんなことからでも、俺は朱煌を守る。もう、手放したくないんだ・・・」
 兄が微笑んだ。
 こんなに柔らかく微笑んだ兄を、初めて見たかもしれない。
「よろしい! 謹慎の件は、不問に処そう。・・・が」
「な、何でしょう・・・?」
「自堕落の言い分にはならんな」
 掌に息を吹きかける仕草に、高城はギョッとして後ずさった。
「え、嘘だろ? 勘弁してよ。俺、もう40だよ?」
「40だからだ。22歳も年少のお嬢さんを、面倒見ていくというお前が、あんな自堕落でどうする。その根性、叩き直してくれる」
「違っ! あれはたまたまで・・・、いつもはちゃんと・・・、本当だってば!」
「さっさと尻を出せ」
「兄さん! ホント、勘弁・・・!」
 インターホン。
 これほど美しい調べを、未だかつて聞いたことがない。
「ほ、ほら! 来客だから!」
 この際、新聞の勧誘でも、悪徳業者の営業でも構わない。
 自分の窮地を救ってくれたインターホンの主に感謝しつつ、高城はドアを開けた。
「自宅でも、そんなきちんとした格好でいるのか? 感心だ。これなら、このまま出られるな。来い」
 グイと手を引くインターホンの主に、目を丸くした。
「マ、マジェスティー?!」



 そこからは、あっという間だった。
 タクシーに押し込まれて連れて行かれた警視庁。
 そして、その警視総監室。
 そこで、デモのテレビ中継で演説をぶったのは自分だと、高城と同じ顔を高官達に見せつけるマジェスティー。
 こうまで同じ顔を見せつけられては、二の句が継げない高官たちが、ようやく、高城に質問した。
「何故、あれは自分だと認めたのかね!」
 答えようとした高城を遮って、マジェスティーが微笑を湛えて口を開いた。
「今日、私、ここ、来なかたら、彼、ずっと自分と、言った。どうして? それ、見ず知らずの私、存在を証明する、難しい。彼、認めた、違う。認める、仕方ない」
「では、君は何故やってきた!?」
「私、知らなかった。まさか、私、同じ顔、日本警察に、いた。私のせいで、彼、困る。それ、不本意」
 おい。おいおいおい。
 マジェスティーが、こんなに日本語が不得手だとは思わなかった。
 あのテレビ中継の人物は、もっと流暢に日本語を話していたぞ?
「Anyways! That is me! It’s not him!」
 自分の日本語能力に限界を感じたか、マジェスティーが喚いた。
 これにて高城は無罪放免。
 自分の属する組織の海外への弱腰に、少々呆れ果てるほどだった。
「いいねぇ、その顔。そういう顔が見たかったんだ」
「これは俺の問題で! 俺が! 決めて起こした行動だ! お前に助け舟を出される筋合いはないぞ! て、いうか・・・なんでついてくる!」
 警視庁の帰り道、当たり前のようにくっついてくるマジェスティーに、高城は大仰なため息をついた。
「いいじゃないか、日本で知っているところは、お前のところしかない。今晩、泊めてくれ」
「~~~」
 筋合いはないと言い切りはしたが、実際、元の職場に戻れるようにしてくれた恩はある。
 泊めてやるのは構わないが、バタバタと出てきてしまったのだから、兄はまだいると思う。
 兄には、朱煌の父親である彼を紹介すべきとは思うのだが、これだけ同じ顔というのも混乱をきたしそうだし、そもそも、この男に、兄の前ですっかり弱腰の姿を見られるのは・・・。
「善積、戻ったのか」
 やっぱり帰っていなかった・・・。
 この律儀な兄が、挨拶もなく帰るわけがないとは思っていたが。
「お客人かね? おや、あなたは先ほどの・・・ん? え? ええ?!」
 堅物の兄の動揺も、当然。
 弟と瓜二つの男が、そこに立っているのだから。
 礼儀にうるさい兄も、さすがに唖然と口がきけないでいるようだ。
「? 彼は?」
「俺の兄だよ」
「あ~あ、彼がお前の言ってた、親代わりの口うるさい怖~い鬼兄さんかい」
「わ! 馬鹿! よせ!」
「大丈夫だろ? 日本人は英語が苦手と、今日一日でよくわかった」
 高城が顔を覆い、恐る恐る兄を見る。
「兄の仕事は、通訳士だ」
「ありゃ」
 じっとりと兄にねめつけられて、小さくなって高城は首をすくめた。
 そんな弱腰の高城の様子が面白くてたまらないらしいマジェスティーは、ことさら陽気に勝利に手を差し出した。
「これは大変失礼を。初めまして、私はマジェスティー、ジェスと呼んでください」
「何、それを吹き込んだのは、弟ですからね。初めまして、ジェス。善積の鬼兄、勝利と申します」
 ああ、もう。
 これは叱られる。
 きっちりコッテリ、絞られる・・・。
「で、高城? 彼にはどこまで?」
「・・・全部だ」
「全部?」
「そう、全部」
 マジェスティーは顎を一撫ですると、ポンと高城の肩を叩く。
 その仕草に高城は、自分の本気に対する感謝の念を感じた。
 日本の流儀をマジェスティーは学んきたらしい。勝利の前に流れるような肢体運びで正座して見せた。
 無論、勝利もそれに習う。
「Mr,勝利。私は朱煌の養父です」
「おお、そうでしたか。弟の、舅殿でしたか」
「正式にご挨拶に伺う前にこうしてお会いしたのも、何かのご縁でしょう。そもそも彼と私が瓜二つというのも、深い縁を感じずにはいられません」
「いや、驚きました。まったくもって、良く似ている」
「彼から、色々お聞きになったと・・・」
「はい、正直、面食らうことの多いお話でした」
「私も娘も、血生臭い道を歩んで参りました。ですが、愛する娘が狂気に溺れぬよう、私なりに精一杯、育ててきたつもりです」
「・・・娘さんにお会いする日が、楽しみです」
「ありがとうございます。どうか娘を・・・よろしくお願い致します」
 勝利は何度も、何度も、静かに頷いた。
 高城も危うく目頭が熱くなるところであった。
 この男が朱煌をどれほど慈しみ大切にしてくれていたのか、改めて思い知ったのだから。
 そんな愛娘を、自分に託してくれようとしているのだから・・・。
 この男にさえ出会わなければ、朱煌が人殺しの道を歩むことはなかったという、思いもあった。
 だが、彼に出会っていなければ朱煌は孤独の果て、彼の言う狂気に溺れ、抜け出すことの叶わぬ茨の道を這いずり回っていたかもしれないのだ。
「善積!」
 いきなりの一喝に熱くなっていた目頭も瞬間冷却され、涙を見せずに済んだのだが。
「舅殿を良き手本とし、朱煌さんを幸せにするのだぞ!」
「は、はい! もちろんです!」
 答えてみてから、マジェスティーの悪戯な視線に気付く。
「手本だぞ、手本。忘れるなよ」
 彼は多言語に達者な勝利にも、外国語は英語だけの高城にもわからない言語で言ったのだが、こういう時はどうせからかっているのだろうとわかるのだから、人間、不思議なものだ。
 頭を小突いてやると、マジェスティーが非難がましく呻いたが、ロクなことを言ってないと察したのは勝利も同様らしく、その制裁には無言で天井を仰いで息をついたのだった。



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