堕天朱雀昔話

堕天朱雀昔話1

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 ラ・ヴィアン・ローズも最近は大規模な出動要請もなく、平和な時が流れていた。
 いつものようにマジェスティーの執務室に集う、この部屋の主と、その兄、そしてクロス。
 クロスはすでに自分をご意見番の立ち位置に据えてしまっているので、この兄弟二人の会話を、レーヌお手製のハーブティーを傾けつつ、黙って聞いているだけだが。
 ラ・ヴィアン・ローズの舵取りはマジェスティーに任せていれば良いし、その補佐は兄のアイフェンが過不足なく務めている。
「ジェス、コーヒー」
「ああ、ありがとう。それでな、アイフェン、私はこんな提案はどうかと思うんだが・・・」
 マジェスティーのデスクでコンピューターの画面を覗き込んだり、書類のチェックをしたりしながら話す二人をソファから眺めつつ、クロスはこの静けさを味わうように目をつむった。
「ああ、そうか、そりゃ静かなはずだ。姫さまは、もう日本に経たれたのだったな・・・」
 返す返すも、賑やかな日々だった。
 やんちゃで悪戯な朱煌。泣いたり笑ったり、生意気言ったり、拗ねたり怒ったり。
 そんな朱煌が、高城の元に行くと決めて日本に経ち、数日。
 たった数日であれ、静けさを実感するには、十分な時間だった。
「そうか・・・、もうここには、大人しかいないんだな・・・」
 穏やかな会話を交わす二人を眺め、そう独りごちたクロスは、肩を小刻みに震わせてクスクスと笑ってしまった。
 急に笑い出したクロスに、兄弟はキョトンと彼を見る。
「なんだ、クロス。思い出し笑いなんか」
「ああ、いやね、二人共、立派になったもんだなぁと思ったら、急に、お前たちがが子供の頃を思い出して」
 マジェスティーとアイフェンは、顔を見合わせてから、クロスに拗ねるような非難がましい視線を向けた。



 アイフェンとマジェスティー(すなわち、6歳の子供の姿に戻ってしまった高城)が、クロスに拾われ、彼の家の居候になってから、早十日が過ぎた。
「まーだ飼ってるのか、あの捨て犬兄弟。お前もホントに人がいいな」
 同じ部隊だけに、休暇期間も一緒のD・Dが、キャンキャンと吠え合う兄弟犬、いや、アイフェンとマジェスティー達を眺めつつ、ブランデーを舐めた。
「ホントにお人好しだよ、俺は。こんな招かれざる客に、秘蔵のブランデーを勝手に飲まれても、文句一つ言わないんだからな」
「うんうん。直した方がいいぞ、そういうとこ」
 もちろん、イヤミのつもりだったのに、D・Dには暖簾に腕押し。
 ムキになるのも馬鹿らしいので、彼の傍若無人を甘受する・・・という間柄で、今までやってきたのだった。
「しかしさ、いくら何でも、このままずっと家に置いておく訳にもいくまい? どう考えても、怪しいんだぜ? 身分を証明するものはなし、身内も親族もない天涯孤独の身の上、なんてな」
「わかってる」
「出身地を聞いても、あやふやだって言うじゃないか」
「まあ、な」
「やっぱり、スパイの線が濃厚だと思うけどねぇ」
「だがなぁ、スパイであれば、むしろ一点の曇りもない身分証明を工作してるもんじゃないか?」
「子連れってとこが、怪しいんだよ。偽装家族連れは、スパイの常套手段だ」
 クロスだって、その点は十分に疑っている。
 だからこの十日間、隙なくアイフェンを監視してきたのだ。
「アイフェンは物腰こそ柔らかいが、確かに、何かしらの訓練を帯びた身のこなしである感は否めない」
「ほらみろ」
「だがなぁ、スパイって風じゃないんだよなぁ。どちらかというと、俺たち寄り。軍属の訓練経験を持ってる佇まいなんだ」
「つまり、軍属のスパイってことだろ?」
「いや・・・、何というかこう、諜報活動の訓練は受けてない気がする」
「面倒くせぇなぁ! アイフェンって方、俺によこせよ。俺がみっちり尋問にかけてやるから」
「やらん。お前はあいつに拷問がしたいだけだろ」
「お前も参加させてやるから。きっといい声で啼くぞ、あいつは」
「いらん」
 そこそこ普通の声での会話でも、先程から賑やかに言い争っている二人には、聞こえていそうもないので、クロスも声を落とさずにいたのだが、アイフェンが怒りに任せてマジェスティーの頬を引っ叩き、小さな体が壁に吹き飛んだのを見て、ため息混じりに腰を上げる。
「アイフェン、こんな小さな子を手加減なく引っ叩く奴があるか」
 無言のままクロスを振り返ったアイフェンは、泣きそうにケロイドの顔を歪めている。
「・・・こいつが、あんまり聞き分けがないから・・・」
「だからって、小さな子供と同じ目線で言い争ってどうする。ほら、ジェスに謝りなさい」
 唇を噛んで俯くアイフェンに苦笑しつつ、壁際に倒れているマジェスティーに手を差し出す。
「ほら、ジェス、お前も。兄さんは、お前の病気を治そうと、一生懸命なんだよ。もう少しだけ、兄さんの話をちゃんと聞いて・・・」
「黙れ! 私は病気などではないし、そいつは私の兄などではないと、何度言わせる!」
 勢いよく自分に向けられた子供の拳など、遮るのは容易い。
 握った拳を引っ張って、マジェスティーをひょいと膝に乗せたクロスは、ピシャリピシャリと彼のお尻に平手を振り降りした。
「い! 痛い! やめろ、やめ・・・痛い~~~!」
「そうやって、すぐ人に殴りかかろうとする。何度も注意したろ? きかん坊への罰だ。もうしませんと約束するまで、こうだからな」
「お前だって暴力に訴えてるじゃないか! 痛い! やめ・・! 痛いーーー!」
「子供へのお仕置きは、昔からお尻ぺんぺんと決まってるんだ」
「私は子供ではない! 痛いってば、痛い~~~!」
「そら、きかん坊。言うべきことを言わないなら、ズボンなんかひん剥いて、丸出しのお尻を引っ叩いてもいいんだぞ」
「~~~や、やだ! ごめん!」
「それから?」
「もうしません~~~!」
 ついにベソベソと泣き出したマジェスティーを膝から下ろしてやり、抱き上げて背中を摩る。
「はい、良く言えました、いい子だ。自分たちの部屋で大人しく待ってなさい」
 この休暇中に手作りで増築した彼ら兄弟に部屋に、マジェスティーを送り届けたクロスは、リビングに戻ると、俯いたままのアイフェンの前に、椅子を引きずってきてドカリと腰を下ろした。
「今、俺がジェスに言っていたことを、聞いていたな」
「え・・・」
「無分別にあんな小さな弟を殴りつけたお前にも、同様の罰を与える。当然だな?」
「~~~」
 アイフェンはまごついて後ずさりしたが、この場にいるのがD・Dだけでは、救いにならないことを察したらしい。
 項垂れて、ケロイドに埋もれた上目遣いを、クロスに向けた。
「自分から来られないなら、反省の色なしと見做し、最初からお尻を丸出しにするだけだが?」
 アイフェンは観念した。したが、やはり、気にかかるのは、ニヤニヤと事の成り行きを眺めているD・Dの視線。
「D・D、もう帰れ」
 アイフェンの顔色を察したクロスが言った。
「ケチケチすんな。せっかくのショータイムを。言ったろ、こいつはきっと俺好みの泣き声を・・・」
「帰れ。見世物じゃない」
 長年の腐れ縁で、クロスの本気の声色くらい判別できるD・Dは、つまらなさそうに肩をすくめて出て行った。
「さて、アイフェン?」
 観念はしていても、やはり、足取りの重いアイフェンであった。



 痛い。というより、何より恥ずかしい。
 身長は6フィートを軽く超え、恰幅の良いクロスの膝に腹ばいにされると、アイフェンは小学生くらいにしか見えない上、クロスが本当に子供にするような力加減でしか叩かないものだから、痛みに訳もわからず喚くこともできないのだ。
「痛いっ、い、痛い・・・!」
「この十日間、何度言った? 小さな弟に、感情に任せて怒るな」
「わかってる! でも・・・痛い!」
 頭ではわかっているのだが、感情が追いつかないのだ。
 マジェスティーは、つい十日前まで感情のまま怒りをぶつけても良い自分の父親であり、母を守りきれなかったという、憎悪の対照だった。
「わかってるんだよ! でも! ・・・仕方ないだろ!  痛い!」
「何が仕方ない?」
 理由は言えない。
 アイフェンは唇を噛み締めるしかなかった。
「今は言えない!」
「そうかね、わかった」
 クロスの平手が止まったので、ホッと胸をなで下ろしたアイフェンは、その手がズボンのベルトに掛かったことに、ビクリと体を竦めた。
「やめ・・・! 勘弁!」
 スルリとズボンごとパンツをずらされて、丸出しになったお尻を、思わず手で庇う。
 その手はアッサリと弾かれ、すでに赤く染まったお尻にグローブのようなクロスの手があてがわれる。
「今は言えない。それでも良かろう。俺がさっきから言っているのは、あんな子供に感情に任せた手を上げるなということだということだ」
「だから・・・!」
「お前の言えない理由がそれにもあるとして、それが目の前の小さなジェスに感情任せの手を上げていい理由になるのか」
「それは・・・!」
 理由にはならない。
 わかっている。
 今、自分の目の前にいるのは、どんな記憶を携えていようと、小さな6歳の男の子だ。
 18歳の自分が、怒りに任せて怒鳴ったり殴ったりする相手ではない。
「~~~痛い!!」
 クロスの放つ平手は、相変わらずきつくはない。
 だが、手首のスナップを効かせた軽妙な平手打ちは、素肌のお尻に平たいゴムの鞭を受けているようだった。
「痛い! わかった! もう、わかった!」
「わからんな。何がわかったのやら」
「わかったってば! もうしない! もうしません!」
「何を?」
「~~~マジェスティーに、感情的に当たらない! あいつが小さな子供だと、認識する! 約束する! します! 冷静に対応するから・・・痛い!」
 言うべきことは言ったはずだ。
 それなのに止まない平手に、困惑。
「お前たちに色々あるのはわかってる。それを踏まえた上で、俺はここにお前たちを置いてる。それがわからんか?」
 次の平手は、今までになくきつかった。
 思わず悲鳴を上げたアイフェンは、自分が涙目になっていることに気がつき、クロスから顔を背けた。
 心細かった。
 ずっと。
 自分があるべきでない、こんな過去の世界に飛ばされて、随行者は子供になってしまった、敵方の父だけ。
 こんな訳のわからない状況で、ずっと不安しかなくて、父への憎しみより、苛立ちに翻弄された十日間。
 たった十日。
 だが、アイフェンの心が折れるには、十分な時間だった。
「・・・俺たちは・・・身元もわからない、怪しまれて当然の人間なんだぜ?」
「ああ、そうだな。怪しいこと、この上ない。D・Dも、お前は他国のスパイじゃないかと言ってる」
「・・・スパイ、なんかじゃ、ない、そんな余裕、俺には、ない」
「そうだな。この十日、見ていて感じたよ」
「でも、怪しいことに変わりない」
「うん、そうだな」
 膝から下ろされて、アイフェンはとりあえず理性に従って、ズボンを引き上げた。
「・・・それなのに。こんな俺たちに、協力してくれようって言うのか・・・?」
 黙って自分を見つめているクロスを見返すと、彼が静かに微笑んでいる。
「~~~クロス」
「うん?」
「お願いだ。俺に、協力してくれ。俺たち二人が、この世界でちゃんと生きていけるように・・・」
「もちろん。だから、叱ったんだ」
 ケロイドに埋もれた目から、ついに涙が溢れて止まらなくなった。
 心細げにむせび泣くアイフェンを抱きしめて、クロスはただ黙って彼の背中を擦り続けていた。



 増築された自分たちの部屋に入ると、意外にも大人しく、ベッドの上で膝を抱えたマジェスティーが、待っていた。
「・・・マジェスティー」
「大丈夫か?」
「え?」
「こんな安普請だ。聞こえてくるさ」
 つい、頬が紅潮する。
「お互い様だろう」
「うるさい」
 ぷいとそっぽを向いたマジェスティーは、外見は6歳でも中身は本来60代の立派な大人だ。
 お仕置きそのものはアイフェンの方がきつく据えられたが、恥ずかしかったのは恐らく彼の方に違いない。
 つい失笑しつつ、ベッドの脇に膝をつく。
「うんと叱られたよ。すまなかった。あんなにきつく引っ叩いたりして」
 相手は小さな子供なのだと自分に言い聞かせ、そっとマジェスティーの頬に手を添える。
「息子に、そんな謝られ方をする謂れはない」
「マジェスティー・・・、聞いてくれ」
 自分もベッドに腰を下ろすと、彼の体を抱き寄せる。
「な・・・! やめ! やめんか!」
「聞いて」
 ベッドサイドにあった鏡を、彼の眼前に差し出す。
「またそれか! 一体、どういうからくりかは知らんが・・・!」
「からくりじゃない。目の前の事実を、受け止めて欲しい」
「まだ言うか! 余は連合軍総統にて、お前の父親だぞ!」
「見て」
 鏡に映る姿には、やはり動揺を隠しきれないマジェスティー。
「ここは、西暦1956年、アメリカ南部。お前は、6歳」
「だから! そんな戯言・・・!」
「鏡の前の現実と、この家を取り囲む環境を見て、どう思う?」
「~~~それは・・・!」
 自分は地球を二分した戦いの連合軍総指揮官。
 もはや名ばかりの連合国の中、圧倒的な力でそれらを統治する、皇帝と称された男。
 そんな彼が知っている地球は、放射能汚染にまみれ、オゾン層が破壊されて降り注ぐ紫外線も相俟って、防護服を着用せねば、とても外には出られない場所。
 それなのに、ここの住民たちは、平然と衣服のみで外気に接している。
 この十日間で、マジェスティーも幾度となく、やわらかな太陽を浴びた。
 一面の緑は眩しいくらい美しく、家主のクロスが畑から採ってくる野菜は、何の科学的除去作業も施していないのに、染み渡るように美味い。
「だって・・・そんな・・・」
「マジェスティー・クレール・アースルーラー。この呼び名は、お前の敬称などじゃない。お前の名前だ」
「だか、余は・・・愛する妻が炎の中であんなにもがき苦しんで、殺されたのを、知っている・・・!」
「・・・安心おし。全部、夢だ」
 苦笑。
 夢であって欲しいと、何よりそう願っている自分がいる。
「けど、お前がいる! そんなケロイドで顔を隠していても、わかるんだぞ! お前は、余と朱煌の、かけがえのない息子だ・・・! ずっとこの手に掻き抱くことを夢見た、愛して止まない息子なんだぞ・・・!」
 マジェスティーの頬を両手で包み、じっと見つめる。
 母が焼き殺されて、狂気に取り憑かれた高城善積。
 連合軍に寝返り、幼かった自分を置き去りにし、ラ・ヴィアン・ローズを憎み、同盟軍最大の敵となったマジェスティー・C・アースルーラー。
 ずっと憎くて仕方なかったのに、今、彼はかけがえのない息子と言った。
 旗艦の大きなスクリーンの向こう側で、泣き叫びながら焼け死んでいく母・朱煌の姿に、震えながらこの父の手を取ったのに、振り払われた心の傷。
 愛してくれた母は死に、愛してくれていたと思っていた父に放逐され、アイフェンはずっと、癒えない傷を抱えて戦ってきたのに。
 今、この父は、自分をかけがえのない息子と言った。
 愛して止まない息子と言った。
 いっそ、憎しみだけで動けたら、冷酷なまでに、洗脳作業を推し進められたのに。
「信じてくれ・・・。お前は、私の、大切な、弟なんだ・・・」
 嘘を教え込むのは同じ。
 だが、少なくとも、アイフェンの心から、「作業」の文字は消えていた。
 二度と帰れないかもしれない状況下、この過去の世界で、彼を、血を分けた家族として、受け止めようと思えたのだ。
 この十日間、ここで生活する為に不適合な言動を繰り返すマジェスティーに苛立ち、声を張り上げ、言い返されては怒髪天を突き、繰り返してきた口論。
 クロスに子供にするように諭され、ようやく冷静に言葉を紡げた。
 抱きしめられて、アイフェンの震える肢体を感じ取ったマジェスティーが、心配そうに彼を見上げた。
「朱雀?」
「アイフェンだ」
「凰・・・」
「アイフェン」
「・・・お前がそう呼ばれたいなら、それでいいが・・・、なあ、大丈夫か? お尻、痛いのか?」
 ―――失笑。
「バカ。愛してるよ、ジェス・・・」



 これでめでたしとなるなら、苦労はいらない。
 何しろ相手は子供の体をしていても父であり、彼の中に息づく記憶を、夢だ妄想だと、信じ込ませねばならないのだ。
 冷静に、静かに、諭すように言い聞かせる。
 クロスに学んだこの方法は、確かに有効であったが、アイフェンの忍耐も相当量が必要だった。
 何しろ、彼だって、まだたったの18歳なのだから。
「ジェス! いい加減、その口をつぐめ!」
「無礼な! 口をつぐめとはなんだ! そもそも、お前の口の利き方がなっておらんのだ!」
「だからぁ~~~!」
 二人を黙らせるのは、いつだってクロスの咳払いだった。



「~~~」
 赤面を隠すように打ち合わせを続ける二人に構わず、クロスの思い出話は続く。



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