SEED

SEED7~最終話~

 ←SEED6 →SEEDのこと。



 ブリジットは不貞腐れて、アパートの玄関をみつめていた。
 何度チャイムを鳴らしても、応答がないのだ。
 クラウンが在宅していることは、窓辺に見えた姿で知っている。
 もう一度鳴らす。
 やはり応答がない。
「・・・・・・」
 連打。
「ブリジ~ット、やめなさい」
 ドア越しに、呆れたようなクラウンの声がした。
「開けてよ」
「だ~め。お家にお帰り」
「なんで!?」
「・・・アマンダかキングに聞きなさい」
「聞いたわ」
「そうか。じゃあ、そういうことだ」
 ドアの向こうのクラウンの気配が遠ざかっていくのがわかって、再度のチャイム連打。
深いため息が聞こえた。
「そんな挑発には乗ってやれないぞ。今は俺に関わるな」
 クラウンは部屋に戻っていった。
 今度は連打でも反応なし。
「・・・クラウンのばか」
 それなら、こうするまでだ。
 こうなることを予想して、持ってきた仕事道具のピッキングツール。
「・・・あら?」
 以前までマンション同様に古い鍵だったのに、いつの間にかピッキング対策万全の鍵に取り換えられているではないか。
 ブリジットの行動など、クラウンにはお見通しだった。
「あー、そう。わかったわよ」
 ――――ドン!
 鈍い音と共に、ゴトリと向う側に落ちたドアノブ。
 鍵そのものが存在しなくなったドアを蹴破ると、ドアノブを拾い上げたクラウンが、げんなりと額を押さえて立っていた。
「お前なぁ・・・」
 ブリジットを部屋に引き入れアパートの廊下を確認したクラウンは、ホッと胸を撫で下ろし、したり顔で銃を懐にしまう彼女を睨んだ。
「・・・ちゃんと後先考えて、行動してるか?」
「してるわよ。こうすれば、嫌でも入れざるを得ないってね」
「・・・その後は?」
「え? ・・・あ」
「この短気娘。その後を教えてやる、来い」
「いい! いい! 思い出したから、もういい~~~!」
 首根っこを掴まれてリビングのソファに引きずっていかれたブリジットは、クラウンが座るのと同時に膝の上に腹這いにされてしまった。
 というか、どう考えたってこうなるだろうに、ブリジットの短気にはクラウンも頭が痛い。
「いやーーーん!」
 膝の上で暴れるブリジットの腰を押さえつけ、何度もジーンズ越しのお尻に平手を振り下ろす。
「あーーーん! 痛いってば、痛いー!」
「その短気でいつか身を滅ぼすぞ! それに! 簡単に街中で銃を使うなと、前も叱っただろう!」
 初めてキングから二人の父親候補を知らされた、あの屋上でのことだ。
「今度はちゃんとサイレンサーついてたもの~! あん! 痛いー!」
「そういう問題か! 他の住人に見られて通報されたらどうする気だ! 警察に捕まるようなことがあれば、お前がシードである素性が割れる可能性だってあるんだぞ」
「わかってるわよぉ・・・。あん! 痛い痛い痛い!」
「痛いじゃない、ごめんなさいだろ。まだまだ躾けが足りないな、困った子だ、まったく・・・。いいか、自分の置かれる立場を明確に理解するのだって・・・」
「生き残ることを最優先に通じる、でしょ。聞き飽きたわよ!」
「なんだと?」
 ピクリと眉を震わせたクラウンがジーンズをめくるべく手をかけた瞬間、ブリジットが彼の膝から飛びのいた。
「こら」
 ブリジットはクラウンを睨み、リビングのテーブルの上にあった大きなキャリーバックに目を落とした。
 クラウンがここから出て行こうとしているのだと思うと、不意に涙があふれ出す。
「こんなもの・・・」
 ブリジットはキャリーバックに詰められていた荷物を、手当たり次第に床に投げつけた。
「ブリジ~ット、やめなさい」
「いやよ! こんなもの! こんなもの!」
 畳んだ衣類は皺くちゃになって床に散乱し、踏みつけられ、床に叩きつけたキャリーバックで床板はへこむ。
 泣きながら暴れるブリジットを、クラウンはただ静かに見つめていた。
 やがて、肩で息をついて俯いていたブリジットが、クラウンを見た。
「いつもいつも、躾けるだのお仕置きだの、偉そうなこと言っておいてさ・・・」
「・・・うん」
「まだまだなんでしょ、私・・・」
「・・・うん」
「じゃあ、なんで途中で放り出すのよ! そんなの子供を見放す無責任な親と一緒じゃない! 最低!!」
「・・・・・・」
「だったら、最初から手を出さないでよ。中途半端男! 無責任男! 偉そうなことだけ言ってればいいと思ってる、ただのいばりんぼ! 中身空っぽ男!」
「そろそろいいかな?」
 黙って聞いているつもりだったが、悪態はまだまだ生産可能らしいので、さすがに遮る。
「それ、次の仕事先に持ってく荷物なんだが・・・」
「・・・え」
 そういえば・・・タキシードやウイッグにつけ髭など、姿を消すのに似つかわしくない物が多いような・・・。
「冷静に中身を見れば、わかると思うな」
「あ・・・えっと、その・・・」
 髪を掻きまわしたクラウンは、大仰なため息をついてひどい有様の床を眺めた。
「俺がここを出ていく荷物をまとめているとでも、勘違いしたわけだ」
「そ、う、かな? あはは」
 じっとりと見つめられて、しばしの沈黙。
「この際だから、聞きたいんだが」
「な、なぁに?」
「これだけ熱烈にお引き留めくださるお嬢様が、どうしてトレーナー拒否をした。俺、かなり傷ついたんだがな」
 自分の拒否を傷ついたなどと言われると、なんだか照れる・・・。
「だって、あの時はまだ何も知らなかったから・・・」
「あの時?」
「トレーニングから帰る時、玄関であんたがキングと話してた、こと・・・」
 記憶の糸を辿っていたクラウンは、そこに思い至り、苦笑して顔を撫でた。
「盗み聞きしてたのか」
「盗み聞きじゃないわよ! 聞こえちゃったんだもの」
「まあいい。つまりお前は、俺が言った、俺の子じゃないことを祈るって言葉に、短気を起こしたわけだ」
「短気じゃないわよ! 腹立てて当たり前じゃない、そんな言われ方! 事情だって、何にも知らなかったんだし・・・」
「まあな。けど、拒否にしたって、大人のやり方ってもんがあるだろ。父親に電話させて、ハイおしまい。こっちの気持ちも考えろよ。口もききたくないくらい嫌われたのかと、悩んだんだぞ。大体お前は・・・」
・・・なんだろう。
 お説教されているはずなのに、なんだか嬉しい。
 この男が自分のことで傷ついたり悩んだり、心動かされていたという事実に、ついつい口元に笑みがこぼれてしまう。
「こ~ら、何笑ってる。聞いてるのか」
「うん、聞いてる」
「まったく。短気でそそっかしいシードなんて、聞いたことないぜ。慌てんぼ娘」
 はにかんだ笑顔で舌を出したブリジットに、クラウンも苦笑気味に肩をすくめた。
「出て、行かないのね?」
「ああ、ここが俺の家だからな」
「じゃあ、関わるなっていうのは?」
「またそそっかしい勘違いか。俺はちゃんと、「今は関わるな」と言ったはずだぜ」
 そういえば、そうだったような・・・。
「事の決着がつくまでだ。現実から逃げてばかりいても、始まらんしな・・・」
 天井を仰いだクラウンは、今までのことを振り返るように目をつむった。
「決着って? どうするの? 何するの?」
 興味津々でクラウンの足元に跪き覗き込んでくるブリジットの髪を、クシャクシャと掻きまわした彼はナイショのゼスチャーをして見せた。
 頬を膨らませたブリジットは、クラウンの膝を叩く。
「私が本当にアンタの娘なら、私だって当事者なんでしょ! 教えてよ!」
「それだな。まず、そこをハッキリさせないと」
「え?」
「明日、DNA鑑定に行こう。その結果次第で、動き方も変わってくる」
 ドキッとした。
 本当の父親が、二人の内のどちらなのかが判明する。
 以前は二人がただ怖くて知りたくなかったが、今は、どっちが父親なのか知りたい反面、どちらかが他人であることを知るのが、怖くなっていた。
 ――――どっちが父親ならいいと思う?
 この父親問題の発端を作った張本人のアマンダに、実に気軽に質問されて、考えたことがある。
 どちらかと言えば・・・クラウン。
 アイザックは父親というより、なんというか、むしろそういう存在でいて欲しくない気がして。
ツンと頬をつつかれて、我に返る。
「ここにいるついでだし、自分で乗るか?」
「? 何に?」
「決まってるだろう」
 ポンポンと膝を叩いたクラウンに、ハッとする。
 すっかり忘れていた。
 しかも、こんな敵陣深くまでやってきてしまうとは。
 軽々と下からすくわれるように膝に乗せられて、ブリジットは悲鳴を上げた。
「さて。ジーンズを下ろすとこからだったな」
「い、いやーーーん!」
 今度は逃げられないように左手でがっちりと腰を押さえられ、あっという間に下着まで捲くられて、短気は損気ということをたっぷりとお尻に叩きこまれたのだった。



 キング邸に、主夫妻と娘、そこにクラウンとアイザックが一堂に会したのは、これが初めてだった。
 キングが持ってきた封書が、彼らの座る応接セットのテーブルに置かれる。
「私が開ければいいかね?」
 キングがクラウンに言うと、彼は肩をすくめて応に意を示した。
 本来ならアマンダが一番はしゃぎそうな場面だが、娘が厄介事に巻き込まれるかもしれない今となっては、神妙な面持ちだ。
 書面を黙って読んでいたキングは、彼らを見渡す。
「――――ブリジットの父親は、クラウンだ」
 反応は様々だった。
 アマンダはビクッと体をすくめた。
 キングは彼女を気遣い抱き寄せた。
 クラウンは黙って宙を仰ぐ。
 ブリジットとアイザックは、ほぼ同時に「良かった」と呟いた。そして、お互いの同時発声に気付いて、顔を見合わせる。
「何よ、良かったって。失礼ね」
「ん? だって、赤の他人じゃなきゃ困ることあるもん。ブリジットこそ、良かったね~。クラウンがお父さんで、嬉しいんだ」
「そういう意味じゃないわよ」
 そういう意味じゃないのか・・・と、クラウンは少し傷つく。
「私だって・・・アンタと赤の他人じゃなきゃ困ること、ある」
 ブリジットとアイザックが互いに視線を送って、そっと顔を背けた。
「ちょ。ちょっと待て、お前達・・・」
 そんな彼らの空気をいち早く察知したのは、キングだった。
「そうだ、さっきから聞いてると、それじゃあまるで・・・」
 参戦したのは、ある意味新米パパのクラウンだ。
「許さん! 許さんぞ! 絶対!」
「そうとも! アイザックの女戦歴にお前を加えるような真似はさせられん!」
 父親二人の猛攻に、ブリジットは不貞腐れてそっぽを向いた。
「そんなのダディ達に関係ないでしょ」
「大声出して、大人気ないぜ、二人とも」
 ――――バン! と、テーブルを叩いたのはアマンダだった。
「真面目にやって」
 今まで一番真面目じゃなかったアマンダに、そんなことを言われると思っていなかった一同は、各々頭を掻いてソファに腰を落ち着けた。
「どうする気なの、クラウン。刺客が来るたびに対応してたんじゃ、埒が明かないわよ」
「ああ、だから、アメティオス王国に行く」
 全員が驚きの声を上げた。
 中でも、一度死のうとしたクラウンを知っているアイザックなど、今にも殴りかかってきそうな勢いで睨んでいる。
「別に首を差し出そうってんじゃない。それじゃあ、娘のブリジットに類が及ぶ」
 さらりと「娘」と言われて、ブリジットはなんだか気恥しくなってしまった。
「近衛長が、俺が誘拐された時に言っていた。誘拐してくれたから、暗殺の絶好の機会が巡ってきた、とな」
「あ・・・」
 納得したように声を漏らしたのは3人だけ。
 ブリジットには、それがどういうことなのか、よくわからなかった。
 彼女に袖を引っ張られたアイザックが、肩をすくめて顔を覗き込んだ。
「シードであるお前が、一国の要人を暗殺するなら、どんな場所を選ぶ?」
「それは・・・ターゲットのテリトリー外。でも、クラウンのテリトリーは、広域だわ」
「いいや、クラウンのテリトリーは、この場合、アメティオス王国だ」
 改めてクラウンが説明した。
 アメティオス王国の王太子ファーレン・ホルトは、国民からすれば、次期王という大事な存在である。
 彼の帰還はすぐに、内外のトップニュースとなるであろう。
 クラウンを始末したいのは、お家騒動の当事者たちだけなのだから。
 刺客が彼を効率よく狙えるのは、アメティオス王国外でのこと。
 国内であれば体面上、王太子は国の要人として扱うしかなく、処断しようにも理由がない。
 下手に継承権争いの末の暗殺とメディアに知れれば、外貨獲得に大きな割合を置いている海外観光者の減少すら危ぶまれる。
 国営を安定させるつもりの暗殺が、返って国の経済危機を招いては、本末転倒。
「それはわかるけど、クラウン。それじゃ、あなた、ずっとアメティオス王国を出られなくてよ。まさか、国王様に納まるつもり?」
 あまり妙案とは思えないとばかりに、アマンダが口を開いた。
「ああ、王位を継承する。これが、生き残ることを最優先の結論だ」
 今度こそ、ブリジット、アイザック、キング、アマンダは全員一致で奇声じみた声を上げ、一斉に立ち上がったのだった。



 クラウンとてこの二十数年、ただ自分の運命から逃げ惑っていたわけではない。
 アマンダが知っていたように、アメティオス王国の新聞全紙を取り寄せて、海外発信のメディアもチェックし、内政外政共に常に把握してきた。
 国内総生産、経済情勢、国庫、国債、株価の変動、失業率、福利厚生、歴史、ありとあらゆることを、頭に叩き込んできたのだ。
 摂政である叔父は、おおむね善政をしいていると思う。
 であるからこそ、クラウンが辿りついた答えが、王位の継承だった。
 そもそも彼らがクラウンの存在を懸念材料としているのは、彼が今はなき将軍家の求心力となり、残党派閥が台頭するのを恐れてのことだ。
 権力闘争に対峙するためにも、力がいる。
 この力を動かすには、まだ幼すぎた少年の頃。
 今になって、にわかに動き始めた運命を、今度は自分で左右する。
「しかし、あんな顔しなくてもいいじゃないか、誰もかれも。そんなに俺には王の風格ってもんがないかね」
 素っ頓狂な声を上げて自分を見た彼らの表情を思い出し、クラウンは苦笑した。
「ちゃんと聞いてただろうな、俺の指示」
 あれだけ呆然とされた中で話したことが、少々不安になってくる。
 指示とはブリジットのことだ。
 アメティオス国外にいては危険が増すのは、娘であるブリジット、即ちプリンセスにも同じこと。
 彼女のことが刺客に露見し人質にでもとられたら、クラウンは大人しく殺されてやるほかなくなってしまう。
 そもそもあのじゃじゃ馬姫が、刺客相手に楚々と逃げ回ってくれようはずもなく、我が身の危険など顧みず、正面切って挑んでいくのは、容易く想像できる。
 そんな状況を生まない為にも、ブリジットにアメティオス王国に来てもらう。
 もちろん、両親の庇護下の元で。
でないと心配で仕方ない。
 アイザックにも使命を与えないと拗ねそうだったので、ファーレン・ホルトとして、自分の護衛を依頼した。
 互いを護衛し、互いを殺す依頼は、受けないのがシードの暗黙のルールだ。
シード同士としてこれは少々ずるい禁じ手かもしれないが、生き残る最善の策の為であるから、クラウンは敢えて行使する。
 クラウンが歩くアメティオス王国市街の道を、観光客や市民に紛れて着かず離れずついてくるアイザックを確認し、再び前を見る。
 クラウンの周囲の人々が、徐々にざわめいて彼を見る。
 それはそうだろう。
 彼の顔は街のそこかしこに飾られている前国王の肖像画や銅像に、とても似ているのだから。
「陛下・・・、国王陛下だ・・・」
 口々に漏れだした声がやがて大きな歓呼に変わるのを、観光客が目を丸くして眺めていた。
「国王陛下万歳!」
 そんな大合唱を引き連れて歩き続けたクラウンの前に、教会から司祭が飛び出してきた。
「やあ、久しいね、司祭」
「陛下・・・、いえ、いえ、ファーレン・ホルト王太子殿下!!」
 彼の説法を聞くのが嫌で逃げ回っていた子供の頃を懐かしく思い出しながら、司祭が跪く手を取った。
「案内を頼む。あの内戦で亡くなった人々の、碑の元へ」
「ああ、なんと恐れ多いこと・・・。どうぞ・・・どうぞこちらに」
 司祭に案内され、慰霊碑の前に立った。
 ずっと、色々考えていた、「もしも」。
 もしも、あの頃自分がもっと大きかったら。
 もしも、自分がもっと発言力を持っていれば。
 だが、彼らが死んでいったのは、紛れもない事実・
 クラウンは石碑の前に跪き、深々と頭を垂れた。
 内乱で逃げ惑った幼き頃、死んでいった彼らに助けられるように、今、生きている。
 腹を減らして彷徨うクラウンを呼び寄せて、食べ物をくれた老婦人がいた。
 ひもじい思いで、物を食う家族を眺めていたら、空き缶を投げつけられて「それでも食ってろ!」と野犬のように追い払われたが、あの状況では空き缶にへばりついたカスひとつでも重要で、手近に転がる瓦礫ではなく、敢えてそれを投げつけてきた男の気持ちが、今ならわかる。
 クラウンが死体からもぎ取って貪った食糧は、誰もが命がけで家族に届けようとしていたもの。
「泣くんじゃないよ・・・。泣かなくていいから・・・たんとお食べ。そして、生き残って・・・」
 死ぬ間際に、優しく頭を撫でてくれた女性。
「私は・・・生き残りました。あなた方が食べさせてくれた物で、空腹をしのぎ、生き残って、今、ここにいます。ありがとうございます。ありがとうございます・・・!」
 内戦の中を死に物狂いで逃げ惑った数ヶ月。
 そんな日々を思い起こし、クラウンはただただ石碑の前に額をこすりつけていた。
 シンと静まりかえっていた市民を掻きわけるように、王宮からの使者がやってきた。
 クラウンは石碑に一礼し、使者に国王然と胸を張った。
「出迎え、大義である・・・!」



 昔とほとんど変わらない王宮の中を、クラウンはさすがに感慨深く歩いていた。
 もう二度と戻れない場所だと、ずっと思っていたから。
 国王という地位の意味もまだわからなかった幼い頃、国王はクラウンにとって祖父でしかなく、よくここで遊びに付き合わせて、侍従達をヒヤヒヤさせたのを思い出す。
「久しぶりですね、叔父上」
 病床に伏した公爵が、やってきたクラウンを見てベッドを下りようとしたのを遮る。
「どうぞ、そのままで」
「恐れ多きことながら、王太子殿下の御心のままに。大きく・・・、いえ、ご立派になられましたな」
「叔父上はお加減いかがですか」
「恐れ入ります。お陰さまで、殿下のご尊顔を拝し奉り、体調もすぐれ、気分も軽ろうございます」
「叔父上、お願いなのですが・・・昔のままに、お話してくださいませんか? 私は、その方が嬉しいのです」
 まだ王太子の即位する前。父も母も生きていて、叔父にもよく遊んでもらった、あの頃。
「・・・ファーレン・ホルト、本当に、大きくなって・・・。長きにわたり、辛い思いをさせたね」
 国王も、この叔父も、立場があった。
 感情でクラウンを追い込んだわけではないことも、今ならわかっている。
 巻き込まれて死んでいった人々のことを思えば、頭をもたげる負の感情がないとは言えないけれど。
 そう伝えると、叔父の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「あの内戦終結後、将軍家の一族はことごとく処断され、長たるお前のもう一人のおじい様も、長の幽閉の後、つい先日亡くなられた」
「ええ、知っています。一応、アメティオス王国の情勢はすべて、学んできましたから」
「そうか。あの勉強嫌いのわがまま王子も、そんなに成長したか」
 クラウンは頭を掻いて苦笑した。
「そんなお前が国王に即位すれば、私も安心して死に逝ける・・・」
「いいえ。叔父上には、もっと働いていただかねばなりません」
「はは、この病んだ老体に、何をせよと?」
「憲法を制定し、議会を起こします。内閣を発足させ、君主に絶対的発言権のある国政を、譲位します」
「・・・立憲君主国を目指すというのかね」
「はい、叔父上は賛同なさるはず。何故なら、この二十数年間、あなたがしいてこられた善政は、その思想が母体となっておられた。それを、完全な公のものとし、この国に浸透させます」
「貴族や教会が何と言うかな・・・」
「もちろん時間がかかるでしょう。叔父上にも、叔父上の意向を心得るご子息にも、うんと働いてもらわなくてはね」
「ふふ、人使いの荒い、とんだ暴君だな」
「ええ、そうですよ。私は、憲法に王位継承の方法を見直すつもりです。国王即位は、継承権第一位のみにあらず・・・と」
「何だって?」
「即位し、この国に立憲君主制の枠組みができれば、私はあなたの御子息に王位を譲り、退位します」
「そんな志半ばで・・・」
「あなたが本来したかったことに、絶対的権限をもっての後押しをしにきただけです。それに・・・」
 少し悪戯っぽく浮かべた笑みは、子供時代のクラウンを彷彿とさせて、叔父は苦笑した。
 彼はこう言ったのだ。
 これまであなた方に振りまわされてきたのだから、今度は自分があなた方を振りまわす番だ・・・と。



「王様みたい」
 伝統的な戴冠装束を身にまとったクラウンに、ブリジットとアマンダが目を丸くする。
「王様だが」
 呆れて髪を掻きまわそうとして、侍女がきちんとセットしてくれたことを思い出し、行き場のなくなった手を持て余したクラウン。
「写メっていい?」
「ダメ。からかうネタなんか提供できるか」
「違うわよ。格好いいんだもの」
 つい照れた顔の方が、よっぽどからかいのネタにされた。
 この国の絶対権力者にして最上級の敬愛をもって接するべき国王に、先ほどから気安い態度の異国人たちに、侍従たちは気が気じゃない。
 中でも一番年若い娘の態度!
「そこの娘! 陛下にあまり無礼を働くと、承知せんぞ」
「ああ、よい。この娘は我が姫だ」
「そ! それは大変失礼いたしました!」
「大事ない。この者らと話がある。下がっておれ」
 侍従達が退室していくのを見ていたブリジットが、再びクラウンをしげしげと見た。
「王様みたい」
「だから王様だって」
 二人のやりとりに、キングが珍しく声を上げて笑っているとアイザックが入ってきた。
「なぁ、クラウン~。なんで俺まで」
 戴冠の王の付き添い人の衣装を着せられたアイザックが、不服満面で訴える。
「仕方なかろう。お前の警護の任は、まだ解かれてない。パレードや戴冠式で、俺の傍にいるなら、そうするしかないの」
「これゴテゴテしてて動きにくい・・・」
「我慢しろ」
 ふと笑いをおさめたキングが、少し険しい面持ちになった。
「まだ安全とは言い切れないんだな?」
「脈々と受け継がれてきた絶対君主制ならではの因習は、そう簡単に断ち切れないからな。俺の暗殺に動いていた近衛長がいい例だ。彼は国王そのものより、王家への絶対忠誠を原動力としていたと思う。そんな彼らには、国王の権力を削ぐ政策を謳う俺は、王家への反逆者にしか見えんだろう」
 この王家の力の象徴のような戴冠式という儀式が、恐らく彼らを蠢動させると、クラウンは読んでいた。
「キング、アマンダ。ブリジットを頼んだぞ」
「自分の身くらい自分で守れるわよ!」
 二人の返事より早く喚いたブリジットのお尻に、平手を一発。
「今日くらいおしとやかにしててくれ、プリンセスじゃじゃ馬」
そして、戴冠の儀が大聖堂で厳かに始まる。
 跪くクラウンに、司祭が恭しく王冠を乗せる。
 ブリジットはまるで、映画か歴史の再現VTRでも見ている気分だった。
「そういえば、クラウンって名前。偽名でも、結局、これを意識してたのかしら」
 隣に立っているキングの耳元で囁く。
「違うよ。当時はひねくれてたあいつの皮肉だ」
「え?」
「クラウンの綴り。Crown(冠)なんて所詮、一文字違えばclown(道化)だってね」
 ブリジットが口を開きかけた時、冠を頂いたクラウンが人々に手を掲げた。
 歓呼の渦が巻き起こる。
「あ」
 そう言ったブリジットが飛び出すのを抑えようとしたキングだったが、一歩遅かった。
 人混みを掻き分けて走るブリジットの姿を、壇上より見止めたクラウンがため息をつく隣で、アイザックが銃を構える。
「殺すな。仲間の情報を得たい」
「も~、面倒だなぁ」
 そうぼやいたアイザックが檀上から飛んだ。
「いらっしゃ~い、お待ちしてました・・・よ!」
 アイザックの鋭い回し蹴りが、クラウンに銃を向けていた男を激しく床に叩きつける。
 駆け付けたブリジットも、床に倒れ伏したまま銃口をクラウンから外さない男の背に肘を落とし、銃を取り上げた。
 騒然とする礼拝堂に、警官隊が踏み込む。
「国王暗殺未遂犯を、逮捕せよ」
 命令を発したクラウンを、男が見上げた。
「・・・近衛長」
「忌まわしい将軍家の回し者めが! 王家を乱す逆賊が、冠を頂くなど許さぬぞ!」
 彼に言いたいことは山ほどある。
 だが、クラウンは黙って首を振った。
「連れていけ・・・」
 その後のパレードでも、警備を強化した警官隊によって数人の不審者が逮捕された。
 それは当時より近衛長に付き従ってきた者たちと一致したと、パレードの車で手を振るクラウンに、そっと報告がなされる。
「終わったみたいだな」
 暑苦しい装束にうんざり気味だったアイザックがホッとしたように呟くと、クラウンが国民の歓呼に答える手を振り続けながら言った。
「いいや、まだ一仕事ある」
「え? ――――ああ・・・」
 アイザックが納得したように、肩をすくめた。



「あーーーん! ごめんなさい! ごめんなさい~~~!」
 戴冠装束の膝に乗せられるチャンスなど滅多にないが、そんなチャンスはいらないブリジットは、捲くられたドレスの裾をお尻に戻そうと必死で足掻いていた。
 真っ赤になっていくお尻と泣きじゃくるブリジットの顔を見下ろして、クラウンは苦笑を禁じ得ない。
 国王の執務室での初めての仕事が、娘へのお仕置きとは、歴代の王たちの失笑を買いそうだ・・・。



                              終


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