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SEED

SEED5

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 沖合に停泊中の豪華客船の厨房。
 弾雨を回避してここに身を潜めた二人は、彼女らを捜索して走り回る敵の足音に耳を澄ましながら、息を整えていた。
「まずいわね~。この残弾数じゃ、ターゲットを仕留められても、脱出分が足りないわ」
 初めて組んだパートナーのジェシカは、そう言って銃を握り直した。
今回のターゲットは、この船を貸し切って情婦たちと優雅な船旅を楽しんでいる大富豪。
 即ち、ターゲットに逃げ場はないが、船員以外はすべて敵という状況でもある。
「ま、仕方ないか。ブリジット、撤収しましょ」
「待って。私の分を合わせて考えたら、どう?」
 手持ちの銃弾を見せたブリジットに、ジェシカは笑った。
「アンタらしい提案ね」
 組んだのは初めてだが彼女とは以前仕事で顔を合わせていて、その時のブリジットの印象が彼女にこう言わしめたのだ。
 彼女は、アイザックの拷問から救われた、あの女である。
「どうなの?」
「そうね。それを合わせれば、ターゲットを仕留めて逃げ遂せることは、私なら可能になるわ。でも、あんたはどうするの。これを渡したら丸腰でしょ」
「私には・・・」
 そっと近くの引き出しを引いたブリジットが掴み出したのは、何本かの銀器のナイフ。
「これで十分武器になるわ」
 ブリジットは自分のナイフスローイング(ナイフ投げ)のセンスに、かなりの自信がある。
 そこへ加えて、ジェシカよりも優れた身体能力なのは、一緒に仕事をして見極められた。
「そんなもの、弾より早く消費するじゃない」
「武器は敵が持ってるわ。あなたも、それくらい計算に入れての残弾数合算でしょ」
 ジェシカは宙を仰いで肩をすくめた。
「いいわ。乗りましょう」
「成立ね。・・・ただし、これだけ約束して」
「何?」
「・・・・・・このこと、クラウンには絶っっっ対、言わないでね!」
 言ってしまってから頬を赤らめているブリジットに、キョトンとしたジェシカが頷く。
「――――行くわよ」
「OK」
 厨房から踏み出した二人は、自分たちを捜し歩く敵に、そっと壁越しに息をひそめる。
 捜索する彼らは二人一組。
 ブリジットの放ったナイフが確実に敵の首筋を捉えて、二人の敵は床に沈んだ。
 これで、二丁のサブマシンガンが手に入った。
 その物音の異変に、多数の敵の足音が近付いてくる。
 サブマシンガンを手に、壁に隠れて足音の方向へ注意をむけたブリジットに、ジェシカが囁いた。
「固まってると、効率が悪いわ。私は行くわよ」
「うん、気をつけて」
 ジェシカが廊下を走り出した時、敵が反対側の廊下から現れた。
 ジェシカを援護し、サブマシンガンを放つ。
 だが、それもすぐに弾切れ。
 ブリジットは弾雨の中に飛び出して、敵に向けて床を蹴った。
 天井すれすれまで飛んだブリジットを最初に捉えた銃口を標的にして、宙で態勢を反転させた彼女は、鋭い回し蹴りで相手の顔を床に叩きつける。
 床に着地。
即座に倒れた敵の後背にいた男に向けて、再び奪ったサブマシンガンを乱射。
 狭い廊下でのこと。
ひしめく敵相手なら、撃てば誰かに当たる。
 反して、敵は対ブリジットひとり。
 敵はその俊敏な目標物に、翻弄されていた。
 数分後、十分な数の武器を手に入れたブリジットは、ジェシカの援護の為、自分もターゲットのところに走った。



「面白いわね、あの子」
 そのしなやかな裸体をベッドに横たえていたジェシカは、アイザックから取り上げたタバコを美味そうに吸って笑った。
「あの子よ。ブリジット。あなたが前に一緒に組んでた若い子。覚えてる?」
 ジェシカはまさかアイザックが彼女の父親かもしれない事実を知る由もなく、そう確認した。
「・・・ああ」
「この前ね、初めて一緒に組んだのよ」
「へえ」
「あの子ってばね、自分の残弾を私に渡すのよ。自分はナイフで十分だって言っちゃってね。確かに、大した腕前だったわよ、あの子のナイフスローイング。お陰で、逃げるに十分な装備で脱出できたわ」
 そう、あの時、ジェシカはターゲットの所には向かわなかった。
 より多い銃弾があれば、逃げ切る可能性がグンと増す。
 そもそも、あんな敵陣の只中のような仕事の場合、ターゲット到達前に敵に発見された時点で仕事は失敗と判断するのが当然で、より効率のよい脱出を選ぶのがシードである。
 よって、ジェシカの行動は正しい。
「あなたの拷問から助けてくれた時も思ったけど、お人好しよね、あの子」
「・・・そうだな」
「そういえばあの子、自分の弾を渡す時、クラウンには言わないでって頼むのよ」
「・・・ふーん」
「クラウンと寝たのかもね。彼の女気取りになって、あのクラウンが心配するとでも思ったのかしら。若いわねぇ」
「・・・・・・」
「ブリジットって子。いつか、死ぬわよ」
 そう言って笑ったジェシカは、いきなり突き飛ばすようにベッドから放り出されて、目を丸くした。
「何するのよ!」
 床に転げ落ちたジェシカが、憤って喚く。
「・・・もう済んだ。お喋りだけなら、帰れ」
扱いの雑さに憤慨して、ジェシカは帰っていった。
 アイザックはそのまま、天井を眺めていた。
 シードであるジェシカが言っていたことは、すべて正しい。
 アイザックなら、自分の持ち弾を人に譲りはしないし、そんなことをする相手がいれば、間違いなく頂いて、逃げる。
 タバコに手を伸ばし、火をつけた。
 立ち上がる煙が、アイザックの吐き出した息に乱れて揺れた。
「ナイフスローイング・・・得意なんだ」
 ムクリとベッドから起き上がったアイザックは灰皿にタバコをねじつけて、裸のままクローゼットを漁り自分のナイフを取り出すと、寝室のドアに向かって腕を振った。
 ドアが開いて目標物を見失ったナイフは、クラウンの額間際で、彼の指に掴まれて動きを止めた。
 アイザックはドアが開いてクラウンが入ってくるであろうことを、気配で知っていたし、彼がそれを捉えて回避できることも知っていた。
「こら、危なっかしい悪戯すると、飯抜くぞ」
「ブリジットのこの前の仕事って、失敗? 報酬高いし、今度は俺が行こうかな」
「いいや、ブリジットが仕留めてきてる。ジェシカと二人じゃ荷が重いかと心配したが、よくやった方だな」
 ということは、ブリジットひとりで任務を遂行したのだろう。
 詳細報告など必要としないシードだから、ジェシカの話を聞いていないクラウンは、その詳しい経緯を知らないのだ。
 もちろん、「言わないで」と頼んだということは、それがクラウンに叱られるとわかった上での行為であろうから、当のブリジットが言うはずもない。
「今日の夕飯、何?」
「魚のソテー」
「なあ、クラウン・・・」
「昨日も魚だったとか抜かしたら、本当に飯抜きだぞ」
「・・・はーい」
 アイザックはジェシカの話を飲み込んだまま、シャワーを浴びにバスルームへ姿を消した。



「珍しい客だな」
「モニター越しじゃないキング~」
 抱きついてきたアイザックを押し戻し、キングはさも暑苦しそうに手をヒラヒラさせた。
「お前の女性遍歴を知らなきゃ、誤解して追っ払ってるところだぞ」
「アマンダに恨まれるだろうなぁ」
「やめてくれ」
 げんなりするキングをよそに、アイザックは額に手をかざして邸内を見渡した。
「ブリちゃんは~?」
「ブリジットに会いに来たのか? 今の時間は大学だ」
 そういえば、彼女が大学生だったのを思い出す。
「その内に帰ってくるぞ。待っていればいい」
「・・・ううん。いい。面倒だから」
 踵を返してスタスタと玄関ポーチを出ていくアイザックの後ろ姿を、キングは苦笑して見送った。
 キング邸を出て住宅街を歩いていたアイザックを、すれ違う近隣住民が訝しげに見る。
 高級住宅街に似つかわしくない空気を醸し出す彼が、怪しまれても不思議はない。
 だから、前方からやってきた高級車の後部座席から、ブリジットが彼を見つけたのは、当然と言えば当然であった。
「アイザック? ダディのところに行ってたの?」
「・・・うん。送ってくれる?」
「ええ、いいわよ」
 アイザックが乗り込むと、ブリジットは運転手に駅まで向かうように告げた。
「なあ、金持ちって、こういうもんなのか? 普通、大学進学したら、親元を離れるだろ」
「普通はね。仕方ないじゃない。ダディが家を出させてくれないんだもの」
 さもキングの願いを聞き入れた風に肩をすくめたブリジットだが、猛烈な反対をされたであろうシード入りまで認めさせたキングに対して、独り暮らしくらい了承させられないはずがないのは、アイザックにだってお見通しだ。
「ふーーーん」
「・・・何よ」
「別に~」
「車から叩き出すわよ!」
 フンとそっぽを向いたブリジットの横顔をみつめる。
 顎のラインと耳の形が、クラウンに似ている気がする。
 顔の造形で、自分と似た部分は見出せない。
 いや・・・、この娘に自分の遺伝子が入っていたからといって、どうだというのだ。
 自分を構成する遺伝子は、我が子をスクラップ工場のプレス機に置き去りにするような、忌むべきものでしかない。
 彼らの遺伝子を受け継いだ自分もまた、どんな残酷なことでも心を動かさずにやってのけられる自覚がある。
 そんな遺伝子を後世に残すことなど、アイザックは望んでいなかった。
「着いたわよ」
 ブリジットの声で、いつの間にか車が駅前にきていたことを知った。
 車を降りたアイザックは、彼女の手を握っていた。
「ちょっと!」
「買い物行くから、付き合え」
「なんで私が・・・」
「いいから、来い」
 車から強引に引っ張りだされてしまったブリジットを心配そうに見ていた運転手に、彼はキングの友人だから心配ないと告げ、後で電話するから迎えにくるように言って、車を家に帰した。
 ブリジットはグイグイ手を引かれて不平は鳴らしたものの、しっかりと握りしめてくる手に、ドキドキしなかったといえば嘘になる。
 アイザックは賑わう駅前やショッピング街を素通りし、2ブロックは歩いた先の、ビルの間の路地を入っていった。
 やっと立ち止ったアイザックが見上げた店は、「包丁専科・研ぎ承ります」と看板に書いてあるが、それが日本語だったのでブリジットには読めなかった。
 だが中に入るとあらゆる包丁が陳列されていて、それが刃物の専門店なのはわかった。
「何? 専属コックのクラウンに、包丁でもプレゼントするの?」
「なるほど。それもいいな」
 どうやら本気で納得したらしいアイザックの本意がわからないまま、ブリジットが再び口を開こうとした時、東洋人らしい店主がニコニコと近付いてきた。
「これはこれは、毎度どうも。おや、お連れ様がおいでとは、お珍しい」
「いつもの。後、彼女にもあつらえたい」
「それはそれは、御用命恐れ入ります。では、こちらにどうぞ・・・」
 店主がバイトの少年に留守を預け、二人を案内したのは地下の工房だった。
 土がむき出しのその工房は、ひどく熱い。
 原因は赤々と色付いている床の炉である。
 工房の奥は木の壁になっていて、そこには無数の細長い傷がついていた。
「お連れ様にも、アイザックさんと同じくスローイングナイフでよろしいですか?」
「ああ」
 ようやくブリジットにも、アイザックの目的がわかって、目を瞬く。
「私にスローイングナイフを買ってくれるの?」
「ああ、君にちゃんとあった物を設えさせる。ナイフスローイングは元々実戦向きの攻撃法じゃないからね。自分専用の仕上げの方が、攻撃力も上がる」
「ありがとう! そういうの、欲しかったの」
 素直に微笑まれて、アイザックは頭を掻いた。
「メイジンは、日本で大昔から刀鍛冶の家系でな。サムライがいなくなったから包丁職人に転向したが、良い得物を作る」
「え!? 日本なのにサムライいないの!?」
「ニンジャもいないそうだ」
「ええ!? じゃあ何がいるのよ!?」
「そこまで知らん」
 日本料理店の海外進出増加に伴って商売をこちらに移して以来、こういう反応に慣れっこになっている店主ではあるが、やはり苦笑が漏れる。
 ちなみに、アイザックが店主の名前だと思い込んでいる「メイジン」だって、日本語の「名人」である。
「お嬢さん、お手を拝見させていただきますよ」
 ブリジットの手を取ってしげしげと見つめた店主は、手の平の筋肉や筋を確かめ、次いで、腕を、そして、胸の辺りまで目線をずらしていって、ふと頭を掻いた。
「拝見しても、よろしいか?」
 頬を紅潮させたブリジットが、両手で胸を隠した。
「見てもらわなきゃ、先に進まないだろ。脱げ」
「だって・・・!」
「アマンダなら脱ぐぞ。あいつはプロ・・・」
 アイザックが言い終わらない内に、ブリジットがシャツと下着を脱ぎすて上半身を曝した。
「・・・君、ホントに短気で負けず嫌いだね」
 フンとそっぽを向いたブリジットに、店主が申し訳なさそうに頭を下げる。
「コンピューターなんとかってもんで、ピピッと測定できりゃいいんですが、私はどうも機械に疎くてねぇ。すいません。ところで、お嬢さん、お名前は?」
「ブリジットよ」
「では、ブリジットさん。これをあちらの壁に向かって投げてください」
 そう言って渡されたのは、数種類のスローイングナイフだった。
「・・・このまま?」
「ええ、筋肉の動きが見たいので」
 あの無数の傷がついた壁は、この為だったようだ。
 ナイフを投げるブリジットを、アイザックもじっと眺めていた。
「ブリジット、投げ方はブレードグリップだけか」
「ハンドルグリップもできるわよ」
「どっちの命中率が高い」
「どっちも百発百中よ。見てなさい」
 アイザックは口笛を鳴らした。
 確かに、得意げに言うだけのことはある。
あのジェシカが唯一褒めていた部分なのも、頷けた。
「結構です、どうぞ服をお召しください。では、ブレードグリップとハンドルグリップ、双方の特性が生きるこのタイプを基準に、急ぎお作りいたします」
「ああ、装着用のホルスターも一緒に頼む。小手と二の腕・・・そうだな、太ももにも」
「かしこまりました。では、一週間後に納品となりますので、また御足労願います」
店を出た二人は、アイザックのアパート(正確にはクラウンのアパートであるが)の駅まで一緒に来ていた。
 アイザックが自分と同じくナイフスローイングが得意で、さっきの店主に色々作ってもらっていると聞いて、ブリジットが見せて欲しいとねだったからだ。
「ねえ、あのメイジンがよく言う、サンって何?」
「サン?」
「アイザック・サン。ブリジット・サン」
「ああ・・・。知らない。客って意味じゃないか?」
「お客のアイザックと、お客のブリジット? ああ、なるほどね」
 誤解が生じたまま、二人が路地を歩いていると、ふとアイザックが立ち止った。
 露天商が歩道に並べているアクセサリーに、気を取られたようだ。
 その前にしゃがみ込んで動かなくなってしまった彼に、ブリジットが不貞腐れる。
「早く行きましょうよ」
「んー・・・」
「欲しいものあるなら、さっさと買えばいいでしょ」
「んー・・・」
 先ほどアイザックが店主にポンと支払った大金を考えれば、こんなアクセサリーなど大した額ではないだろうに、彼は延々と悩み続けている。
「もう。どれが欲しいのよ」
 仕方なく自分も並んでしゃがんだブリジットに、アイザックが並んでいる指輪を指差した。
「あら、仲間外れさんね」
「君もそう思う?」
 シルバーアクセサリー主体の中、その指輪だけが金だった。
 1㎝ほども幅のある金台に蔦らしき模様が彫り込まれているだけで、装飾豊かなシルバーアクセサリーの中では、ますますその地味さが目立つ。
「ひとつだけポツンてさ、可哀想だなーと思って」
「そう思うなら、助けてあげたらいいじゃない」
「俺、指輪しないし。救出したって放っておかれたら、もっと可哀想だろ」
「これ男物だから、私だって無理よ。ああ、じゃあ・・・」
 ブリジットが指輪を摘まみ上げて、アイザックの中指にはめた。
「私からのプレゼントなら、はめる?」
「買ってくれるの?」
「ええ、いいわよ。ナイフのお礼」
「・・・ありがとう」
 そう嬉しそうに微笑んだアイザックの笑顔は、いつもの軽薄なものでも冷淡なものでもなく、見ていて照れくさくなってしまったブリジットは、露天商にお金を払ってアイザックを引っ張った。



 アイザックの得物の数々に、ブリジットは少々興奮気味だった。
「これ、いいわね! あ、これも!」
「・・・そうはしゃがれると、俺の得物がだんだんファンシーグッズに見えてくるな」
「私はそういうものに興味ないの。あ、こういうのも欲しい~」
 ベッドに寝転がったアイザックは武器をあれこれ物色しているブリジットを眺め、子供と過ごす時間とはこんな感じなのだろうかと、ふと考える。
「アイザック」
「うん?」
「私がナイフスローイング得意だって、クラウンに聞いたの?」
「・・・いいや、ジェシカ」
「あ、ジェシカ。彼女、無事に脱出できたんだ」
 アイザックは呆れて髪を掻きまわした。
 自分がいいように利用されたことに、まるで気付いていないお人好し。
「クラウンの心配も、わからんでもないな・・・」
「あ!」
 急に大きな声を上げて、ブリジットがアイザックのベッドまでにじり寄る。
「ジェシカ、どこまで話したの?」
「うん? 君が今、後ろ暗~く思ってるところまで、全部」
「クラウンも知ってるの・・・?」
 恐る恐るの上目遣いが、何を恐れてのものかは明白。
「いいや、喋ってない」
「良かったぁ・・・」
 心の底から安堵の吐息。
「人に残弾渡して自分は丸腰なんて、バレたらお仕置き間違いなしだもんね~」
「そうよ! どんなに泣いても、なかなか許してくれないんだから、あの男!」
「しかも、同じこと仕出かして叱られるとなったら、平手で済まないんじゃないの~?」
 こんな時、お尻につい手がいくのは、すでにブリジットの癖になっていた。
「お、同じことじゃないわよ。前と状況が違うもの」
「へぇ、どう違うっての」
「深追いだってしてないし、ちゃんと行動には細心の注意を払ったわ。だから、あの船から生きて脱出できたんだもの!」
 アイザックはなんだか、クラウンが気の毒になってきた。
 クラウンが効き手を丸一日は腫らして、食事の支度もままならないから、前回のお仕置きの日の夕飯は、缶詰めのオンパレードだった。
 それなのにこの娘ときたら、お仕置きされた理由の本意をまるで汲み取っていない。
「でも、知れたのがアイザックで良かった。ね、絶っっっ対、クラウンには言わないでね」
「言わないけどさ。なんで、俺なら良かったの?」
「だって、あなたなら私がどうなろうと、関係ない・・・」
 ベッドから起き上ったアイザックがおもむろに伸ばした手に襟首をつかまれて、ブリジットの上半身がベッドに投げ出された。
「何すんのよ!」
 ベッドの縁にあるお尻にしたたか振り下ろされた平手で、ブリジットが悲鳴を上げた。
「痛い! なんでよぉ。アンタ、私が死のうがどうでもいいって、言ってたじゃないの」
「人の言うことを、いちいち額面通りに受け取るな。だからジェシカに・・・」
 あんな風に小馬鹿にされるのだ。
「人の言葉の真意を読み取れることだって、シードの重要な要素だぜ」
「へえ! アンタまで、私を心配しててくれたとでもいうわけ!?」
「――――うん」
思わずドキリとしたブリジットは、思い直してフンと鼻で笑った。
「その言葉の真意とやらは、何かしら?」
「本意だが?」
 そうアッサリ言われると、ますます言葉に詰まる。
「クラウンに任せておけば、大丈夫だと思ってたんだがな~。俺、子育てなんて面倒だし」
「子育てですってぇ!?」
 アイザックは床に散乱していた武器類の中から縄を掴み出して、憤慨するブリジットの手首を縛り、逆側の縁に投げた縄尻をベッドの下をくぐらせて引っ張りだすと、今度は暴れるブリジットの両膝をまとめて縛って括りつけてしまった。
 ブリジットはベッドの縁にお尻を突き出した格好で、拘束されてしまったのだ。
「やだぁーーー!」
「やだじゃないの。ママが叱ってダメなら、パパが出動するしかないでしょ」
 再びガサガサと床の得物を漁り始めたアイザックが取り上げたのは、刃渡り三十センチはあるダガーナイフ。
 あの拷問を見たことがあるブリジットは、全身から冷や汗が噴き出すのを感じて、息を飲んだ。
 この男は錆びた支柱に女を跨らせることを、平然とやってのける。
 あのダガーナイフをブリジットの女に差し込むくらい、やりかねない。
 ダン!とテーブルに突き立てられたダガーナイフを見て、ブリジットは体をすくめて震え上がった。
 ダガーナイフそのものから離れて、ゆっくりとブリジットの背後に回ったアイザックが手にしていたのは、ダガーナイフの革カバーの方である。
 切れ味の鋭い両刃を覆う為に、分厚い革を重ね合わせて鞘状にしつらえたものだ。
 ホッとはしたが、ホッとしている場合ではないことに気付いたブリジットは、恐る恐る、アイザックに首をねじ向けた。
「言っておくけど、パパはママと違って厳しいからね」
 ママと称されているクラウンだって、ブリジットの記憶には、十分以上に厳しいのだが。
「あの・・・その言葉の真意は・・・?」
 微かな期待を持っての問いに、アイザックが肩をすくめた。
「本意だ」
「いやあああああ!」
 ジタバタともがいてみても、逃げるどころか態勢も変えられず、ブリジットはジーンズと下着がまくられても、抵抗すらできなかった。
 できるのは、シーツを掴んで歯を食いしばることだけだ。
 ――――パーーーン!
 平手の何倍も鋭い音が響いて、ブリジットのお尻が飛び上がった。
「痛ぁーーーい!!」
 そりゃあ痛いだろう。
 たった一発でブリジットのお尻にダガーカバーの形状が、くっきりと赤く浮かび上がるほど叩かれたのだから。
「痛いよぉ・・・」
 擦れないお尻が、どんどんヒリヒリと熱くなってくる。
 背後のアイザックがまたお尻にダガーカバーをあてがっただけで、汗と涙が噴き出した。
「いやあ・・・、ごめんなさい・・・」
 ピタピタとお尻を弾くダガーカバーに、すくめた体を小刻みに震わせて言った。
「前言ったでしょ~。謝って済む内はいいってさ。死ぬより、お尻ぶたれる方がマシ」
 それはそうだろうが、叩かれない方がさらにマシなのも事実だ。
「人に残弾あげるなんて、もう絶対しないからぁ! ホントよ、約束する!」
 ダガーカバーを持った手でアイザックが頭を掻いたので、お尻からそれが離れてくれて、ホッとした瞬間、二発目。
「痛ぁい!」
「あのなぁ、お嬢ちゃん。やったこと一つ一つの具体性について叱られてるんじゃないって、わかってるの?」
 三発目。
「ぅあ~~~ん!」
「クラウンのだって同じだぞ。まるで伝わってないんじゃ、クラウンも浮かばれないねぇ」
 死んでないが。
「今から十ぶつ。その間、「ごめんなさい」も「痛い」も無しだ。言っていいのは一つだけ」
「何・・・を?」
「お前が一番覚えなきゃいけないことさ」
 思考を巡らしているらしいブリジットにアイザックは大仰なため息をついて、ダガーカバーを振り上げた。
「思い出すまで引っ叩くぞ。十のカウント外だからな」
「いやあ! わかってるわよ!」
 わかっていることくらいわかっていたアイザックだが、少しでもお尻を休ませようという浅知恵に、ちょっとお灸代わりに脅しただけだ。
「それ以外を口にしてみろ。最初からやり直しだからな」
「そんなぁ・・・」
 ごめんなさいはともかく、痛いと言うなと言われても・・・。
 ――――ぱーーーん!
「痛いーーー!」
「いきなりやり直しかよ」
「いやあああん!!」
 その後、叩かれる毎にブリジットは「生き残ることを最優先」という言葉を叫ばされた。
 それ以外の言葉が漏れては一からやり直され、声が小さいと言ってはやり直され、結局、相当な数の洗礼を受ける羽目となったブリジットのお尻は、ダガーカバーの形状痕などわからないくらい真っ赤に染まってしまっていた。
「それに反することをすれば、今度は十を二十で執行するからな」
 この男の容赦のなさを、まさしく痛いくらい思い知ったブリジットは、泣きべそで頷いたのだった。



 泣きながら飛び出してきたブリジットに突き飛ばされ、呆気にとられてそれを見送っていたクラウンは、走る彼女がお尻を擦っているのに気付いて苦笑した。
 アイザックにまでお仕置きされるようになるとは、甘い父親に育てられてきたツケが、一気に回ってきたらしい。
 買い物袋をキッチンに置いて、アイザックの部屋(では本来ないのだが)を覗く。
「わ。なんだこれ」
 床に散乱している武器の傍らでベッドに寝転がっていたアイザックが、ムクリと起き上る。
「ママ、片付けておいて」
「誰がママだ。珍しいな、お前が指輪なんて」
 動きが鈍るからとグローブさえも敬遠するアイザックの左指に光った指輪に、クラウンが気付くのも当然だった。
「うん、気に入ったから」
ブリジットがくれたことを黙っていたのは、クラウンに遠慮があったからだ。
「子育てって、大変だなぁ。ママの苦労に気付いてあげられなくて、ごめんね」
「あのなぁ・・・」
「ママ~、お腹すいた」
 顔を一撫でしたクラウンは、きっと絶対に自分が片付けることになる散乱した武器と、キッチンでテーブルにスタンバイして食事待ちのアイザックを交互に眺め、深いため息をついた。
「なんだか、お前をお仕置きしてやりたい気分だぞ、俺は・・・」



                             つづく



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