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SEED

SEED4

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「ご飯、ご飯」
 小躍りしているアイザックの傍らで、クラウンはフライパンを振っていた。
 今頃はキング邸でも久しぶりに親子揃っての夕食かなと考えて、ふと笑いが漏れた。
 あのブリジットのことだから、絶対に筋トレを放り出してバーチャル戦闘マシンに行ったに違いなく、あのプログラムにどんな顔をしただろうと想像すると可笑しくなったのだ。
 バーチャル映像が本当にお尻を叩きに来ないことくらいブリジットも承知だろうが、言われて嫌なセリフを前に戦意喪失していることだろう。
「思い出し笑いなんて、やらし~の」
「何でもない。そら、できたぞ。テーブルにつけ」
 覗き込んできたアイザックを押し戻し、フライパンごとテーブルに置く。
 焼いただけの肉と焼いただけの野菜の乗ったフライパンに、直接ナイフとフォークを突っ込んで切り分けるとアイザックの口に運んでやる。
「なー、スープは?」
「ん、ああ」
 次の肉を少し多めにアイザックの口に突っ込んで、彼がそれを食べ終わらない内に、冷蔵庫からパックのスープを取り出して鍋にぶち込み温める。
 それをマグカップに注いでテーブルに置いた頃、ちょうどアイザックが肉を飲み込んで、口を開けていた。
 今度は焼いた野菜を突っ込んでやって、マグカップのスープを差し出す。
 包帯の巻かれた両手でそれを掴んでアイザックがスープを飲んでいる間に、初めて自分の口に肉を運ぶ。
 お互いが子供の頃からこんな風だから、慣れてしまった。というか、アイザックを拾ったのがクラウンだから、仕方ないようにも思う。
 二人は同じ孤児院で育った。
 先に孤児院にいたクラウンは当時八歳。
 いつも遊んでいた車のスクラップ工場で、アイザックを拾った。彼は五歳だった。
 以来、ずっと二人は行動を共にしている。
 何者にも縛られず思う存分力を発揮できるシードという仕事は、アイザックの天職だったらしく、クラウンと離れて過ごしても生きていけるようにはなっていたが、仕事以外の大半の日をクラウンのアパートで過ごしているので、生活面での変化はあまりないように思われる。
「飯が済んだら、手の抜糸と消毒するぞ。それと、明日も出掛けるからな、シリアルとサンドイッチをテーブルに出しておくから、それ食べてろ。夕飯までには戻る」
「ふーん。ブリジットのとこ?」
「ん? ・・・ああ」
 つい言いよどむ。
別に、やましいことではないのだが、アイザックがブリジットに妙に攻撃的なのが気掛かりだったのだ。
 いつだって人を小馬鹿にした態度のアイザックだが、本人も意識しているのかいないのか、ブリジットに対する様子は何か他の人間に対するそれと違うような気がしてならなかった。



「いい? アイザックと対峙する仕事で、絶対に彼に捕まってはダメよ」
 古びた空きビルの一室から、耳を覆いたくなるような悲痛な女の悲鳴が響き渡る。
「あんな目に、合いたくなけりゃね・・・」
 途切れない悲鳴が反響する隣室に顎をしゃくって見せたアマンダは、初めて一緒に仕事をするブリジットに、珍しく母親らしく忠告した。
「男でも滅茶苦茶な拷問をするあいつは、女だと、さらに弄ぶわよ」
「――――ひぃいいいい!!」
 アマンダの言葉を証明するような女の声。
 アイザックが復帰の最初の仕事。
今回のチームは、アマンダとブリジットと彼の三人だけだった。
「は~い、お待たせ。ターゲットの潜伏先がわかったよん」
そう言いながら、隣室から戻ってきたアイザックはご機嫌だった。
泣き声は小さくなったが、止んでいない。
恐る恐る隣室に近付いたブリジットを、アマンダが呼び止めた。
「おやめなさい。気分が悪くなるだけよ」
 クラウンだったら強引に引き戻してでも止めただろうが、生憎とここにいるのはアイザックとアマンダだけで、ブリジットはその残酷な光景を目の当たりにすることになる。
 両腕を背中に縛り上げられているが、他の拘束は見受けられない女が裸で立たされていた。
 女は虚ろな目から涙を流してブルブルと震えながら、体を少し「くの字」にした不安定な爪先立ちしている。
「あっ・・・」
 女が何故、必死で爪先立ちをしているのかがわかって、ブリジットは顔色を失った。
 彼女の女の部分には、崩れた塀の名残であろう床から伸びた、錆びた鉄の支柱が突き刺さっている。
 爪先立ちの足を乗せているのは、形の安定していないブロックを積んだ台。
 彼女がまだ爪先立ちを必死に継続している理由は、あの姿勢を崩して踵をついてしまったら、ブロックから落ちて・・・支柱が体を貫くからだ。
「たす・・・けて」
 女がブリジットに言った。
 ブリジットは弾かれるように駆け寄ると、女の腹を肩で抱えて下半身を持ち上げ床に横たえてやった。そして彼女の腕を拘束する縄を、ナイフで解く。
「あ・・・、ありがと・・・」
 息も絶え絶えにそう言った女は、床についた手を軸にブリジットの足に回し蹴りを喰らわせると、よろめいた彼女からナイフを取り上げ心臓めがけて突き上げた。
 刃先は咄嗟に身を引いたブリジットの胸を掠め、シャツが裂けただけだった。
女は舌打ちし、窓から飛び出す。
 追うように窓の外を見ると、女は裸であることなど気にも止めない様子で排水管を伝って下りていく。
 一体何が起こったのか、思考が回らない。
 隣の部屋の窓から、アイザックが体を乗り出して銃を撃った。
 女は肩を撃たれて落下。
 物陰に落ちたので姿を見失ったアイザックは、顔をしかめて落下位置周辺目がけて全弾撃ち尽くしたが、女はもう逃げ遂せたようだった。
 ブリジットが元の隣室に戻ると、アマンダの姿がなかった。
「ママ・・・は?」
 アイザックは外を指差した。
「帰ったぜ」
「え? 仕事は?」
 装備の入ったリュックを床から拾い上げるのに屈んだアイザックは、そのまま下から覗き込むようにブリジットを見て、額に頭突きを喰らわせた。
「痛い!」
「俺もこのまま撤収する~」
「なんで!?」
「このバカ娘の逃がした女が、ターゲットに連絡とって居場所が割れたことが知れれば?」
「~~~」
「だよね~。俺だって逃げて雲隠れするさ。だから、今回の任務はしっぱ~い、と、相成りました」
「・・・ごめん、なさい・・・」
 痛む額を擦りながら、ブリジットが言った。
「それ、後でクラウンの膝で散々言わされるんだから、とっとけば?」
 ドキリとしてお尻を押さえたブリジットを、再び覗き込んだアイザックが浮かべた表情から、いつもの軽薄さが消えていた。
「謝って済む内はいいんだよ、お嬢ちゃん」



「こりゃ驚いたな」
 クラウンが呟いた。
 依頼を受けた時に見た写真で、もしやとは思ったが、遠目から見たその男女はあの時の二人に違いなかった。
 少々老いてはいたが、仕草や歩き方の癖までは変わらない。
 まさか、こんな形で再会しようとは、思いも寄らなかった。
 シードに舞い込む依頼は基本、護衛か殺しの二種類。
 内、殺しに関しては、国政絡みの大掛かりなものから犯罪シンジケートの内部事情に至るまで様々。
 今回の依頼は、マフィアの内部事情であり、大量の麻薬を下っ端に持ち逃げされた分家筋が、ファミリーの本家筋にそれを内密にしたまま持ち逃げ犯を始末したい為、内部の人間を動かせないという理由で、シードにお鉢が回ってきたという代物だ。
 チームを組んで動くほどの依頼金もなければ、ターゲットの器から見ても難易度の高い仕事でもないので、クラウンひとりで動いているのだが・・・。
「アイザックに、この依頼がいかなくて良かったよ。神ってなぁ、いるもんだね」
 クラウンが以前に彼らを見たのは、八歳の時だ。
 いつもの遊び場。
自動車のスクラップ工場。
 あそこにはいつだって色んな部品が転がっていたから、子供のクラウンには宝箱のような場所だった。
 その日も工員の目を盗んで部品を拾って遊んでいたクラウンは、少し大きな木箱を抱えた若い男と、それを叱咤しながら誘導する若い女を見た。
 工員だと摘まみだされるので、いつものように廃棄される車の陰に隠れて様子を伺っていたクラウンは、その木箱が生きているように跳ねたのを見て目を丸くした。
「早く、そいつを車に入れちゃってよ!」
 どうも工員ではないらしい女はキョロキョロと周りに気を配りながら、一台の車を指差した。
 男がその木箱を後部座席に乗せて、女がドアを閉めた。
「これで、誰も気付きゃしないよ」
 女がボンとボロ車のドアを蹴って、走り出す。男もそれについていった。
 クラウンはあの動く箱がどうにも気になって、二人が立ち去ったのを見届けてから、そのボロ車に近付いた。
 すでに窓のない後部座席のドアを覗く。
 木箱は動かなかった。
「なーんだ」
 つまらないとばかりに踵を返した時、「うー! うー!」と子供の呻き声が聞こえた。
 この籠った声は、あの木箱からだとしか考えられない。
 その時だった。
 いつものように、リフトが頭上を動き出す。
「こらーーー! またお前か、坊主!! 危ないから、出ていけ!」
 工員に見つかって襟首を掴まれてもがきながら振り返ると、あの木箱の乗った車がリフトに持ち上げられていた。
「おじさん! 待って! あの車、ダメだよ! 誰か乗ってる!」
「バカなこと言ってないで、さっさと行け! 今度入り込んだら、承知しないぞ!」
 見る見る車は宙を移動し、プレス機の中に放り込まれるように落とされた。
 もうダメかもしれないと思いつつ、クラウンは必死で叫ぶ。
「本当だよ! 俺、見たんだ! 木箱を入れてった男と女がいて、木箱の中に人の声がしたんだ!!」
 クラウンのあまりの必死な言い分に、工員が閉めようとしていたフェンスの戸を止めた。
「・・・おい、坊主。本当か?」
 クラウンが頷くと、工員が走り出した。
 クラウンも一緒になって走る。
「緊急停止ーーー! プレス機、緊急停止だ! 人が中にいるぞ! 緊急停止ーーー!」
 その声はプレス機の音で届かずに、上からのプレスはどんどん進んでいった。
 次の横からのプレスが始まれば、中にいる人間は車の四角く形成されるブロックに一体化してしまうだろう。 
工員がプレス機を操る同僚を殴り飛ばすようにして、緊急停止スイッチを押した。
クラウンがプレス機の中に飛び込んで、上からの圧力で開いたドアを見る。
後部座席にあった木箱は側面が弾け飛び、元々あった高さの半分にまで潰れていた。
その中で、自分より小さな子供が布で口を塞がれて、ただ目を見開いていた。
死んでいるのかと思った。
だがわずかに感じられる呼吸が、生きていることを確信させた。
そこからは、工員一丸となっての救出作業。
救い出された黒髪の男の子に集まってきた周辺住民も歓喜に湧き返ったが、クラウンには死にかかって見開いた彼の目ばかりが印象に残り、その晩は、なかなか眠れなかった・・・。
地元警察の調査で、彼を木箱で捨てていったのは年若い両親だと判明したが、すでに彼らは町から姿を消していた。
当時、町の話題であった彼が引き取られたのが、クラウンの住まう孤児院。
男の子はどんな大人の問いかけにも口をきかないので、口がきけないのかとも誤解されたが、唯一、クラウンにだけはぽつりぽつりと言葉を発した。
大人になったアイザックが、当時を思い出して言ったことがある。
「もう死ぬって思ってた。ドンって投げ出された衝撃の後、ミシミシって音。どんどん箱が押し潰されていくんだ。怖くて、痛くて、叫びたくても、呻き声ひとつ出せなかった。そしたら、お前が目の前にいた」
 実際、彼は頭蓋骨にヒビがいくほど、狭い木箱の中でプレス機に圧縮されていたのだ。
 幼い彼が味わった恐怖がどんなものだったか想像もつかないが、アイザックの中で、クラウンがひどく特別なものになっていることだけは、理解できた。
 アイザックという名前は、クラウンがつけた。
 当時、クラウンが夢中になって読んでいたマンガの主人公の名前だった。
 彼がクラウンにだけ言った本名を知っていたが、アイザックがもうその名前で呼ばれたくないと言うから、二人で潜ったベッドの中で考えた名前だった。
「この主人公、かっこいいだろ? すごく強いんだぜ! この主人公もお前も黒髪だし、お前、アイザックって名前にしろよ」
「あいざっく?」
「うん。いやか?」
「・・・ううん。アイザックが、いい」
「じゃあ、決まりな!」
 アイザックの頭を、お兄ちゃんらしくグリグリと撫でてやったら、傷が痛んだらしく呻いてから、心配するクラウンに笑った。
「――――なあ、アイザック、恨むなよ。俺だって、あいつらにお前が味わった恐怖をそのまま、再現してやりたい気持ちはあるんだけどな・・・」
 そう独りごちて、クラウンは懐から銃を抜き出して構えた。
 今でも鮮明に思い出せる、潰れた木箱に挟まれたアイザックの、壊れた人形のような目。
 銃弾ひとつで補えるような恐怖では、なかっただろう。
 だが、これは仕事だ。
 余計な演出に時間をかけて、自分を危険にさらすわけには、いかない。
 出来得る限り簡単に、素早く事を終えるのが、シードだ。
「お前たちの息子は・・・」
――――1発目。
「なかなか幸せに、やってるよ」
――――2発目。
男女が血を噴き出して倒れ道行く人々が騒然とする中、クラウンは静かにその場を離れた。



「アイザック・チームのターゲットが仕留められた」
 この三日間、事務所に籠り切りだったキングから、そう連絡が入った。
 クラウンは短く「そうか」と言っただけで電話を切り、振り返ってテーブルの上の救急箱を見つめる。
 そろそろ片付けようかと思っていたところだが、もうしばらく出しておこう。
 その日の昼近く、もう一度電話が鳴った。
『アイザックは?』
 ブリジットだった。
「いないよ。仕事で出てる」
『そう、戻ったら連絡ちょうだい。じゃ』
「切るな」
『何よ』
「家には帰ったのか」
『・・・まだ駅』
「すぐに帰ってキングを安心させてやれ」
『言われなくても・・・』
「それからキングに、「お仕置きがあるから、クラウンの所に出掛けます」ときちんと行き先伝えて、アパートまで来い」
『~~~バ、バカじゃないの!?』
「いいから来い」
 さっさと電話を切ってソファに体を投げ出したクラウンは、両手で顔を覆って大きく安堵の息をついた。
 ブリジットが、アイザックとアマンダと組んでの仕事から三日。
 仕事続行をアイザックに宣言してビルから飛び出して以来、行方がわからなかったのだ。
「あのじゃじゃ馬娘が・・・まったく」
 熱くなってきた目頭に、手の甲を当てる。
「この俺を泣かすなんて、なんて娘だ・・・」
 もう死んだかと思った。
 それが、あのいつもどおりの声。
 溢れ出した涙はなかなか止まらなかったが、この心地よい安堵感を中断する気にもならなかったので、流れるままに放っておいた。
「来てやったわよ」
 不意にした声に驚いて体を起こすと、ブリジットが立っていた。
 不覚。
 いくら気を抜いていたとはいえ、こんな小娘の侵入する気配に気づかないとは。
 こいつめ、どうせ叱られるなら嫌なことは先に済ませようと、家に帰らずに直接やってきたな・・・。
「言っておくけどね! お仕置きされにきたんじゃないわよ! こっちの言い分だってある、から、それ、を・・・」
 不貞腐れていたブリジットの顔が、見る見る驚きと動揺に変化していく。
 クラウンも慌てて洗面所に行き、顔を洗ってタオルで拭う。
 だが、鏡に映った顔はどう取り繕っても、泣いた後だった。
「合い鍵、アイザックにもらってたのか?」
 洗面所から声をかける。
 少しでも泣いた腫れぼったい目を冷まそうと、再び顔を洗いながら。
「え? ううん。仕事帰りだから、色々ツール持ってるし」
「ピッキングかよ。なんでチャイム鳴らさない、仕事以外でそんなもん使うな」
「だって・・・、待つのイヤだったんだもん・・・」
 その心理を分析するに、嫌なお仕置きをする相手を玄関前でビクビクしながら待つような屈辱を、回避したかったのだろう。
 わからなくもないが・・・。
「今度やったら、それもお仕置きだからな!」
「わかったわよ。あんたの泣き顔なんて、見たいと思わないし。――――きゃあああ!」
 洗面所を飛び出してきたクラウンにブリジットは慌てて踵を返したが遅く、あっという間に彼の小脇で宙吊りにされていた。
「見たいと思ってなけりゃ、こんな心配かけるな、このバカ娘!」
「だって、連絡できる状況じゃなかったんだもん~~~! あんッ、痛い~」
 仕事先から帰るのに、普通の若者らしい服に着替えていたブリジットはジーンズだったが、布地越しでも泣きそうに痛かった。
「その状況にしたのはお前自身だろうが! 悪い子だ! 悪い子だ! 悪い子だ!」
「あーーーん! ごめんなさい~~~!」
 立て続けにかなりの数をぶたれて、ブリジットは顔を真っ赤にしてもがいていたが、ようやく脇から下ろされてホッと胸を撫で下ろした。
 お尻を擦ると、ジーンズの上からでも火照っているのがわかる。
 ふと、テーブルの上の救急箱に気付いた。
 先ほどの泣いていた姿も、この救急箱も、ずっと待っていてくれたのだと思うとさすがに反省が頭をもたげる。
「――――ああ、キングか」
 電話を手にしたクラウンがコールした先は、ブリジットの家のようだ。
「ブリジットがここにいる。ああ、無事だ。夕方までには帰すから、悪いが感動の再会はしばらく待っててくれ。うん? ああ、叱るさ。これからたっぷりとな。どうせアンタは叱らないだろ」
 反省が引っ込む。
「これから!? これからって何よ~~~!」
 電話を切ったクラウンに非難の声を浴びせたが、彼は聞く耳持たない様子でソファにかけた。
「ああ、音信不通の家出娘へのお仕置きは終わった。ここからは、仕事上でのお仕置きだ」
「私のせいで仕事が失敗したのはわかってるわ! だから、ミスは挽回したわよ!」
そこから、ずっと黙ってブリジットをただ見つめているクラウン。
どうも自分は的外れなことを言っている、と言われているらしい。
重苦しい空気に、息がつまりそうだ。
「~~~なんで怒ってるの?」
「胸に手を当てて、よ~く考えてみな。ああ、違った。お尻に手を当てて、だ」
「バカ!」
 いちいち恥ずかしくなる言い方に、腹が立つ。
 それに、言われなくてもさっきからずっと、手はお尻を擦っていて・・・。
「あ」
 ――――常に生き残ることを最優先で考えろ。
 クラウンがくどいくらいに言い聞かせてきたことだ。
 思い返せば、アイザックとアマンダがアッサリ引き揚げたのも、こういうこと。
 任務の遂行より、自分の命。
 初めてクラウンと一緒に仕事をした時も、彼が言っていたのを思い出す。
「――――自分の身が危ういと思ったら、すぐに逃げろ。任務遂行なんざ、いくらでも他の奴にくれてやれ」
 もじもじとし始めたブリジットがチラリと上目遣いに送った視線を受けて、クラウンは長いため息をついた。
「ようやく、わかったか」
 わかった。
 任務が失敗したところで、クラウンは怒らない。
「で、でも、でも・・・アイザックが・・・」
「アイザック?」
「あいつ、任務失敗って判断した時に言ったんだもの。クラウンにお仕置きされるぞって・・・」
「ふぅん? 任務失敗の経緯は?」
 自分のミスを改めて報告するのは癪だったが、ブリジットはお仕置きが回避できるならと、渋々、あのビルでの出来事を話した。
 黙ってそれを聞いていたクラウンは、アイザックを見損なっていた自分に苦笑し、長の付き合いと過信していたことを反省していた。
「アイザックの言いようは、言葉足らずかもしれんが・・・、お前が俺の教えてきたことをちゃんと理解していれば、どうしてお仕置きなのかわかったはずだぞ」
「~~~アイザックの肩を持つの!?」
「まだわからんのか? アイザックは、俺と同じことを言ってるぞ」
「わかんない!」
「その拷問された女を助けようが助けまいが、それはお前の自由だ。だが、方法に警戒心がなさ過ぎる。だから、アイザックはお仕置きされると言ったんだろ」
 言葉に詰まったブリジットは、あの時、ナイフで裂かれた胸元を思い出した。
 そうだ。ブリジットは助けた女に襲いかかられるとは、思ってもいなかった。
 実際、不用意に使用したナイフを奪われて、心臓を貫かれるところだったのだ。
「・・・わかったか?」
 黙って頷いただけのブリジットに、クラウンがソファの肘掛を叩いた。
「返事」
 屈辱さを増すクラウンの言葉だが、悔しくても言わざるを得ない。
「・・・はい・・・」
「なら、こっちにおいで。復習の時間だ」
 指し示された膝を見て、泣きそうになる。
 イヤイヤと首を振ってはみたものの、黙ったままのクラウンには逆らうことを許さない威圧感が漂っていた。
 ベソをかきながら恐る恐るクラウンの傍に近付くと、ジーンズのボタンをはずされて、膝まで下ろされてしまった。
「やあぁ・・・」
 泣くのを堪えてしゃくり上げているブリジットは、ソファに寝そべるような形で膝に乗せられた。
「今日のお仕置きは長くなるからな。パンツまでは、勘弁してやる」
 そんなきついお仕置き宣告に対して、パンツの恩情が何の足しになるのか。
 やはり、何の足しにもならなかった。
 ジーンズ越しでもあんなに痛かったクラウンの平手は、薄いパンツ一枚で和らぐはずもなく、お尻が濡れ手拭いをはたいたような音を上げる度、ブリジットは痛みのあまり足を跳ね上げた。
「ぅわーーーん!」
「泣いてもダメ。どうしてお仕置きされてるのか、わかってるな?」
「あーーーん! 痛い~」
「返事!」
「は、はい! 痛い~、痛い~・・・」
「警戒心を忘れるな」
「はい!」
「深追いして潜伏先に単身乗り込むなど、もってのほかだ」
「は、い! 痛いぃ・・・」
「逃がした女が情報漏えいを敵に伝えたら、逆に待ち伏せを受けて危険が増す可能性が高い。だから、他の二人は撤収した。わかるな」
「はい! ぅあーーーん!」
 事実、ブリジットはその待ち伏せた敵に囲まれ、かなりの劣勢を強いられたのだ。
 ターゲットを仕留められたのも、ブリジットが敵の攻撃をかわして飛び込んだ車庫に、たまたまターゲットが次の潜伏先への移動の為に、やってきていたという偶然の幸運にほかならない。
「今言ったことすべて、生き残ることを最優先ということに、繋がっているぞ」
「は、はい! ごめんなさいぃ!」
 十を数えた辺りから最初の平手よりずっと力を緩めているが、すでにお尻が真っ赤なブリジットにはあまり関係ないようだった。
「ごめんなさい、もうしません、もうしません~~~!」
膝の上に乗ったお尻もすっかり腫れて大きくなっているし、時折顔をねじ向けて見上げてくるブリジットの子供の様な泣き顔が、さすがに可哀想で心が痛くなる。
 さて、どうしたものか・・・。
 クラウンは少し手を休め、壁の時計を見た。
 本当は、あの時計の長針が真上にくるまで、ひっぱたいてやろうと思っていたのだが、後五分以上あるし・・・。
 なかなか平手がお尻に振ってこないので、ソファに泣きべそを埋めていたブリジットが恐る恐るクラウンを見上げた。
「おしまい・・・?」
「考え中」
「もう許して・・・。本当に、反省したから」
 クラウンは答えずに、時計に向けて指をヒラヒラさせて、何かを数えている。
「どう考えても、残り百は超えるなぁ」
「い・・・! いやあーーーん!」
「じゃあ妥協案だ。本当に反省して二度としないと約束できるなら、自分で四つん這いになって、後五発だけ、お仕置きを受けなさい」
「え! そんなの・・・」
 強制的に膝に乗せられるのだって恥ずかしいのに、自らお仕置きの為に四つん這いになるなど、屈辱極まる。
 膝から下ろされたブリジットに、立ち上がったクラウンがソファを指差す。
 あんまりな二者択一ではないか・・・。
 それでも、また膝に逆戻りで更に百もぶたれるのかと思うと、ブリジットは渋々ながらソファによじ登り、一度二度クラウンを振り返る往生際の悪さを見せつつも、四つん這いの姿勢を取った。
 クラウンの利き手とお尻が逆になるようにしたのは、もちろん、わざとである。
 それに気付かないクラウンではないから、つい笑ってしまった。
「本当に、困った子だよ、お前は」
 そう言って、一度ピシャンと軽くお尻を叩いただけで、クラウンはブリジットを抱き起こし、ジーンズを上げてやった。
 ジッパーを上げてもらうのも恥ずかしいので、ブリジットが慌てて自分でジッパーに手をかけたが・・・。
「いやーん! お尻が入んない!」
 すっかり腫れ上がったお尻は、ジーンズのワンサイズ上をいってしまったようだ。
 そんなに腫れたお尻が可哀想とは思ったが、クラウンは思わず声を上げて笑ってしまった。



「お腹すいた~」
 小学生レベルの帰宅の言葉で、アイザックが帰ってきた。
「おかえり、飯ならできてるぞ。そうだ、アイザック。お前のガールフレンドのスカート、借りたぞ」
「いつの間にそんな趣味に」
「ブリジットに貸したんだ。ちょっと自分のジーンズがはけない状態だったんでね」
 クスクスと思い出し笑いしながら、テーブルに温めなおした料理を並べた。
 それを黙々と食べ始めたアイザックを眺め、ぽんぽんと頭を撫でる。
「ごめんな」
「何が~?」
「俺、お前がブリジットに妬いて攻撃的なんだと、誤解してた」
「へえ、違うの?」
「違うな。お前、自分の子供なんて想像もしたことなかったから、どう扱っていいのか、わかんなかったんだろ」
 黙ったまま食事を口に運んでいたアイザックの髪に笑って指を絡めたクラウンは、ふと気付く。
「髪・・・」
 そうだ。ブリジットはブロンド。
 黒髪のアイザックの子であることは、遺伝子学的にあり得ないではないか。
「なんだ、そうか・・・」
 DNA検査をするまでもなく、ここに結論があった。
「ブリジットの地毛は栗毛だぜ」
「え?」
「優性遺伝子の黒髪から、劣性遺伝子の金髪ができるわけないと思ったんだろ。俺もそれ思ってたから観察してたら、生え際に栗毛が見えた。あのブロンドは染髪だな」
 そうなると、どちらの遺伝子か、結局また迷宮入りだった。
 食事を再開したアイザックを見る。
 そんなことを観察するなど、アイザックもブリジットを自分の娘なのか、気にしている証拠ではないか。
「・・・なんだよ。俺は単に興味本位で・・・」
「・・・ふーーーん」
 アイザックは料理の皿を投げつけようとした、が、食べ物を粗末にするとクラウンに怒られるので思い止まり、不貞腐れて料理を頬張った。





                             つづく

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