SEED

SEED3

 ←第七話 違えた道 →SEED4
この同人誌に書いた小説の続編です。※
同人誌での1、2話入れて、全7話。
しばらくお付き合いのほどを。

あ、上記同人誌は、もう販売しておりませんがヾ(´▽`;)ゝ


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「DNA鑑定拒否、か」
 ブランデーグラスを弄びながら、クラウンがクスクスと笑った。
「よほど、お仕置きが怖いとみえるな」
 口髭を一撫でしたキングは、ため息をついてブランデーのボトルを差し出した。
「あまり、ぶってやるなよ。ブリジットも、もう十八歳だ。口で言えば・・・」
「わかると、断言できるのかい。甘々ダディ・キング?」
 閉口したキングがグラスにブランデーを注ぐ。
「お前は厳し過ぎるんだ」
「アンタは甘過ぎるんだ」
 互いを睨み合う二人の間にニュッと伸びてきた白い手が、テーブルの上のクラッカーをつまんだ。
「足して二で割れば、ちょうどなのにねぇ」
 ポリポリとクラッカーをかじりながら二人を見比べたのは、アマンダだった。
「アマンダ、帰ってたのか」
「うん、さっき」
 キングの首に腕を回して、ただいまのキスを頬に送ったアマンダは、次いで、クラウンの膝に馬乗りになった。
「久しぶりね。シチリアの作戦以来かしら」
「ああ、あの時は、弾丸のプレゼントを肩にありがとう。お陰で、三ヶ月の休暇を満喫できたよ」
 クスクスと笑いながら、アマンダはクラウンと唇を重ねた。
 キングの咳払いがクラウンには聞こえたが、アマンダには聞こえていないようだった。
「ね、これからベッドに行こうと思うんだけど、一緒にどう?」
「・・・アマンダ」
 キングが呼ぶ。
「キングのは優しくて気持ちいいんだけど、ちょっと激しさが足りないのよねぇ」
「アマンダ!」
 首根っこを掴まれて引き剥がされたアマンダに、クラウンは苦笑して肩をすくめた。
「せっかくのお誘いだが、比べられる相手が友人じゃ、俺も実力は発揮しかねるな」
 当時だってキングやアイザックと比べられていると知っていたら、ベッドを共になどしていなかったのに。
 あの頃、まだたったの十八歳とは思えない妖艶な女っぷりは、どんな男も魅了した。
 今現在十八歳で多少ませているが、それが返って子供っぽく思える娘のブリジットとは正反対。
 似ていないのは、その辺りくらいか。
「アマンダ、私をからかってるだけなら許してやる。だが、約束を違える気なら、承知せんぞ」
「からかっただけに決まってるでしょ。あなた、からかうと面白いんだもの」
「~~~こいつめ」
 さも愛おしそうに彼女を抱き寄せたキングの擦り寄せた頬の髭がくすぐったいと、子供のように笑うアマンダ。
 なんだか、ダシに使われた上にアテられた気分のクラウンは、頭を掻いて席を立った。
「俺はブリジットの訓練を見てやるよ」
「ブリジットは今、地下二階のトレーニング・ルームだ」
 お邪魔虫は去れと言わんばかりにヒラヒラと手を振られ、クラウンは大げさに肩をすくめて見せてから、リビングを後にした。



 キング邸の地下一階、二階のトレーニング・ルームは、充実した設備が整っていた。
 これがすべてシード入りした愛娘の為に設けられたというのだから、呆れるのを通り越して感心してしまう。
「どこまで娘に甘いかね、あの男は・・・」
 キングの言うとおりに地下二階に進むと、ゴーグルをはめたブリジットが広いフロアでひとり、何かと戦っているように激しく体を動かしていた。
「バーチャルスコープでの、戦闘プログラムか」
 あのゴーグル越しに、幾人もの仮想敵がいるのだろう。
 ブリジットの身体能力は、さすがのクラウンも見惚れるほどであった。
 体重が軽い分、繰り出すパンチもキックも攻撃力が弱いのが難点ではあるが、身軽さと鋭い反射神経は野生動物のそれに近しい。
 相手を見切る観察眼をこそ最大の武器として生き残ってきたアマンダには、見られない戦闘能力だ。
 父親からの遺伝か。はたまた、アマンダにも潜在的にその能力が備わっているのか。
「父親のDNAだとするなら、あいつが一番似ているな・・・」
 戦闘となれば、野獣のような力を発揮するアイザック。
 今のところ自分に似た個所を見出せないクラウンは、なんだか寂寥めいた気分になって、頭を一振りした。
「ブリジット、少し休憩しろ」
 クラウンが投げ渡したタオルは虚しく床に寝そべり、ブリジットは仮想敵への攻撃をやめなかった。
「ブリジ~ット」
「邪魔しないで!」
 聞こえてはいるらしい・・・。
 ブリジットの訓練をみてやって欲しいとキングに頼まれて来訪したものの、果たして、彼女がそれを素直に了承し、クラウンの教えを乞う姿勢ができているのだろうかと思っていたが、案の定だ。
「ブリジット、自分のペース配分を考えろ」
「わかってるから、続けてるんでしょ! アンタの指図はいらないわ!」
 よく言う。さっきから、攻撃の切れや跳躍の高さが落ちてきているではないか。
 バーチャルシステムを強制終了しようと、コンピューターの前に移動しようとしたクラウンを見て、ブリジットが耳元のスイッチを捻る。
「余計なことしないでよ!」
 クラウンがモニターを覗くと、すでにブリジットがゴーグル越しに見ている仮想敵は、ノイズを交えて消えていくところだった。
 不貞腐れたブリジットの顔と、彼女によって強制終了されたコンピューターのモニターを交互に見て、クラウンは再びバーチャルシステムを起動させた。
「あ!」 
「わ」
 モニターに映し出された仮想敵は、全部、クラウンだった。
 ふと考える。
 先日、どんな相手でも生き残る為なら殺せと、説いたからの設定だろうか。
「・・・いや、ないな」
 プログラムされた仮想敵のレベルが低すぎて、いとも容易く倒せるようになっているし。
 それに・・・、ゆっくりと後ずさりながら、トレーニングルームを出て行こうとしているブリジットを見れば、導き出される答えはひとつ。
「恥ずかしいと思わんのか、お前は。枕に貼った写真をぶん殴って憂さ晴らしみたいな真似しおって」
 最新鋭のバーチャル空間での仮想敵だから格好のついた攻撃だが、そう評されてしまうと確かにまったく同質の行為であり、ブリジットは言い返すこともできずに俯いた・・・と見せかけて、脱兎のごとく駆け出す。
 実力の開きに加えて、がむしゃらな訓練(と、言えるかどうかはともかく)で消耗した体力で逃げ遂せられる相手ではなく、ブリジットはアッサリと襟首を掴まれていた。
「なんで逃げる」
「お仕置きする気でしょ!」
「こんなくだらないことで、お仕置きなんかするか、ばか者」
「よく言うわよ! くだらない理由でお仕置きしてくるくせに!」
「・・・ほう?」
 クラウンの眉がピクリと震え、襟首をつかむ手を払いのけようと、仔猫のようにもがいているブリジットを見下ろした。
「シードなんて命張ったアンダーグラウンドにいて、な~~~にが生き残ること最優先よ! アンタこそシードって仕事をナメてんじゃないの!?」
 自分が景気良く地雷を破裂させていったのに気付いたのは、クラウンと目があった瞬間だった。
「あ・・・。違う。今のは、その、売られたケンカを買った勢いっていうか・・・」
「・・・ケンカを売ったつもりはないがね」
「だって、くだらないとか言うんだもん!」
「くだらない腹いせだろ、実際」
「そのくだらない腹いせを、どうしてされたか、考えなさいよ!」
「俺が?」
 争点ズレズレの論法に、脱力感を覚える。
「お前、リベートの成績悪いだろ」
「失礼ね! 私はハイスクールでリベートチャンピオンだったのよ!」
「なるほど。そのハチャメチャな論法で相手に有無を言わせない訳か」
 現にクラウンすら、つられて論点が明後日の方向を向いてしまったし。
 有耶無耶の旅に出かけてしまいそうな論点を軌道修正すべく、宙を仰いで深く嘆息をついたクラウンは、ブリジットの襟首を解放してやると、じっとその顔を覗き込んだ。
「お尻ぺんぺんの腹いせだろ」
「そのデリカシーの無さ! わかってるなら反省して!」
「俺が?」
「そうよ! 私はもう十八歳なのよ! なのにあんな子供みたいに・・・」
「口で言えばわかるって? なら、素直に謝れるな。心にもないことを言いました、ごめんなさいって」
「アンタが先に謝ればね」
「俺が?」
「レディに対して失礼な振舞いをしました、ごめんなさいって」
「・・・さすがリベートチャンピオン。そんな風だからお尻ぺんぺんされると理解できるまでは、お膝から解放されそうにないねぇ」
「な・・・!」
 勢い込んで言い返そうとしたブリジットの口を、クラウンが指を押し付けて塞ぐ。
「その辺にしておきなさい。でないと、口で言ってわからない子だと自覚できるまで、お尻に言い聞かせられる羽目になるぞ」
 キッとクラウンを睨んだものの、とっさにお尻を庇ったブリジットの幼さがクラウンの目にはとても可愛らしく映っていた。
 というか、こんなことでいちいちお仕置きしていたら、ブリジットのお尻はいつも赤くて当たり前になってしまうなと苦笑。  
「さあ、休憩しなさい。お仕置きされるとしたら、ここだぞ。自分のペース配分を見定める。それも生き残る為の大事な要素だ」
「~~~わかったわよ」
休憩指示におとなしく従ったブリジットの傍らで、彼はコンピューターをいじり始めた。
「・・・何してるの?」
「うん? どうせ俺のバーチャル映像を使うなら、俺の能力値をプログラムしておいた方がいいだろ」
 そう言ってキーを叩き続けるクラウンに、ブリジットは拗ねたように顔を紅潮させた。
「もうしないわよ!」
「あんな訓練にもならない枕の相手はせんでいいが、これならいくらでもぶちのめせ。ぶちのめせれば・・・の、話だが?」
「~~~」
 悔しそうにしているが反論はしてこないブリジットの頭を、クラウンが笑って撫でた。
「いい子、いい子。俺と自分の能力差を、正確に判断できてるみたいだな」
 その判断力が抜きん出ている母のアマンダに似ているのであれば、この娘が生き長らえる保証は飛躍的に向上するだろう。
 そうだ、アマンダといえば・・・。
「アマンダ、帰ってきてるぞ」
「え? あ、そう」
 白けた反応に、肩をすくめる。
「アマンダが嫌いなのか」
「あら、好きよ。面白いもの、あの人」
「母親を「あの人」呼ばわりするなよ」
「仕方ないでしょ。これが私たち親子なんだもの。あの人だって、私のこと、おもちゃくらいにしか思ってないわよ」
 それに関しては、アマンダの性格を良く知るクラウンは、閉口するしかない。
 大体、ついこの前知り合ったばかりの「実の父子かもしれない」関係性では、生まれた時からの付き合いがある母子のことに、口出しできる筋合いはないことくらいわかっている。
「あの人の気まぐれは慣れてるの。帰ってきたって、私に会わないでまた出掛けちゃうのも、こっちが鬱陶しいくらいかまいにくるのも、あの人の気分次第。いつものことよ」
「・・・寂しくないのか?」
「別に~。そもそも、あの人がここに帰ってくる理由は、ダディ・キングに会いたいからだもの。あんなに互いを好き合ってるの見てると微笑ましくすらあるわよ」
 どうも、意地っ張りから出た言葉ではないようだ。
先ほどの仲睦まじい二人を思い出したクラウンは、とっくの昔にアマンダにフラれていた事実にショックを受けている自分に気付き、宙を仰いだ。
「・・・なあ、あの二人の約束って、知ってるか?」
「うん。二人とも、私にはっきり言ったわけじゃないけどね、知ってるわよ」
 じっと見上げてくるブリジットの、「聞きたいの?」という、敢えて言葉にしない視線の作り方は、とてもアマンダに似ていた。
「私を妊娠して転がり込んできたママにね・・・」
 やっぱり似ている。
 聞こうか聞くまいか迷っている傍から話し出す、このタイミングまで。
 この娘、今は幼いが、もしかすると男を手玉に取るアマンダの素質を十分に譲り受けているのかもしれない。
「ああ、私が子供の父親になってやる。その代わり・・・」
 芝居めいて、ブリジットはキングが髭を撫でる仕草を真似た。
「金輪際、他の男と寝るな。お前が私だけのものになるというなら、ずっと傍にいてやる」
 プッと、クラウンは口に当てた拳に笑いを吹き出した。
「さすが十八年もキングに育てられてきたことはあるな。似てるぞ、それ」
「でしょ」
 初めて、ブリジットの笑顔を見た。
 この娘は本当に義父のキングを慕っているのだと、思い知らされるくらいに。
 しかし・・・その約束。クラウンが知る限り、果たされているとは思えないが。
「俺が知っていることを、キングが知らないはずもなし。こりゃぁ、アマンダはこっ酷い目に合されるな」
 キョトンとしたブリジットは、呆れたように肩をすくめた。
「ダディはあなたと違うのよ」
 ――――そうかぁ?
 そう思ったが、口には出さなかった。
 キングがシードの現役だった頃、彼の膝の上でお尻を叩かれて泣きべそをかくアマンダの姿を何度も見てきた。
 だが、どうもブリジットは、そんな養父と母の姿を知らないようだ。
 思うにこの家でも過去幾度もあっただろうが、ブリジットの目の届かないところでの執行と見受けられ、それは即ち執行人たるキングの配慮に間違いなく、クラウンが余計なことを言う必要はないと思われた。



 キングの生家は、どちらかと言えば裕福な上流階級に属していた。
 上等な揺り籠に揺られて、赤ん坊だったキングはスクスクと育つ。
 その揺り籠の傍らで、子守唄のように日々聞こえていたのは・・・。
 甲高い母の悲鳴。
 見えていたのは母の裸体。
「ああ! 子供が見ています! あなた! あなた~!」
「わかりはしないさ。まだ赤ん坊だ」
「あぁ~ん!」
 ピシャリと鋭い音を響かせるのが乗馬鞭という名称のものだと知ったのは、もっと大きくだってからだったが、赤ん坊と称されるほどに幼かった当時、曝した肌を打ち据えられて叫びもがく母親の姿は、今でも目に焼き付いている。
 世間で「物心がつく」とされる年齢となったキングの前で、それは二度と行われることはなかったが、幾つになっても、その光景は脳裏から消えることはなかった。
 父がキングの誕生日にはしゃぐ姿。
 それを微笑ましく見つめる母の姿。
 父が自分を心から愛してくれているのも、わかっていた。
 甘やかしすぎだと母に注意され、笑っている父も覚えている。
 父が大好きだった。
 母も大好きだった。
 だが、自分の中の歪のようなものはいつもどこかに残っていて、揺り籠の傍らで幾度も見た母を鞭打つ父の姿は、映画のワンシーンのように刻まれていた・・・。
 キングがハイスクールの学生だった頃、それは起った。
 リビングでガールフレンドとの長電話を終えたキングは、明日に控えたプロム・パーティーに胸躍らせながら、自室に戻るところだった。
 吹き抜けの階段を弾むように上り父母の寝室の前を通って、付き当たりが自分の部屋。
 そこに戻ってベッドに潜れば、明日は可愛いガールフレンドとプロム・パーティーを心行くまで楽しめたはずだった。
 その後は進学の決まった大学へ。
 大学を卒業すれば、上流階級の子息として明るい未来が待っていた。
「ああ、痛い~!」
 あの母の甲高い声が、耳に届かなければ・・・。
「こら、キングに聞こえてしまうぞ」
「あぁん、だってぇ~・・・」
 そこからは頭が真っ白で、あまり覚えていない。
 覚えているのは、裸体に血飛沫を被って半狂乱で喚く母の姿。
 それに覆い被さるように倒れてピクリともしない、頭から血を噴き出す父親。
 そして、自分が手にする、血に染まったブロンズ像。
「きゃあああ! きゃあああ!」
 恐ろしいものを見るような母の目が自分に注がれているのに気付き、キングはブロンズ像を取り落とした。
「俺は・・・母さんを・・・助けようと・・・」
 そう言ったと思う。
 だが、母の悲鳴は止まなかった。
 そして、キングは警察の拘置所の中でプロム・パーティーの日を迎え、二度とガールフレンドに会えず、そのまま、刑務所に入った。
 刑務所を出た後、生家に戻ることのなかったキングは転げ落ちるように裏社会に飲みこまれていき、そこそこ名前を知られ始めた頃、シードという存在に出逢う。
 幾度かチームを組んだクラウンという男に、なんとなしに話した過去。
「あの母の声は、女のソレ。母は、アレを楽しんでいたんだ。父も楽しんでいただけだった。高校生にもなっていれば、なんとなくわかっていたんだ。けど急に目の前に、揺り籠の柵が見えて・・・」
「キング、もう、やめな」
「俺には、あの揺り籠の柵の向こうで、父が母を苛めているようにしか見えなかったんだ! 母が泣いているようにしか・・・!」
「わかったから。もう、言うな」
 いつだって穏やかな学者肌で、どうしてシードなどという仕事に属しているのか疑問視されるキングの慟哭に、クラウンは彼を掻き抱くことで黙らせたのだった。
「――――だから、だろうな」
 当時を思い起こし小さく呟いたクラウンが、ブリジットを見た。
「何?」
「・・・いいや」
 母親に手を上げる父親を見た子供の心に植えつけられる、言いようのない歪で苦しんだキングだから、アマンダを叱る姿をブリジットに見せないように、細心の注意を払ってきたのだろう。
 あのアマンダを母に持つにしては十分すぎる程、心健やかに育っているブリジットを見るにつけ、キングがどれだけ心を砕いてきたかを考えずにはいられなかった。



「あん! 痛いってば! 痛い痛い痛い! ごめんなさい、約束はもう破らないからぁ!」
 何度聞いたか、そのセリフ・・・。
「この軽い尻は、一体いくつ叩かれれば落ち着くのかね、浮気者の悪戯娘が」
 キングのいない仕事先でアマンダが幾人ものシードと一夜を共にしているのは、いつものこと。
 それがシードの情報を掌握している上に、常にアマンダを気にかけているキングの耳に届かないわけもなく、こうして膝の上の彼女のお尻を叩いて叱るのも、いつものこと。
 わかってはいるのだ。
 男を手玉に取るのが大の得意のアマンダ。だが、その実、どうしようもなく愛情表現が下手くそな寂しがり屋だということくらい。
 かまって欲しくて悪戯ばかりする子供と同じ。
 どんな悪さをしても見捨てられないか、愛情を確認するように繰り返す悪戯。
 キングに束縛されるのが嫌なら、帰ってこなければ済む話なのだ。
 いくらブリジットがキングの元にいるからといえ、そんなことを気にする女ではない。
 子供のように扱ってやると、後々見せる表情がとても幸せそうなので、こういう時は大人の女として対応するのはしないでいる。
 アマンダは、子供でいたいのだろう・・・。
 彼女がお腹に子供を宿して転がり込んできた時は、本当に弱った。
 アマンダという女が、子供を産んで育てるという平凡な母親になる気質ではないことは、長い付き合いでわかっていたからだ。
 代わりに育ててくれる人という白羽の矢が自分に立ったのだと、すぐにわかって、当時のキングは言った。
「今さら言っても仕方ないが・・・、どうして避妊しなかった」
「産んでもいいかなって思う、強い男と寝たからよ」
 クラウンとアイザック・・・。
 強さに惹かれるアマンダらしい意見だった。
「あのなぁ、アマンダ。子供を作るってのは・・・」
「でも、育てて欲しいのは、あなたなの」
 珍しくまじめな声だったので、キングは自分の言葉を途中で飲み込んだ。
「私が私の母さんのように、子供を殴ったら・・・あなたは、絶対に子供を庇ってくれるでしょう」
「アマンダ・・・」
 アマンダもまた、心に歪を抱えて育った子供。



 優しい父が大好きだった少女の頃のアマンダ。だが、父の優しさは・・・。
「アマンダ! アマンダ! こっちにいらっしゃい!」
 怖くて、父の手をギュッと握る幼かったアマンダ。
 けれど、父はいつも、その手を離した。
「母さんが呼んでる。行きなさい」
 父はこれからアマンダが、どういう目に合うのか、知っていた。
 父の優しさは、気弱さと、同じ性質のものだった・・・。
「どうしてこんなこともできないの、お前は!」
 家事の手伝い、勉強。些細なミスも上げ連ねられて、母は躾けの名のもとに、アマンダを容赦なく痛めつける。
 隣の部屋の父にも聞こえている、アマンダの悲鳴と泣き声。
「父さん! 父さん!」
 無駄だとわかっていても、つい口から漏れるように助けを求めてしまう。
 それが余計に母の逆鱗に触れて、体罰はますます苛烈を極める。
 十二歳になったある日、いつものようにアマンダを怒鳴り散らし体罰を与えていた母が、熱したヘア・アイロンを彼女の肩に押し付けた。
「――――ぎゃあああああ!!」
 その悲鳴にも父は現れず、アマンダはその夜、ただれた皮膚の疼きに眠れずに、そのまま家を出た。
 十二歳の少女がひとりぼっちでまともな生活が営めるはずもなく、キディ・ポルノに使われたことも、売春婦として薬漬けにされたことも、マフィアのボスに囲われたことも。
 それでも、母の暴力を受け続けるより・・・、いや、助けてくれない父に無駄な期待をして過ごすより、ずっと幸せだった。
 十四歳の頃、自分を囲っていたマフィアのボスが、シードという男達に目の前で殺された。
「いーじゃん、殺しちゃえば」
 そう言ってアマンダにも銃を押し付けるアイザックから、彼女を抱き上げて庇ったのがキングだった。
 その大きな胸と力強い腕のぬくもりは、生まれて初めて守られたという驚きと相俟って、忘れられない感触だったのだ。
 今でも。
 今でもキングのぬくもりが好き。
 どうしようもなく、大好き。
 あの時だけでなく、どんな場面でも同じぬくもりをくれるから。
 ほら、今もまた・・・。
「お前は、子供を殴ったりしないよ。それでもそんなに心配なら、お前がそんなことをする前に、お前を叱ってやるから、安心おし」
 そっと両手に添えられた、キングの大きな両手が温かい。
「しかし、お前ね。今のをクラウンが聞いたら、怒るぞ。アイザックならともかく、クラウンだって子供はちゃんと守ってくれる」
「・・・それだけじゃ、嫌なの」
「え?」
「クラウンは、私より子供に愛情がいっちゃうタイプだもの。私は私を何より一番大切にしてくれる人じゃなきゃ、嫌なの」
「困った子だねぇ、お前は・・・」
 ここでキングが「困った母親」という言い方をしたならば、アマンダはすぐにでもこの場を去っていただろう。
 アマンダに対する言葉の選択を、キングは決して間違えない。
「いいかい、約束だ、アマンダ。私のものでいなさい。お前の心の隙間を、精一杯埋める努力をするから。私がお前の欲しい全部を、お前にあげられるように」
「・・・恋人」
「うん」
「親友」
「うん」
「・・・・・・お父さん」
「うん。それが一番欲しいんだろう?」
 嬉しそうに微笑んだアマンダを掻き抱き、キングは彼女と額を合わせた。
「いい子にしているんだぞ。このパパは、ヤキモチ焼きで厳しいぞ」
 二人の生活は、こうして始まったのである。



 ノックに対して「どうぞ」という声があったので、クラウンはリビングのドアを開けた。
 キングがソファで読書をしている傍らで、たくし上げられたスカートから赤いお尻を出したままのアマンダが、不貞腐れたように立たされていた。
 これをからかうと、アマンダがまたキングに叱られるような牙を剥く状況になることは必至なので、敢えて何も触れずにキングの差し向いに腰を下ろす。
「そろそろ帰るよ。両手負傷のアイザックが、冷蔵庫の前で待ってるだろうから」
「ああ、世話をかけたな」
「ブリジットには、筋トレ重視のメニューを言いつけてきた。あの子の攻撃力は、まだまだ軽すぎるからな」
「スピードはあるが付け焼刃だからな。しかし、あの子がお前の目もなく、基礎訓練なんて地味なメニューを消化するかね」
「一応、布石は打ってきた」
「布石?」
 クスリと笑って見せただけのクラウンに、キングはそれ以上聞かなかった。
「キング~、クラウンは私が送っていってあげる」
 立たされん坊から解放されたいアマンダの意見は、キングが却下。
「玄関まで送ろう。アマンダ、私が戻ってくるまで、そうやって反省してなさい」
 頬を膨らませたアマンダを残し、二人はリビングを後にした。
 玄関からリビングを振り返り、クラウンが苦笑する。
「アマンダ然り、アンタ然り・・・シードってなぁ、芽吹くことができなかった、歪んだ種の人間ばかりだな」
「・・・ああ、お前然り、アイザック然り・・・な」
「類は友を呼ぶってな。だが・・・ブリジットは、いい若芽だ」
 歪んだ種の集まりの中、唯一、芽吹いた若葉。
「だから正直、シード入りを認めちまったアンタの甘やかしっぷりには、少々憤りを禁じ得ないね」
「・・・ああ」
「俺はあの子にちゃんと花を咲かせてやりたいと思ってる。あの子がシードで居続ける以上、まず生き残ることを叩き込む。少々厳しかろうが、口は出させん」
「では、私は甘い父親を貫かせてもらうとするか」
「ずるい男だ」
 ポンとキングの胸に拳を当てて、クラウンは玄関のドアを開けた。
「ああ、ずるいさ。父親を殺して、母が失意のまま老いて死に、その財産をしっかり受け取った息子だからな」
 キングの言った言葉は、やはり、幼い頃に歪んだ種のそれだった。
 そんな彼に敢えて何も返さず、クラウンはヒラヒラと手を振って、キング邸を後にした。



 フゥフゥとウエイトマシンと格闘していたブリジットは、馬鹿馬鹿しくなって、マシンの傍らに寝転がった。
「何が基礎よ。ムキムキマッチョになったら、どうしてくれんの、ばかクラウン」
 クラウンが帰ると言ってトレーニング・ルームを出て、すでにだいぶ経つ。
 アイザックのお守に帰ったのは本当であろうから、いくらキングと話し込んだとしても、さすがに帰路についている頃だろう。
「私は私のやり方でいくわよ。ダディに断固、トレーナー変更を要求してやるわ。あんなヤツ、仕事で会うだけで十分よッ」
 こんな形で会う機会を増やしたら、一体何度お尻を引っ叩かれるか・・・。
 考えるだけで、お尻が痛くなってきた。
「見てらっしゃい。私なりのやり方で、アンタなんかすぐに超えてやるんだから」
 二階のトレーニング・ルームに移動したブリジットは、ゴーグルをはめ、バーチャルシステムを起動させた。
 大勢のクラウンが、ブリジットに攻撃姿勢を取る。
「アンタの能力値をプログラムした仮想敵をことごとく倒せば、私はアンタを超えられるのよ。墓穴を掘るようなプログラムをしたもんね、ばかクラウン」
『――――悪い子だ』
 クラウンの声がゴーグルのスピーカーに響いて、ブリジットはギクリと体を強張らせて、思わずお尻を押さえた。
『言いつけの守れない子はお仕置きだぞ』
 仮想敵クラウンがいつしか攻撃姿勢を解き、全員腕組みでブリジットを取り囲んでいる。
「~~~な、何よ、これーーー!!」
 これが、クラウンの打った布石である。



                                つづく



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